残された者
――――――――お前達は何処に行き、何を為す?
――――――――ダスク、これは俺達が起こしてしまった事態だ。これを終息、又は奴等を鎮圧しきらない限り、俺達に帰還は出来ない。
――――――――あなた!あなたぁ!!!
――――――――助けてくれ!娘が!妻がぁ!誰か!!誰かぁっ!!!
――――――――この惨劇は、お前達が引き起こした事だぞ?ダスクウォーカー共。これでも我らが悪だと?
(俺が一番罪深いのは当に理解している。)
――――――――何なんだ・・・!?そのエーテル出力量!貴様!!!同志を!同志を利用したな?!
(悪だ。正義だ。そんな言葉で、俺達は二分化するような間柄か?殺すか、殺されるか。俺達の間にはそれしかないだろうが。俺は、お前達が根絶やしになるまで止まらんぞ。)
―――――――――絶対に、絶対に許さないからっ!!
(消え失せろ。歪んだ価値観で傲慢となり、異世界人を家畜同然に扱う愚か者共の先兵。最早語る舌は持たん。貴様を排除する)
―――――――――あなたを愛しています。私のものになりなさい。■■■。
「お前を・・・排除・・・する・・・」
「一番最初に目覚めての一言が『それ』とは随分物騒じゃねぇの?お客人」
強烈な光が私の網膜を焼く様に照らし、私は始めて自分が目を見開いて、言葉を発しているのだと気づいた。
「此処は・・・?」
「しがない辺境の森の集落さ。あんた、何でか知らんが、ご神木の祠から吹っ飛ばされて来たんだ。瀕死の重傷でな」
未だに白く塗り潰された視界での情報収集を諦め、まともに機能しない両目に戸惑いながら、カチャカチャと金属製の何かを弄る男性の話の内容を整理する。神木?祠?と向かった覚えのない経路を、脳内で辿りながら独り言ちる。
「何故、私は・・・生きている?」
「運が良いからだろうさ。ああ、それと、真っ白で何も見えないだろうが今は勘弁してくれ。余所者に此処の事がバレると面倒なんでな」
そこでこの男性が術式によって、私の視界を遮っているのを理解する。
「怪我が落ち着き次第、直ぐ出て行きます。謝礼は、申し訳ないが渡せる様な物が今手元にない」
「おいおい。あんたあの重傷から三日で意識取り戻したんだ。自分の体がどんだけボロボロか分かるだろう?それに謝礼ったって気にするなよ。人間困ってる時はお互い様さ」
コポコポと、優しくカップに液体が満ちる音を聞き、次にふわりと鼻腔を甘い様な爽やかな、何とも不思議な香りが撫ぜる。
「茶、飲むか?」
「・・・頂きましょう」
そう返答するや、開いていた眼を閉じる。会話の最中、眼を何度も閉じたり開いたり無理に開くと、光が目を遮り焼いてくるのなら、何をしても無駄と結論付け、瞳を閉じて左手で上体を起こす。
「ぐぅぅ・・・っ!!」
「傷は未だ完全に塞がっちゃいない。というか三日で、塞がり掛けてるなんて可笑しいんだが・・・。」
「昔から怪我の復帰はとても速かったもので・・・」
ズキリと痛む背中と左胸に、眉を顰めながら、男性からスッと差し出されたカップを、右手で受け取る。
「驚いたな。普通は目が見えなければカップを取ろうとしない筈だ」
「目が見えなくても気配と匂いと音で分かります」
「恐ろしい人だ」
渇いた喉を潤す為に、早速受け取ったカップを唇へと寄せ、疑いもせずに口内へと含む。男性の何処か、呆気に取られた雰囲気を感じるが気にせずに味を楽しむ。仄かな甘みに、突き抜けるような清涼感、しかしほっとするような味。蜂蜜を垂らしたハーブティーに近いか・・・?
