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SHEENA!(シーナ!)  作者: コバンザメ
第3章 「探し物ならジョッキの底に」
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第2話


 市場での騒ぎから少し経ったころ。アリアとシーナ、そしてエルフの姿を、市場から少し離れた酒場の端の席に見ることができる。

 エルフは再び緑色のフードを深く被り、その顔を隠していた。

「こちら、マクスウェル・リー・マドメイ先生。私はマックス先生ってお呼びしてるわ。ヴィリ・シアンの高名な魔法使いで、お父様の友人なの。子供のころ、私に魔法を教えてくれた先生でね……知ってのとおり、私に魔法の才能はなかったけど」

 マックスことマクスウェルを紹介しながら、アリアは自虐っぽく笑った。

「何を仰います。魔道の神髄とは、精神や物質に捉われることなく、真なる視点でこの世の奥底に秘められた真理を探求することこそにあります。魔力の操作、いわゆる魔術はその副産物にすぎません。その意味では、お嬢様ほど才能のある生徒はいませんでしたよ」

 マックスは懐かしそうに微笑んでいる。アリアは照れ臭そうに頭をかいた。マックスの外見はどう見ても子供だが、まとう雰囲気は正しく老師のそれである。

「あ、あのー……」

 と気まずそうに声を発したのはシーナである。

「俺、シーナって言います。宜しくどうぞ」

 にこやかに握手を求めるが、マックスはエールの入ったジョッキから手を離さず、打って変わって冷めた目でシーナを睨んでいる。

「そのナリで女だと? おちょくってるのか?」

 ――アンタがそれ言うか?

 シーナは心の中で苦笑する。

「あの、先生。それ、本当なんです。いや、本当に女性というわけではないんですけど、彼、色々とわけありでして……それにシーナは、私の命の恩人なんです」

 アリアがそう釈明すると、マックスが意外そうな表情を浮かべた。

「ほう……シーナとやら。アリアお嬢様を助けるとは、人間にしては殊勝なことをしたな。僕を子供呼ばわりした無礼、特別に許してやろう」

 ――お嬢も人間……だよな?

 シーナはそんな疑問を抱きつつも、取り敢えず頭を下げておいた。

「そ、それは、どうも」

「しかし、どんな理由で男が女の名前を名乗るようになるんだ……というより、お嬢様がなにゆえこんなところに? アダム殿もご一緒で?」

 マックスが矢継ぎ早に尋ねると、アリアの表情が僅かに険しくなった。

「……先生は、政変のことはご存知ありませんか?」

「政変……? まさか、アダム殿に何か?」

 マックスの顔もまた、不安に曇った。


 政変により父が謀殺されたこと。それから諸方を彷徨ううちにシーナと出会い、絶界に遭遇したこと。そして監獄島を目指す理由を話すうち、マックスの表情にますます影がかかった。

「それは、なんというべきか……誠に、誠に残念でした」

 マックスは言葉を失いながらも、絞り出すように呟いた。

「遺跡に籠っている場合ではありませんでした……友の危機に、力になれないとは」

「そんな、先生は何も……ただ、ここでこうして先生に巡り合えたこと、これがアーネスト様の導きでなくなんと言いましょうか。どうか、あの監獄島で何が行われているのか、それを突き止めるための御知恵を……」

