#17『加茂鴨ちゃんは最強!?』Aパート
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
「ありがとうございます」
加茂鴨家のリビング、テーブルの上にホットココア入りのマグカップが置かれた。
そのマグカップを、2人の少女が手に取った。
「あの子はもうすぐ帰ると思いますので…」
加茂鴨ちゃんを大人にしたような容姿の綺麗な女性が軽く頭を下げるが、テーブルに着いた2人の少女を興味深そうにチラチラと見ていた。
いや、正確には2人の魔法少女と、片方の魔法少女の肩に乗る子猫の様なマスコットを。
イスに座っているのは、アイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィ。
そしてアーカーシャ・リリィの肩に乗るのは精霊のニャニャンだ。
ガチャッ!バタン!パタパタ…と軽い足音がして、加茂鴨家リビングに1人の少女が駆け込んで来た。
「ごめんなさいっ!遅くなりましたっ!」
加茂鴨 遥が、クラブ勧誘からやっと逃げ帰ってこれたのだった。
彼女は現在、学校中のクラブからの熱烈な勧誘を受けていた。
元々、美少女以外に見えるハズのないくらいの美少年だったのだ。
『否応無しの状況で女の子になってしまった』ということを知らない生徒は平原小学校にはもう居ないくらいに有名な話になっていた。
そこに、マーチングバンドクラブや女子新体操クラブ、チアリーダークラブに女子テニスクラブ、さらに水泳クラブや陸上クラブまでが各クラブ総出で勧誘に押し寄せた。
本人は当初、「元男子だから体力があると思われてるのかも」と言っていたが……各クラブが持って来たクラブ衣装を見て閉口してしまった。
どのクラブも、『女の子』っぽさゴリ押しの衣装を嬉々として差し出してきたのだ。
それらは どれも見栄えるモノばかり。
例え彼女が役に立たないどころか足を引っ張る結果しか出せなかったとしても、『そこに居る』ただそれだけで、悪く言えば誘蛾灯、飾らず言うなら広告塔に出来る。
察してしまえた。
しかし、差し出された衣装いずれも、警戒心すら消えかけてしまうくらいに萎えてしまうモノだった。
①アンダースコート必須のスカートのマーチングバンド衣装。
笑顔だったが、何か妙な熱を感じる視線にお断りした。
②身体のラインがクッキリ出てしまうのは当然の新体操のレオタード(何故か、純白地に薄めの桜色の刺繍入りの見栄え重視寄り)。
当然の様な顔で出されたが、他の色はと聞けば「あなたにはこの色が一番です」と言い切るクラブの女子達に身の危険を感じて謹んで辞退させて頂いた。
③スパッツでも何か不安になるチアリーダー衣装。
部長らしき女子から「あ、アンダースコートは好みで履かなくても大丈夫だよ?」と言われて選択肢は「お断りします」以外消滅した。履かないわけ無いだろう。
④極限まで短いスカートのテニスウェア。
無言の笑顔に寒気が走ったので、やんわりと断固拒否した。
⑤かなりの布面積の少なさと小ささと薄さを誇るかの様な競泳水着。
男子用水着を着なくて済む安堵感は計り知れないが、次の夏に授業で着ることになるだろうスクール水着への不安が湧いてしまい、はるかに布面積が削られた競泳水着に対しての抵抗感からお断りさせて頂いた。
⑥今時ブルマ?と思ってしまう形の陸上女子レーシングパンツ。
女性教師が「私の時代は…」と言うのは耳にしていたが、実際に見てみれば、コレで人前に出るとか考えられなかった。
それに、気付いてしまったのだ。
パンチラ防止策そのものの露出度が何故か高い、と。
おずおずとソレを突いてみれば、陸上クラブの女子が「下にはコレ履くから大丈夫」と見せてくれたモノがあった。
が……唖然とすると言うか、言葉を失うというか、呆然としてしまうと言うか、少ししたら背筋にゾワゾワとした寒気が走っていた。
差し出されたアンダーショーツの頼りなさに、「無理」と逆に覚悟が固まったというか、力になってくれたのだった。
それ以降は、柔らかな微笑みで「無理です」「ダメです」「着れません」「イヤです」と断固拒否だ。
結果的に彼女の対処力を爆上げすることになった女子陸上クラブは、他クラブから責めに責められることになるのだが、自業自得という言葉をソッと進呈しよう。
運動系クラブに忌避感というか確たる拒否感を抱き始めた頃にやって来たのは、
何故かコスプレ衣装を持ったマンガ研究クラブだった。
クラシックメイドとかいうのはちょっと興味深かったが、胸元を強調するミニスカフレンチメイドはスルーした。
