第四章 「命短し悔やむな乙女」
折しも遊撃服を美しく着こなした二人組の少女達が、体育館から出てくる所だったの。
さっきの間抜けなやり取り、絶対に聞かれちゃってるよね?
ああ、カッコ悪いなあ…
「お疲れ様です!神楽岡葵准佐、フレイア・ブリュンヒルデ准佐!自分は太秦栄華准佐であります!」
そのうち金髪のロングヘアーが美しい方の子が、アサルトライフルを用いた銃礼をビシッと凛々しく決めてくれたの。
フレイアちゃんと比べると、御幸通中学三年生の栄華ちゃんは茶髪寄りの金髪なんだよね。
髪の色って、ホントに奥深いよ。
私のピンク色の髪にしても、もう少し金髪寄りならストロベリーブロンドって呼ばれていたのかな?
「同じく、天野橋宮津上級大尉であります!」
赤みがかった茶髪を黒いリボンで短めのツーサイドアップに結った子が、人類防衛機構式の敬礼で同僚に続いた。
宮津ちゃんの個人兵装は折り畳み式ヒートロッドだから、普段はコンパクトに収納出来て便利だよね。
「以上二名、交代に参りました!」
美しい敬礼姿勢を取る二人の防人乙女の顔は、至ってポーカーフェイス。
たとえ私達の間抜けなやり取りを聞いていたとしても、それをお首にも出さない気遣いがホントにありがたかったよ。
「それにしましても、ブリュンヒルデ准佐…貴官の御母様のハープの調べは、まさに素晴らしいの一言ですね。避難民の方々も、皆さんお喜びでしたよ。」
敬礼姿勢を解いた宮津ちゃんが、興奮覚めやらぬという感じでフレイアちゃんに向き直ってきたの。
「ええ…歩哨として入口を固めている間も、体育館内から聞こえておりましたわね。今は鳴り止んでいるようですが。」
「今からヴァイオリニストとピアニストの方に交代されるので、中入りとの事です。」
こうして栄華ちゃんが言うように、この浜寺公園中学にはクラシック系の奏者の人が何人も避難してきているみたい。
どうやらフレイアちゃんのお母さん同様、浜寺公園のバラ園で開催予定だったコンサートに出演するはずだった人達らしいの。
「どうだい、フレ公?親子水入らずで、話し込んで来いよ。」
「もう、手苅丘さん…私をからかわないで下さいまし。」
フレイアちゃんったら美鷺ちゃんに手厳しいなぁ。
先の一件が尾を引いているみたいだから、無理もないけど。
しかし今の私としては、美鷺ちゃんの意見に賛成だったね。
「良いんじゃないの、フレイアちゃん?せっかく同じ避難所にいて、休憩時間も被っているんだし…」
「葵さんまで…」
予想通り、フレイアちゃんは不服そうだ。
でも、私には私なりに考えがあって、美鷺ちゃんの肩を持ったんだよ。
「聞いてよ、フレイアちゃん。今回の事件では、家族と同じ避難所に逃げ込めた人達ばかりじゃないからね。外出先で事件に巻き込まれて、家族と別々の避難所に分断された人達も沢山いるんだ。メールやSNSで安否確認が出来たとしても、直接確認した訳じゃないから、完全には不安を拭えないの。」
私のお父さんやお母さんも、実家から最寄りの指定避難所に身を寄せているはずなんだ。
避難所の警護を命じられた防人乙女とて、家族が逃げ込んだのと同じ避難所を警護出来るとは限らない。
自分の警護担当である避難所にお母さんが身を寄せたフレイアちゃんは、奇跡的なレアケースなんだ。
「今の所は友軍に有利な戦局だけど、私達だっていつまた前線に動員されるか…だから、会えるうちに会った方が良いと思うの。」
-万一にも戦死した時に、後悔しないため。
喉元の所まで出掛かった一言を、私は何とか飲み込んだの。
こんな不吉な発言、それこそ死亡フラグだよ。
「あ…ああ!そういう事なんだよ、葵の上!アタシの言いたい事ってのは!」
調子良く私の話に乗っかったって感じだよね、美鷺ちゃん?
そう頭から決め付けていたんだけど…
「アタシの実家、南之橋中学の校区だろ。父さんや母さんも避難所には逃げ込めたみたいなんだけど、直接は会えてなくてね。今頃はアタシの事を案じてるのかと思うとさ…」
意外や意外。
美鷺ちゃんの語り口は一切オフザケなしだったの。
「それで御多分に漏れず、今し方まで怨霊武者を向こうに回しての掃討戦だろ?フレ公の親御さんだって、内心じゃ身を案じているはずだぜ?娘が最前線でドンパチ撃ち合う公安職だって事は、先刻御承知だとしてもさ。」
蓮っ葉口調の美鷺ちゃんに、こんな殊勝な面構えが出来るだなんて、何とも新鮮な気分。
「う…そんな神妙に仰られますと、調子が狂いますわね…」
蓮っ葉で伝法な悪友の見せた意外な立ち振る舞いに、フレイアちゃんも戸惑いを隠せなかったみたい。
「分かりましたわ、手苅丘さん。このフレイア・ブリュンヒルデ、貴女の進言を確かに承りましたわ!」
憎まれ口を叩く毒気を抜かれてしまった以上、そうでも言わないと収まりがつかないよね。




