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クレイフィザ・スタイル ―フランソワ―  作者: 一枝 唯


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第16話 どんなネタをくれる?

 ――というトールの希望は、生憎、叶わなかった。


 生憎なことに店主の知り合いは有能で仕事の早い人物だったらしく、その日の内にメールが届いた。結果は、生憎と、成功。


「次は協会の返事待ちだね」


 該当ナンバーについて〈リンツェロイド協会〉に問い合わせを出すと、店主は眼鏡を外した。


「トール。期日の早い仕事は何だっけ?」


「ミスタ・ウッドが〈メリル〉のヴァージョンアップとトーク機能の追加を」


「ああ、そうだった。レベル4だったね、希望は。3に落としてもらうかな」


 クリエイターは言った。


「4や5は苦手だから」


「でも、4からは稼ぎがいいんですけど」


「だって。下手に4や5を手がけると、うっかり5プラスにしてしまいそうだもの」


「そんなうっかりがありますか」


 レベル5プラス、或いはそれ以上、分類不能のトークレベルを持つリンツェロイドは呆れたように言った。


「もちろんマスター次第ですけど。たまには真っ当にクリエイターとして稼ぐことを考えてください」


「酷いことを言うね」


 店主は苦笑した。


「〈ケイト〉はいい出来だったと思うけれど」


 トークレベルも高かったし、とクリエイターはつけ加えた。


「仰る通りです。すみません。僕が言いたかったのは」


 こほん、とトールは咳払いした。


「人の弱みにつけ込んで大金を請求する癖は何とかしていただけませんかということです」


「君が稼げと言うからだよ」


「僕のせいにしないでください」


 トールは顔をしかめた。


「だって。実際、君が『適正価格を』と言うんじゃないか。特異な業務には、特異な料金を請求してしかるべきだろう」


「――そういうのは、最初から、断ってもらいたいですけど」


 トールは呟いた。店主の言うのは結局、「金さえもらえれば違法行為でも引き受けます」との宣言に等しいからだ。もちろん、趣味に合えば、だろうが。


 そもそも、彼らのマスターに法の遵守を訴えても虚しい。


「本当に、製造者に問い合わせるんですか?」


「それくらいしか、できることが見当たらなくてね」


「見当たらなくても何ら問題ないと思います」


「そう? 君は、アリスが彼らから奪われて殺されても、何ら問題ないと言うんだね?」


「……そういう言い方はずるいです」


 トールは視線を落とした。


「アリスのことは、とても気の毒です。彼女自身にも、ミスタ・デューイや、ほかにもたくさん、彼女の歌を喜んでいた彼らにも」


「そう。それなら」


 かまわないだろうと店主は言った。トールは複雑そうな表情を浮かべた。


「でも僕は、マスターに危ないことをしてほしくないんですよ」


「何も危ないことなんかしていないじゃないか。オセロ街に行くこと自体が危ないと言うのであればともかく、所有者を探すくらい」


「目的は所有者探しじゃないでしょう。所有者がどうして〈アリス〉をジャンク街に捨てたのか、そのことは彼女が壊されたことと何か関係がないか、そういうことを探ろうとしているんでしょう?」


「探りたがっているのはミスタ・デューイであって私じゃないよ」


「でもマスター、もし」


 トールが言いかけたとき、着信を知らせるメロディが鳴った。リンツェロイドは首筋に手を当てる。


「はい、〈クレイフィザ〉です。……何だ、あなたですか」


 少年は顔をしかめると、店主をちらりと見た。スタイコフ氏です、と声に出さずに口を動かす。


「……ええ? ちょっと、どこからそんな……待ってください、マスターに代わります」


 通信を保留にすると、トールは不審そうな表情のままで店主と視線を合わせた。


「ミスタ・スタイコフが、アリスの過去の所有者を見つけたそうです。本当かどうか、判らないですけど」


「本当なら是非、聞いてみたいね」


 店主は眼鏡のふちに手を触れると、通信を受け取った。


「ずいぶんと素早いご調査ですね、ミスタ・リポーター」


『伊達にタブロイド紙の記者、やっとらんのよ』


 スタイコフは笑った。


『俺は正直、壊れたロイドの出自なんか気にしてなかったんだがね。先生の話を聞いて思い出すことがあったんだ。社で調べたら、どんぴしゃり。……聞きたいかい?』


「それは、もちろん」


『世の中はギブ・アンド・テイク。あんたは俺にどんなネタをくれる?』


「そうきましたか。困りましたね」


 店主は肩をすくめた。


「――二年前のニューエイジロイド殺人の容疑者について、なんて、どうです?」


「ちょ、ちょっとマスター」


『へええ? 俺に、あんたの独占インタビューでもさせてくれるのかい』


「どうにも私を犯人にしたいようですが、残念ながら違いますよ、ミスタ」


『犯人にしたい訳じゃないさ。ただ、面白そうだなと』


「それはつまりそういうことだと思いますけれどね」


「マ、マスターっ」


 口をつぐんでいられず、トールは小声で叫ぶという器用な真似をした。


「まずいでしょう、それは。いろんな意味で」


 ひとつには、ジョバンニという男が堅気(かたぎ)ではないこと。もうひとつには、〈ヴァネッサ〉のことは別として、その人物が二年前の事件と関わるのかどうか、本当のところはいっさい判らないということ。


『ああ? 騒いでるのはガキか? 黙らせろよ、先生』


「彼の主張を頭ごなしに押さえつけるつもりはありませんのでね」


 笑みを浮かべた店主の返事から、トールも記者の台詞を推測できた。


「どうですか、ミスタ。ご興味は?」


『そりゃ、ある』


 今度はスタイコフが当然のように答えた。


『トールが泡食ってるところからすると、信憑性があるな。少なくともあんたらにとっては、ということだろうが』


「ご明察です」


 店主は返した。


「きちんと申し上げておきましょう。証拠はない。噂話と、憶測のレベルです」


『それじゃいまいち、弱いなあ。こっちの手札は確実』


「では交渉は決裂で。私の方にも、つてはありますから」


『ま、待て待て。冗談だ冗談』


 記者は慌てた。


『まずは話をしようじゃないか、先生』


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