第二章 「高貴なる者の責任」
そういう訳で、当初は最前線での戦闘に参加していた私とフレイアちゃんは、戦局が人類防衛機構側に有利になったのを見計らって、避難所の防衛に配転されたの。
いくら戦局がこちらに有利だといえ、未だ市内のそこかしこで戦闘が展開される現状では油断は禁物。
それ故、この浜寺公園中学にも臨時駐屯地が敷かれているんだ。
鉄筋コンクリート製の校舎だって、今では臨時の前線基地として運用中。
人類防衛機構の武装特捜車は勿論、共同作戦を展開している自衛隊の戦闘車両が何台も配備され、迫撃砲がズラリと並ぶ校庭の物々しさは、まさに圧巻だね。
「今日は日曜だからまだマシだけど…平日の事件だと授業が潰れちゃうから、ここの生徒さん達は可哀想な事になっちゃうね。」
この何気ない一言が、フレイアちゃんの御機嫌を損ねちゃったんだ。
「何を仰いますか、葵さん。事件や災害が起きて良い時など御座いませんわ。私の御母様など、コンサートを台無しにさせられ、こちらへの避難を余儀無くされましたのに…」
気品ある西欧風の美貌をむくれさせ、ブツブツと愚痴を漏らすフレイアちゃんだけど、その不平不満も無理はないかな。
何せフレイアちゃんのお母さんであるノルンさんは、堺県トリ・コンフィネ交響楽団にも所属する優れたハープ奏者で、今日はここから程近い浜寺公園のバラ庭園で野外コンサートを予定されていたんだもの。
お母さんの晴れ舞台を御破算にされたら、文句の一つも言いたくなるのが娘としての人情だって。
「そうだよね、フレイアちゃん。平日だろうと土日だろうと、そこで営まれている平和な日常の大切さに、優劣なんてつけられないよ。だからこそ、私達が踏ん張らなくちゃね!管轄地域の人達が、一刻も早く日常の平穏を取り戻せるためにも!」
「勿論ですわ、葵さん!真に憎むべきは、怨霊武者の不埒者共ですわよ!」
私の言葉で更に激昂したのか、エネルギーランサーを握る手にも更に力が加えられ、紫色の穂先がブルブルと震えていた。
どうやらフレイアちゃんの方が、私以上に暴れ足りなかったみたいだね。
「気炎を吐くのは結構だけどさ…少し落ち着こうぜ、フレ公。」
「はっ…!?」
足音と一緒に聞こえてきた親しげな笑い声が、フレイアちゃんに自分を取り戻させてくれたみたい。
金髪碧眼の貴族令嬢に倣って声のした方に目を向けると、白い遊撃服を纏った一人の少女が制服警官を二人従えて歩み寄って来る真っ最中だったの。
右肩に金色の飾緒がぶら下がっていない事からも、彼女が尉官階級である事は一目瞭然。
肩までのセミロングに整えた青髪を束ねるヘアバンドに、腰へ帯刀した西洋式サーベル。
そして何より、意志の強そうな焦げ茶色の釣り目が自己主張している美貌。
その少女は私やフレイアちゃんもよく知る、同階級の特命遊撃士だった。
「美鷺ちゃん…」
「よお、葵の上!どうやら元気が有り余っているみたいだな!」
私の呼び掛けに、青い髪の少女は快活な口調で笑顔を返してくれた。
この子は手苅丘美鷺ちゃんといって、御子柴高校では一年B組に在籍なんだ。
「手苅丘さん、いかがなさいましたの?確か貴女は、校庭での哨戒任務に着かれていたはずでは?」
「ああ!休憩の時間だから、体育館内で地域住民の警護も兼ねて骨休めしようと思ってな。」
フレイアちゃんの問い掛けに、軽く肩を竦めながら応じる美鷺ちゃん。
喋り方も仕草も蓮っ葉だけど、これが美鷺ちゃんの持ち味なんだよ。
「それで、この市警の兄さん方も校舎内で休憩を取られるようだから、仲良くお喋りしながら一緒に来たって寸法だよ。」
すると美鷺ちゃんの三歩後ろで控えていた制服警官2人組が、踵を鳴らして私達に向き直ったんだ。
「お疲れ様です!自分は忠岡春樹巡査長であります!」
「同じく、岸和田弾治郎巡査長であります!」
そうして二人の青年が示してくれたのは、警察官の誉れと言うべき美しい挙手注目敬礼だったの。
背筋の伸びた長身は日々の訓練で鍛えられており、引き締まった筋肉の美しさが紺色の制服の上からでも如実に確認出来る。
程良く日焼けした顔は目鼻立ちが整い、いかにも誠実な好男子という佇まいを見せていた。
先輩の婦警さんや女性刑事から、きっと可愛がられてそうだよ。
「お疲れ様です!自分は、フレイア・ブリュンヒルデ准佐でありますわ!」
「同じく、神楽岡葵准佐であります!」
そうなったら私とフレイアちゃんの二人も、特命遊撃士としてビシッと答礼しないとね。
早い話、握った右拳を左胸に押し当てる、人類防衛機構式の敬礼姿勢をさ。
「お2人も手苅丘准佐も、少し前まで怨霊武者相手に最前線で戦われていたそうではありませんか。その危険を恐れぬ勇猛果敢な戦い振りには、頭の下がる思いであります。」
敬礼姿勢を解いた忠岡春樹巡査長は、好青年の模範と言うべき快活な笑顔を浮かべ、私達の戦いを労ってくれたんだ。
「えっ…?いやぁ、それ程でも…」
頬が緩んでしまった照れ隠しに、無意識のうちにピンク色のロングヘアーをいじり始めてしまうの。
感情を隠すのが苦手だよね、我ながら。
「もう、葵さんったら…!幾ら友軍が優勢とはいえ、未だ戦火は収まっておりませんのですよ!」
だけど私ったら、間髪入れずフレイアちゃんにお説教されちゃったんだ。
「忠岡春樹巡査長と仰せでしたか。無辜の民を守って戦う事こそ、力ある者の責務。人類防衛機構の防人乙女として、当然の務めですの。」
フィンランドの公爵家に産まれたフレイアちゃんは、誇り高い自信家さんだけど、その言動には尊大さと傲慢さはまるで感じられないの。
むしろ、力無き善男善女を悪の暴力から庇護する事こそが、力ある強者の務めと考えている、責任感の強い子なんだ。
もしかしたら単なる一般家庭の娘に過ぎない私より、ずっと特命遊撃士に相応しいのかもね。
「それを仰るならば、市警の皆様による迅速な避難誘導あればこそ、私共が安心して戦えるのですわ。」
こうして相手の立場を尊重し、長所を素直に賞賛出来る謙虚さも、フレイアちゃんの美徳だよ。