量子力学とシュレディンガーの鈴木さん
ネットで量子力学について調べたら、シュレディンガーのクリスマスケーキという記事に辿り着いた。
箱を開けるまでクリスマスケーキがどうなっているかは確定しない。在るのか無いのかは不確かだと言う考え方だ。
なるほどな。と、書き終えたばかりのラブレターに願いを込めた。
「あ、あの、鈴木さん!」
「……なに?」
右隣の席に座る鈴木智恵美さんはとても落ち着いた文学少女で、いつも難しい本を読んでいる姿をずっと隣で見ていたくなる素敵な人だ。
殆ど話した事が無いけれど、それでも想いは伝えなければ分からない。
僕は今日の放課後、勇気を出して鈴木さんに告白をしたい……いや、する。
ポケットの中のラブレターをそっと撫でて勇気を貰う。
「今日の放課後、時間ある?」
「無いわ」
明らかな拒絶。
しかし箱を開けるまで中身は確定してはいない。昨日初めて知ったシュレディンガー氏から勇気を貰った。
「体育館の裏、少しだけ!」
「二分だけなら」
「や、やった!」
まるで告白にOKを貰ったかのような喜び方。気が早いと自制を聞かした。
ダメだとは思うが、やらない後悔よりもやる後悔。そう強く信じた。
「影山君、影山君」
鈴木さんと約束をして間もなく、左隣の佐藤さんに話しかけられた。いつも笑顔で、僕もよく話しかけられたりする。この前も手作りのビーフストロガノフを貰ったばかり。
活発で明るく、鈴木さんとは対称的な人だ。
「放課後、空いてる?」
「今日はちょっと……」
なんというタイミングの悪さだ。
今日は僕と鈴木さんが結ばれるであろう筈の記念日になるかもしれない日だと言うのに……!
「用事? なら終わるまで待ってるから、ね?」
「や、その……」
「ねっ、ねっ、ねっ!?」
「う、うん……」
押しに負け、返事をしてしまった。仕方ない……。
放課後、僕は一番乗りで体育館の裏へ向かった。
「……なに?」
とても嫌そうな顔で、後から鈴木さんがゆっくりと現れた。
「あ、あの……これっ!」
強く握りすぎてクシャクシャになってしまったラブレター。
「さよなら」
「あ……」
鈴木さんは受け取りもせずに帰った。
「影山君、終わった? 終わった?」
シュレディンガーのクリスマスケーキは、見事に空っぽだった。
「あのね、今日ウチ親が居ないんだ。あとね、満漢全席作ったの。ね? 結婚届、後はハンコ押すだけ。ね?」
……まだだ。まだ終われない!
僕は鈴木さんの背中を追いかけた。
「影山君! 諦めよう!? 私の胸なら空いてるから、ね!?」