1.染谷栄至35歳
第一章 染谷栄至
「えっ…?」
1ヶ月前に健康診断のレントゲン検査で再検査と引っかかり気づけば精密検査を受けて
医者から肺がんと宣告され栄至はとても動揺していた。
別に長生きしたいとは思っていなかった。
親より少し長生き出来たらいいと思っていたくらいであった。
そんな親も3ヶ月程前に見送ってこれからどう生きようかとは思ってはいたけれども
まさかこんな早くに命の危機がくるとはさすがに予想していなかった。
職場に診断結果を報告し、治療行いながら働きますがご迷惑おかけするかもしれませんと施設長に伝えた。
施設長は心配そうな顔で「無理はしないでね」と優しく言ってくれた。
職場は栄至が介護を始めた時からずっとお世話なっていて8年くらい勤めている。
皆いい人ばかりで"ばんちゃん"というあだ名で親しまれている。
あだ名の由来は同じ"えいじ”という名前でゆで卵が好きな有名人からもじってきている。
職業柄か給料は同年代に比べたら低い方ではあるが一人暮らしにはじゅうぶんな金額のため生活には満足している。
俺に足りないのは恋愛運だけだなと栄至自身も思っていた。
がんの治療方法は放射線治療を行った。
身体に痣ぽいのが増え、終わった後は吐き気がした。
吐き気が続く時は休んだり早退することもあった。
人手が足りなかったりするだろうに職場の人たちは「ばんちゃん大丈夫?」と気にかけてくれ、仕事のサポートをしてくれた。
そうして半年ほど治療を頑張ったが
「胃に転移してますね」
医者はどうしたもんかという感じの困った様子でそう告げた。
やはり35歳という比較的若い年齢で出てきたがんは治療しても進行が早かった。
栄至は職場にはそのことを報告しないまま治療をやめた。
そして、半年間治療のために我慢していたタバコを吸い始めた。
半年ぶりのタバコは煙を肺に入れた瞬間とてつもなく噎せて肺から気管支の範囲が痛かった。
それでもやめれないのがニコチン中毒である。
さて、これからどうしようか
そう思いながら肺にあまり入れない程度にタバコをふかしながら考えていると
母がよく言っていた「悔いのないように生きろよ」という言葉を思い出した。
ある程度やりたいようにやってきたつもりだ。
だけど悔いのないような人生にするのなら…
栄至は思い立ったように山浦佐恵という女性に電話をかけた。