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SHEENA!(シーナ!)  作者: コバンザメ
第1章 「ここは地獄かい」
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第3話


 空は黒い雲に覆われ、雲間から茜色の稲光が差し込んでいる。

 地上にはにわか雨を伴った生暖かい風が吹いていた。

 それはまるで強大な憎悪の渦が、唸りを上げて天地を包み込んでいるようであった。

 姿形こそ同じであれ、以前とはまったくの別世界が、そこには広がっていたのだ。

 間もなくアリアたちに気付いた化物が、塔を目掛けて走り出した。

「やや、やばいっ! 一旦退くぞ!」

 慌てて身を翻したシーナの目の前に、漆黒の霧が渦巻いた。

 霧はやがて巨体の鎧騎士となり、二人の前に立ち塞がった。

 躊躇なく放たれた斬撃を辛うじて受け止めるシーナ。しかし後ろに弾き飛ばされ、石段を勢いよく転げ落ちた。

「シーナぁッ!」

 駆け寄ろうとするより早く、攻撃が迫った。アリアは間一髪、しゃがんで躱して矢を番える。

 しかし石段を踏み外し、矢を取りこぼしてしまった。

 続けて迫る振りさげろしを、身を投げるように横に跳んで躱す。

 必死に立ち上がりながら放った一矢は、敵の腰に突き刺さった――がそれでもまだ、騎士は止まらない。


 一方、石段の中腹まで落ちたシーナにも、魔の手が襲い掛かっていた。

「このっ、グール、どもッ! 来るんじゃ、ねえッ!」

 グールと呼ばれたその化物たちは、顔立ちこそ人間に似ており肌色の皮膚をしているが、恐ろしく鋭い牙と爪を有し、獣のように四肢を使って移動する。

 その速度は正しく獣並みで、ほかの化物を押しのけ真っ先に石段を駆け上がってきた。

 シーナは体勢を立て直し、跳びかかってきた一匹を斬り捨てる。

 続けて二匹、三匹と倒すが、まるでキリがない。

 くわえて、敵はグールだけではない。数え切れないほどの魑魅魍魎どもが、砦に迫りつつあった。

 ――いよいよマズいな

 砦に逃げ込もうと振りかえったシーナ。

 しかし視界を上げたとき、騎士に捕らえられたアリアの姿が目に飛び込んできた。

 騎士は矢を受けた右腕をだらりとぶら下げているが、残る左腕でアリアの首を絞め上げている。

「ぐ、うっ……」

 少女のか細い首が今まさにへし折られようとしたとき、長剣が騎士の頭部を直撃した。

 シーナの投げたそれは致命傷にはおよばなかったが、衝撃で怯んだ騎士はアリアを手放した。

 解放されたアリアは咳きこみながらも矢を拾い上げ、果敢にも相手に飛びつくと、兜の隙間に矢を突き立てた。

 騎士は倒れ、アリアは窮地を脱することに成功する。

 しかし今度は、素手となったシーナに敵が襲い掛かる。

 シーナも懸命に逃げるが、グールのほうが幾分速い。

 その鋭い爪が背中を斬り裂こうとした刹那――グールの身体に矢が突き刺さり、石段を転げ落ちていった。

 アリアの援護射撃である。

「シーナ、はやくこっちへ!」

 正確無比の射撃により、次々と撃ち落とされていくグールたち。

 しかし門まであと僅かというところ、グールの爪がシーナのシャツを捉えて引っ張った。

「しまっ……」

 後方に大きくバランスを崩すシーナ。アリアが手を伸ばすが、届かない。

 視界がスローモーションになり、ゆっくりとアリアが遠ざかっていく。


 しかし次の瞬間、大きな何かが背中を強く突き飛ばし、シーナは前のめりに倒れ込んだ。

 続けて背後でグールの断末魔がこだまする。

「今よ! 早く入って!」

 いったい何が起こったのかもわからぬまま、アリアに手を引かれ、砦に飛び込んだ。

 大急ぎで門を閉め、閂を掛ける。間髪入れずに「ドガァン」と、門に何かがぶつかる音が轟いた。

 二人は広間にあるものを片っ端から門にあてがい、不格好なバリケードを築く。しかし木製の門は嫌な音で軋み続け、外からは無数の化物たちの呻き声が届いていた。

「はあ……これじゃ長くは保たないかな」

 揺れる門を見ながら弱音を吐くアリア。しかし一度恐怖の底に落ちた反動なのか、さほど恐れている様子はなかった。

 一方のシーナは両ひざに手を付いて、大きく息を切らしていた。

「ああ、そうだ。あなたの剣、拾っておいたわ。また、助けられちゃったね」

「またお互い様、の間違いだろ?」

 そう言って笑みを作るシーナだが、やがて気まずそうに視線を泳がせ始めた。

「その……なんだ、そんな状況じゃないとは思うんだが……できればこちらの方を、紹介してくれないか?」

 彼の言葉どおり、広間にはシーナとアリアのほかにもう一つ、舌を出して小刻みに息を切らす存在があったのだ。

「ああ、そうよね、紹介しなきゃね」

 アリアは「おほん」とわざとらしく咳払いして、シーナに彼を紹介した。

