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24.悪役令嬢はどちらなのか

「これはヴィシェフラドの王女殿下か。

 急ぎの用にて、お許しあれ」


 頭を下げることなく、前皇帝はいかにも形だけの微笑を作る。


「ああ、ちょうど良い。

 王女にはこれをご存知であろう」


 腕にしなだれかかったニコラに、前皇帝は視線を落とす。

 その隠しようもない甘さに、リヴシェの背にぞわぞわと怖気が走った。


「お姉さま、お久しぶりです」


 おどおどと伺うような様子がわざとらしい。

 相変わらずだ。

 しっかりお姉さま呼びをしておいておどおどとは、リヴシェを挑発しているとしか思えない。

 それでも前皇帝の連れてきた女だ。

 無視することもできないが、お姉さまと呼ぶことを許すわけにもゆかない。


 前世のリヴシェは、なるべく他人と争わないように、できるだけ穏便に穏便にと生きてきた。そのせいもあるのか、これまでリヴシェはなぜか自分に関わってくるヒロインを、ひたすら避けることで穏便にやり過ごそうとした。

 リヴシェには、小説のヒロインの恋を邪魔する気はまるでない。ラーシュはもともとリヴシェの婚約者なのだから、まあ言ってみれば返してもらうだけのことだ。小説どおりならニコラに夢中になるはずのラーシュだが、リヴシェのハピエンには必要な人材なのでここは譲れない。

 けれど男主人公ラスムスに関しては、ノータッチだ。むしろ応援していると言っても良い。

 そのうちニコラにも、リヴシェが敵ではないのだとわかるだろうくらいに思っていたのだが、甘かった。

 ニコラは相変わらず、こうして接近してくる。

 しかもあきらかにハメようとして。

 

 穏便に平和にハピエンを目指したいと思っていたが、もう無理だ。

 降りかかる火の粉は払わなくてはならない。

 やはり天真爛漫で無邪気で明るくて優しい……、そんな女はいなかった。

 腹を据えて、この性悪ヒロインと対峙しなくては。

 

 仕方ない、相手をするか。

 そう決めて、前皇帝の前で腰を落とした。

 ニコラには一瞥もくれてやらない。


「先の皇帝陛下にご挨拶を申し上げます。

 ヴィシェフラドの王女、リヴシェでございます」


「噂通り美しいことだ。

 こたびは遠路、大義であったの」


 まだ皇帝でいるつもりか。

 前世の職場にもこういう男はいたなあと思い出す。かなりのエラい役付きで退職した後、たまに会社にやってくる彼らは、まだ昔の職位にあるかのようなエラそうな態度だった。

 ラスムスの父は自ら退位したわけではない。息子であるラスムスに、半ば脅されるようにして帝位を下ろされたはずなのに、まだ現実が見えていないようだ。

 ああ、だからニコラにころっと誑かされたのか。

 退位して以前の敬意が感じられなくなった周囲に苛立っていたところへ、ニコラの無邪気で明るい優しさが彼を癒したのだろう。

 美少女の甘いおねだりは、彼の自尊心を大いにくすぐったはず。


 それにしても、なんともだらしない男だ。

 息子とは言え皇帝の私室を訪れるのに、腕に女をぶら下げているなどと。

 娘のような年頃の子、しかも側室の連れ子に手を出しているとは思えないけど。

 手を出していれば、さすがに息子の側室にとは言い出さないと思う。

 けれどヴィシェフラドにいる父が、かつてニコラに向けていた愛情とも違うような。

 娘に向ける愛情と女に向けるそれとのぎりぎりの線上にあるような、きわどい感じの気持ち悪さを感じる。


 まあ、どちらでも良い。

 ここは前皇帝である彼の無礼を、やんわりと指摘してやることにした。

 

「ノルデンフェルトの皇宮にも、虫が入ってくるのですね。

 除虫菊が効きますので、急ぎ燻煙なさるがよろしいかと」


 ほんのわずかの間が落ちる。


「虫と?」


 眉間に皺を寄せているから、嫌味は通じているはずだ。

 彼も皇帝であった身。正式に王女と認められてもいない娘が「お姉さま」とリヴシェを呼び、しかも先に声をかけた無礼さがわからないはずはない。

 

