第4話
教会から少し離れた路地裏。
そこには、各々息を切らすマックスたちの姿があった。
「流石は先生。『転移魔法』とかいうやつですか」
「……急ぐぞ。まだ奴らからそんなに離れていない」
マックスは疲労の浮かんだ顔で、額の汗を拭った。
休む間もなくユダがシーナを背負い、スコールがマックスを背に乗せて、一行は隠れ家へと走り出した。
「一気にアジトまで移動することはできないんですか?」
「無茶を言う……」
「そう言えば、初めて名前で呼んでくれましたね。正直、シビれました」
「なあお前、死にかけの仲間を背負ってるって自覚あるか?」
マックスは呆れ顔で、無邪気に笑うユダと瀕死のシーナとを見比べた。
北に向かって緩やかな坂を降りていくと、やがて貧民街が近付いてきた。
「あれは、何だ……?」
呟いたマックスの視線の先。貧民街の一画から、大きな黒煙が上がっていた。
「アジトの辺りですよ……」
ユダの眉間にも皺が寄る。するとスコールが急にスピードを上げたので、マックスは短い悲鳴を漏らした。
隠れ家のある通りは、大勢の野次馬で埋め尽くされていた。
人壁をかき分け進むが、その先に王宮騎士の一団を見つけて顔を伏せる。
火元はやはりというべきか、隠れ家の酒場であった。
ごうごうと音を立て、盛んに炎を吐いている。
周囲からは隔離された立地のため、近隣の家々に燃え移ってはいないことだけが不幸中の幸いであった。
「ああ、お嬢様……」
マックスが呟くと、スコールも不安げ気な声を漏らした。
しかしその隣にユダの姿が見当たらない。
気付いたマックスが辺りを見回すと、彼は近くの路地裏に佇んでおり、「ついてこい」と顎でしゃくってみせた。
ユダに案内されたのは、貧民街から南に上がった住宅街の一画に建つ、三階建ての古びた空き家であった。
生活感のない一階をぬけて、同じく生活感のない二階に上がる。
ユダは古びた箪笥を開くと、中に隠されていたレバーを引いた。
すると隠し扉が働いて、細い階段が姿を現した。
「これは……」
階段を上った先の小さな部屋に入ったとき、マックスは驚きの声を漏らした。
そこには、アリアとブルータスの姿があったのだ。
「お嬢様、ご無事でしたか!」
「先生! みんなも無事で――」
喜びの声を上げるアリア。
しかしやがて重傷のシーナを目にすると、途端に顔色を失うのであった。
教会前は戦場跡地さながら、死傷者を乗せた馬車が次々と送り出されていた。
「一応探させてはいるけど、見つからないだろうね」
馬車隊の傍らで、ラインラントが悔しげに呟いた。
ハモンドは荷車に腰掛け、何をするともなく項垂れている。
「奴らの掴んだ情報が巷に流れれば、私たちは大量殺戮者の汚名を着せられることになる。国の未来を誰よりも憂いている私たちが、だ。ウォーカーの昔のツテを使われたら、元老共の耳に入るのも時間の問題――いいや、モウブレーのことだ。すでに先手を打たれているかも知れない」
ラインラントの口調には熱が籠っている。
しかしハモンドの脳裏に蘇るのは、先ほどのユダの言葉であった。
「なあ、聞いてるか? 今は王都を離れて身を隠すべきだ。頃合いを見て、秘密裏に元老に接触すればいい。そうしなきゃ今までの苦労が、犠牲が水泡と帰すんだ。それでいいのかネイサン」
苛立った様子のラインラントに詰め寄られ、ハモンドはようやく我に返った。
「いいや、こうなれば直談判だ。若君の目を開かせてやる」
「何だって?」
ハモンドは勢い込んで立ち上がり、馬に跨る。
「本気で言っているのか、そんなことをすれば――」
ラインラントが止めるのも聞かず、ハモンドは駆けていった。
「……心底、頭の固い奴だよ。そういうとこ、嫌いじゃなかったけどね」
遠ざかっていく背中を見送りながら、ラインラントはぽつりと呟いた。
「こっちの隠れ家のこと、今の今まで忘れていましたよ。齢を取ると忘れっぽくなっていけませんね」
シーナに応急処置を施しながら、ユダが苦笑した。
ベッドに横たわるシーナは、全身に汗をかいて苦し気に息を切らしている。
