第2話
「うおおッ!!!」
怒声を発しながら、シーナとブルータスが肉薄する。
呼応するように、魔王の背後に控えていた騎馬隊が動いた。恐ろしい唸り声を上げ、一斉に二人に襲い掛かる。騎兵と歩兵合わせて二十名ほどの部隊である。
しかし、突然飛んできた無数の氷柱が、騎馬隊を迎え撃った。
乱れた隊列に向かって走り、地面を蹴るシーナ。コートをはためかせ、高く跳躍する。
渾身の振りさげろしが、騎兵の身体を両断した。
馬を足場にして、また別の騎兵に跳びかかる。
身動きの取れない空中では槍のいい的だが、串刺しにされてもなお、シーナの勢いは留まらない。
腹に食い込む槍を引き寄せ、相手を斬り捨てると、槍をぬいて歩兵に叩き付けた。
ブルータスもまた、馬を斬り、騎兵を潰し、歩兵を貫く。向かいくる者すべて、彼の前に倒れゆく。
すると地を削る真空波が、騎馬隊ごと二分した。
巻き起こった衝撃に、シーナたちもたじろぐ。
白煙の中から姿を現したるは、戦槌の魔王である。
一気に緊張が高まるが、ここで引くわけにはいかない。
シーナとブルータスが魔王に殺到し、その横っ面からブリザードが襲った。
しかし戦槌を軽く振った風圧だけで、マックスの魔法は掻き消される。
続けて迫る斧と刀を、戦槌の柄で受けると、斬り付けたはずのブルータスの身体が大きく弾かれた。
がら空きになった魔王の胴体目がけて、シーナが突きを繰り出す。
次にシーナの眼に映ったのは、肘打ちで砕け散る、己の剣であった。
剣を再生させようと魔法を発動する間もなく、腹に戦槌がめり込む。次の瞬間、シーナの身体は石壁を五枚ほど突き破った先の、民家のキッチンに四散していた。
マックスの眼には、シーナが一瞬で蒸発したようにしか見えなかったが、それでもブルータスは果敢に距離を詰めた。
横一閃に振るわれた戦槌が、空を裂いた。その風圧だけで、辺りの建物が軋む。
――躱せた! 奇跡ッ!
地を這うような低姿勢から、渾身の斧を跳ね上げる。
しかしその刃を真っ向から、魔王の黒い手が掴んで止めた。
「……は?」
ブルータスの思考が停止する。
魔王は斧を硬く握りしめ、ブルータスの身体ごと、思うさま放り投げた。ブルータスもまた、家屋の壁を突き破り、マックスの視界から消えていった。
大きな破壊音の後、代わりに静寂が訪れる
乾いた風が大通りを吹きぬけ、血の匂いが鼻をついた。
「つくづく……悪い冗談だ。お前たち、柱ってのは」
一人残されたマックスは魔王を前に、静かに杖を構えていた。
アリアとスコールはユダの先導で、市街地へとひた走っていた。
「見えました!」
ユダが見つめるのは、市街地をぬけた先に架かる、大きな石橋である。
「橋の下の地下水路を進んだ先が、墓所の入口になっています。もうひと踏ん張りですよ、お嬢様」
息を切らすアリアを、ユダが笑って励ます。
必死の表情のアリアが頷いて答えたとき、前方の曲がり角から、亡者の群れが姿を現した。
すかさずユダとスコールが距離を詰め、血煙を起こす。
アリアも援護を行うが、いささか数が多かった。
すると追い打ちをかけるように、蹄の音が後方から近づいてくる。
――戦槌の騎士団! まずい、どこかに身を……
隠さなければ、と逸る気持ちが心を支配した。
しかし焦りを打ち消すように、脳裏に浮かぶ光景があった。
恐怖を噛み殺し、魔王に向かっていくシーナたちの背中である。
「お嬢様! 一旦、体勢を立て直し――」
叫んだユダの真横を、翡翠色の閃光が駆けぬけた。閃光は亡者の胴に大穴をあけ、さらにその後ろ二体を貫いた。
振りかえるとそこには、堂々たる戦士の目をした少女の姿があり、その手に構える弓は、瞳と同じ翡翠色に輝いていた。
「ここまで来て、迂回する猶予はありません!」
高らかに叫ぶアリアの後ろから、十騎近い騎馬隊が姿を現した。
アリアは臆することなく振りかえり、流れるように弦を引く。
放たれた翡翠の一矢は、騎馬隊の一画を突き崩し、馬たちが恐怖に嘶いた。
「ここは、私が! さあ行ってください!」
ユダが何か言いかけたが、アリアの声に突き動かされるように、スコールとともに走り出す。
「……どうか、ご武運を!」
「ウォフッ!」
「あなたたちも、武運を!」
背中で激励を交わし、三人は二手に別れた。
残されたアリアは、極めてゆっくりと背中の矢筒に手を伸ばし、深く息を吐きながら矢を番えた。黒髪が風になびき、頬を汗が伝い落ちる。
常世の者ならざる騎兵の群れを、真っ直ぐ見据えるその瞳は、燃え盛る闘志を宿していた。
「――来なさい! タマぁ蹴り上げてあげるわ!」
その叫びは、地下水路にまで響き渡る。
「あの人に仕えるあなたが、心底妬ましい」
ユダの羨望の眼差しを受けて、スコールが誇らしげに吠えてみせた。




