第6話
魔王を庇うように現れた、大量の亡者の群れが、シーナに襲い掛っていた。
シーナは苦痛に顔を歪めながらも、真っ向から立ち向かう。まるで怒りを発散するかのように、言葉ならぬ言葉を喚きつつ、亡者たちを斬り、殴り、蹴散らしていく。
しかし半数ほどが倒れたころ、シーナもまた大量の血を吐いてよろめいた。
ここぞとばかりに襲い掛かる亡者たち。しかしその横っ面に、突風が叩き付けられた。続けて振るわれた剣と斧が、亡者の身体を両断する。
「なんてツラぁしてやがる。敵に涙を見せるんじゃない」
拾った剣と斧を手に、ブルータスが隣に立っていた。傍にはマックスもいる。
「うるせえ。あいつらの目の前で号泣してやる」
剣を杖にして、ふらつくシーナ。その瞳からは、血の涙が零れていた。
「もう少しの辛抱だ。きっと、もうすぐ、お嬢様たちが絶界を止めてくれる」
「……だな」
自分に言い聞かせるようなマックスの言葉に、ブルータスが笑って頷く。彼らもまた、満身創痍であった。
すると突然、地面が揺れた。
亡者を掻き分け現れた魔王が、戦槌を叩きつけたのである。
自分たちを鼓舞しているのか、あるいは敵を威嚇しているのかは不明だが、どちらにせよ効果のほどはてきめんであった。
辺りを取り囲む亡者たちは激しく唸り声をあげ、シーナたちはその迫力に息を飲む。
「うるっせえええッッッ!!!」
しかし負けじとシーナも声を張り上げ、その場にいた全員が、怒号の嵐の中を一斉に動き出した。
「くたばれぇッ!」
モウブレーの戦槌が、すれ違う騎兵を殴り飛ばした。
彼の操る戦槌は魔王のものとは異なり、槌頭はやや小ぶりで、片面は尖った爪状になっている。
「散々名前を借りてきた恩を、今この場で叩き返してやれぇ!」
モウブレーが檄を飛ばすと、団員たちも雄叫びを上げた。
戦槌の騎兵団と、戦槌の傭兵団が、激しく衝突する。
議事堂前の大通りは今や、怒号と血の飛び交う、一大戦場と化していた。
「――んッ!」
馬を駆るアリアが、騎兵の一団に目がけ、矢を放つ。
その一矢は、敵集団の勢いを見事に押し殺し、その隙に傭兵団が特攻を仕掛けた。
「お嬢様は、いったい……」
翡翠に輝く弓を見つめ、モウブレーが呟く。
「あの弓、まさか――」
横を走るチェンバースがそう言いかけたとき、さらなる敵影が現れた。
チェンバースは流れるような速射を披露する。心臓を撃ちぬかれた騎兵たちが、次々と崩れ落ちた。
――アーネスト王の弓取、『紅き鷹』のベアトリスの半弓……? なぜそんな聖遺物が、アリア様の手に? それもこのタイミングで、この絶界に……
偶然か、はたまた運命か。眼鏡を弄りながら、チェンバースが苦笑した。
「――団長ォ! 敵が多すぎる!」
「一旦退いて、体勢を立て直しましょう!」
団員たちが叫ぶ。傭兵団の勢いは騎兵団に勝っているが、絶え間なく現れる敵の数に、着実に戦力を削られつつあった。
しかしモウブレーは答えず、自ら前線に攻め入ると、果敢に戦槌を振るった。
「団長ォ!」
「ここで退けば、奴らは市街地に雪崩れ込みます! なんとしても、ここで食い止めるのです!」
チェンバースが叫び、剣を手にモウブレーの背中を追う。
「皆さん、もう少しです! 私の仲間が、この絶界を消すために動いています! だからどうか……どうか頑張って!」
アリアの声が――その場の誰よりも戦い傷付いた少女の声が、戦場に響いた。
するとその声に背を押されたかのように、団員たちが馬を駆る。
「敵が多すぎる、だぁ!? それがどうした、俺のくそったれ! 喜んでぶっ殺すのが、傭兵の務めだろうが!」
「野郎ども、団長に続けェ! 行くぞォ!!!」
紫色の電撃が、ユダを襲った。
間一髪でそれを躱したユダは、扉の影に身を隠して息を切らす。
顔を出そうとすると、また紫の閃光が襲い掛る。咄嗟に身を引いたが、腕を掠め皮膚を焼いた。
紫電を放つのは、賢者の石を守護する邪教徒たちである。
