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18.黒狼はヒロインに会った(SIDEラスムス)

 王族の輿入れかと見間違うほど豪華な仕度で、例の女は嫁いで来た。

 金張りの馬車は目を瞠るばかりのまばゆさで目をひいたが、尊敬とか歓迎とかそんなプラスの感情とは無縁であった。


 ノルデンフェルトの貴人は、主に黒色を好んで使う。よそ行きの道具には、そこにほんのわずかの金を飾る。そのさりげない粋を尊び、きんきらぴかぴか浮いたものは野暮とされている。

 隣国からの輿入れは輿ではなく馬車によるものだったが、それにしても野暮ったいことこの上もない。


 報告を受けながら、ラスムスは皮肉気な微笑をためた。

 ラーシュの言うとおり、あれではヴィシェフラドも持て余すだろう。

 往年の勢いは既にないヴィシェフラドの財政は、かなりひっ迫している。王妃や王女の暮らしぶりはいたって質素だというが、国家規模の財政難がその倹約分などで追いつくはずもない。火の車の国庫にまるで気遣うことのないのは、愚王とその愛妾だった。彼女に荘園を与えると言う愚王に、ラチェス公爵家が身体を張って意見したらしい。だからそれだけは阻止できたが、その代わりとばかりに愚王は女に豪華な屋敷を与えた。宝石や金貨に囲まれた生活を、かの愛妾親子は送っていたと聞く。


 隣国に愚かな王が立つのは歓迎だが、それも時と場合による。

 この大陸の覇権、俗世の覇権はノルデンフェルトがとっている。

 信仰上の影響力はヴィシェフラドに残っていたが、それもこの100年余り聖女を輩出できなかったことで、信仰心に揺らぎと翳りが見えていた。その最たるものが、各国にある神殿とその荘園への忠誠心だった。荘園からの収入はヴィシェフラドへ送るものだが、山賊やら海賊やらを理由にここ50年ほどは途絶えがちだった。

 その間、現在のヴィシェフラドの愚王は何もしていない。見事なくらいに、何もだ。

 ラチェス公爵家は他国にある権益を守るため私兵を送っていたというが、それはあくまでもラチェス公爵家のためで王家のためではない。

 

 既に王家は、最高権力を握ってはいない。

 

 腐るのなら腐ってくれて大いに結構と、ラスムスは思っている。

 国としてやってゆける力がなくなれば、黙っていてもあの姫リヴシェは手に入る。

 だがヴィシェフラドの国力が弱ったことを好都合に思うのは、ラスムスだけではないようだ。

 大陸から海を隔てた東の国が、虎視眈々とヴィシェフラドを狙っているという情報を掴んでいた。ヴィシェフラドをというより、この大陸をという方が正しいが。

 国力の落ちたヴィシェフラドには、海岸線を護る力がない。そして女神ヴィシェフラド信仰のない東の国に、聖地を侵す罪の意識は皆無だ。

 東の国の戦ぶりはその残虐さにおいてつとに有名で、とてもとても現在のヴィシェフラドに相手のできるものではない。

 そうなれば大陸全土において、被害を受けるは必至だった。

 おそらくラーシュもこのために、愚王の退位を急ぎたいのだろう。

 その愚王を弱らせるため、愛妾に見限られた愚王とさらに笑いものにするため、かの女はノルデンフェルトにもらってもらう必要があった。そしてノルデンフェルトも、その思惑を承知で協力したというところだ。


 さてあの「最もラチェスらしいラチェス」ラーシュが、次にどういう手を打ってくるか。

 こうまで落ちた国力、国の威信を、どうやって立て直す算段か。

 他人事ながら興味深い。


「まあ、俺が姫を譲ることはないがな」


 不敵に笑って、ラスムスは立ち上がる。

 一度くらい、顔を見に行ってやろう。側室とその連れ子とは言え、これより後皇族に連なる者たちだ。その身の程をわきまえよと、念を押しておかねばならない。


「面倒なことだ」


 そうこぼして、父の宮へ使いを出した。




「まあ陛下!

 ようこそおいでくださいましたわ」


 強い香水に鼻が痺れる。

 けばけばしい女が身動きする度、その香りはさらに強くなった。


「わたくし、これよりは陛下の母として、誠心誠意お父君と陛下にお仕えいたします」


 噂どおりだな。

 半ば以上の呆れを隠すこともなく父に視線を向けると、父の表情もラスムスと同じ。小さく息をついて、苦笑している。


「父上、此度のご婚儀にお祝いを申し上げます」


 上座から軽く頭を下げると、父が鷹揚に頷く。


「ただ隣国とここでは常識が異なるようです。

 人前に出すには、まずここの流儀をおぼえさせねばと」


 あくまでも父に対してだけ、ラスムスは声をかける。最低限の敬語は、相手が父だからこそ。前皇帝であり父である人への、礼儀だった。


「わかっておる。

 これには厳しい躾が必要であるな。

 まず今日のところは見逃してやれ。

 後で厳しく叱っておこう」


 問題の女を娶った腹を、ラスムスであれば正確に理解するはずと父は思っている。

 皇帝であった時と同じ父の嫌味なほどの美しい微笑が、ラスムスにそう直感させた。


「これの娘のニコラ・ジェリオだ。

 見知っておいてやってくれ」


 香水臭い女の隣で、ふわふわとした綿毛のような金髪が揺れている。

 すぅっと腰を落として、美しい最敬礼をとる。


「皇帝陛下に拝謁いたします。

 ニコラ・ジェリオでございます」


 面差しに似たものがないわけではない。

 ラーシュがそう言った異母妹だ。

 7年の間離れたままの、彼の(つがい)に似ているのか。

 この女を通してでも、リヴシェに会いたい。

 その思いに勝てず、ラスムスは女に面を上げよと言ってしまった。


 大きな緑の瞳、金色の長いまつ毛。

 ふっくらとした頬に華奢な身体。

 なるほど美少女だと思う。

 だがそれだけだ。


 どこが似ている。


 ラスムスの番であるかの姫は、もっと清らかに美しい。

 りんごの香りのする姫は、やはり特別で唯一だ。

 この女はまがい物でさえないと、当然過ぎることをあらためて知る。


「ここで生きたくば、よく考えよ」


 ここでは祖国(ヴィシェフラド)でのようにかばってくれる愚王はいないと、釘を刺したつもりだった。

 それなのに女は微笑んだ。

 それも見事なくらい邪気のない様子で。


「承りました」


 そうしてもう一度頭を下げる。

 その瞬間。

 ラスムスの敏感な嗅覚が、よく知った臭いを拾った。


 まさか……。


 父の、前皇帝の臭いだった。

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