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クレイフィザ・スタイル ―フランソワ―  作者: 一枝 唯


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第12話 十二分でしょうが

 ――そうした話の概要は、スタイコフのもたらしたそれと大幅に変わることはなかった。


 即ち、アリスが消え、パーツが見つかった。


 先日の事件と違うのは、落下による損壊ではなく、懇切丁寧に分解されたようだということ。


 それが意味することはいくつかあるが、デューイの心を刺したのはこのことだった。


 意図的に分解された。つまり「事故では有り得ない」。


 どこかにいるのだ。彼らのアリスを「殺した」犯人が。パーツが欲しかったのか、何なのか。どんな理由であれ、明確な意志を持って彼女をばらばらにした誰かが。


「先生。アリスの身体を集めたら、彼女を直してくれるか」


 やはりと言うのか、デューイは真剣な表情で言った。トールは心配そうに店主を見た。先ほどのようにすげなく「無理」と答えるようでは、デューイがどう思うか。


「可能だよ」


 クリエイターは言った。トールは驚いた顔をした。スタイコフもだった。


「あんた、さっきはできないみたいなことを」


「ただし、費用は払ってもらわなくてはならない。仮定の話で正確な数字を出すことはできないが、大雑把に言って十万クーラン」


 さらりと発せられた金額に、当人以外の全員が口を開けた。


「じゅ、十万」


「おいおい、ぼったくりすぎじゃねえか、先生」


「マスター、ちょっと酷すぎませんか、さっきから」


「まるで私は悪人だね」


 店主は心外そうに言った。


「リンツェロイドには金がかかる。それはよく判っていたんじゃないかな、ミスタ、あなたはオセロ街のなかでも特に」


 彼はじっとデューイを見た。


「ミスタ・カインのメンテナンス料金は格安だよ。彼は金に困っていないからね」


 店主は続けた。


「私は彼に折り入って頼まれていたから、その価格で引き受けた。だが本来なら訪問メンテナンスは、訪問料だけであれ以上するんだ」


「安くするとは言ってくれてたが……そんなに」


 デューイは唇を噛んだ。


「じゃあ、本当に……十万もするのか」


「するさ。私が法外な価格をつけていると思うのだったら、ほかの工房に訊いてみるといい。十万では済まないかもしれないね」


「十万……」


「無理だ」


 きっぱりとレオは言った。


「たかが一千前後のカンパだって、毎回毎回、どれだけ苦労した? アリスのために何かしたい奴はたくさんいても、現実的に厳しくて、みんな必死で……」


「その必死さを余所で活かせばよかったのに」


 店主は口を挟んだ。


「所有者不明のリンツェロイド。君たちのアリスは、君たちのものじゃなかったんだ。他人の持ち物を金をかけて保全して。壊されてもどこにも訴え出られないね。乱暴者に喧嘩を売り、パーツ屋を巡り、馬鹿みたいに圧縮機に戦いを挑むだけの気力があるなら、ここを出てやり直した方がいい」


「先生――!」


 デューイは店主を睨んだ。


「あんたは! 知らないじゃないか、ここの暮らしを! 彼女がどれだけ、俺たちの慰めになったか」


「ここにいたいならいればいい。不遇を嘆いて。自分を蔑んで。私は再生支援団体に所属している訳じゃないから、『さあ、ここから出て真っ当に働きましょう』なんてことは言わない。ただ、ロイドに慰めを見出すなんて馬鹿げていると言っている」


 淡々と店主は言った。スタイコフは面白がるように聞いていた。


「〈アリス〉の『死』が哀しい、と言ったクリエイターと同一人物とは思えないね」


「哀しいさ、本当に。手がけた機械が壊れて喜ぶ技術者はいないと思うね」


「判らん人だな。じゃあ何しにここまで」


「言ったように、彼女の『主治医』に頼まれているから。『死亡通知』を彼に届ける必要があるなら、記者氏からの伝聞ではない情報が要る。何かご質問は、ミスタ」


「いいや」


 スタイコフはにやりとした。


「店でのあれは表向きで、本音はそっちかい。こりゃ面白い」


「面白くありません」


 トールは息を吐いた。


「『ロイドに感情移入する』という立場も、逆に『冷淡である』も、悪く言おうと思えばいくらでも言える。繰り返しますけど、この人の前では気をつけてください、マスター」


「異なる方角から見れば、同じものも違って見えるという訳だね」


 そうとだけ言って、店主はデューイの視線に向かい合った。


「〈アリス〉。所有者の知れないリンツェロイド。いや、個体番号の確認が取れない以上、厳密には本当にリンツェロイドであるのか判らない。クリエイターとしてはほぼ間違いなくリンツェロイドだと思うけれど、最終的にそれを定めるのは個体識別番号だから」


