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SHEENA!(シーナ!)  作者: コバンザメ
第6章 「あの地下牢に風が吹いた」
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第3話


 シーナは慌てて剣をぬく。

 しかしこれだけの多勢を相手にした経験などあるはずもなく、その顔には焦燥感がありありと浮かんでいた。

 ユダもまた、硬い表情で剣をぬき放つ。

「――驚いたな。監獄島で相当痛めつけられたろうに、どんな魔法を使ったんだ?」

 包囲を掻き分けて現れたのは、ラインラントとハモンドの両名である。

「お仲間のエルフに治して貰ったのか? よほど優秀な癒し手なんだな」

 ラインラントは驚いた様子で、ユダを眺めている。

「よければ紹介しましょうか。その傷痕、気になるでしょう?」

 ユダが煽ると、ラインラントはこめかみに青筋を立ててわかりやすく苛立つ。

 すると隣で睨みを利かせていたハモンドが口を開いた。

「気にするな。今度こそ息の音を止めればいいだけだろう。俺に任せておけ」

「大丈夫か? アイツ、なかなかつかえるぞ」

「あまり俺を舐めるな」

 ラインラントを一瞥し、剣をぬくハモンド。

「お前たち! 手を出すんじゃないぞ!」

 部下たちに下知を放つと、殺気とともにこちらへ歩み寄ってくる。

 ラインラントも剣をぬき、シーナに向けて朗らかな表情で殺気を放った。

「察するに君が、ウォーカーの娘のお目付け役か。首はモウブレーの狸親父に送り付けてやるから、安心するといい」

 輝く金髪をかき上げて、整いすぎた顔立ちを見せつけるラインラント。

 その瞳の冷たさに、シーナは思わず身震いする。するとユダが声をかけてよこした。

「正直そこまで心配してはいませんが、気をぬかないように」

「帰りたい」

「試しに頼んでみますか?」

 いつもどおり飄々としたユダの声が、シーナには救いであった。

 剣を構える二人に、ハモンドとラインラントが悠々と歩み寄る。

 そして四人の距離がいよいよ迫ったとき、真っ先にユダがハモンド――ではなくラインラントに迫った。

 一瞬で距離を詰め、突きを繰り出す。

 しかしその突きを巧みに遮る剣があった。ハモンドである。

「俺を、無視するとはな……!」

 表情こそ崩さないが、ハモンドの実力を見誤り内心動揺するユダ。その脇をすりぬけて、ラインラントがシーナに迫った。

 ユダへの意趣返しの如く、突きを放つ。シーナはなんとか防ぐものの、その威力に目を剥いた。

 息継ぐ間もなく連撃が放たれ、シーナは防戦一方に陥る。

 その剣の俊敏さと重さはユダやブルータス、それからモウブレーに通じるものがあった。

 ――オッサンらと戦ってなきゃ、今ごろ首が飛んでたな……

 一撃必殺の剣の嵐の中、猛者と刃を交えた経験だけがシーナの首の皮をつなぎ止めていた。

「ほう、意外と耐えるじゃないか。流石は『戦槌の傭兵団』といったところか。その名を騙られるのは、少々癪だがなっ!」

 ギリギリのところで食い下がるシーナに、賞賛を贈るラインラント。その表情は余裕そのものであった。

 ――出し惜しみしてる場合じゃあないな

 シーナは覚悟を決め、剣を握る手を硬くした。

 一方、ユダとハモンドの剣戟はシーナたちからわずか離れた場所へ舞台を移していた。

 苛烈に連撃を繰り出すハモンド。その隙間を正確なカウンターで縫い合わせるユダ。一進一退の攻防が続く。

 二人の剣が衝突し、鍔迫り合いとなった。

「なるほど、いい腕だ。ギルドの男よ」

 そう言って、ハモンドはユダの身体を強く押し飛ばす。ユダは逆らわず、素直に距離を取った。