「こちら『スコール』、私の家族よ。スコール、こちらシーナ。私の恩人なの」

「さっきは危ないところをどうも、助かったよ。ええと……大型犬、いや狼か?」

 シーナの言葉どおり、アリアの家族こと、スコールは狼であった。

 大きな身体に輝く灰色の毛をまとっており、凛々しく威厳のある顔立ちをしている。

 そしてその碧い瞳からは、獣とは思えぬほどの知性が感じられた。

「ウォフッ!」

「曾祖父の代から、私の家を守っている騎士狼(ナイトウルフ)よ。私は祖父を知らないから実質、彼がおじいちゃんみたいなものね」

「……なるほど? 『そりゃあいったい全体、何歳なのか』とか『そもそも騎士狼ってのは何なのか』とか『狼を祖父と呼ぶ君は何者なのか』とか、聞きたいことは山積みだけど……今はそれどころじゃなさそうだな」

 こうして話している間にも、門を叩く音は大きくなっていく。

 外の化物たちが、続々と門前へ集結してきているようであった。

「なあ頼む、これだけは教えてくれ。あの日記にも書いてあったな。この地獄……『絶界』ってのはいったい何なんだ」

 鬼気迫る表情で尋ねるシーナ。アリアは一つ息をのみ、難しい表情で答えた。

「なんとも説明しづらいけど……見てのとおりよ。魔物と霊魂の領域、生と死がひっくり返る世界」

「……なるほど? それで、どうすりゃそいつをぬけ出せる」

「それは『柱』を――いえ、自分でも何を言っているかわからないんだけど……」

「いいから、頼む」

 シーナにせがまれてアリアは、心の底から馬鹿馬鹿しい考えを口にするような、そんな口調で呟いた。

「柱を、倒すの」

「はしら? 柱って?」

「絶界のあるじよ」

「あるじって――」

 というシーナの言葉を、女の叫び声が遮った。

 この世のすべてを嫌悪し拒絶するかのようなその声を、二人は知っていた。

 件の幽鬼の声は、塔の遥か上方から聞こえてきたようである。

「アイツか、あるじは」

 天井を睨みながらシーナが呟くと、アリアが頷いて同意した。

 幽鬼の声に呼応するように、門を叩く音が激しくなった。今にも門を打ちこわし、雪崩れ込んできそうな勢いである。

「とにかく行こう、上に!」

 二人と一匹は、全力で階段に足をかけた。

 螺旋階段を二階、三階と駆け上がっていく。

「――つまりだ! あの幽霊ガールをやっつけりゃあ、外の連中も消えるんだな?」

「伝説上はね!」

「伝説!」

 聞き捨てならないアリアの言葉に、シーナが素っ頓狂な声を上げる。

 やがて一行は、四階に辿り着いた。

「やあ! そこを通してくれないかい?」

 シーナの睨む先、そこに立ち塞がるのは亡者の一団である。

 どれも軽装だが、十体近くと数が多い。

 不運にも上階へと続く階段は、彼らを越えた先にあった。

 思わず怯むアリアとシーナに、一斉に襲い掛かる亡者たち。しかし、スコールが機先を制した。

 先頭の亡者めがけ、閃光の如き俊敏さで跳びかかり――次の瞬間には、その首を咥えて宙を舞っていた。

 先手を取ったはずの亡者たちの足が止まる。

 そこへアリアが矢を撃ち込み、シーナが斬り込んだ。


「とんだ騎士ナイト様だな、このジイ様は」

 そこら中に散らばった亡者たちの残骸を見回しながら、シーナは感嘆の声を漏らす。

 僅か一分足らずの決着であった。

「推定200歳はダテじゃないでしょ?」

 アリアは自慢げに笑って、また走り出した。誇らしげに吠えて、その後を追うスコール。

 シーナは信じられないものを見る目つきで、狼の背中を追った。

「さっきの話だけど、俺の聞き間違いじゃあなければ! 今起きてるこの事態は、伝説上の出来事だってのか!?」

 階段を駆けながら、シーナが大声で尋ねる。

 アリアも負けじと大声で答えた。

「そうよ! 絶界も柱も! すべて『アーネスト王伝説』の中の話だと思ってた!」

「アーネスト王?」

「でも……でもね! こんなふうに突然、絶界が現れるなんて話は、どんな伝説でもお伽話でも聞いたことがないの! だから、だからこそ――」

 そこまで話したとき、急に視界が開けた。

 辿り着いたその場所は、塔の屋上であった。


 腰ほどの高さの塀に囲まれただだっ広い屋上に、勢いを増した雨風が打ち付けている。

 そしてその中央には、件の幽鬼が。想い人を待ち望む乙女の如く、風に揺られて揺蕩っていた。

「伝説どおりなら、ただの人間が柱に敵うはずはない。でもこの絶界もあの柱も、まるで『例外』。だからきっと、人間が敵わない――なんて道理も『例外』のはずよ」

 風に黒髪をたなびかせ、翡翠色の瞳を燃やすアリア。彼女は自分自身に言い聞かせるように力強く、そして丁寧に言葉を紡いだ。

 その言葉を聞いたシーナもまた、腹の底から力が湧いてくる想いがした。

「厳しい屁理屈だが――心底、気に入った」


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