誰がための決闘
僕が腰の剣を鞘から軽く抜いた事で、決闘は実質的に開始となった。目前で剣を持つ男と対する、隣の少年レオと僕。だが、男は僕が剣をまた直すので、唖然としていた。
「そこのお前は抜かないでいいのだな」
と、男は確認を取って来る。
僕は決闘を開始するためだけに抜いたので、それで良かった。またこちらを心配してくる様子から、男は根は優しいのかもしれないと思った。自分の弱さを見せないために威張るのも、一つの戦略と言える。僕は初めから、レオに戦ってもらうと考えていたので、目立たないようにしていた。何かあった時には、後方から幾らでも支援出来る。
レオも一度、僕の行動を理解出来ていないようだったが、何かを感じたようだった。ここでは、沈黙は了解していると意味する。
「早く決闘を始めようじゃないか?」
と、レオが男に戦いの宣言をした。
男は剣を構えながら、笑みを浮かべた。レオもそれに応えるように剣を同様に構えた。僕は二人が戦い始める前に、後方に退いた。二人が戦う邪魔にならないように。
何かが始まる、といつの間にか周りに人集りが出来ていた。誰もが興味津々に見ているが、その輪に混じらない人も数人いた。この場の試験官もそのような人である。
二人は息を合わせるように、剣を打つけ合う。男が先に打ち込んだと思えば、レオが防ぐ。次にレオが隙に不意打ちをしようとすれば、止められる。どちらも戦いが終わりそうにない。ただ、剣が当たる鋭い音が室内に響いている。誰もが二人の戦いに見入るので、自然と他の音がなくなる。
「おぉぉっ──。いけ、いけ」
見ている人々がその戦いに集中して、一つの動きがあると歓声を上げた。どちらかを味方にしているようではなく、両方を応援していた。だから、片方だけが戦う意欲を失う事はない。
どちらもこれ以上隙がないと思うと、一気に後ろに引き下がった。深呼吸をしながら、息を整える。また見つめ合うと、双方は笑みを浮かべた。彼らもその戦いに心から楽しんでいた。
僕から見れば、男の方が腕は立っていたが、レオも負ける気はないようだった。男が疲れて作った隙を狙えば、レオでも勝てる。が、レオの体力がどこまで持つか、分からない。彼は僕が余り決闘に参加していないと思い、男が僕の方に来るのを防いでいた。対する男も僕の立場を同じように理解して、巻き込まれた者と思ってるようだった。
僕はこの決闘が彼の家族のためであるので、主な戦いは彼自身に任せていた。何故なら、彼が勝てる力を持っているのなら、自らの手で勝ち取った方が家族も喜ぶと思ったから。それに何かあれば、必ず後方から支援するから。
また走り出した二人は、どちらも怯む様子がない。が、レオの剣が押されていると感じた。二人が再度、距離を空けてから打つかり合った時に、周りから誰かが叫んだ。
「いけー。負けるなっ」
と、耳元からした大きな声にレオは一瞬、体を止めた。
その隙を狙うように、男が剣を当てようとした。丁度、レオの死角に入り、対応出来ていない。その瞬間に僕は無詠唱魔法を発動させた。男は剣が何かに弾かれた事で、剣が勢い余って後ろに跳ね返った。男が驚いているのを見て、レオは隙に入り剣を首筋に当てた。これで、決闘の行方は決まった。周りの人々は一連の戦いに、未だ興奮しているようだった。
男は潔く剣を手から落とした。
「お前の勝ちだよ、少年。そこの者を巻き込んでいたが、最初から一人で勝てるぐらい強いのだな。俺もまだ知らない世界が、あると今知ったよ。先程は見下して、悪かった」
男の謝罪を聞いて、レオはお辞儀をしてから剣を直した。決闘で勝った事で、家族と自分の名誉を取り返せたのでレオは男に対等に対応していた。決闘で戦った者同士として。男も剣を納めると、出入り口へと歩こうとした。周りにいた人々は道を開けながらも、男に暴言を叩いていた。弱いくせに戦うとするから負けるのだとか、大人のくせに子供に負けてカッコ悪いなぁとか、好き勝手に言っていた。僕としては、男も剣では強い方だったが相手を見る目が足りない、と思った。今回の事から学べば、男も本当の大人になれるのかもしれない、と考えた。
男が重い足で歩いているのを見て、レオは急いで歩み寄った。
「家族の事を謝ったのだから、それでいい。それに比べてお前らは何だ? 戦ってもいないくせに、負ければ好き勝手虐めていいと言うのか? お前らは俺が負けていたら、同じように楽しんでいただろ。人の弱点に漬け込んで、恥ずかしいと思わないのか?」
「もう、いいのだ。俺が負けたから」
と、男は弱々しいい笑顔のまま、レオを止めようとした。
が、レオは引き下がらず、男を直視した。
「お前はこの試験を決闘では賭けなかっただろう。なら、何故違うものを賭けた決闘で負けたら、去ろうとしているのだ? お前は強かったと、俺が戦って肌で感じた。先程の決闘で俺をお前は自分なりの考えに基付いて、正そうとしていただろ?」
と、自分に負けた相手を何としてでも守ろうとしていた。
レオは人を見抜くいい目を持っていた。そして、男の本当の姿も分かっていたのかもしれない。僕は二人を見ながら、そう観察した。だが、事態は少々ややこしくなりそうだった。
「お前の言葉には感謝するが、弱者がいてはいけない。それが大人の世界での考え方だ。だから、何を賭けたとして、誰に負けたとしても、負けた者は負けたと言う事だ。そう言う者は大人しく退くと言うルールだ」
と、男はレオに大人のルールを教えようとしていた。
周りにいた者達も、中々去らない男に苛つき始めた者が出始めていた。先頭にいた大剣を後ろに抱えた若者が、二人に大きな足音を立てて近付いて来た。何ともわざとらしく。自分が強いと信じて、疑わないタイプの男だと一眼で分かった。決して強いとしても仲間に入れたくないタイプの人だ。何故なら、序列となる者は家族となる。一人で酔っている者が入れば、家庭が崩壊してしまう。だから、そう言う者は非常に危険なのだ。