「なぜ、我らの邪魔立てをする。お前たちは何か勘違いしているようだが、我らは真にこの国の未来を憂いているのだぞ。それがなぜ――」

 というハモンドの言葉を遮って、ユダが距離を詰めた。

 再度鍔迫り合いとなり、今度はユダがプレッシャーをかける。

 刃がキリキリと音を立て、火花を散らした。

「ならば騎士様。アーネスト王に仕えるはずのあなたの相棒はなにゆえに、魔王の虜となっているのでしょうか?」

「何……?」

 その言葉を聞いたとき、ハモンドの構えに隙が生じた。無論、ユダは見逃さない。

 瞬時に押し切ってハモンドの体勢を崩すと、がら空きの懐に剣の柄尻で強打を与えた。

「がぁっ……」

「失礼を、騎士様。しかし、先ほどの言葉に偽りはありませんよ」

 呼吸困難に陥ってひざまずくハモンドと、慇懃に声をかけるユダ。すると、シーナの気合声が耳に入ってきた。

 ラインラントの剣が額を掠めた。

 シーナは文字どおり紙一重の回避に成功し、相手の懐に飛び込む。

 尋常の相手ならこのまま剣を振るところだが、今相対している敵は遥か格上である。

 懐深く剣を構え、全力で石畳を踏みしめる。

「ぉおおッ!!!」

 これ以上ないタイミングで、渾身の突きを繰り出した。

「――相打ち覚悟とは、泣かせるじゃないか」

 ラインラントの金髪がシーナの頬を撫で、耳元で甘く囁いた。

 焼き尽くすような熱が脇腹を襲う。

 シーナの剣は空を突き、代わりにラインラントの剣が腹に突き立っていた。

 剣を引きぬかれ、後退り、ひざまずく。

 回復を待つが傷は一向に塞がらず、口から血が噴き出た。

 ――何で、再生しない……

 何かがおかしい――遠目に見ていたユダにも、それは明らかであった。

「シーナ君ッ!」

 慌てて駆けつけるユダ。ラインラントは止めもせず道を譲り、微笑んで見守っていた。

「これは、いったい……」

 傷を抑えるが血は止まらず、シャツがあっという間に赤黒く染まっていく。

「どうした、仲間の死は慣れっこだろう?」

 少し離れたところから、ラインラントが嘲笑を投げかける。

「貴様……」

「へえ、そんな顔もできるんだな」

 ユダは歯噛みして、シーナを強く抱く。

 凍て付くような冷気が辺りを包み込んだのは、そのときであった。

 騎士たちが一様にざわつき始める。そして次の瞬間、広場を猛烈な吹雪が襲った。

「これは、まさか……」

 視界もままならぬ吹雪の中、包囲網を飛び越え、ユダたちのすぐ近くに降り立った影が一つ。


「――嫌な予感がしてな。僕の勘はよく当たるんだ……とくに悪い予感は」

 影の正体はスコール、そして彼の背に跨ったマックスであった。

「さあ、今のうちにさっさと逃げるぞ!」

 身を切るような猛吹雪を背に、マックスが叫ぶ。

「先生、シーナ君の傷が――」

 ユダが言いかけたそのとき、急に吹雪が止んだ。というよりは「消滅した」と表現したほうが正確なほど、それは突然の出来事であった。

「――フレイザーをやったのはお前だな。エルフ」

「なっ……」

 消滅の渦の中心、吹雪に代わって現れたるはラインラントである。

「名前はマグズヴェル、じゃなくてマクスウェル……だろう? 最期の最期まで、その名を叫んでいたよ。フレイザーとはいったいどんな関係なんだ?」

 無邪気に尋ねるラインラント。マックスは取り合わず、険しい表情で呪文を唱えた。大気が冷却されて気中の水分が急速に凝固し、彼の前に無数の氷柱が顕現する。

「いけぇっ!」

 掛け声に応じ、目にも止まらぬ速度で発射される氷の牙。

 広場に轟いたのは肉の裂ける音――ではなく、氷の砕け散る音であった。

「奴は、あれは、まさか……」

 マックスは青ざめた顔で呻いた。

 直撃の寸前、ラインラントが剣を横一閃に振っただけで、氷柱がすべて砕けて霧散してしまったのである。

 歯噛みし、口早に呪文を叫んで杖を振るマックス。

