第2話
ユダに案内され辿り着いたのは、王都の中腹に建つ小さな教会であった。
教会の前は広場になっている。
この辺りは比較的裕福な市民が暮らす区画なのか、立派で清廉な白レンガの家々が並んでいた。
朝方ということもあって、周囲は静けさに包まれている。
やや緊張気味のシーナであったが、教会の扉を押すと意外にもすんなりと開いた。
赤絨毯に長椅子が並び、その先には祭壇が設けられたいたって平凡な聖堂である。しかし一つだけ際立って目を引くものがあった。
「もしかして、あれが……」
彼が見つめるのは、祭壇後ろを彩る荘厳なステンドグラスである。
ローブをまとった長髪の男が杖を掲げ、その背後では緑色の肌の戦士が斧を、真紅の衣装をまとった女が弓をそれぞれ構えている。
「ええ。あれこそノルズヴァン王国を含む三国すべての建国の王にして、唯一の神なるアーネスト・ヘインズ様です。右は『巨人』ラ・ヴォルカン、左は『紅の弓取り』ベアトリス・サングスター。彼ら三英雄もまさか、邪教徒の隠れ家に祭られるとは夢にも思わなかったでしょうね」
ユダは苦笑している。
食い入るようにステンドグラスを見上げるシーナだったが、突如、扉の軋む音が聞こえた。
長椅子の影に隠れて様子を伺うと、司祭らしき老人が慌ただしく教会に入ってきた。手には松明を持っている。
恨み言のような小言をブツブツと呟きながら、祭壇に近付いていく。そして祭壇の下に手を差し入れ、傍目にはわからなかったが、何らの操作を行ったようであった。
ズズズ……
石畳の擦れ合う音が教会内に響く。
祭壇の後ろ、ステンドグラスの前の床がスライドし、隠し階段が現れたのである。
司祭は松明に火を点けて階段を降り、地下通路を進んでいく。さほど長い通路ではない。
やがて大きな扉につき当たった。
扉の先は書庫であった。
ところ狭しと本棚が並び、大量の書物が詰め込まれている。そのほかにも膨大な量の巻物やらメモ紙などが、あたり一面に散乱していた。
それらを見回し、大きく嘆息を漏らす司祭。左手の松明を書物の山に投げようとした、そのとき――背後から当て身を食らい気を失った。
「おおっと」
落ちかかる松明を、ユダが受け止めた。
「この爺さんも、うわさの邪教徒か」
司祭を縛りながらシーナが尋ねる。
「ええ。私たちの調べは間違っていなかったようです。ここのことをもっと早く、ウォーカー公に伝えさえしていれば……」
そこまで言って、ユダは苦い表情を浮かべる。
「せめて残された俺たちが彼の意志を継ごう――俺たちの大好きな、お嬢のためにもな」
シーナに励まされ、ユダはふっと笑みを溢した。
「君に言われるまでもありませんよ」
「上等。さっさと取り掛かろう」
シーナは本の山を掻き分け、手掛かりを探し始る。ユダもその後に続いた。
しばらくすると、ユダがぽつりと呟いた。
「――知っていますか。この世界の正体はなんと球体で、しかも常に回り続けているんですよ」
「嘘吐き」
ユダは笑い、言葉を続ける。
「私も下手な嘘だと思っていました。この世界が動いているのなら、たとえどこにいようと風を感じる筈だとね」
「……」
「しかしウォーカー公の仕事をしくじり、牢獄で死を待つだけだった私の前……隣に君が現れ、新たな生を与えてくれた。それも公の忘れ形見を連れて――あのとき、あの地下牢に風が吹いたのを確かに感じたんです」
「アーネスト様のお導きだな」
「本当にそう思いますか?」
やけに真剣な口調で問われ、シーナは閉口した。
「この巡り合わせは、見えざる神や運命の力などではありません。そうでしょう? 君やお嬢様、そしてウォーカー公の意志によるものです。世界は確かに動いているんですよ。君のような、確固たる人間たちの意志によってね」
「……」
「確かに君は過去を失ったかも知れない。しかしいいですかシーナ君、過去の行いこそが現在を縛り付けるんです。過去を失う――それは一切のしがらみを断ち切った、完全な自由とも言い換えられる。君の手には今、自由に世界を動かす力が握られているんです。この件が片付いた後、果たして君はどんな風を巻き起こすんでしょうか。今から楽しみにしていますよ」
思いがけず、作業の手が止まるシーナ。
「そりゃまた、なんというか……」
返す言葉が見つからなかった。この件が終わった後のことなど、考えたことがなかったから。
なんと言うべきかわからず、手にしていた巻物に目を落とす。するとそこには見覚えのある文言が記されていた。
「戦槌の、魔王……」
「そちらにもありましたか」
「え?」
ユダの言葉に振りかえって尋ねる。
「こちらにも魔王の時代からなる、王都の歴史研究や地下墓所の古い地図などが――しかしなぜこんなコケの生えた資料を……」
「なあこれ、意味わかるか?」
そう言ってシーナは、まだ新しい巻物を広げる。そこには魔法陣と思しき複雑な図解が記されていた。
「あいにくとさっぱりですが、先生が監獄島で見つけたエルフの禁術とはまた別物のようですね――我々で話し合っても埒が明きません。先生に見て貰いましょう」
ユダはどこからか大きな布袋を取り出した。
「準備のいいことで……」
シーナは半ば呆れながら、目ぼしい資料や巻物を詰め込んだ。
布袋を肩に掛けたユダに急かされ、もと来た通路をひた走る。
聖堂まで戻った際、シーナは思い出したようにステンドガラスに振りかえった。これで見納めとばかりにアーネストの肖像を見上げていると、
「さあ、見惚れていないで行きますよ」
ユダの声で我に返った。
目的を達成した二人は教会を後にする。
異変に気付いたのはその直後、広場に降りたときであった。
「……冗談だろ」
シーナは我が目を、耳を、頭を疑った。
ドタドタと地面を蹴る軍靴と、擦れあう剣と甲冑の音。
瞬く間に、銀の鎧と青の僧衣に四方を取り囲まれた。
『ミュール王宮騎士会』および『聖王騎士団』、約100名からなる包囲網である。