純粋な目でオーバーサイズの男性用ワイシャツを差し出して来たのは、隣のクラスの女子だった。
「女子はブラウスだと思うので」と断ったが、「あ、いや、これは朝チュ」と何か言いかけて近くの女子に口を塞がれていた。何だったのだろう。
グイグイ来る女子達に疲れ切った彼女の前に、伝統芸能研究クラブが現れ、差し出したのは振り袖の着物だった。
かなり大きく見えたので、家族のものなのだろう。
初めてマシな物を見た気持ちで感動しそうになった彼女だったが、「こんな感じで着てほしい」と見せられた画像は、いやに肩が出ていて胸の谷間もあらわ、画像の端には『花魁』とか表示されていた。
静かに微笑みながら手でゴメンと制して、もう相手にしなかった。
男子だった頃には ものすごく女子に優しく接してもらえていた加茂鴨ちゃんだが、女子になったら接され方が二分した。
目の敵の様にキツく接してくる女子と、オモチャにしてくる女子だ。
彼女の生来の人格は女子人格だが、男子の身体で男子として育てられ、男子として接されて生きてきた。
本人にとっては変わったのは自身の身体だけと認識していても、周囲の認識は違った。
同性だった男子クラスメイトですら、彼女がスカート姿に変わっただけで、見る目が替わってしまったのだ。
いきなり第二次性徴期の訪れと肉体の転換に見舞われることになった本人とは程度の差はあれど、自他共に大変なのは実はこれからなのかもしれない。
これまでの人生とまるで違う疲れに感覚が麻痺しているのか、各クラブからの勧誘に疲れ切っている彼女は、ひとつ見落としていた。
元々所属している被服クラブを辞めずにそのままでいれば万事解決なのだ。
これまでの様に無心で刺繍を刺している姿は、きっと様になるだろう。
それに、クラブ仲間の女子達からは何故か、彼女に「自分で着てみる前に、他からどう見えるのか第三者視点で見てみたい」と試着を頼まれることが多かった。
『終わりが終着点』だったハズの家出以降、自宅では女の子っぽい服装で居られたが、それ以外の『外』、実は彼女が『女子としての服』を何種類も、初めて長時間身につけられたのが被服クラブでの時間だった。
そのことに彼女が内心で深く深く感謝の念を抱いていることを理解できている女子達は居なかっただろう。
ただ、「深窓の令息」「尊すぎてヤバい」「男装の極み」と影ながら言っていたクラブ仲間の女子達は、微笑みながら静かに迎えてくれるだろう。
■■OP:『Don't stop.Don't look back.』歌:斎木 夏樹■■
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飛ぶアイソレイト・リリィに背負われた加茂鴨ちゃんは、遠州灘沖合の太平洋上の流れゆく景色を興味深そうに見ていた。
■
土曜日の午後、前もって夏樹と相談してあった裕子は、加茂鴨ちゃんにも相談した上で、彼女を『逢庭』の施設に連れて行く計画を実行にうつした。
『逢庭』の施設に加茂鴨ちゃんを連れて行く為に、色々と面倒くさい話を省く意味も含めて、勢いをつけて少し強引な感じに押し切るように進めたのだった。
加茂鴨家の玄関の呼び出し音にドアを開けた主婦の加茂鴨 清花は、きっと唖然としただろう。
ドアを開けたら、魔法少女が2人立っていたのだから。
通常、『魔法少女』というのはTVの画面の中の存在だ。
遠目に見ることはあっても、関わりを持つことはそうそう無い。
もし関わりを持つとしたら、自分は要救助者になっているハズだ。
そんな縁遠い魔法少女が一般家庭を訪問して来ることなど、想像もしなかっただろう。
唖然とする清花に、アーカーシャ・リリィは親身な様子で語りかけた。
「貴女の娘さん。彼女の今後の人生にとって大切な場所に彼女を案内しておかなくてはなりません」と。
『精霊』という非日常の象徴たるニャニャンも、清花の肩に乗って頬ずりしながら話しかけたりと、まともな判断力を削るのに尽力した。
『魔法少女』とは、現代社会に於いて、どんな職業よりも何者よりも、まず信頼される者達だ。
それに、娘の遥の精密検査の際に病院で接した『逢庭』という所の関係者から聞いてはいた。
「いずれ、魔法少女と深く関わることになるでしょう。その際、彼女自身を護れる場所に御案内することになるでしょう」と。
魔法少女が2人も民間人の一般家庭の自宅を訪ねて来たのだ。
「その時が来た」と察して託すのは自然な流れだった。
深々と頭を下げる加茂鴨 清花が見送る中、3人は飛び立って行った。