「俺の酒とヘソクリは覚えていたクセにな」
恨み言を吐くブルータスを見上げて、マックスが尋ねた。
「なあオーク、酒場が燃えていたのはどういうことだ?」
「俺が火を放ったんだよ、エルフ。お前たちが出ていった後、直ぐに騎士共が貧民街に乗り込んできたんだが……あいにくと見つかっちまってな」
「私が先生たちの後を追おうとしたせいで……ブルータスは止めたんだけど……」
アリアは申しわけなさそうにうつむいている。
ブルータスは剃り上げた頭をかきながら「気にすんな」と、慣れない様子で慰めた。
「ま、そんときに酒場の隠し通路を思い出してな。通路に逃げ込んだ後、目くらましに火を放って逃げたってこった」
「そうだったか――しかし何にせよ、お嬢様が無事で何よりです」
「あの、それで先生……シーナはいったい? どうして傷が治らないんです?」
痛みに喘ぐシーナを見ながら、アリアは不安に顔を曇らせる。
「あの男、ラインラントの持つ剣……あれは恐らく『マジックスレイヤー』」
マックスは嫌悪感を露わに、その剣の名を呟いた。
「エルフ殺しと呼ばれ、忌み嫌われた魔剣です。僕も目にしたのは初めてですが……伝承によれば、その刃には同族殺しの魔術師として悪名高い、エドナの呪いが込められていると聞きます」
「……よくわかりませんが、あの剣さえ持てば誰でも魔法を打ち消せると?」
ユダの疑問に、マックスは首を横に振る。
「いいや、ああいった魔装具は使い手を選ぶ。逆に言えば、使い方を理解した適性のある者が使えば、恐ろしいほどの効力を発揮するんだがな」
「……なるほど、柱崩しのカラクリが解けましたね」
マックスは頷き、シーナに視線を移した。
「ああ。柱は言わば、魔力が生きものの形を成しているようなものだからな。マジックスレイヤーは正しく柱の天敵といえるだろう。こいつも似たようなものだ」
その表情は恐れや落胆に驚愕、それから好奇心までが入り混じった極めて複雑なものであった。
「先生、どうにかシーナを助けることは?」
「魔力と一口に言っても、柱にとっての魔力の源は呪詛や怨念が生み出す負の力です。残念ながら僕の領分では……」
マックスは気の毒そうに、アリアから目線を逸らす。
「そんな……」
アリアは今にも泣き出しそうに呻いた。
するとその小さな肩に、
「なぁに、そう心配するな」
ブルータスの大きな手が優しく置かれた。
「なあお嬢、一つ聞くがよ。こいつが槍で突かれようと剣で裂かれようと雷に焼かれようと、それでもしぶとく立ち上がるのは、こいつが柱もどきだからか? 大層な魔法を使えるからか?」
アリアは唇を噛み、しばしうつむいて沈黙した後、首をゆっくりと横に振った。
「そうだ、違うだろう。こいつが、立ち上がろうとするからだ。そういう奴だからだ。こいつとは知り合って間もないが、殺し合い、ともに戦い、酒を酌み交わした仲だ。このシーナって男がどんな奴かはよくわかる。お嬢もそれは、よくわかっているはずだ」
ブルータスの言葉に、アリアは涙を堪えて静かに頷く。
すると、スコールが慰めるように寄り添ってきた。毛並みを撫でると、幾らか気分が落ち着いた。
「人の命の源は心根にあります。この彼のそれは馬鹿みたいに頑丈ですからね。心配無用ですよ」
ユダは優しく微笑みながら、シーナの肩をさすった。
青白い顔いっぱいに脂汗を浮かべているが、荒れていた呼吸は幾らか落ち着きを見せ始めている。
「今できる限りの処置は済ませました。後はアーネスト様に任せましょう――そうだ、先生に見て貰いたいものが」
ユダは思い出したように、布袋から書物や巻物を雑に取り出してテーブルに広げた。
「どれもラインラントの隠れ家で見つけたものです」
「ふむ……」
マックスはさっそく巻物を手に取り、黙々と眺めはじめる。
しかしその顔色が変わるまで、そう長い時間はかからなかった。
「こんな、馬鹿な……」
「いったい、何です?」
「これは、エルフの封印術に関する研究資料と……絶界発動の術式だ」