 アリアが、潤んだ瞳でマックスを見つめる。

「無論です。僕のこの冴え渡る頭脳で宜しければ、喜んで御貸し致しましょう」

 マックスはアリアの手を取り、頼もしく微笑んだ。

「とは言っても、そもそも我々の目的は共通のようですが」

「それはいったい……? まさか先生も、監獄島に何か用が?」

 アリアが訝し気に尋ねると、マックスも苦い顔で頷く。

「ええ。ある男を探しに……恐らくは、あそこの看守長を務めている男です」

 マックスが重い口調でそう打ち明けたとき――酒場の扉が勢いよく開かれた。

 ずかずかと入ってきたのは、薄茶色の制服と帽子を身に付けた、憲兵隊の五人である。

「穢れた尖り耳が治安を乱しておるとの通報があった! 誰かエルフを見た者はいないか!」

 リーダー格の男が高らかに叫ぶ。酒場はしぃんと静まり返った。

「穢れた尖り耳……間違いない、看守長はアイツだ」

 マックスが確信に満ちた声で呟く。

「おいお前! フードを取って顔を見せろ!」

 その言葉にアリアの心臓が跳ね上がるが、憲兵に問い詰められてフードを取ったのは、入口近くに座っていた別の客である。

 憲兵たちは一人一人、客の顔と耳とを確かめていく。

 ――まずい、このままじゃ……

 アリアは焦った様子で、二人に目配せする。

 するとシーナがある方角を指差した。アリアとマックスがチラと振りかえるとそこには、裏口が設けられていた。

「俺が隙を作る」

 シーナは小声で呟くと、止めるアリアに剣を預け、ジョッキいっぱいのエールを飲み干した。


「――おい! これだけいて、誰も見ていないのか! どうなんだ!」

 苛立ち声を荒げる憲兵。皆が息を飲んで声を潜める中、一人答える者がいた。

「やあ牧師さん、何かお探しで?」

 顔を赤くした、にやけヅラのシーナである。その手には、エールが並々注がれたジョッキを持っていた。

「憲兵だ。尖り耳を探していると言ってるだろうが」

「ああ、そうか。いや、なるほどねえ、耳を失くしたと。そりゃ大変だ」

「……もういい。引っ込んでろ、酔っ払い」

「いやいやいや! 俺知ってますよ、牧師さんの探しもの」

「何?」

「それは、このジョッキの底に! さあ、ぐぐっと飲み干して!」

 シーナはヘラヘラと笑いながら、憲兵にジョッキを差し出す。

「ちっ、邪魔だ! どけっ!」

 苛立った憲兵がシーナを押しのけ、裏口のほうへと進もうとする。するとシーナは怒りに顔を赤らめ、叫び声を上げた。

「俺の……俺の酒が、飲めねぇってかぁ!」

 すれ違う憲兵の後頭部に、ジョッキを思い切り叩き付ける。木製のジョッキが砕け、エールが飛び散り、憲兵が倒れ込んだ。

「ああっ! もったいねぇ!」

「き、貴様ぁっ! 何をするかっ!」

 シーナを取り押さえようと、憲兵が組み付く。しかしあえなく殴り飛ばされ、テーブルに突っ込んだ。悲鳴が上がり、客たちが散り散りに逃げ出した。

「貴様ら、逃げるな!」

「ほっとけ、あの酔っ払いを取り押さえるんだ!」

 残る憲兵たちがシーナに襲い掛かり、酒場は一転して、乱闘の舞台となった。

「俺の酒が飲めねぇ奴ぁ全員、タマ蹴り上げてやらぁ!」


 騒ぎに乗じて裏口から逃げるアリアとマックスの耳にも、シーナの雄叫びが聞こえてきた。

「あの人間、本当に酔っ払ってたんじゃないか」

 早歩きで酒場を後にしながら、マックスが呆れ顔で呟く。

「あの、先生」

「どうしました?」

「『タマ蹴り上げる』って何ですか?」

 アリアがいたって真面目に尋ねる。

「……殿(しんがり)を務めるときの、掛け声です」

 マックスは、死んだ目で嘘を吐いた。


「はあ、はあ……」

 憲兵たちをひとしきり殴り倒したシーナは、酒場の真ん中で息を切らしていた。

 すると物音がしたので振りかえると、逃げ遅れた店主がバーカウンターから恐る恐る顔を覗かせていた。

「ああ、すいません。直ぐに消えるんで」

 と頭を下げた次の瞬間、背後に殺気を感じた。

 振りかえる暇もなく、脇腹に強烈な衝撃が走る。

「うぁっ――」

 続けて横っ面に重い一撃を見舞われ、シーナはあっけなく倒れ伏した。

 それから間もなく、大勢の憲兵隊が酒場に雪崩れ込んできた。

「こ、これは……」

 憲兵たちは言葉を失う。横たわるシーナの前に、長身の男が立っていた。

 男の頭髪は禿げあがり、顔は傷だらけで痩せこけ、目は血走り、白のローブは血の染みでどす黒く汚れている。そしてその手には、血錆だらけの十字槍を携えていた。

「こっ、これは、執行官どの! 御助力、感謝いたします!」

 先頭に立つ憲兵が、緊張の面持ちで敬礼する。

「――あれが、例の看守長直属の?」

 後ろに控える憲兵たちが、ひそひそと囁く。

「ああ、拷問執行官殿だ。俺も久しぶりに見たぜ。何せ四六時中、あの看守長と一緒に、例の儀式だか実験にかかりっきりだからな」

 執行官に向けられる彼らの眼差しは畏怖に好奇、そして蔑みを孕んでいた。

「この男を、監獄島の地下に。それから急ぎエルフを捕らえよ。なんとしても、フレイザー看守長の前に差し出すのだ」

 執行官は掠れた声で命令を飛ばすと、憲兵たちをかき分け酒場を後にする。

 そして気を失ったままのシーナもまた、監獄島へと運ばれていくのであった。

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