第3話
シーナがクリーグの酒場で騒ぎを起こしてから、半日ほど後の晩刻。
オダリアとクリーグを結ぶ街道の、中間地点を僅かに外れた辺り。その野原に、簡素な会席の場が設けられていた。
席に付いているのはモウブレーとチェンバース。それからハモンドとラインラントの四名である。
周囲を戦槌の傭兵団と聖王騎士団が取り囲み、物々しい雰囲気が漂っている。
「――それで? 栄えある聖王騎士団と、王宮騎士会の筆頭騎士殿が、揃いも揃ってどちらに?」
モウブレーがグラスを傾けながら嫌味っぽく尋ねる。
無言で睨みを返すハモンドに代わり、ラインラントが丁寧な口調で答えた。
「カルド山の辺りで絶界が確認された、との情報がありましてね。浄化に向かうところなのですよ……何かうわさなど御存知では?」
「カルド山の……ああ、カルド山の悪霊が復活したなどとは聞いておりましたが、いやまさか絶界とは想像も付かなんだ」
白々しく嘘を吐くモウブレーの隣で、チェンバースが薄ら笑いを浮かべている。
「左様ですか。いえ実は、高名なる戦槌の傭兵団ならばもしや、すでに絶界を浄化していただいているのではないかと、なんとも他力本願な期待を寄せていたもので……」
残念です、と微笑むラインラントの言葉を、ネイサンが鼻で笑い飛ばした。
「一介の傭兵団如きに、柱が倒せるものか。大体、呪われた魔王の名を拝借する趣味の悪い連中だぞ。邪教徒同様、絶界を崇拝すらしているやも知れん」
――その邪教徒の元締めは、貴様だろうが
モウブレーは顔で笑いつつも、心の中でそう吐き捨てた。
「団の名を売らねばならんのでね。それに趣味が悪いと言っても、貴公には敵わんよ。戦争したさに終戦の英雄を謀殺するような……貴公には」
「――ッ! 貴様ッ!」
憤ったハモンドが椅子を蹴って立ち上がり、腰の剣に手をかける。すかさずチェンバースもぬき合せようとするが、その場の誰よりも速く、ラインラントがハモンドの腕を掴んで制した。
「離せッ!」
「大義なき刃は、いみじくも子羊の肉を裂く――落ち着くんだ、ネイサン」
「……くっ」
ハモンドは怒りが治まらない様子ながらも、剣から手を放してラインラントの腕を振り払った。そしてラインラントが起こした椅子にどっかと座ると、また腕組みしてモウブレーに睨みを利かせ始める。
「御無礼をお許しください……ただ言葉選びには、些か気を配られたほうが宜しいかと」
ラインラントは低姿勢で微笑むが、彼の放つ視線には有無を言わせぬ気迫があった。
――これが『柱崩しの騎士』か
モウブレーは思わず、緊張に唾を飲んだ。
一方のラインラントは笑顔のまま、給仕にワインのお代わりを頼んでいた。
「――して、傭兵団の皆さまは何用で南に? もしや王都へと向かわれるのですか?」
「ええまあ。たまには都の空気を吸わねば、と」
「それにしてはずいぶんな装備だな。まるで戦にでも行くようだ」
ハモンドは疑わし気な表情で、傭兵団の面々を見回す。彼の言葉どおり、団員たちは各々厳めしい装備に身を固めていた。
「近ごろは奴隷狩りやら化物騒ぎなんかが頻発しているからな。それにおたくらが当っている、絶界の件もある。装備もなしに長旅ができる世の中じゃあないってこった」
「はん、どうだかな」
ハモンドは興味なさげに聞きながら干し肉を噛み千切る。すると、
「話は変わりますが――」
とラインラントが話を切り出した。
「モウブレー様は、アリア・ウォーカーをご存知ですか?」
その言葉にモウブレーの片眉が上がる。
「ああ、知っているとも。ウォーカー公の忘れ形見だ。それが何か?」
平静を装いながらも、内心穏やかではない。