きちんと、「明日の夜までにはお帰しします。長引きそうでしたら、必ずご連絡します」と伝えてあるので、心配せずに待っていてもらう。
■
《恐くない?》
急に頭に響いた声に、加茂鴨ちゃんが周りを見る。
《こっち》
アイソレイト・リリィの左横を飛ぶアーカーシャ・リリィが、加茂鴨ちゃんに小さく手を振る。
加茂鴨ちゃんが何か伝えようと口を動かしているが、アーカーシャ・リリィとアイソレイト・リリィでは魔力障壁が別なので、高速飛行中の為に叩きつけて来る風に声が吹き消されてしまい、何も聞こえない。
なので今は、指向性にした魔力波に念話を乗せて直に当てている感じだった。
声で伝えるのを諦めたらしい彼女が大きく頷いてみせた。
それにアーカーシャ・リリィも頷き返す。
そこそこの時間飛び続ける、という意味では低空飛行の小型飛行機やスカイダイビングでも なかなか無いくらいの時間、海上飛行が続いた。
しかし、晴れ渡る蒼穹の大空、遥か彼方まで延びる海面、小さく見える陸地の影、そして魔法少女に背負われて飛ぶという経験……加茂鴨ちゃんは高揚感に満ちた笑みを浮かべながら、海上飛行を堪能したのだった。
■
「アーシャ様、アイ様、再びの御利用、ありがとうございます。逢庭ノ湯宿 伊豆・天城別館へようこそおいで下さいました」
『逢庭』の魔法少女専用施設のひとつに訪れた3人と1体の精霊。
カウンターに立つ女性は、アイソレイト・リリィが初めてここを訪れた際にも対応してくれた女性だった。
変わらず、凛々しくカッコいい大人の女性の魅力を醸し出していて、アイソレイト・リリィはまるで初めて接したかのようにオドオドしながら挨拶を返してしまう。
そして、アイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィの後ろに立つ加茂鴨ちゃんは、その場の異様な様子に息を飲んでいた。
『視える』目を持つ彼女には、館内に居る人々のほとんどが一般人ではないと一目で分かってしまったのだ。
ラウンジに何人も居る女性達が皆、量の差はあれど、魔力を迸らせていた。
さらに、それらの女性達に寄り添う様に過ごす小動物に見える存在が全て精霊なのだ。
視える目でなければ、「ペット同伴宿泊出来る宿なのか」と思うだけかもしれないが……それら全てが『精霊』というのは、一般人寄りの彼女にとって、ただただ驚きだった。
一般人が精霊に関わることなどそうそう無いので、彼女の母親がニャニャンに対して年甲斐もなく はしゃいでいたのも、無理もないのだ。
ちなみに、パートナーの魔法少女以外には姿を見せない様に存在を限りなく薄く変質させている精霊の姿まで、彼女の目には捉えられている。
ハッキリ視える精霊か薄く視える精霊かくらいの差でしかない。
ただ、『視られ』て『居る』と認識で固定されたことに警戒心を抱いた精霊もわずかに居て、そのパートナーの魔法少女にも警戒されたのは少しばかりマズかったのかもしれない。
「……ちゃん」
「遥ちゃんっ」
トントンと優しく肩を叩かれて、加茂鴨ちゃんはハッと我に返った。
「あ、はいっ!」
勢いよく振り向くと、アイソレイト・リリィが心配そうにしていた。
「えっと、裕っ…アイちゃんっ」
うっかり裕子ちゃんと呼びかけて、前もって教えてもらっていた魔法少女としての愛称に言い直す。
「うんっ。遥ちゃん、やっぱり驚いたよね……大丈夫…?」
「ぅん、大丈夫。すごくて驚いただけだから…」
「私達はチェックインしたから、あとは遥ちゃんの登録だよっ」
アイソレイト・リリィがカウンターを指し示し、アーカーシャ・リリィが頷きながら道を開けるように少し後ろに下がった。
「ようこそお越し頂きました」
カウンターの女性が恭しくお辞儀してから、カウンターから少し身を乗り出して、アイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィと加茂鴨ちゃんに顔を近付けて、声をひそめて続けた。
「本家より通達はされておりますので、ご安心下さい。神山 春様」
『神山 春』と呼ばれたのは加茂鴨ちゃんだ。
そもそも魔法少女ですらない彼女は、本来は逢庭の施設を無料で利用する資格も権利も持ち合わせていないのだが、『精霊との融合体』ということで、特例として逢庭本家から各地の施設に通達されていた。
普通の病院で検査している所に逢庭が接触した訳なので、逢庭本家には当然ながら、彼女の本名や現住所などは完全に把握されている。
