第一章 「歩哨が見つめる戦火」
遠くの方で生じた爆発音が、生体強化ナノマシンで能力の向上した私の聴覚神経を刺激した。
「むっ…!」
個人兵装として選択した可変式ガンブレードを握る手にも、思わず力が入る。
何せ私こと神楽岡葵准佐は、この浜寺公園中学校に避難民の護衛目的で配置された特命遊撃士。
私達が歩哨として入口を固める体育館の中には、無辜の近隣住民達が肩を寄せ合い、今回の「怨霊武者掃討作戦」が終結して戒厳令が解除されるのを一日千秋の思いで待ち焦がれているんだもの。
豊臣秀一とかいう太閤秀吉直系の子孫を名乗るテロリストと、その尖兵として現世に蘇った西軍の侍達なんかには、指一本たりとも触らせないんだから。
だけど幸い、こうして私が高めた緊張感は、どうやら空振りだったみたい。
爆発の後に虚しく響いた数発の銃声。
それは怨霊武者達の主力火器である種子島式の火縄銃だけど、アサルトライフルとビームライフルが奏でる一斉掃射の轟音で、すぐに掻き消されてしまった。
どうやら先の小競り合いを征したのは、我が人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局の友軍であるらしい。
「吹田さんの隊が怨霊武者の敗残部隊を殲滅したとの事ですわ、葵さん。」
共に歩哨の任に着いた准佐階級の特命遊撃士が、赤いブレザーのポケットから軍用スマホを取り出し、専用SNSを示してくれる。
親しげな微笑を浮かべた白い美貌の中で輝く青い瞳に、ヘアバンドで整えたブロンドのセミロング。
いかにも西欧然とした金髪碧眼の気品ある容姿に違わず、このフレイア・ブリュンヒルデという少女は北欧フィンランドの公爵家に生まれた貴族令嬢様なの。
同じ人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に配属された戦友で、堺県立御子柴高校一年A組のクラスメイト。
個人兵装であるエネルギーランサーには私のガンブレードとの合体機構が搭載されているから、戦場におけるパートナーとも呼べる子だね。
そして何よりフレイアちゃんは、私にとって一番の親友でもあるんだ。
私とフレイアちゃんが遊撃服の代わりに、御子柴高の制服である赤いブレザーとダークブラウンのミニスカをお揃いで着ている事からも、それは分かるよね。
特命遊撃士の軍装である遊撃服と同じ生地で特注して、支局に許可申請して。
お金と手間はかかったけど、そんなのは大した痛手じゃないよ。
何と言っても、友情と絆の証だからね。
「ビームライフルの銃声から、薄々察しはついていたよ、フレイアちゃん。にしても気合い入ってるよね、千里ちゃんも。」
千里ちゃんっていうのは、私やフレイアちゃんのクラスメイトでもある吹田千里准佐の事なんだ。
愛らしい童顔に幼児体型、そしてツインテールに結った黒髪と無邪気な口調から、殊更に子供っぽく見える千里ちゃんだけど、甘く見ちゃいけないよ。
個人兵装に選んだレーザーライフルは素晴らしい腕前で、何より特命機動隊上がりのお母さんに叩き込まれた防人乙女魂は、同期の中では誰にも負けないんじゃないかな。
今回の作戦には、千里ちゃんのお母さんの吹田万里予備准尉も参加されているらしいから、母娘二代の防人稼業って事になるね。
「吹田さんを羨んでいらっしゃるのですか、葵さん?まだまだ暴れ足りないのではなくって?」
私の呟きに含まれていた微妙な欲求不満を、フレイアちゃんったら耳聡く聞きつけたみたい。
まさに阿吽の呼吸だね。
「否定は出来ないけど、そうも言ってられないよ。今回の配転は東条湖蘭子上級大佐の上官命令だし…それに、私達が地域住民の避難所を防衛しているからこそ、前線の子達が安心して戦闘に専念出来るんじゃないかな?」
「然りですわね、葵さん。それに私共を避難所防衛の追加要員に回せるという事は、それだけ戦局が我が方に傾いているという証ですもの。」
私に応じるフレイアちゃんの気品ある微笑をこうして見ると、事態の好転を改めて実感するよ。
こうして私とフレイアちゃんが軽口を叩き合っていられるのも、ほんの数時間前には思いもしない事だったの。
呪術による再生能力を有している怨霊武者は、倒しても倒しても、しばらくしたら復活して立ち上がってくる面倒な敵だった。
いくら私達が生体強化ナノマシンによる改造手術を受けてはいても、連戦を重ねたら疲労も蓄積するし、弾薬や燃料だって無制限じゃないからね。
出口の見えない防衛戦を強いられていた私達が攻勢に転じられたのは、祝詞を唱えながら戦う事で足軽達を浄化消滅させられた巫女さん達の証言と、百舌鳥と古市の古墳群を霊的地脈の回路として運用させる作戦を立案された研究班と上層部の御尽力だったの。
口で言うのは簡単だけど、そこに至るまでが厄介だったんだよね。
巫女さん達を乗せた装輪式装甲人員輸送車を古墳まで無事に送り届けるために、武装オートバイに乗って騎馬隊と合戦して。
古墳に着いたら着いたで、祝詞を唱える巫女さん達を守るべく、甲賀忍者の大軍団を迎え撃って。
朝にフル充電したガンブレードがガス欠するなんて、普段の作戦じゃ考えられない事だよ。
マイクロウェーブに変換したエネルギーをドローンから送信して貰っても、次の瞬間には再度の補給が必要になるんだから。
そんな危うい防衛戦があったからこそ、古墳群が霊的地脈の回路として起動してからの逆転劇は素晴らしかったね。
私達の間近まで迫っていた怨霊武者の集団が、古墳から生じた光に触れた途端、みるみるうちに朽ち果てたんだから。
光の直撃を免れた連中も、かつての再生能力は失われたらしく、アサルトライフルを食らったら粉々に砕けて吹き散らされていったんだ。
敵の切り札を封じた私達は、一気に形勢を逆転。
公園や大通りに陣を敷いていた敵軍を討ち滅ぼしては、そこに臨時の駐屯地を張り、亡者の軍勢から管轄地域の平和と秩序を取り戻したという次第なの。
この中学の校名の由来となっている浜寺公園だって、ついさっきまで速水守久の拠点だったのを奪還したばかりなんだから。
私とフレイアちゃんの個人兵装を合体させたガンブレードランサーで、守久公を頭から真っ二つにした時の緊張感と興奮を、今でもありありと思い出せるよ。