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クレイフィザ・スタイル ―フランソワ―  作者: 一枝 唯


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第23話 その話じゃないのか?

「では相変わらずサンディは、ここに」


「プレーン・ロイドを欲しいって客はそこそこいるんだぞ。売れるもんを売らずに在庫抱えてメンテして、非合理的だ。だが、仕方ない。予約済みってことにしちまったんだから」


 ぶつぶつとギャラガーは呟く。店主は笑んだ。


「よい方ですね、ミスタ」


「ああ、そうだとも」


 ギャラガーは苦々しく答えた。


「全く、あんな約束をするんじゃなかった。あんときゃ、場の雰囲気に押されて……お前のせいだぞ、リンツ」


 ギャラガーはじろりと店主を睨んだ。


「私が、何か?」


「お前がああして、ジェフがサンディに惚れたのどうのと繰り返すから」


「ミスタも納得していたではありませんか」


「だから、お前のああした発言に流されてサンディの『婚約』を認めちまった俺の馬鹿さ加減に呆れてるんだ」


「ただの口約束です。破っても罪には問われませんよ」


「馬鹿野郎。口約束だからって反故になんかしたら、カルヴィン・ギャラガーの名がすたる」


 鼻を鳴らして、ギャラガーは返した。


「私は、空手形に支払いをする必要なんて、一切ないと思いますけれどね」


「……俺はお前の、そういうところが嫌いだ、リンツ」


「私はミスタの、そういうところが好きですよ」


 にっこりと店主は返した。ギャラガーはうなった。


「まあ、一種の意地とも思ってる。勝負と言ってもいいかな。儲けに走って売っちまったら負けだ、と言うような」


「誰に対して負けると言うんです」


「そりゃ、あれだ。陳腐かもしれんが」


 彼はあごを撫でた。


「自分、かね」


「成程。では、致し方ありませんね」


 店主が答えると、ギャラガーは片眉を上げた。


「何です?」


「いや、意外だ」


 彼は呟いた。


「納得するとは」


「『自分自身』は時に唯一の理解者だが、時に最大の敵である……というのは真理のひとつだと思いますよ」


「何でいちいち、小難しく言うんだ」


「大して難しくないでしょう」


 店主は少し笑い、ギャラガーはまたうなった。


「ミスタ・ギャラガー」


「何だ」


「やはりあなたは、よい方だ」


 繰り返されてギャラガーは顔をしかめた。褒め言葉ではなく揶揄と取ったのであろう。


「それで」


 秘書の言葉通りにきれいに片づいた応接室で、ふたりのクリエイターは向かい合って腰を下ろした。トールは自分は立っていると言ったが、主人に促されて結局はその隣に座った。


「何の用だ?」


「近くまできましたので、ご挨拶に」


「はっ」


 ギャラガーは笑った。


「そんな殊勝なタマじゃないだろ」


「おや。私をどんな人間とお思いに?」


「態度は丁寧だが腹のなかは真っ黒かもしれん奴」


 唇を歪めて〈カットオフ〉クリエイターは答えた。もうひとりのクリエイターは片眉を上げる。


「私は何か、腹黒いと思われるような言動をしましたでしょうか」


「特には記憶にないがな、ロイドに恋だの、ロイドが恋だの、ロマンチストやファンタジストのふりがどこまで本気なのか判らん」


「全て本気でお話ししたと思いますがね」


「ああ、そんなことはどうでもいい」


 ギャラガーは手を振った。


「だから、何の用なんだ。本当のところを言えと」


「では訊きたいことを簡潔に」


 彼は笑みを浮かべた。


「セント・マリオン医院はこの近くですね、ミスタ」


「……あ?」


「歩いても十五分はかからない」


「ああ、確かにあるが、何だ。紹介でもしてほしいのか?」


「紹介できる当てがあるんですか」


「まあ、医者に知人がひとり」


 ギャラガーは肩をすくめた。


「調子でも、悪いのか」


「私ですか? 幸いにして、健康です。私のことではなく」


 そう言うと彼は、セント・マリオン病院の「奇跡の生還」を知っているかと尋ねた。ギャラガーは目をしばたたいた。


「ああ、リンツェロイドに助けられたって、あれか」


「――リンツェロイドに?」


「その話じゃないのか?」


「いえ」


 店主は呟くように言った。


「おそらくその話だと思います」


「何だ、他人事みたいに」


 ギャラガーは顔をしかめた。


「いまどき珍しい、自動車事故だってな。制御装置が故障してたとか。そうなりゃ自動車会社のメンテミスで運転手は罪に問われなかっただろうに、気が動転してそいつは逃走、連れのロイドは行方不明、被害に遭った当人は十ヶ月に及ぶ昏睡。けっこうな話だと思うが扱ったのは地元のローカル紙だけだったな」


「よくご存知のようで」


「近所の病院でロイド絡みだからとシャロンが記事を寄越したが、苦笑いの浮かぶ書き方だったんでよく覚えてる」


 記事曰く、リンツェロイドが身を挺して主人を守ったため、彼女は死なずに済んだというような。


「そうした話だったのですか」


「だが、当然のことだろ。ロイドなら人間を守る」


 人間に危害を加えるべからず、また、危険を見過ごすことならず。


 上記に反しない限り、人間の命令に従うこと。


 上記二則に反しない限り、自らを守ること。


 遠い昔ひとりの作家によって創り出されたロボット工学三原則は、いまや世界中に定着している。法律的な縛りはないものの、警備などといった特殊な職務に就くものを除き、〈リンツェロイド協会〉をはじめとするどんな組合や企業もロイドにそれを義務づけていた。


「ましてやリンツェロイドとそのマスター。能力的にも、プライオリティ的にも、守れる(・・・)ことは確実に近い」


 たとえば量産品ロイドが人間を守ろうとしても、反応速度の遅さのために失敗に終わることはあるだろう。だがリンツェロイドでは考え難い。周辺の危機を察知して、人間が気づくより早く動くことだってできる。


 リンツェロイドは、その繊細な見かけによらず、結構なパワーを持っている。たとえばひとり暮らしの「マスター」が大きな家具を移動させたいと思ったら、ほぼ対応可能だ。もし力比べをしたら、鍛えている成人男性でも負かされてしまうだろう。


 もっとも、それは一時的に出すことのできる力であり、恒常的には無理だ。〈トール〉がジャンク街でデューイを救ったのはそうした瞬間的なパワーによるものだった。


 三原則の第一項は、たとえプライオリティEランクの相手であってもロイドに人間を守らせるものの、マスターの安全を確保することが優先される場合もある。つまり、マスター相手であれば「遅れる」とは考え難い。だからこそ当たり前のことだ。クリエイターたちはそうしたことを話していた。


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