個人的に嫌いな味ではないし、温度も此方が怪我人と思ってほんのり温かい程度。総評は、美味い、だな。
「毒が入っているとかは疑わないのか?」
「疑う筈がないでしょう。まず入れるなら瀕死の時に止めを刺しておくべきだ。無駄な事は普通しない」
男性の問いに憮然と断言し、再び茶を啜る。うん、私はこの味好きだな・・・。
「ははは・・・。そうか、そう・・・か・・・。」
私の発言を、噛み締める様に震えた声で返してきたのを、私は無言で茶を啜りながら、普段の要領でエーテル感知を行おうとして、体の内から湧き出る力の鼓動を感じない事に思い出す。
肺がイカレたから、呼吸によるマナの摂取変換が出来なくなったんだった。
それから男性と私は暫し無言で茶をしばき合っていた。
「美味い・・・。」
「気に入ったか?ここらではありふれた茶だけどな」
「嗜好品に高級感は必要なし。気に入ったものを好きな時に摂る。これが本当の贅沢だと私は思いますが?」
「あはは、確かに、その通りかもしれんな」
お代わりをカップに注ぎ入れて貰いながら、私達は雑談を興じていた。カチャリと近くの机に、薬缶かポットか何方かまではわからないが茶器を置いた男性が訪ねてくる。
「あんた、一体何と戦ってそうなった?顔立ちから渡り人と断言できるが、傷口に悍ましい程の呪いを感じた。仲間割れでもしたのか?」
「・・・仲間割れ、ね・・・。いいや、渡り人同士による殺し合いだ。詳細は伏せさせて貰うが・・・あなたの言葉を濁す態度で推察するが・・・」
男性の気まずそうな身じろぎを感知し、溜息を吐いてから気付代わりに頂いた茶を、グイッと飲み、ゴクリと豪快に嚥下してから再度口を開く。
「そうか、私の術式の使用は絶望的とみて宜しいか?」
「・・・残念ながらここまで強い呪いは集落一の治癒師や僧侶に見せても、解呪は出来ないと断られた」
沈鬱そうに重たいであろう口を開いて正直に話してくれた男性の言葉に左手で、自身の眉間を揉み解す様に撫で、プランの練り直しをしなければなと考える。
「・・・ふーむ。スポットに着いた時の事だけが問題か。いや、それより戦闘も儘ならんか・・・。」
「随分落ち着いてるんだな?普通なら手足の延長線と言っても過言じゃないエーテルの恩恵に与れないんだぞ?」
「元々我等には無かったもの。無いなら、ない、で諦めがつく。それよりどう自衛するか。帰還手段を考察する事が、私の急務だ」
カップを手中で弄びながら、最後に装備していた武器などが一緒に来ていないか男性に尋ねる。
「そういえば私の周りに武器などは落ちていませんでしたか?」
「ああ、あーっと・・・。何つうか金属製のデカい杖みたいな奴が二本と、粉々に砕け散った鎧と、その破片とかなら、転がってたが・・・。」
「それは何処に?」
「ああ、それなら家にあるよ。安心してくれ。鎧の方は壊れちゃいるが、杖の方も下手に弄ってはいないよ」
男性の言葉に若干安堵しながら、頷きつつ注意を伝える。
「なら良かった。決してそれ以上は弄らない様に。下手に暴発すれば腕が消し飛ぶ」
「え”っ!?なんつーもん使ってんだ。あんた・・・。」
「まぁ、我々異世界人の知恵と技術の結晶とだけ伝えておくが・・・。」
お互いの間に妙な緊張感が走りながら、私はこの部屋にやってくる男性以外の足音と気配に気づく。
「・・・誰か来たな」
「ああ、俺が面倒見てる奴だ。無口だが、いい娘っ子だよ。あんたの傷に塗る軟膏を、取って来て貰ってたんだ」
ドアがガチャリと開いて誰かが部屋に入ってきたのは、音で分かるが、相変わらず視界が潰れている俺は相手の反応を見る為に、音がした方向へと顔を向けた。
「・・・」
「おお、セレナ。わざわざありがとう。見ての通りこの人は目が覚めたよ」
「そう・・・」
凛とした綺麗な声音に、娘と言っていたから小さな児童位の年齢を、勝手に想像していた私は聞こえた女性の声に、少々面食らうも礼を述べる。
「ありがたい。助かりました」
「・・・」
礼を述べてから、何やら彼女からジッと見つめられているような感覚を覚え、首を傾げる。
「私に何か?」
「・・・傷が治ったらサッサと出て行って」
冷たく口から紡がれる言葉に、邪魔者である事は否定できない私は、口を噤んで彼女の言葉を受け止め黙る。
「セレナ!そんな事言うな!」
「・・・いや、最もな言葉です。動ける様になれば直ぐに退散しますとも」
男性の言葉を遮り、私はそう告げる。私の返答を聞いてかは知らないが、彼女は私の近くに歩み寄ると、軟膏を入れている瓶か何かを、机にトンと置くと、速足で直ぐ様退室していってしまった。
ドアが再びガチャリと音を立てて閉められ、足音が遠ざかって行ってから男性は溜息を吐いて口を開く。
「ふぅ・・・。普段はああじゃないんです。ちょっと気が立ってるって言うか・・・。」
「いや、気遣い無用です。邪魔になっているのは事実・・・。」
男性の若干草臥れた声を聴きながら、私は手中のカップを何となく両手で回転させて持ち直し、思案する。
出来るなら、装備の確認だけでも出来たら、そのまま出て行ってもいいんだがなと、ぼんやりと考えながら・・・。