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SHEENA!(シーナ!)  作者: コバンザメ
第7章 「魔王退治のお時間」
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第5話


 横振りの戦槌が、唸りを上げて大気を割る。

 それを跳んで躱したシーナは横に身を捻り、片手一本で、正中線を斬り裂くような一撃を放った。

 柄で受け止めた魔王の脚が、地面にめり込む。

「うおおッ!!!」

 全体重を掛け、剣を上から下へ振りぬくと、魔王の身体がそのまま大きく後退った。

 疾風のような速さで懐に飛び込み、突きを繰り出すシーナ。剣は魔王の胴を捉え、轟音とともに、黒い鎧に微かな亀裂が走った。

 しかし、魔王は身を捻って突きを受け流すと同時に、柄尻でシーナの横っ面を殴りつけた。

 到底、人間を殴ったとは思えない音が響く。

 身体がぐらりと傾き、こめかみが裂け、鮮血が舞う――しかしすぐさま傷を完治すると、剣を振りかぶって斬り付けた。

 剣が魔王の肩口を捉え、戦槌がシーナの脇腹を捉えた。

 黒い鎧に、ひびが入る。シーナの肋骨が砕け、口から血が噴き出す。

 両者とも反発するように、激しく吹き飛び、瓦礫に突っ込んだ。

 しかし次の瞬間、土煙から飛び出す両者。剣と戦槌が衝突し、地面が震え、大気が揺れ動いた。

 力任せに押し切ろうとする剣を、巧みに受け流す魔王。バランスを崩したシーナの顔面を、上から鉄拳で殴り付けた。

 倒れ掛かるシーナに、戦槌が降り注ぐ。地面を蹴って転がり、すんでのところで躱すと、立ち上がりざまに脇腹を斬り付けた。

 魔王は微かに怯んだが、すぐさま報復の戦槌がシーナの顔面を捉えた。

 身体は軽々と宙を舞い、地面を跳ね転がる。しかし血を吐きながらもなんとか立ち上がると、また魔王に向かって走り出した。

「ぐうっ、おああああぁ!!!」

 泣き喚くような咆哮を上げながら、シーナは剣を振るう。

 剣を振り、殴られ、蹴られ、血を吐き、再生し、立ち上がり、躱し、投げられ、潰され、再生し、立ち上がり、走り、跳び、剣を振る。

 その応酬を、ブルータスとマックスが離れて見守っていた。

「ははっ。やっぱりアイツぁ、不死身だ」

 血の混じった咳を吐き、壁にもたれてニヤリと笑うブルータス。マックスは答えず、ただ息を飲んだ。

「……ッ」

 マックスの小さな拳が、思わず硬くなる。

 苦痛の表情で、血反吐に塗れながら戦うシーナを見つめながら、マックスは目に涙を浮かべていた。

 ――今お前が何を考えているか、僕にも痛いほど伝わってくるよ。『先生、何てことをしてくれたんだ』ってな。脳が沸騰するか、心臓が捻じ切れるか、肺が爆ぜるか……僕には、いや、お前以外の誰にも理解できない痛みが、お前を襲っているんだろう

 シーナが殴られ傷付くたび、マックスも唇を噛んで呻き声を漏らした。

 ――それでも、常人が命すら容やすく手放すほどの痛みを、何百人分も背負ってもなお、お前が立ち上がるのはなぜだかわかるか? それはお前が、誰よりも強いからだ。お前は魔王なんかに負けやしない。頑張れ……頑張れシーナ。お前は、誰にも負けやしないんだ

