彼らの眠る地
『キルトン・ホークス、ハーデス・フィン、メイ・ハンター、グレゾン・ガース、シリウス・ブルーワイト。この地に眠る』
と、大きな墓石に彫られている通り、彼らは今、この地で眠っている。
世界が見透せるほど高い丘にある、墓地の一角に。〈世界の監視者〉の序列全員が。そこは彼らが望んだ場所だった。世界をいつまでも監視する者として、最後まで職務を全うするために。
僕は彼らがやっと解放されたのだとも思う。彼らは最後まで職務を続けるらしいが、序列に縛られなくて済むから。最後の最後に。
僕は花を手に彼らの前に立っていた。
この墓地には僕以外の人々も墓参りに来ていた。それぞれの思い人や家族と再会するために、昔の記憶や成長を見せるために。
墓地には澄み渡った風が吹き、花開いた季節の花々が風に靡いていた。いつもちゃんと聞いているよ、とその人に伝えるように。たとえ言葉を述べる事が出来ないとしても。常に側でその人を見守ってくれていたのだった。
彼らの死を公には出来ないため、彼らは民間人と同じ場所に埋められる事となった。それは監視者の一員として、彼らも理解している事だった。だから、彼らのこれまでの功績は伏せられた状態で、名前だけが墓石に綴られている。
僕はそれが少し悲しかった。それなら、幾ら頑張っても報われる事がないじゃないか、と思った。
だけど、彼らは前に言っていた。
たとえ直接感謝を言われないとしても、誰かの役に立てるのならそれでいい。必ずしも、表面上に見える親切が全てではない、と。
僕はまだそのように考える事が出来ないので、その考え方には新しい生き甲斐を見つけた。いつまでも、知られないとしても、誰かはきっと見てくれているのだ、と。たとえ人々が気付いていないとしても、その事で誰かの役に立てる。誰かの幸せを守れるのだ、と知った。
そして、彼らは永遠に生き続けると言える。今生きている僕らが全員死んだとしても、彼らの物語はいつまでも未来に引き継がれる。決して、誰もが忘れないよう、全員に最後まで伝えるために。
僕は出来る限り、彼らの元を訪れるようにしていた。彼らのいなくなった〈世界の監視者〉が、大変な状況であったとしても、それだけで彼らを放って置く訳にはいかない。彼らのお世話になったから、何かの恩返しをしないといけない。今はこのような事しか出来ないけど。
普段通り、墓参りをしていると奥から一人の男性が近付いて来た。全身を黒い服で纏わせる姿は、喪服のようだった。黒い帽子を頭に被せながら、男性はこちらに向かって来る。帽子で前が見えなさそうであるにも、関わらず。その男性はこれまで、見た事のない人だった。
最初から彼らが目的であるように、その男性は彼らの墓石の前で座り込んだ。懐に手を入れると、赤い花を取り出して供えた。手を合わせてから目を閉じた、男性は亡き人に何かを心から伝えているようだった。僕は何故か親近感を感じた。これまで、彼らの元に他の人が来るのは、余りなかったから。誰かが訪れてくれるだけでも、嬉しかった。
目を開けた男性は、立ち上がりながら帽子を軽く上に上げた。こちらを見やすくするように。その瞳は優しさを持っていたが、やっぱり見た事のない人であった。
「君が彼らを守ってくれていたのかい?」
と、男性が言った。
その声はその人の瞳のように、安心感を覚えさせる。メイと話している時と同じように。
「はい。僕はもうこんな事しか出来ないので」
「これまで、ありがとうね。私も中々彼らの元に来る事が出来なかったのだ」
何か懐かしむ視線を男性は放っていた。
「貴方は彼らの仲間ですか?」
「そうだよ。君は彼らの最期を覚えているのかい?」
「……いや、分かりません。済みません。だけど、彼らが望んでいた最期ではないと思います」
僕は民間人も近くにいる事を考慮して、彼らが殺された事を遠回しで言った。すると、男性は少し悲しそうな目をした。
「そうか…君は彼らが好きなのかい?」
「いつまでも、大切な仲間だと思います。彼らには本当にお世話になったので」
「だよね。良かったら、君の名前を教えくれるかい? 仲間思いの君を忘れたくないから。いいだろうか?」
と、男性は少し控えめに聞いてきた。
「いいですよ」
僕は男性に真正面から向き合った。
「ヴォルフ・バーンズ。それが僕の名前です」
男性は僕の名前を反復した。決して、忘れる事のないように。
「ヴォルフだね。分かった、ありがとう」
と、男性は手を差し伸べて来た。
僕はその手に自分のを差し出して、返事をした。
「彼らに会いに来てくれて、ありがとうございます。また、会える機会があれば嬉しいです」
男性が帽子の下で笑みを浮かべたのを、見た。
「私も同じ事を思っていたよ、ヴォルフ」
そして、僕と男性は別れた。彼らに挨拶をしている中、横目で男性が去って行くのが見えた。帽子に手を当てて、少し上がっていたのを、元の場所に戻していた。
彼らにまた会いに来る事を約束して、僕も荷物を纏めた。職場である〈世界の監視者〉の本部に戻るために。そこに戻れば、瞬く間に過ぎて行く世界が待ち構えている。この墓地とは違い過ぎる、生者が忙しく働いている世界が。
自然の空気を味わいながら、帰っていたとしても僕の目的地は、予想より遥かに近い場所にあった。幾ら楽しみながら帰っても、仕事は待ってくれない。
僕が帰って来たのを見て、〈世界の監視者〉の一人が近付いて来た。
「おかえりなさいませ、レイ様。お待ちしていました」
「ただいま」
僕はいつまでも慣れないその者の言い方を受け流した。ずっと表の方にはいなかった僕だった。序列0位と言うランク外にいた僕は、未成年である事でこれまで配慮されていた。が、彼ら、〈世界の監視者〉の上層部である序列がいなくなった事で、仕事が任せられるようになった。そして、0の意味する、レイと言うコードネームで呼ばれる。
僕より上はいないので、序列は同等な立場でいてくれたけど、それ以外は全員部下と言う事になる。今、声を掛けてくれた者も。
〈世界の監視者〉が完全な実力主義で出来上がっているため、僕は強制的に序列0位の座に座らされた。そして、今は新たな問題に直面している。仕事が多すぎて、隙間を何とか作らないと彼らに会う事が出来ない。それ以外にもやる事が沢山あった。