最終章 「平和を勝ち取ろう、管轄地域に生きるみんなの力で!」
※ ひだまりのねこ様より、淡路藍弥君のイメージイラスト(https://36584.mitemin.net/i679646/)を頂きました。ひだまりのねこ様、イメージイラストの使用を御快諾頂きありがとうございます。
興奈ちゃんのお父さんであるチェロ奏者の笛荷楠太郎さんに、お母さんでピアニストの笛荷千恵子さん。
そしてフレイアちゃんのお母さんであるハープ奏者のノルンさんは、同じ「堺県トリ・コンフィネ交響楽団」というオーケストラに参加する演奏家仲間なの。
フレイアちゃんと興奈ちゃんは、親同士が共演するクラシックコンサートで知り合ったんだって。
フレイアちゃんもクラシック音楽への造詣は深いけど、興奈ちゃんの知識と鑑賞眼は桁外れらしいの。
何でも、幼稚園年中組の時点で大人顔負けの理路整然とした感想をコンサートで述べ、小学校二年生にしてクラシック系音楽雑誌の常連投稿者として頭角を現したんだって。
御両親の伝手もある事だし、将来的には音楽評論家として一角の地位を確立するんじゃないかな。
「よろしく、興奈ちゃん。お父さんもお母さんも、息の合った素晴らしい演奏だね。避難民の人達も、みんなリラックス出来ているみたいだし。」
「ありがとうございます!皆様のお役にたてて、父も母も喜びますよ!」
私の純粋な賞賛が、奏者の娘としての自負心を刺激したのだろう。
瞳を輝かせた興奈ちゃんは、満面の笑みを浮かべて力強く頷いたんだ。
「交響楽団の仲間である興奈さんの御両親や浪切さんと、同じ避難所に身を寄せる事になりましたのも、何かの縁。銃後の私達にも出来る事は必ずある。その考えに至りましたのが、この臨時慰問コンサートでしたの。」
興奈ちゃんの肩へ親しげに手を置いて後を引き継いだのは、ハープ奏者のノルンさんだった。
「怨霊武者と直接戦う事は叶わなくとも、音楽には人々の心を鼓舞する力がある。避難を余儀なくされた人々に寄り添い、疲れた心を癒やす事が、今こそ奏者である私達が成すべき責務と考えた次第ですわ。」
フレイアちゃんをそのまま成長させたような白皙の美貌に浮かぶ、穏やかな微笑。
その切れ長の碧眼には、芯の強い意思の光が宿っていたんだ。
「しかし今回は、あくまで臨時の演奏会。事態が収束すれば、次の祝祭日にでも直ちにバラ園でのコンサートを再開するつもりですの。このような理不尽な横槍で中止するのは、お客様への裏切り行為以外の何物でも御座いませんわ。」
携帯ハープを抱えたノルンさんの毅然とした口調は、奏者としての誇りに裏打ちされた物なんだろうな。
ちょうど、防人乙女としての私達が胸に抱く誇りのようにね。
「僕からも応援させて頂きますよ、ノルンさん。避難民の僕達も、皆さんの演奏にどれだけ励まされた事か…」
美しい調べに耳を傾けていた避難民のグループから一つの人影が立ち上がり、礼儀正しく一礼する。
折り目正しい紺色のブレザーは、この浜寺公園中学校の男子生徒の制服と一目で知れた。
携えている木刀は、有事の際の護身用って所かな。
初々しい紅顔は相応に目鼻立ちが整っており、大人しくて真面目な好青年という趣がある。
強いて欠点をあげつらうとすれば、ややもすれば前述した長所が「気弱」と解釈されかねない位だろう。
そんな印象のある少年だったね。
「応援頂き感謝致しますわ、淡路君。しかしながら…貴方もこの避難所に辿り着くまでは、人々の為に力を尽くされたと聞き及んでおりますよ。」
「いや、僕は…」
ノルンさんに気品ある微笑を投げかけられ、少年の頬に赤味が差した。
相手は金髪碧眼で年上の北欧美女、オマケに人妻だもの。
中学生の男の子には、少し刺激が強かったかな。
「そんな謙遜せずに…もっと誇って良いんだよ、藍弥君。」
続いて口を開いたのは、グレーのブレザーに身を包んだ少女だった。
「御実家である剣術指南所の門下生達を避難させるために、業物片手に怨霊武者を敵に回しての大立ち回り。こんなの、並の覚悟じゃなかなか出来る事じゃないんだから。」
「そんな、大立ち回りだなんて…僕はただ、無我夢中でやっただけで…」
同世代の気安さか、興奈ちゃんが相手だと言葉を濁さずに話せるみたいだね。
男の子って面白いよ。
「ん…?淡路に、藍弥?もしかすると君って、かおるちゃんの…」
「はい。淡路かおるは、僕の姉です。支局の皆さんには、姉がいつも御世話になっております。」
不思議な巡り合わせもあるもんだよね。
「姉さんを始めとする人類防衛機構の皆さんは、戦えない僕達の為に、身を粉にして戦っている。そう思うと、怯んでなんかいられませんよ。ノルンさんの真似じゃありませんけど、僕にも何か出来るんじゃないかと…」
私やフレイアちゃんと同じ御子柴高の一年生で、元化二十二年春正式配属の同期生でもある淡路かおる少佐の弟さんと、こんな所で初対面なんてさ。
「戦っているのは、私達みたいな防人乙女だけじゃない。そういう事なんだね、フレイアちゃん…」
「然りですわね、葵さん…」
私はこの時、改めて実感したんだ。
人類防衛機構に所属する私達は管轄地域の住民を守るために戦っている。
だけど管轄地域の一般住民達もまた、自分達の住む街を愛している事に。
そして何より…
郷土愛精神に溢れた管轄地域の住民達が、私達を信じて応援してくれている。
だからこそ、私達は全力で悪に立ち向かえるって事にね!