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第1話 ふわふわ姫は男性不信

「男なんてみんな、女を搾取すること以外考えていない生き物なの。あんなものに自分の人生を預けるなんて愚の骨頂。信じられるのは己の地位と財産と権力と動物だけよ」


 ブリジット・アルケーデ・フォン・ストラクス。攻略難易度F『ふわふわ姫は愛されまくる』のヒロインたる伯爵家の次女は、きっぱり断言したのだった。


※※※


 温暖な気候と肥沃な土地に恵まれた地上の楽園、ファールン王国の中でも一際温和な土地柄で知られたストラクス伯爵領。本日は領主たるストラクス伯爵家の次女にして、周囲よりたっぷり愛情を注がれて育ったお嬢様が、行儀見習いのために預けられていた修道院から三年ぶりに帰還するめでたき日だったが速攻で台無しになった。


「触らないで!」


 巨大な屋敷の正面扉前に停まった馬車から降りる寸前、ブリジットは切羽詰まった悲鳴を上げた。晴れ渡る空に負けない、満面の笑みを浮かべて愛娘を出迎えようとしていた父伯爵が、腕を開いたままで固まる。


「……ブリジット?」

「ご、ごご、ご、ごめん、なさい、お父さん。いえ、お父様。違うの。私……」


 ぶるぶると震えながら、ブリジットは譫言のようにつぶやいた。春の日だまりのようなハニーブロンドは乱れ、幾筋かが血の気の失せた頬に貼り付いている。鮮やかな青いドレスを着ていることを割り引いても、その顔色は悪い。


「違うの。あなたは、私を愛してくれている。あなたは私を、叩いたりしない……」


 意味不明な独り言に、ストラクス伯爵もその夫人も後ろに控えたメイドたちも困惑を隠さない。善意の塊である彼等には、戦場ならいざ知らず、人を叩く、それも親が子を叩く、などといったシチュエーションが想像できないのだ。


「ブリジットや、大丈夫か? かわいそうに、こんなに震えて。よしよし、ではメイドたちに任せよう。落ち着いたら、可愛い顔を見せておくれ」

「そうね、まずはゆっくり休みなさい、私の可愛いブリジット……」

「お気の毒に、長旅の疲れが出てしまったのですね……気付け薬を持ってきます」

「毛布もご用意いたしますね!」


 疲れによる一時的な錯乱だと解釈したストラクス伯爵夫妻はそっと身を引き、メイドたちがばたばたと動き出す。慈愛に溢れた光景。その中にただ一人、ブリジットと同じぐらい顔色を失っている者がいた。


「馬鹿な……よりによって『運命の始まる日』に、記憶が戻ってしまったのか……?」


 執事のサイトス。幼い頃から実の妹のように可愛がってくれていた銀髪の美青年のつぶやきを拾い、ブリジットははっと彼を見た。いつも穏やかな彼らしからぬ口調に、ブリジットは鈍痛を堪えながら記憶を──前世と今生、二つの記憶を辿る。


「ああ、そう……私はブリジット……行儀見習いをしていた修道院から帰ってきたばかりの、伯爵家の愛されお嬢様……」


 両親と召使いたちに溺愛され、何不自由なく生まれ育ち、十二の時に預けられていた修道院から三年間の花嫁修業を終えて帰ってきたばかり。その「設定」を、ブリジットはひとまず飲み込み直した。


「そしてあなたは、小さい頃からずっと私に尽くしてくれていた執事、大好きなサイトス……よね?」

「……え、あ……は、はいっ、そうです!!」


 ほんのり頬を赤らめて大声を出したサイトス。信頼の置ける相談役であり、兄とも慕う彼にブリジットは真摯に訴えた。


「ねえ、サイトス。私、男の人なんて大嫌い。社交界デビューなんて全然したくないし、結婚なんてもっての外。できれば誰とも顔を合わせず、一人でひっそり生きていきたいの。どうにかしてデビューを取りやめられないかしら。このまま回れ右して、修道院に戻してもらってもいいのだけれど……」

「はああああああああああ!?」


 思わず大声を出してしまったサイトスに、メイドたちが「サイトス様もお疲れのご様子」「毛布が要りますか?」「お茶は?」と親切に話しかけてきた。混乱を拡大させまいと、サイトスは慌てて取り繕う。


「お、お嬢様は大変お疲れのようだ。俺……いや、私以外の誰とも顔を合わせたくないとおっしゃっている。ひとまずはお部屋にお連れするので、誰も近寄ってこないように!!」

「あら、そうなのですね」

「分かりました。どうぞごゆっくり、おやすみくださいませ」

「お茶とポリッジの準備だけしておきますねー」


 どこまでも優しい彼女たちに背を向け、サイトスはえいやとブリジットを担ぎ上げる。テールコートの裾をそよがせながら邸宅の二階へと駆け上がる姿を、メイドたちは頼もしそうに見守っていた。

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