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SHEENA!(シーナ!)  作者: コバンザメ
第3章 「探し物ならジョッキの底に」
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第1話


 オダリアの街を出てから丸二日後の晴れやかな朝、アリアたちを乗せた幌馬車は、クリーグの街のすぐ傍まで辿り着いていた。

「あれが監獄島かんごくじまか。想像よりもずっとデカいな」

 助手席のシーナが感嘆の声を漏らす。その視線の遠く先には、監獄島の中央にそびえ立つ、巨大な塔の姿があった。

「国中の重罪犯が集まる場所だからね――はあ、そんな国の要所を調べる手立てなんてあるのかしら……」

 アリアは手綱を握りながら、弱気な声を漏らす。

「昨日の勢いはどこ行ったんだ、スーパーガール。この国を救ってみせるんだろ」

「そりゃそうだけど、現実的に考えて……実際問題、どうしたら……」

 モゴモゴと弱音を吐くアリアに、シーナは苦笑を浮かべた。

 幌馬車は静かな森の街道を進んでいく。そして、いよいよ街の門へと差し掛かったそのとき、スコールが後ろの幌の切れ間から、ぬっと顔を出した。

「あれ、どうしたの――きゃあっ!」

 アリアが短い悲鳴を上げる。スコールが突如、彼女を幌の中へと引きずり込んだのである。

「ちょっ、何してんの200歳! お盛んすぎるって!」

 シーナが慌てて手綱を取り、慣れない手つきで門前の脇に停車させる。すると間もなく、十数騎から成る馬車隊が、門の中から現れた。

「――ッ! あれは……」

 幌から顔を覗かせたアリアが目を見張らせ、慌てて身を隠す。

 煌びやかな青揃いの僧衣を身にまとった騎兵たち。彼らが掲げる旗には、王冠と杖、そして剣が描かれていた。

 ――なるほど。『聖王騎士団』ね

 左隣を通りすぎる一行を眺めながら、シーナは息を飲む。

 そしてその中央を進む派手な馬車の窓から覗く、一人の男の横顔が、彼の眼に焼き付いた。

 輝く金髪に、透き通るような白い肌、すぎるほどに整った目鼻立ち――絵に描いたような美丈夫である。

 ――あの男が……


「――どうした、ラインラント」

 聖王騎士団・団長、ルディ・フォン・ラインラントに、野太い男の声が掛かる。

 シーナからは見えなかったが、ラインラントの向かいの席にもう一人、男が同乗していた。

「いや、何でもないよ。ネイサン」

 ラインラントが、甘く囁くような美声で答える。その相手はミュール王宮騎士会・筆頭騎士にして、アリアの父の仇とも言える、ネイサン・ハモンドであった。

 アリアの記憶どおり、短い黒髪で図体が大きく、角ばった精悍な顔立ちである。

 青い僧衣のラインラントに対し、ハモンドは騎士然とした銀の鎧を身に付けていた。

「妙なんだけど、たださっき、ほんの少しだけ……柱の気配がしてね」

「監獄島の近くだからな」

 当然だ、と言わんばかりに、ハモンドは腕組みして目を閉じた。

 ラインラントは、思案気な表情で窓の外に目をやる。その右顎から頬にかけて、一本の切り傷が付いていた。さほど深くはなく、ほとんど治りかけである。

 薄目を開けて傷を見るハモンドの視線に、ラインラントが気付いた。

「何?」

 先ほどと打って変わって、ラインラントの声には体温が感じられない。

「……いいや、何も」

 ハモンドは気まずそうに、視線をそらして目を閉じた。

 二人を乗せた馬車隊は、オダリアへと続く道を進んでいく。


 聖王騎士団をなんとかやり過ごしたアリアたちは、クリーグの街へと入り、今はモウブレーに紹介された宿屋へと到着していた。

「ここは団長の知り合いの宿屋らしいから、安心していいってさ」

「……」

 荷を下ろしながらシーナが話しかけるが、アリアは答えない。

「さっきの連中のこと、考えてるのか?」

「……え? ああ、うん」

「あれがうわさの聖王騎士団か。ラインラントらしき男が乗ってるのを見たよ。姐さんの言うとおり、えらい男前だったな」

「……あの人たち、カルド山に向かってたんじゃないかな。オダリアにも立ち寄るかしら」

 心配げなアリアの言葉に、シーナは思わず吹き出した。

「何だ、お嬢。やけに深刻そうな顔してると思ったら、団長たちの心配してたのか」

「だ、だって……」

「大丈夫だよ。傭兵団が騎士団と一戦交える理由なんてないだろう。それに何かあっても、ウチの傭兵団なら大丈夫さ。NO・12の言うことを信じなさい」

 自信たっぷりなシーナに励まされ、アリアの表情もようやく明るくなる。

「そうね、ごめんなさい。とにかく、できることをやらなくっちゃね――先ずは、情報集めかしら」

「だな。ただ、ジイ様は目立つから、宿で待機ね」