生い立ちから調べられるだけ調べ尽くされていて、彼女が京都の『いづね様』の手で精霊と融合したことも、本神が京都から出て来て立ち会った際に本神から聞かされていた。
いづね様によれば、過去にも精霊との融合事例がなかった訳ではないらしいのだが、それらは大概、悲劇的な結末で終わっていたという。
そのこともあり、いづね様は念押しして逢庭に『保護』を託していた。
そんなこんなで、彼女は特例中の特例扱いという訳だ。
それに、『神山 春』という名も、いづね様が考えてくれた名前なので、実はかなり霊験あらたかな名でもある。
『神』にあやかることはあっても、『神』に名を与えられることは かなり稀、というか、普通あり得ないのだから、まぁ、推して知るべしだろう……。
「通達では、本人に魔力登録をして頂きたいとのことでしたが……魔力を使われたことはございますか…?」
カウンターの女性が「無いよね」のニュアンスを含みつつ質問する。
当然ながら、加茂鴨ちゃんの答えは決まっている。
「……ないです」
小さく首を振りながら申し訳なさそうに言う彼女は、とても可愛く見えた。
ものすごく庇護欲を刺激する様子に、カウンターの女性は申し訳なさで困ってしまった。
この女性、逢庭の分家筋の生まれなので、幼い頃から『魔法少女』や『精霊』に接する機会は多かった。
その分、摩訶不思議な現象も目にしてきたのだが、『精霊との融合事例』は資料で見たことはあっても、関わりを持つことは当然ながら初めてだった。
「にゃっはっは♪ここはボクの出番だねっ♪」
明るい声に、カウンターの女性が即座に見た先には、アーカーシャ・リリィの頭の上に乗ったニャニャンが居た。
そうだ、精霊のコトなのだから精霊に聞けば良いじゃないか!と希望に顔を輝かせるカウンターの女性とは別に、アーカーシャ・リリィが少し冷たい目を向ける。
「……ニャニャンに分かるの?」
「にゃはは……精霊だしねー…」
ニャニャンが気まずそうに返すのと、アーカーシャ・リリィの様子に、アイソレイト・リリィはふと気付く。
「やっぱり何かあったよね……?」と。
この日、アーカーシャ・リリィとニャニャンの空気に何かピリピリしたモノを感じていたのだ。
正確には、ムスッとした感じのアーカーシャ・リリィと話しかけたくても話しかけられない感じのニャニャン、という空気だったのだが……。
「じゃあ、お願い」
「ぅん」
少し冷たい感じで言うアーカーシャ・リリィに、小さく返事するニャニャン。
「やっばいなぁ……気付いちゃったし……どうしよう…?」と思いつつ加茂鴨ちゃんを見たアイソレイト・リリィは、すでにこちらを見ていた加茂鴨ちゃんと目が合った。
加茂鴨ちゃんが気遣わし気な顔と視線でアーカーシャ・リリィとニャニャンをチラチラと見る。
アイソレイト・リリィは小さく頷きながら「どうしよう」と目で訴えてみた。
加茂鴨ちゃんは意を決した様な視線をアイソレイト・リリィに返しながら、小さく頷いた。
「じゃ、じゃあ、ボクが教えるねっ」
ニャニャンが加茂鴨ちゃんの方にフワフワと移動していくと、加茂鴨ちゃんが両手で受け止められる様にした。
その手の上に着地したニャニャンが「ありがとっ」と言いつつ、身体をボンヤリと光らせる。
「感じられたかな?今のが魔力なんだけど」
ニャニャンが首を傾げながら尋ねる。
「ぅん……何か……温かかった……」
「じゃ、手の方に魔力を流してみるから、それを押し返す感じをイメージしてみて?」
「……ぅん」
再びニャニャンがボンヤリと光る。
「んっ…!」
加茂鴨ちゃんがビクッと肩を揺らした。
少し頬が赤く変わる。
「どう?」
「……何かがジワジワ入って来る感じ……くすぐったい様な……何か……変な感覚は分かったかも…///」
加茂鴨ちゃんが脚をモジモジさせる。
さっきより顔が赤くなって見えた。
「……ニャニャン?」
アーカーシャ・リリィの底冷えのしそうな低い声がした。
「ちっ違うよぉっ!?誤解だよ、アーシャっ!?」
ニャニャンが身を縮こまらせてアーカーシャ・リリィを見た。
「ごめんなさい、ニャニャンさん。私が不慣れなばっかりに…」
加茂鴨ちゃんが優しく言いながら、ニャニャンを包み込む様に手の位置を変える。
そのまま、胸元に抱きしめるようにしつつ、優しく微笑みかける。
アーカーシャ・リリィの方から加茂鴨ちゃんに振り向いて見上げたニャニャンが、目を潤ませる。
ニャニャンを乗せているので指先の少しだけ動かせる部分だけ動かせて、加茂鴨ちゃんがニャニャンの毛並みをソッと撫でた。
「……ニャニャンで良いよ」
ニャニャンが加茂鴨ちