#5『私・・ここまでなのかな・・?』Aパート
■■OP:『Don't stop.Don't look back.』歌:斎木 夏樹■■
■■■■■Brought to you by these sponsors■■■■■
自室で魔力操作の自主練を続けた裕子は、次の段階に移っていた。
自宅のあるマンションから、少し離れた場所に有る低山までの飛行訓練を始めたのだ。
一週間、ただひたすら魔力操作や身体を浮かせるコトに費やした甲斐は有ったと言えた。
初めて飛行した時の裕子は、吹き付けて来る夜風に冷やされ続けたコトと、落ちて死ぬ恐怖、その2つと戦っていた。
しかし、2回目の飛行では、あの時とは別のドキドキが裕子の胸を占めていた。
自宅の有るマンションのベランダから飛び立ち、あの廃工場を遠目に見つつ通りすぎ、目標の山まで辿り着けた。
夜間で人気の無い展望台に降り立った裕子は、「やった・・!やった・・!やった・・!!できたっ・・♪」と歓喜した。
ひとしきり喜んだ裕子は、気を取り直して展望台から自宅に向けて飛び立った。
そして、無事に帰り着いたのだった。
少し息は上がっていたし、オデコには脂汗も浮いていたが、やり切った。
裕子は自室に駆け込むとベッドにダイブし、枕に顔を埋めて歓喜の叫びを上げた。
ベッドの上で枕を抱き締めてゴロゴロバタバタとし、仰向けになると天井を見上げ、満足げに笑った。
努力は報われたのだ。
天井に向けて伸ばした手を握り締め、呟く。
「負けないから・・!」
そして腕がパタッとベッド上に落ち、ベッド上からは静かな寝息が聞こえだした。
翌日からは、裕子の日課が更に変わった。
帰宅後、やっておかねばならないコトを終わらせ、自室で魔力操作をしつつ身体を浮かせる。
会社帰りの帰宅者が減る時間帯になればベランダから飛び立ち、近所の低山まで飛行し、帰って来る。
その生活を更に一週間続け、飛行して帰宅した後に寝落ちする事も無くなっていった。
そうして裕子は更に、夜の日課を追加した。
追加のキッカケは、クラスメイトで友達の美和ちゃんだ。
美和ちゃんは、裕子が実験で魔力を注いでいたバケツに手を入れていた。
その翌日、何か変なコトは起きなかったか、それとなく聞いてみたのだ。
すると、不思議なコトを聞けた。
バンソウコウを替えようとしたところ、切り傷が跡形も無く消えていたというのだ。
けっこう血が出たから治るまで時間がかかると思っていたのに不思議だ、と首を傾げていた。
ソレを聞いた裕子は、その不思議の原因に思い至った。
「もしかして、自分の魔法少女としての能力なのでは?」と思ったのだ。
ソレが、追加される日課の元になった。
飛行して展望台に何度も行った裕子は、飛行途中に気になるモノを何度も目にしていた。
山中だから木が沢山有るのは当たり前なのだが、その中に、一際大きく目立つ古木が有ったのだ。
一際大きかったからこそ目立っていたのだが、枯れかけている様に見えた。
「その古木に魔力を注ぎ込めば癒せるのでは?」と思ったのだ。
そして、夜間飛行のルートが変更された。
自宅のベランダから展望台まで飛び、帰り際に枯れかけの古木に魔力を注ぎ込むのだ。
古木のある場所は暗く、ハイキングコースからも離れていて、魔法少女になる前の裕子なら決して夜間には・・いや、昼間であっても近付かなかっただろう。
だからこそ、実験で古木に注ぎ込む魔力には制限が付く。
自宅ベランダまで飛べる魔力だけは、残しておかねばならないからだ。
そして、そんな日課が出来てから数日・・特に代わり映えの無い日々が過ぎていった。
その日の裕子は、少しばかり気の緩みが出ていたのかもしれない。
夜空高く飛ぶのにも慣れてきていた。
夜空で吹き付けて来る風は冷たい。しかし魔法少女服が守ってくれる。
夜闇に包まれた山中は不気味で、得体が知れない。しかし何かあれば飛んで逃げれば良い。
それは間違い無く、気の緩みだろう。
だから裕子は、少しずつ、少しずつ、何かを間違えた。
■
ザッ・・
「?」
微かな音がして、裕子は音がした方向に目を向ける。
しかし、視線の先には夜の闇が広がるだけだ。
気を取り直して、裕子は枯れかけた古木に向き直る。
古木に触れ、魔力を流し始めた。
まぶたを閉じ、視界を閉ざし、裕子は魔力の流れに集中する。
少しずつ、魔力が流れて行くのが分かった。
裕子が触れている部分から、古木全体に広がっていくのを感じた。
・・・・ザッ
また聞こえた。
裕子は目を開け、音がした気がする方向を見た。
「・・・」
夜闇の向こうは黒一色だ。
「・・」
裕子は、一つ試してみるコトにした。
音がした気がする方向に向けて、腕を伸ばして、手を広げた。
そして、手の平から魔力を放出するイメージをした。
これは、裕子が自宅の部屋で魔力を扱う訓練をしていた時に偶々見つけたコトだった。
手の平から魔力を放出してみたら、壁の向こうに人の気配を感じたのだ。
しかし、壁の向こうは空中だ。誰も居るハズが無い。
首を捻りながら、裕子はソッとカーテンを少し開けてみた。
カーテンを開けて覗いた先には夜道が見え、歩いているサラリーマンが見えた。
「もしかして」と気付いた裕子は、もう一度試してみた。
また人の気配を感じてカーテンの隙間から覗いてみたら、今度は20代くらいの女性が歩いていた。
これで、裕子は魔力を当てて人の存在を感知したコトに気付いた。
距離が離れた道を歩いている人を感知したのは、手を斜めに構えていた事により、マンション上層階から地上の道路に向けて魔力を放っていたのだろう、と結論付けた。
ソレを試してみようと思ったのだ。
裕子が魔力を飛ばしてみると、『何か』を感知できた。
数十メートル離れた場所に、『何か』が存在している。
しかし、場所は夜闇に包まれた山中だ。
たぶん動物か何かなのだろう。
ここで裕子は、選択を間違えた。
何を感知したのか知ろうとしたのである。
感知した方向に向けて、魔力を集中させるイメージ。魔力が触れた『何か』の形を探るイメージ。
「・・?」
ここで、裕子の思ってもいなかったコトが起きた。
自室から感知できたサラリーマンも女性も、逆に裕子に気付く様な素振りは無かった。
しかし、今、魔力を向けている相手は違った。
感知した時は、裕子からみて横切るような動きをしていたのに、裕子の方に向けて方向転換したのだ。
少しして、夜風は音を届けてくれた。
ザッ・・・・・・ザッ・・・・・・・・・ザッ・・・・・・・・・・・
『何か』が近付いて来る。
『何か』に向けて放出する魔力を向けたままだった裕子は、近付いて来る『何か』が近付いて来るにつれて、『何か』の形を読み取れた。
動物では無い。
何となく、ヒトの様に感じた。
しかし、この時の裕子の行動は、迂闊以外の何でもなかった。
夜闇に覆われた山中を歩いている『何か』が、自分に向けて真っ直ぐに向かって来るのだ。
警戒して身を隠すなり、その場から離れるなりすべきだった。
しかし、裕子は魔力減少による疲労によって、若干以上に、判断能力を下げてしまっていた。
その場から動かずに居た裕子の視界からでも捉えられるくらいの距離に、『何か』が微かに見えてしまった。
「・・・ヒト・・?」
裕子が疑問に思ったのも無理は無い。
裕子の方に歩み寄る様な速度で近付いてくる『ソレ』は、夜闇に覆われた山中に僅かに差す月明かりでも、『ヒト』が歩いて来る様に見えたのだ。
ただし、僅かな月明かりを塗り潰す漆黒のヒト型だったのだが。
ザッ・・・・ザッ・・・・ザッ・・・・
「・・」
ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・
「・・ぁの・・」
ザッ・・ザッ・・ザッ・・ザッ・・ザッ・・ザッ・・
「・・ぁの・・?」
ザッ・ザッ・ザッ・ザッ・ザッ・ザッ・ザッ・ザッ・ザッ・ザッ
「ぁの・・!」
ザッザッザッザッ
足音はついに裕子の元まで辿り着いた。
そして、裕子とは2メートルくらいの位置に立ち止まった。
