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第2話 不名誉なことじゃないのか?

 最新型のアンドロイド、LJ-5th。


 リンツェ博士の提唱した理論に基づき、「ヒトガタロボット」――アンドロイドの完成を見たのは、もう半世紀以上は前のことになる。


 初めの内は限られた人間だけが所有できた超高級ブランド「リンツェロイド」だが、大手企業がブランドイメージ維持のために決して価格を下げないのに対し、個人工房が予算や希望に応じてさまざまなタイプを作るようになって「超高級」は「高級」くらいになった。


 もっとも、それでも一般にはあまり普及していない。リンツェロイドと言えば誰でも知っている一流ブランドだが、一般庶民が購入するのはたいてい、ニューエイジロイドと名付けられた大量生産の廉価品だ。


 それらは単に「ロイド」と呼ばれ、人々の生活に根付いていた。


 ニューエイジロイドは、主に、本来の目的であった、基本的な「お手伝いロボット」として。


 リンツェロイドは、より高度な機能と、人間と見まごうばかりの外見を伴った、「自慢の逸品」として。


 そう、リンツェロイドの外見は、いまやほとんど人間と変わらなかった。外見だけではない。レベルの高いトーク機能のついた、通称「トーキングロイド」となると、人間と錯覚しても何もおかしくないほどった。


 そのため、規制が存在する。


 ロイドの両手首には、個体識別番号と型番が刻まれていなければならなかった。ロイドの指先に、爪があってはならなかった。衣服でも手袋でも、これらを隠してはならないとされていた。


 もっとも、リンツェロイドは「自慢するもの」だ。


 隠したいと考える者は、滅多にいなかった。




 お待たせを――と言って〈クレイフィザ〉のショールームに隣接する応接室に入ってきたのは、四十過ぎほどの、眼鏡をかけた男だった。暗めの茶色をした長い髪を後ろでまとめている。白衣を着ている姿は、医者のような雰囲気でもあった。


「ミスタ・リポーターが、私にお話ですとか」


「あんたがここの?」


「ええ、代表責任者になります」


「は」


 客は笑った。


「誰も知らないような弱小ロイド工房の『代表』と、評判が最悪でも社名を言えば『ああ、あの』と通じる最低会社の三流記者の俺。どっちが成功者だろうね?」


「さあ、どうでしょうか」


 挑発的な台詞に、店主はただ笑みを返した。


「成功者と落伍者の境界を探す記事でもお書きですか」


「言ってくれる」


 記者は唇を歪めた。


「俺はスタイコフ。助手君が伝えてたように、〈ミスティック・パラドクス〉の記者だ」


 スタイコフは見たところ、三十前後というところだった。無精髭にくわえ煙草、清潔とは世辞にも言えない外観で、無遠慮にあちこち飛び回り、取材相手やその周辺の顰蹙(ひんしゅく)や反感、怒りを買う、記事というよりゴシップを書くタイプ。ひと昔、いや、数世紀前に滅んでいそうな人種だ。


 だが、彼らは変わった社会に適応して生き残った。噂話や娯楽記事、射幸性の高いもの、賢い気分になれる批判記事や低俗な猥褻記事、そうしたものをより早く、よりセンセーショナルに取り扱い、愚弄嘲笑されながらも「だがそう言うお前らはうちの記事を読んでいるじゃないか」と逆にせせら笑って次を配信する。


 かつては主に紙のサイズで分けられていた「タブロイド紙」という概念が、紙製出版物のほとんど駆逐されたこの時代でも生き残っているのは、彼らの「尽力」の賜物である。


 〈ミスティック・パラドクス〉はなかでも酷く、誹謗中傷当たり前、捏造記事は更新分の六割を占め、訴訟係争をいくつ抱えているか社長も把握できていない、などと言われる。


 いくらかは言い過ぎだが、そうしたイメージがあり、そのイメージを刷新するどころか邁進(まいしん)している、そういう社風であることは確かだった。


「マスター・リンツだったな。単刀直入に訊こう」


 ぱちり、とスタイコフは指を弾いた。


「だいたい、三ヶ月くらい前に、ジャンク街の〈アリス〉を診たのはあんただな?」


「私は医者ではありませんよ」


 店主はまず、そう返した。


「病院をお探しでしたら、街区をひとつお間違えです」


 もちろん、間違いのはずはない。通称「ロイド」と呼ばれる各種アンドロイド――「ヒトガタロボット」のクリエイターが「先生(ドクター)」と呼ばれたり、修理やメンテナンスを「診察」「入院」など言うのは、あまり一般的とは言えないものの、それほど特殊なことではない。仮にも個人工房のあるじが知らないはずはなかった。


「馬鹿にすんなよ」


 彼は唇を歪め、無煙煙草をくわえたまま上下させた。


「ごまかすつもりでいるなら――」


「何もそのような意図はありませんとも、ミスタ・スタイコフ」


 にっこりと店主は笑んだ。


「何しろ私は小心者ですから。うっかり『リンツェロイドを診る』などと言って、『ロイドを人間と同一視している』などと言われてはたまらないと思ったんですよ」


「はっ。うちぁ、そりゃあ、ゴシップ紙だがね、先生。そんな言葉尻を捕らえたって面白くない。少なくとも俺はそう思ってる。俺が先生をロイド・フェティシストだと判断すれば俺はそれを記事にするかもしれないが、たとえば『この仕事を天職と思っている』なんて台詞を無理に曲解して『ロイド・フェチを隠しもしない変態だ』と書いたりはしない」


 ひらひらとスタイコフは手を振った。


「揚げ足取っても面白くない。隠されし秘密を暴露してこそ、真のゴシップ記者ってもんよ」


「私には、貴紙の読者の興味を引くような秘密はなかったと思いますけれどねえ」


 素知らぬ顔で〈クレイフィザ〉の店主は言った。


「へえ?」


 スタイコフは煙草を揺らす。


「ジャンク街のロイドを診てたお医者様、ってな話は?」


「依頼をされて、出向きました。持ち込みではなくこちらが訪れるというのは珍しい部類ですが、皆無ではありません。(おこな)ったのはごく一般的なメンテナンス。違法性はなかったと思いますよ」


「認めるのか」


 男は拍子抜けしたようだった。


「ジャンク街で仕事をしたなんて、クリエイターの間じゃ不名誉なことじゃないのか?」


「クリエイターにもランクがありますから」


 店主は言った。


「ミスタも仰ったように、田舎の小さな店の主人ですので。上流階級での評価や名誉を気にする必要はないんです」


「その代わり、危険な界隈での仕事を受ける?」


「場所がどこだろうと、請求するのは適正料金ですよ」


 あくまでも笑みを絶やさず、店主は言った。


「何か不正の疑いでもお持ちなら、それを晴らすもやぶさかではございませんが」


「ふうん? こっちが訊く前からデータ提供しようなんて言い出すのは、むしろ怪しいんだがなあ?」


 にやにやとスタイコフは言う。二者の笑みはどうにも雰囲気の異なるものであった。


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