「頑張れ、シーナ……!」

 心の声が、口をついて出たとき、シーナの身体がぐらりと傾いた。

 掲げられた戦槌が、黒い光をまとう。

「ヤバいっ!」

 焦ったブルータスが立ち上がろうとしたとき、黒い閃光が迸り、大爆発が巻き起こった。

 土石流のような粉塵が、ブルータスたちを襲う。しかし辛うじて、マックスの防御魔法が間に合った。

「シーナぁっ!」

 粉塵を掻き分けながら、マックスとブルータスが叫んだ。

 爆心地、土煙舞う瓦礫の山の真ん中。戦槌を振りさげろした体勢のまま佇むのは、戦槌の魔王である。

「……ッ! 野郎……」

 そして魔王が、二人をゆっくりと見据えたとき――奇妙な風切り音が聞こえてきたのは、そのときであった。

 回転する長剣が、高速で魔王に襲い掛かる。

 戦槌が剣を弾き上げた次の瞬間、魔王の左側方から、土煙を裂いて影が飛び出した。シーナである。

 一瞬で距離を詰めた彼に、反撃が降りかかる。

 右に深く踏み込んだシーナの顔面の左真横を、戦槌がすりぬけた。

「うぁっ!」

 短く叫んで、右下から拳を放つシーナ。

 拳は魔王の顔面を捉え、その体勢が大きく崩れた。

 どがぁん――大きな音を立てて、戦槌が地面に転がった。

 そしてついに、黒い鎧が、魔王が膝を付いた。

 弾き上げられた長剣が、近くに落ちて音を立てる。

「そのまま立つなよ、色男」

 魔王を見下ろしながら、シーナは口元の血を拭った。


 アリアは王宮の麓に建つ大議事堂の、二階廊下を駆けていた。

 振りかえりながら、矢を番える。

 彼女の背中には、六体の鎧姿の亡者たちが迫っていた。

 放たれた矢は翡翠の光を伴って、二体の亡者を貫く。

 素早く二射目を放ち、もう一体を倒した。迫る剣を、床を滑って掻い潜り、次なる剣を弓でなんとか受け止める。

 しかし力で圧倒され、突き飛ばされた。窓際に叩き付けられながら、弦を絞る。

 至近距離から放った矢が、一体を貫き、後ろの一体の胸に突き立った。

 残る一体の攻撃をしゃがんで躱す。空を斬った剣が窓を割り、枠に食い込んだ。

 すかさず足をかけ、敵を転ばせる。

 立ち上がろうする亡者の背を、矢が貫いて串刺しにした。

「はあ、はあ……」

 息を整え、汗を拭う。

 ――シーナたち、大丈夫かな

 息を整えつつ仲間の顔を思い出していると、また呻き声が聞こえてきた。

 見ると、亡者の一団が廊下に現れた。

「もう、お腹いっぱいなんだけど……」

 恨み言を吐きながら、矢筒に手を伸ばしかけたそのとき――視界の端に何かが煌めいた。

 ――マズイッ!

 咄嗟に伏せたアリアに、割れた窓ガラスの破片が降りかかる。廊下に撃ち込まれてきたのは、大量の矢であった。

 息つく間もなく、先ほどの亡者たちが迫ってきた。

 アリアは慌てて立ち上がり、全力で亡者から逃げる。

 ちらと横を向いた瞳に映ったのは、議事堂前に並ぶ騎馬隊と、こちらに向かって飛んでくる矢の嵐である。

 必死に走るアリアの直ぐ後ろの窓が、次々と打ち破られていく。

 すると前方にも、亡者の一団が姿を現した。

 ――冗談でしょッ!