 幌馬車の中のスコールが、寂し気な声を漏らした。


 情報収集のため、アリアと二手に別れたシーナは、市場をぶらついていた。

 監獄島は、クリーグの街の南の、ルブア湖という湖に浮かぶ島で、巨大な橋によって町と結ばれている。

 街自体は小さいが、半日ほど南下した位置に王都がある関係から、流通も盛んで市場もそこそこ栄えている。

 ただやはり、街のどこからでも視界に入る監獄島の塔が、陰鬱な影を落としていた。

 シーナは、人の好さそうな老爺から果物を買うついでに、最近何か変わったことがないか尋ねてみた。

「何でも、政変に関係のあった闇ギルドのリーダーが、つい数日前に王都で殺されたんだと」

「へえ、ギルドの……」

 ――確か一年前の政変のとき、お嬢の父上はギルドと共謀して隣国のスパイを引き入れたと、嫌疑をかけられたんだったな……

 果物をかじるシーナの脳裏に、アリアの話が蘇った。

「その腰の剣……兄さん、旅の剣士さんかい?」

「ああ。王都の知り合いに聞かせるような、何か面白い話はないかと思ってね」

「そうか……だったら、早めにこの街を離れたほうがいい」

 シーナが理由を尋ねると、老爺は顔を寄せて小声で話し出した。

「監獄島が変わっちまったんだよ。一年前に、看守長が交替してからな。ウチの甥もあそこの看守だったんだが、暇を出されちまって、今じゃ得体の知れない連中があそこを仕切ってる」

「一年前?」

「ああ、それからだよ。あそこは元々、重罪犯が集まる監獄だったのに、今じゃチンケなスリでも引っ立てられて、二度とツラを拝むことはなくなっちまった。だからよ兄さん、余計な騒ぎに巻き込まれる前に、ここを去ったほうが身のためだ」

「はは、気を付けるよ。ありがと」

 ――どちらかと言えば、騒ぎを起こす性質なんだけど

 シーナは内心でそう呟きながら苦笑した。

 するとどこかから、言い合う声が聞こえてきた。

「ったく、言ってる傍からどこのどいつだ――っておい、兄さん! 近付いちゃダメだって! つまんねえことでも捕まったら、出てこられないんだぞ!」

「だったら尚更、止めてやらなきゃ」

 シーナは老爺の制止を背に受けながら、騒ぎの元へと近づいていく。

 どうやら装飾品の屋台の前で、店主の男と緑色のフードを被った少年が、買い取り価格について揉めている様子であった。

「100ガレンだと!? お前の目は飾りか? このシアン細工を見ろ、大陸なんかじゃ滅多にお目にかかれない逸品だぞ!」

 少年がネックレスを手に、澄んだ怒り声を響かせる。

「滅多にどころか初めて見たわそんな細工! お前のお手製か? 文句があるなら他所を当たれ、クソガキ!」

「なっ……ガ、ガキ、だと……」

 怒りに震える少年が、小さな拳を振りあげる。

 すると、その拳を掴む手があった。シーナである。

「な、何だお前は!」

「まあまあ、落ち着いて、ね? それにオッサンも、何も子供相手にそんなムキに――」

 と店主を宥めるシーナの脇腹を、軽い衝撃が襲った。

 少年を見ると、右拳を抑えて震えている。殴った手を痛めたらしい。

 彼は白のブラウスに、深緑のフード付きのローブ、黒のズボンにブーツという装いであった。背丈はシーナの肩にもおよばない。

「だ、誰が子供だ! 僕はなぁ、お前なんかよりも、よっぽど年上なんだぞ!」

 少年は涙声で叫ぶと、勢いよくフードを取り、その顔を露わにした。

 ――金髪の美形を、よく見かける日だな

 シーナは思わず、目を見開いた。

 黄金色の長髪に、細雪のような白く透き通る肌、やや吊り上がった碧く大きな瞳、まっすぐ通った高い鼻筋……男にも女にも見える中性的な顔立ちだが、そのどちらにせよ芸術的なほどに整った造形だと、心の底から感嘆した。

 しかし真に注目すべきは、その顔立ち以外にあった。

「お、お前……その耳は、その長耳は……」

 怯える店主の言葉どおり、その耳は、異様なほどに長く尖っていたのだ。

「ふん。『エルフ』がそんなに珍しいか、人間」

 吐き捨てるような、その言葉を聞いた店主は顔面蒼白になると、

「エ、エ、エエエルフだぁ! エルフだぞぉ!」

 半狂乱で叫び、辺りを囲んでいた野次馬たちとともに、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

 自称・エルフもフンと鼻を鳴らし、売り損ねたネックレスを掴むと、どこかへ立ち去ろうとする。

「お、おい、アンタ……」

 とシーナがその小さな背に呼びかけたとき、野次馬を掻き分けてアリアが現れた。

「シーナ! いったい、何の騒ぎ――」

 そう言いかけたアリアが、エルフの顔を見て言葉を飲んだ。

「……マックス、先生?」

「……アリア、お嬢様?」

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