「ぁの・・」
至近距離まで歩み寄って来ておきながら無言の接近者に、裕子の心音が鼓膜にバクバクと鳴り響く。
夜風が強く吹き、裕子や接近者の居る辺りを覆っていた影を作り出していた木の枝がしなる。
月明かりが少しばかり光量を増し、2人の姿を露わにする。
「!?」
裕子は悲鳴を上げかけ、両手で口元を覆った。
暗く影になってはいたが、接近者が『女性』なのは何となく分かっていたのだ。
だからこそ、有無を言わさず飛行して逃げたりはしなかったのだ。
しかし、月明かりに晒された姿は、『女性』とは言えなかった。
空間に『黒』という色を垂らして侵食させ尽くしたかの様な、とでも言うべきか・・黒一色の、黒一色しか存在しない、空間に女性型の穴が開いているかの様な、そんな『形』が在ったのだ。
「・・・・」
ジャリ・・
裕子は無意識に後退りしていた。
語らずとも理解できたからだ。
コレはダメだ。コレに近付いてはならない。コレに関わってはならない。コレは、ダメなモノだ。
裕子の生き物としての本能が、激しく警鐘を鳴らしていた。
ジャリ・・・ジャリ・・・・ジャリ・・ジャリ・・・ジャリ・ジャリ・・
夜風が吹いている。
夜風に揺らされる枝葉の擦れる音が、激しく聞こえている。
自分の魔法少女服の衣擦れの音も僅かに聞き取れる気もする。
しかし、それ以上に、裕子の鼓膜を占めるのは、裕子自身の心音と足音だ。
裕子はすぐにでも逃げ出したかった。
しかし、背中を向けて逃げ出す勇気は無かった。
視界に捉えたままジリジリと後退る裕子。
そのまま10メートルは離れたハズだったのに。
少し気を抜きかけた裕子のすぐ前に、『黒い何か』が居た。
少し離れられた距離など一切無かったかの様に、一瞬で距離を詰められていた。
そして、裕子を強い吐き気が襲う。
腹を深くえぐられる様に、裕子の胴体に強い衝撃が叩き付けられたからだ。
そのまま弾かれるように後方に飛ばされた裕子の背中が、近くの樹木に激突した。
「っ・・ぁ!」
苦悶の声が洩れるが、裕子はそのまま地面に落ちる。
受け身も防御も出来ず、地面に叩き付けられた裕子は身体を強かに打ちつけた。
「こほ・・っ」
喉の奥から、熱いモノが溢れて来る。
「・・・ぅそ・・」
口元を押さえた裕子が手を離すと、何かがボタボタと こぼれ落ちた。
月明かりの下でも、ソレが何なのか、裕子には分かってしまった。
手が震える。手だけでなく、身体全体がカタカタと、ガタガタと、震えだす。
吐血で赤黒く染まる両手から視線を上げ、裕子は前を見た。
前が見えなかった。
いや、前が黒一色で見えないのだ。
恐る恐る顔を上げた裕子の前に、『黒い何か』が立っていた。
更に、裕子の頭上から、激しい圧迫感が叩き付けられる。
頭や胴体に何かを叩き付けられたのでは無い。身体全体に何かを叩き付けられた様な、激しい荷重が叩き付けられていた。
地面にめり込む様な荷重を受け、少し前に胴体に痛撃を受けていた裕子の身体が悲鳴を上げる。
激痛を超える痛みに、裕子の身体は限界を迎え・・制御不能に陥った。
裕子が身に纏う魔法少女服が光の粒子になり消えていく。
「・・・・ゃだ・・」
身体はもう動かないのに、まだ意識だけが残ってしまっている。
薄れゆく意識は、目の前に在る『黒い何か』を捉えてしまい・・。
「・・こんな・・・死にたく・・な・・い・・・・」
目からは涙が溢れ、そのまま静かに意識を手放した。
■
意識を失った裕子に、黒いモヤモヤの塊が にじり寄って行く。
「aAaa………」
裕子にモヤモヤが触れようとした その時、伸ばされたモヤを一条の光が射抜く。
「AAAAA……¡¡¿¡」
夜空高くから、減速などお構い無しに、黒い閃光が突っ込んで来る。
ドォッ!!
勢いのままに、黒い閃光は黒いモヤモヤを弾き飛ばす。
「間に合った・・!」
倒れ伏した裕子の前に、庇う様に黒いウェディングドレスが ひるがえった。
■■■■■to B PART■■■■■