 どんなに人間にそっくりでどんなに高性能なロイドであっても、協会に登録をしていなければそれはただのノーブランドロイドだ。


「たいていの場合、リンツェロイドかそうでないかというのは非常に重要な問題となる。ナンバーひとつで、価値はぐんと跳ね上がるからね。だがアリスに限って言うのであれば、登録されているかどうかはあまり問題ではない」


 彼女に求められているのは「リンツェロイドである」ということではない、と店主は言った。


「たとえ、最新のリンツェロイドを用意したとしたって、それは〈アリス〉じゃない。実に気の毒だが、アリスはもういない」


 つまり、と彼は首を振った。


「諦めた方がいい、ということ」


 店主は告げた。


「もうよすんだね、ミスタ・デューイ。パーツ探しも犯人探しも」


 デューイは嫌だとは言わなかったが、判ったとも言わなかった。


 ただむっつりと、怒られて拗ねた子供のように黙った。


 レオとトールがふたりの間に入り、何とか剣呑にならないようにフォローしている間、スタイコフは高みの見物だった。


「いったいどれだけのパーツが集まった? それは果たしてアリスのものなのか。そもそも、ロイドの部品なのか。君はロイドのことをどれだけ知っている? 誤った部品を必死で集めている可能性は?」


 矢継ぎ早にクリエイターは尋ねた。質問と言うよりは、厳しい指摘だった。


「先生の、言う通りだ」


 苦々しく、デューイは認めた。


「明らかに判るものもいくつかあったが、損壊が酷い。外側だけでもパーツは集まったなんて言えないのに、中身になればなおさら」


「だから十万でも利かないだろうと言っているんだ。新品を作り出すより、手間のかかる」


「アリスはもういないんだ。仕方ないだろう、デューイ。先生の言う通りだと思うなら、先生の言うように諦めろよ」


 やはりデューイは、答えなかった。


「集めたパーツを見せてもらえるかい」


「……ああ」


 デューイは沈痛な面もちで立ち上がると、天井から無理矢理カーテンのように下げている布をめくった。


「うお」


 思わずうめき声を出したのはスタイコフだ。


「人形だと思っても、ちょいと気味が悪いな、こりゃあ」


 そこには噂の手首ふたつをはじめ、折れてねじれたひじやひざ、眼球などが転がっていた。


「お前」


 レオは顔をしかめっぱなしだった。


「ベッドは自分で使えよ! ロイドに貸すのならまだしも、部品なんか」


「『ロイドに貸す』のも奇妙な話だけれどね」


「マスター」


 店主は呟き、トールはそっと諫めた。


「ロイドの状態で床に座らせとくならともかく、部品を散らばらせてたら可哀想だろ。……ジャンク(ごみ)みたいで」


「だがジャンクだね」


 クリエイターは容赦なく言った。


「マスター」


 トールは再度諫め、店主の袖口を引く。


「もう少し……その」


「葬式じゃないんだから、神妙な顔をしていればいいというものでもないだろう?」


「お葬式だって、神妙な顔をしていればいいというものでもないと思います」


 助手はもっともなことを言った。


「触ってもいいかい。有難う」


 こくりとうなずいたデューイに礼を言って、店主はばらばらの「患者」に相対した。


「まずは、この特徴ある手首。個体識別番号が読めないことによって、却って大声で主張してる。〈アリス〉だと」


「じゃあやっぱり、アリスなんだな、間違いなく」


 スタイコフが確認した。


「彼女の手首に使用されていた部品と同型パーツであり、なおかつよく似た様子で番号が薄れている、としか言えませんね。まあ、十二分でしょうが」


「手首に種類なんてあるのか」


「ありますよ。と言うより、主眼は指先ですけれど」


 爪のないパーツの人指し指を自身の人指し指で持ち上げて、店主は答えた。


「このメーカーなら基本パターンで五種。派生系がそれらに各数種。これはアリスと同じ」


 手首をもとの位置に戻すと、クリエイターは次にかかった。


「関節はそれほど種類がないから、あまり材料にはならないね。ただ、違えば話も変わってくるところ、生憎、同じだ」


 見学者たちは黙っていた。


「これは……基板の破片かな。さすがに私も判らないね。アリスかどうか、どころか、ロイドのものかどうかも」


「関係ないかなと思ったけど、念のため」


 デューイが呟いた。


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