 今度は風の刃が空を斬り、ラインラントに襲い掛かる。

 しかしそれもまったく同様に、ただ一振りの剣によって、虚しいほどにあっさりとかき消されてしまった。

 言葉を失ったのはマックスだけではない。辺りを取り囲む騎士たちも、ユダに敗れ傍観に回っていたハモンドも一様に息を飲んだ。

 しかしラインラントだけは、まるで何事もなかったかのような素振りでスコールへと視線を移す。

「その狼……貴様ら、やはりウォーカーの娘と一緒か。娘のところまで案内してもらうぞ」

 ニヤリと笑ったラインラントが手振りで合図を出す。背後に控える騎士たちが、ゆっくりと前へと出た。

「――さて、どうしましょうか。先生?」

 座り込んだまま、じわじわと迫りくる敵を睨み付けるユダ。

 その腕の中でシーナはただ細く息を切らし、懐からは血を流し続けていた。

 マックスは意を決したように、ごくりと息を飲む。

「少しでいい。時間を稼いでくれ……できるな?」

「あなたのためなら、幾らでも。スコール殿、シーナ君を頼みましたよ」

 ユダは立ち上がって仲間に微笑むと、剣を手に悠然と前へ出た。

 対する騎士たちも徐々に歩を速め、やがて走り出す。

「うおおっ!!」

 先頭を走る王宮騎士が地面を蹴り、雄叫びとともに剣を振りあげる。

 しかしそのときすでに彼の胴は斬り裂かれ、鮮血が石畳を赤く染めていた。

 一人目が倒れ伏したとき、二人目の騎士の首が飛んだ。

 やがて三人、いや四人。

 恐怖し、足を止めようとする騎士たち。しかし後続の仲間に背を押され、ユダの前へと不用心に身を晒す。

 五人、六人。

 ユダが剣を振るうたび、騎士の骸が増えていった。

 なおも続々と押し寄せるが、彼は一歩も退かず骸を作り続ける。

 しかし敵は百名からなる軍勢である。当然ながらユダを無視し、シーナたちに襲い掛かる者もいた。

「スコール殿、行きましたよ!」

 ユダが叫ぶが、時すでに遅し。騎士たちはスコールの牙と爪による餌食となっていた。

「グルルルッ!」

 牙を剥き出し、唸り声を轟かせるスコール。その凄まじい気迫を前に、近付くものは本能的に足を止めた。

 マックスは杖を地面に突き立て、額に汗を流しながら呪文を唱え続けている。

 部下たちの不甲斐ない有様に、ラインラントは思わず舌打ちを漏らした。

「もういい、私がやる!」

 苛立って剣を振り、ユダに向かって歩み寄ろうとした――そのとき。

「ユダぁ! 下がれ!」

 マックスの高い声が響き、ひんやりとした冷気が首筋を撫でた。

 それを合図に大きく跳び退るユダ。刹那、彼の目の前に巨大な氷壁が出現した。

「ははっ、お見事!」

 騎士たちは悲鳴を上げておののき、堅牢な壁の前に立ち尽くす。

「こっちだ、走れ!」

 マックスの声に従い、ユダは背を向けて走り出す。その背後から、氷壁の砕け落ちる轟音が響いた。

 崩れる壁から姿を覗かせるのは、ラインラントである。

 逃げる背中を追うが、ユダは振りむきもせず仲間のもとへ駆ける。

「よくやった! お前の勝ちだ!」

 マックスが杖を掲げ、重々しく振りまわした。

 するとつむじ風が起こり、急速に発生した竜巻がマックスたち四人を包み込んだ。

 しかしなお怯むことなく、猛然と突っ込んでいくラインラント。

「ははっ、お粗末ッ!」

 突風に逆らって剣を振るう。刃が風に触れた途端、竜巻は陽炎の如く消滅してしまった。

 がしかし、姿を消したのは竜巻だけではなかったのだ。

 ラインラントは金髪を乱暴にかきあげ、似合わない舌打ちを漏らす。

「……これは一本、取られたな」

 シーナの血痕だけが残る石畳を見下ろしながら、苦い顔で呟いた。


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