 前方の集団がこちらに向かって走り出したが、アリアも足を止めるわけにはいかない。

 数十秒にも感じられた一瞬の逡巡の後、半泣きの彼女が出した答えは――窓に向かって跳ぶことであった。

「~~~ッ!!!」

 窓を破り、二階から外に身を投げ出した。

 着地までのほんの数瞬の中、頭上を駆けぬける大量の矢が、やけにはっきりと感じられた。

 アリアが降り立ったのは、議事堂前の噴水そば――騎馬隊から見れば、噴水の影である。足の痛みを感じるより速く、手は矢筒に伸びていた。

 敵の矢が降り注ぐ中、近くの花壇に向かって走りながら、必死に矢を乱れ打つ。

 花壇に身を隠し、また立ち上がって、迫りくる騎兵を撃ち崩した。

 隠れ、走り、撃つ――矢の嵐に抗うように、がむしゃらに弦を引き絞り続ける。

 しかしついに、矢筒が空になったことに気付いたとき、左肩に矢が突き立った。

 燃えるような痛みに足がもつれ、倒れ転がる。

 耳に届くのは、徐々に大きくなる蹄の音。

「ぐ、うぅあああぁっ!!!」

 泣き叫びながら、肩の矢を引きぬいて弦に(つが)えた。

 立ち上がったアリアを狙って、一体の騎兵が弦を引き絞る。

 直後、騎兵と少女の矢が同時に放たれ、それらは真っ向から衝突した。

 相手の矢を打ち砕き、見事敵の胸を貫いたのは、真紅と翡翠に輝く少女の矢である。

 敵が倒れるのも見ずに、アリアは花壇に隠れ、荒い息を整える。

 残る騎兵たちは、遠巻きにこちらの様子を伺っているようであったが、やがて馬の嘶きが轟き、一斉に殺到してきた。

「……最高ね」

 アリアは儚く笑い、そばに落ちていた矢にゆっくりと手を伸ばす。

 そして傷付いた体に力を込め、立ち上がろうとしたそのとき――

「ッ撃てェ!!!」

 猛々しい男の掛け声に、大量の弓矢の放たれる音、そして騎兵たちの低い悲鳴が響き渡った。

 それがしばらく続いた後、辺りは静けさに包まれた。

「――アリアお嬢様! ご無事ですか!?」

 聞き覚えのある声につられ、恐る恐る顔を覗かせる。

 視界に飛び込んできたのは、数十騎の騎馬隊と、大きな槌の紋章が描かれた、風にはためく軍旗、そして鎧姿のピーター・モウブレーの姿であった。

「……モウブレー様! ミセス・チェンバース!」

 二人を見て安心したアリアは腰がぬけ、思わずその場にへたり込んだ。

 慌てて駆け寄ってきたモウブレーが、肩の傷を見て青ざめた。

「アリア様、お怪我を……フィアメッタ!」

「ええ! アリア様、失礼致します」

 チェンバースは急ぎ、アリアの傷口に手を当てると、そこから仄かな明かりが発せられた。

「これは……治癒魔法? どこでこんな高度な――」

 シーナの魔法とは異なり、ブラウスの染みこそ直らないが、傷はゆっくりと塞がり、痛みが和らいでいく。

「ふふ、淑女の嗜みですわ。と言っても、応急処置以上の効果はありませんが……傷はそこまで深くないようです。これなら安心していいでしょう」

 チェンバースの見立てに、アリアもモウブレーも安堵する。

「でも、どうやってここが?」

「アリア様が助けられた人々を辿ってきたんですよ」

「己が身を削り、民を救うそのお姿――正しく、あの方のご息女ですな。私は心から、貴女が誇らしい……」

 モウブレーが感極まったように涙を浮かべたとき、議事堂前に新たな隊列の足音が届いてきた。

「フィアメッタ、アリア様を頼んだぞ」

「お任せを。団長こそ、アリア様の傷の借り、百倍にして返してやってください」

 チェンバースの言葉に、涙目のモウブレーが馬上から、狂喜の笑みを返した。

「馬鹿を言え。万倍でも足りるものか」


 激しく剣の撃ち合う音が、地下墓所の最奥聖域に響いていた。

 交錯する技の応酬。血を流しうずくまるスコールが見つめる先で、二人の卓越した剣士が、一進一退の攻防を繰り広げている。

 実直に、それでいて嵐の如く振るわれる、ラインラントのマジックスレイヤー。それをするすると躱しながら、その間隙を縫い合わせるように、ユダは鋭く剣を振る。

 しかし徐々に、嵐が勢いを増していった。

「ふっ!」

 ラインラントの突きが右頬を掠め、微かな血が舞った。

 ユダは腰を落とし、剣を振りあげる。ラインラントは大きく跳び退り、剣はその残像を斬り裂いた。

