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クレイフィザ・スタイル ―フランソワ―  作者: 一枝 唯


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第21話 訪れたい場所が

「確かに君の言う通り、名前はなければ不便だ。私でも同じようにするだろう。しかし、ミスタ・カインは果たして、修正を試みたのかな」


「どういう意味ですか?」


「そのままだよ」


「判りません」


 正直に助手が言えば、店主は考えるように両腕を組んだ。


「何よりの問題は、アリスにせよフランソワにせよ、彼女の手首が転がっていた理由だ」


「どういう理由で分解されたにしても、ほかのパーツは、みんな売られてしまったんでしょうね」


「どうかな」


 店主は首をかしげた。


「もしかしたら、手首しかなかったかもしれないよ」


「ええ? それじゃ残りの大多数のパーツは、どこに行ったって言うんです」


「あんなに、目立つのに」


「え?」


「ミスタ・スタイコフがずいぶん、苦手にしていたろう」


 手首、と店主は笑みを浮かべた。


「あんなに目立つのに、手首は放っておかれた? ふたつとも?」


「たまたま……というのはおかしいですね」


 トールは同意した。


「考えられるのは、売り払う際に〈アリス〉と特定されるのを避けるために、誰も持っていかなかったとか」


「うん。有り得るけれど」


 そこで店主は黙り込んだ。


「……マスター?」


「ところで、トール」


「はい?」


「君はどう感じた?」


「え?」


「先ほどのスタイコフ氏の話で、何かおかしいと思ったことはないかな」


「都市伝説の話ですか」


 少し考えて、トールは答えた。


「あれって、マスターの創作と言うか、推測ですか? それとも本当に、クリエイターの間でそんな話が」


「いささか、似たものは聞かれたよ。私の推測も混じっているが」


「じゃあさっきのあれは、マスターの私見ですか? 例の……G氏が、かつてどこかの技術者だったって」


「まあね」


 店主は曖昧に答えた。


「君が聞いても、事実か出鱈目か判断できなかったという訳だ」


「すみません」


 何か怒られているのだろうかとトールは謝った。主人は手を振った。


「いいや、責めてはいないさ。G将軍のことを知っていれば彼が連想される、という答えだけで充分」


 店主はそんなふうに言った。確かにスタイコフの前で個人の名前を出した訳ではない。トールが「おそらくG氏の話ではないか」と推測しただけだ。


「僕、驚きました。マスターはあの人のことをいろいろ調べたりしたのかって。――その」


 少し迷ってから彼は続けた。


「ミスタ・スタイコフは、マスターのこと、いろいろ調べたらしいですけど」


「ああ」


 そのようだね、と店主は肩をすくめた。


「隠している訳じゃないから、探ろうと思えば簡単だろうね。ミスタ・スタイコフは思いついたらすぐ行動を取っているタイプのようだし、もしかしたらあらかじめ知っていたのかな」


「あの……」


「何か質問でもあるのかい?」


 店主はいつもと変わらぬ調子でトールを見た。


「……僕は」


 トールはうつむいた。


 スタイコフによって明かされた、店主の過去のこと。


 元ダイレクト社員。情報の持ち出し。そして解雇。


 実のところトールは、最初のひとつについては知っている。ただ、知らないふりをしている。


 だが、続いた話は全くの初耳だった。


 にわかには信じられないような。


「マスターが話してくださるなら、聞きます。僕からは、訊きません」


 感情を抑えた声で、トールは言った。


「そう」


 店主は呟いた。


「それじゃ、また今度ね」


「――はい」


 「今度」は果たしてやってくるのだろうか。トールはかすかに疑問に思ったが、彼に答えの判るはずはなかった。


「もう、帰りますか」


 少しの沈黙のあとで、トールは主人に尋ねた。


「いや」


 店主は首を横に振った。


「訪れたい場所が増えたよ」


「どこですか?」


「セント・マリオン病院まで、ここからシャトルを使って十五分くらいかな」


「ええ?」


 トールは目をしばたたいた。


「フランソワのマスターを探すんですか? でも、もう退院したんじゃ」


「おそらくね」


「じゃあ、行ってどうするんですか」


「病院に行くとは言っていない。まずはその病院の近くにある、個人工房に行こうと思う」


 店主は立ち上がった。


「ええ?」


 やはりトールは、不思議そうな声を上げた。


「工房に行って、どうするんです」


「リンツェロイド絡みの話だ。近所のクリエイターなら気にして、情報を持っているかもしれないだろう?」


「有り得ますけど……」


 可能性としては有り得るが、あまり高いとは思えない。マスターの本心は何なのだろうとトールは首をかしげるばかりだった。


「君は帰ってもいいよ」


「いえ、ご一緒します」


 少年は即答した。


「そう。それじゃ、距離を取ってね」


「は?」


「訪れるのは〈カットオフ〉だから。ミスタ・ギャラガーがまた君を捕まえるといけない」


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