第三章 「友情?愛情?」
好感度の高い爽やかな挙手注目敬礼を置き土産に、二人組の青年警官達は校舎へと去っていったんだ。
「うんうん、実に頼もしい若者達だね。将来が楽しみだよ。」
ピンと背筋が伸びて颯爽とした後ろ姿を見送っていると、こんな呟きがついつい口をついて出て来ちゃうよ。
「まあ、葵さんったら!あの殿方よりも私共の方が遥かに年下ですのよ。」
「老け込むには早いんじゃないのか、葵の上。」
お陰でフレイアちゃんと美鷺ちゃんには、こんな風に笑われちゃったの。
古人曰く、覆水盆に返らず。
さっきの呟きが、口の中に戻ってくれたら良いんだけどなぁ…
些細な言葉の綾を肴に、ケタケタと笑っているフレイアちゃんと美鷺ちゃん。
その二人の後を追いながら、私は体育館の入口に歩みを進めたんだ。
だけど私達が歩哨に入ってから感じた一番の衝撃は、ある意味じゃ次の瞬間だったのかも。
「でさ…どうなんだい、御二人さん?さっきの市警のお兄さん達で、どっちがお好みかな?」
不意打ちとも取れる爆弾発言。
遊撃服を纏った青髪の少女の口元には、私達をからかうような微笑が浮かんでいたんだ。
「なっ…?美鷺ちゃん、なんて事言い出すの!?」
「そうですわ、手苅丘さん!たとえ冗談でも、聞き捨てなりません事よ!」
異議申し立てのタイミングはピッタリだったけど、示した否定の意志は、私よりフレイアちゃんの方が強かったみたい。
「私が心に決めた思い人は、この葵さんを他に置いて御座いませんの。御会いして間もない殿方に心を許す尻軽女と、見損なわないで下さいませ!」
言うが早いか、フレイアちゃんは私の腰を抱き寄せ、頬擦り出来る距離まで密着してきたんだ。
「あっ…フレイアちゃん?!」
「私と葵さんとの間に結ばれし絆、そう甘く見て頂いては心外ですわ。」
私を見据えるフレイアちゃんの瞳に、既に怒りの色調は感じられない。
それはむしろ、当直シフトで宿直室へ一緒にお泊まりする時の、情愛と思慕がこもった視線によく似ていたんだ。
「そうですわよね、葵さん?」
「ちょ…ちょっと、フレイアちゃん!」
耳元で囁きながら熱っぽい吐息を吹き付けてくるし、腰回りを撫で回す手付きも執拗だし。
もしかしてフレイアちゃん、この場で美鷺ちゃんに見せ付けるつもりなの?
さすがにそれは、体裁が悪いしなぁ…
よし、かくなる上は!
「そうだけど…TPOは弁えなきゃね、フレイアちゃん?」
言うが早いか、私は間髪入れずにグリッと首を捻ったんだ。
お互いの鼻先が触れるか否かっていう至近距離で向き合うと、私もドキッとしちゃうな。
「なっ…ち、近いですわ、葵さん!」
だけど、次に狼狽えるのはフレイアちゃんの方だったよ。
まあ、それも無理ないよね。
何しろ少し角度を変えただけで、キスだって出来ちゃいそうだもん。
こんな大胆な振る舞い、さっきの制服警官の御兄さん達には見せられないよ。
「友軍が優勢だけど、まだ戦火は収まっていない。そう言ったの、フレイアちゃんだよね?」
「うっ、うう…然りですわ、葵さん。」
そりゃフレイアちゃんも否定出来ないって。
何しろ、ついさっきの自分の台詞を言質に取られちゃったんだもの。
「作戦を無事に成功させて余計な心配事の何にもない状況の方が、心置きなく楽しめると思わない?その時になったら私、フレイアちゃんの望む事なら何でも受け入れちゃうから。」
結構大胆な事言っちゃったかなぁ、我ながら。
もっとも、当直シフトの時を考えれば、何を今更の話なんだけど。
「私が好きならそうしてよ、フレイアちゃん。」
「何でも!?勿論ですわ、葵さん!」
まあ、こう言ったらフレイアちゃんは納得してくれるからね。
次にフレイアちゃんと宿直室にお泊まりする時は、予め精力を付けておこうかな。
サクッと揚がったカキフライをビールで流し込んだり、脂の乗った鰻重を突きながら日本酒をチビチビやったり。
いけない、想像したら涎が出てきちゃう…
「随分と見せつけてくれるじゃねえかよ。モテる女は辛いよな、葵の上。」
「もう…誰のせいだと思ってるの?さっさと休憩行くよ、美鷺ちゃん!」
からかうように繰り出してくる肘鉄を払いのけながら、私はズカズカと体育館の入口に歩みを進めるのだった。
念のために言っとくけど、照れ隠しなんかじゃないからね。
交代要員の子達を待たしちゃったら悪いじゃない?