 素早く距離を詰めたユダが、地を踏みしめ、大振りの一閃を放つ。ラインラントも渾身の一撃で応えると、衝突した剣が激しく火花を散らした。

 刃を滑らせ、ラインラントが前に出る。

 鍔迫り合いで押し退けると、間髪入れずに乱れ突きを放った。神速の突きを紙一重で躱しきったユダが、脚目がけて剣を低く振る。

 しかしそのとき、ラインラントはユダの頭上を舞っていた。

 宙で身を捻り、脊椎から後頭部目掛けて剣を振るラインラント。ユダは剣を背に回し防御するが、その威力に圧され後退る。

 ラインラントは容赦なく距離を詰め、下から掬い上げるような一撃を放った。ユダも振りさげろしで応えるが、敢えなく跳ね上げられ、胴ががら空きになった。

 ラインラントの一閃が、ユダの胴を引き裂いた――かと思われたが、マジックスレイヤーはただ空を斬り、ユダは間合いの僅か外で、高らかに剣を構えていた。

 ――しまった……

 ラインラントが自身の過ちに気付いたとき、青の僧衣は斬り裂かれ、右の肩口から血が噴き出した。

 深手ではないが、決して浅くもない傷に、後退る。

「それは、お気に入りの隣人の分」

 呟きながら、すかさずユダが距離を詰めた。

 しかしラインラントは、なおも冷静に剣を構える。

 そして次の瞬間、消えたかと思うほどの俊敏さで、ユダの右隣に身を移した。稲妻のような、激しく鋭い突きが放たれる。

 必中必殺の確信を持って繰り出した技だったが、ラインラントに与えられたのは、またもや空を突く感触と、疾風の如き何かが左横をすりぬける感覚、そして脇腹の裂ける痛みだけであった。

「ぐうっ……!」

 僧衣を血でにじませ、冷や汗を流しながらも、ラインラントは構えを崩さない。

「それは、お気に入りの狼の分です」

 刃の血を振り払い、ユダはラインラントに向きなおった。

「残るはウォーカー公と、お嬢様。そして、この我慢ならない茶番に巻き込まれ散っていった、無垢の人々の分……まとめて払っていただきましょう」

 睨みを利かせるユダ。ラインラントは思わず息を飲む。

「――神の行方を」

「……はい?」

 唐突なラインラントの言葉に、ユダが眉をひそめた。

「お前たちの信じる王の、神の行方を知る者がどこにいる」

 ラインラントは血走った眼で、荒れた呼吸で言葉を紡ぐ。

「我らが王は、主は今まさに、この都に御座すのだ。真に崇拝すべきは、姿なき虚像などではない。いいか。我々が踏みしめるこの大地の先に、超越者が存在するという事実に喜び打ちひしがれ、焦がれ、恐れおののくべきなんだ」

 まるで「わかってくれ」と言わんばかりに、もどかしげに捲し立てるラインラント。そんな彼を見るユダの眼には、明らかな侮蔑が込められていた。

「どんな武力を持っていようと、何を超越しようと、やっていることは只の人殺しでしょうが」

「それは違う。そうではないのだ。彼らの司る真の力は、知恵は、輪廻と虚無による邂逅の――」

「知りませんよ、んなこと。それに、アーネスト様がどこにもいない、なんて誰が決めたんです? 今ごろどこぞで、茶でも飲んでるかも知れませんよ」

 ユダが茶化すように嗤うと、ラインラントは途端に黙って、剣を握る手に力を込めた。

「そうだ。それでいい、私たちは」

 ユダは構えず、僅かに右足を退いて剣をだらりとぶら下げたまま、ラインラントを見つめていた。

 しばし、睨み合いが続いた。

 時間にして僅かだが、二人の脳裏は、凝縮された殺意に溢れんばかりであった。

 そしてぶつかり合う殺気が臨界点に到達し、ついには弾け飛んだとき、二人は同時に動いた。

 次の瞬間、二人の立ち位置は入れ替わっていた。それぞれ背中合わせに、剣を振り切った体勢のまま静止している。

 しかしやがて、ラインラントの剣が手から零れ落ち、体勢が崩れて両膝を付いた。

 横一閃に斬られた胴を押さえ、ただ茫然と息を切らしている。

「失礼します、野暮用があるんでね」

 扉に向かって歩き出したユダもまた、顔に汗を浮かべていた。懐から滴り落ちる鮮血が、床を赤く染めた。

 汗を流し、息を切らしながら、それでも一歩一歩と進んでいく。

 そして、扉を押し開いたそのとき――眩い閃光が、ユダを襲った。


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