「いえ実は彼女、一年前の政変後は、遠縁の親戚の元に身を寄せていたのですが、半年ほど前から行方をくらませていましてね。ウォーカーと親しかったモウブレー様なら、何かご存知なのでは、と」
「俺が知りたいくらいだ。しかしなぜ探す必要がある。娘一人いなくなっただけだろう」
「ただの娘ではありません、売国奴の娘です。何を企んでいるやら、知れたものではありません」
ラインラントはモウブレーの反応を伺うような視線を投げる。
「売国奴、とは神のしもべとは思えない口ぶりだな」
モウブレーはニヤリと不敵な笑みを返した。
「何やらカマをかけているようだが、見当違いだ。確かにウォーカー公は戦友だが実際問題、俺は傭兵だ。傭兵は戦場でしか生きられない。だから軍国主義を復権させようとしているアンタらには正直賛同しているし、今更ウォーカー公に義理立てするつもりもない」
しばし、モウブレーとラインラントは笑顔で睨み合う。
すると、ラインラントがフッと冷たい笑い声を漏らした。ハモンドもまた、軽蔑の視線をモウブレーに放っている。
「それもそうだ。忠義や信念など、傭兵家業には関係のない話でしたね――さて、我々はそろそろお暇させていただきます。非常に有意義な席を、ありがとうございました」
ハモンドとラインラントが席を立ち、自陣へと帰っていく。その背中に、モウブレーが声をかけた。
「優れた癒し手を、お抱えのようだ」
二人の足が止まる。
「……どういう、意味で?」
ラインラントが振りかえりもせず、抑揚のない声で尋ねた。一方のハモンドはというと、緊張の面持ちでラインラントを見つめている。
「その顎の傷、剣による斬り傷だ。つい最近負ったものだが、すでに治りかけている。癒し手の治癒を受けたのだな。だが早く完治せねば、私のように痕が残りますよ――『柱崩しの騎士』に傷を付けるとは、余程腕の立つ剣士を相手にしたと見える」
屈託なく笑うモウブレーに向かって、ゆっくりと振りかえるラインラント。その顔には、氷のような微笑を浮かべていた。
「人の神経を逆撫でするのが、上手い方だ……」
ラインラントは腰の剣の鞘を撫でながら極めて静かに、かつ冷淡に皮肉を吐くと、身を翻して去っていった。
「――俺のように傷を武勲だと誇る者もいれば、恥だと忌み嫌う者もいる。あいつは文句なしの後者だな。あの傷を付けた奴はアッパレだが、その後どんな目に遭ったものか……」
モウブレーは冷や汗に濡れた身体を椅子に預け、乾いた喉をワインで潤す。
チェンバースが可笑しそうに笑いながら、二杯目を注いで渡した。
「でも柱崩しの騎士様、想像の十倍美形でした」
「ああ。その五十倍クソッタレだったがな」
騎士団のテントを見ながら、モウブレーは不安げな表情を浮かべる。
「奴らまさか、お嬢様を探していたとは……」
「何が目的でしょう?」
「『白の戦士団』に対する人質だろう」
「お嬢様が人質、ですか……?」
「恐らくな。大恩ある元団長の一人娘だ――戦士団の連中にしてみれば姫様みたいな存在なんだよ、アリアお嬢様は。だからこそお嬢様を手元に置いておけば、戦士団も迂闊に手を出せない。ハモンドたちの狙いはそこだろう」
卑怯者共が、とモウブレーが歯噛みする。
するとチェンバースがハッと顔を上げた。
「もしかしたらお嬢様たち、クリーグに向かう道中で騎士団とすれ違ったんじゃないでしょうか」
「ああ。それでも気付かれなかったのであれば、運がよかったとしか言いようがない奴らが捜しているとわかった以上、一刻も早く合流せねば」
「直ぐに発ちますか?」
「……いいや。今すぐ動けば、怪しまれる。明朝、奴らが北へと向かうのを確認してから、こちらも出発しよう」