「そう簡単には、いきませんか……」
そうする間にも、懐から血が止めどなく流れ出ていた。
静かに焦るユダだったが、あることに気が付く。
傷付き倒れていたはずの、スコールの姿がどこにもないのである。
すると次の瞬間、儀式の間から悲鳴が轟いた。
脳が状況を理解するより早く、ユダの脚は駆け出していた。
無我夢中で広間に飛び込むと、時の流れが酷く緩やかに感じられ、目に映るすべてをはっきりと理解できた。
ところ狭しと謎の紋様が巡らされた広間の中央で、妖しい光を放ちながら宙に浮く、賢者の石。
そしてそれを取り囲む、六名の邪教徒たち。一名は首から血を流し倒れ、口を血に染めたスコールが、さらにもう一名に跳びかかろうとしている。
そのスコールに向かって、杖を向ける者が二名。残る二名は驚愕の顔で慌てふためいているが、やがてユダに気付いた。
杖がユダに向けられるより先に、剣がその腕を刎ね飛ばした。
床を蹴り、次の敵に迫る。紫電が、顔の真横を駆けぬけたが、構わず剣を振りぬく。
倒れた敵の影から、杖を持った手が見えたとき、電撃が身を襲った。
言葉にならない苦痛が全身を駆け巡るが、それも一瞬のことであった。邪教徒の手に、スコールが喰らい付いたのである。
しかしスコールもまた満身創痍であり、敢えなく振りほどかれ、壁に叩き付けられた。
邪教徒が腕を押さえながら視線を上げたとき、ユダが身体ごとぶつかってきて、二人とも派手に倒れ込んだ。
しばらく両者とも動かず、広間を沈黙が包んだ。
しかしやがて、ユダがゆっくりと身を起こす。邪教徒の腹からは、剣が生えていた。
ユダは痺れる脚に満身の力を込め、必死の思いで立ち上がり、剣をぬく。
立っている者は最早、彼を除いて誰もいない。
剣をだらりとぶら下げ、朦朧とする意識で、石に向かって歩み寄る。すると、
「や……めろ……」
か細い声を漏らす者がいた。
ラインラントが扉そばに這いつくばって、こちらを睨んでいた。
構わずユダは、歩を進める。
「やめ、ろ……!」
近付くほどに輝きを増す、どす黒い光に目がくらんだ。
そしてついに、石の前に立ったユダが、大きく剣を振りかぶる。
「やめ……ろぉ!!!」
ラインラントの悲痛な叫びが響き、剣が振りさげろされた――がしかし、何も起こりはしなかった。
石の砕ける音は聞こえず、黒い光は広間を照らし続けている。
刃は石に届かず、その僅か手前でぴたりと静止していた。
ユダは全力を込めて剣を振りぬこうとするが、強力な障壁に阻まれ、ピクリとも動かない。
するとやがて石から閃光が走り、刃が激しく弾き飛ばされた。
剣は勢いよく手を離れ、つられてユダも倒れ込む。
なす術なく、ただ息を切らすユダの耳に、ラインラントの笑い声が聞こえてきた。
「――く、はは……ははははは! 流石は、賢者の石サマだ! そうだ、そうだとも! これが邪教の力だ! あっははははは!」
這いつくばったまま、我を失ったかのように笑い声を上げるラインラント。
勝ち誇った笑い声が、地下墓所に響き渡る。
しかし、その笑いを遮る者があった。
「くあっははは――はばぁっ!」
ラインラントを踏みつけ黙らせたのは、スコールであった。
すると彼は何かを咥え上げ、それをユダに投げてよこした。
目の前に滑り込んできたのは、ラインラントの剣――魔剣・マジックスレイヤーである。
ユダは口の端をニヤリと持ち上げ、剣に手を伸ばす。
ラインラントは顔面蒼白になり、ただ口をぱくぱくと開いていた。
「騎士様……あなた、本当に親切なお人だ」
ユダはゆっくりと立ち上がり、剣を構える。
「ばっ、馬鹿な。止めろ……止めてくれ、馬鹿な! 駄目だ! 止め――」
「馬鹿は、あなただ」
マジックスレイヤーが、横一閃に振りぬかれた。
真っ二つに両断された賢者の石が、宙を舞う。
そして次の瞬間、石は膨大な衝撃波を伴って爆散し、ユダも、スコールも、ラインラントも邪教徒たちも、皆まとめて吹き飛ばした。