「お姉さま、ごめんなさい。つい懐かしくて」


 リヴシェにはもう見慣れた健気な冷遇少女ぶりだが、前皇帝には効果があるようだ。


「ニコラは純粋なのだ。多少礼儀に外れた振る舞いはするが、他意はない」


「それが前皇帝陛下のお答えと考えて、よろしいですか」


 愛妾の娘を王女と同格に扱うのかと、詰める。

 ニコラを窘めるでも責めるでもなく、むしろ王女であるリヴシェに赦せと言うなどと。


「聖殿の視察が、此度のわたくしの目的です。

 ヴィシェフラド王女としての公務ですが、前皇帝陛下には代わりのあてがおありになるようですね」


 その健気なフリをしてべそべそ泣きまねをしている女に、代わりをやらせてみるが良い。

 返答いかんでは、帰国する。

 そう脅してやった。

 

 本当のところ、スカスカの国庫のために聖殿には行かざるを得ない。

 けれどここで弱みを見せてはヴィシェフラド王宮同様、なし崩しにニコラを近づけてしまう。

 退くわけにはゆかなかった。


 ずっと穏やかに無関心な様で通してきたリヴシェは、初めて強く出た。

 なめた真似をしてくれるヒロインに、これ以上近づくなと警告するためだったが、もっと本音でいえば。

 気持ち悪い。

 二度とお姉さまなどと、気色の悪い呼び方をしないで欲しい。

 それを許したことも、リヴシェが父を嫌いになる理由の1つだったのだ。それを他国でまで、冗談ではない。


 リヴシェ本気の怒りに、前皇帝もさすがに黙り込む。

 無礼なと抑えつける権限は、既に彼にはない。

 もしその権限があったとしても、ヴィシェフラドの癒しの寵力とかわいいだけが取り柄の女を、引き換えにすることなどできるはずもない。


 くっくっと、愉快そうな笑い声が上がった。


「除虫菊を持ってこい。あるだけ全部だ」


 後ろから肩を引き寄せられた。

 甘いムスクの香りが、ふわりと鼻先をくすぐった。


「我が(つがい)の言うとおり、害虫駆除をせねばならんようだ。

 我と番は別室に移る」


 番と連呼するのは止めてほしい。

 番ではないから。

 ちらりとニコラを見ると、じとりと湿度の高い緑の瞳でリヴシェを睨みつけている。

 ほら、ごらん。

 ラスムスはヒロインのものだ。それはわかっている。だから望んで手なんか出しません。

 いくらリヴシェがそう思っていても、こういう場面を見せつけられれば嫉妬するなと言う方が無理か。


「陛下、何度も申し上げますが。

 わたくしは陛下の番では……」


「ああ、腹が減ったか?

 この菓子は口に合わなかったのだな。

 すぐに別のものを用意させよう」


 聞く気ゼロだ。

 できればここでもう少し、ニコラをぴしゃりと叩いておきたいところなので邪魔しないでほしかった。

 許しなく、その資格もない身が、リヴシェに話しかけてはならないと、今日こそわからせてやりたかったのに。

 番などとわざわざニコラの嫉妬をあおるようなことを言われたら、本筋からそれるばかりではないか。

 

「待て、ラスムスよ。

 わざわざ父が来てやったというのに、話くらい聞いて行かぬか」


 あからさまに無視されているというのに、前皇帝は退くつもりもないようだ。

 むしろ息子の無礼をとがめているようにさえ見える。


「このニコラをな、近くおまえの側室におこうと思っておる。

 そこなヴィシェフラドの姫に、長い間ふられっぱなしであろう。

 このニコラは、おまえであれば側室でもかまわないと申しておる。

 ヴィシェフラドにゆかりのある娘だ。

 どうだ、良い話であろう」


 前皇帝、今日初めて良い仕事をしてくれた。

 寵力もないニコラでは皇后は無理だ。けれど現在ラスムスに皇后はいない。つまり側室とはいえ実質上ただ一人の妻だ。

 良かった良かった。

 ほっとしたのもつかの間。


「死にたいと見える」


 氷点下の冷気が辺りを包む。

 吐く息が白いので、気のせいではない。


()()ね。

 二度と目通り許さぬ」


 二度と目通り許さぬって、それは困る。

 せめてニコラにだけは、会ってもらわないと。

 リヴシェには寄ってこないでほしいけど、ラスムスとは仲良くしてほしい。

 

「陛下、それはあまりに(むご)(おお)せでは?」


 まるで小説の中のヒロインのセリフを、不本意ながらリヴシェは口にしていた。

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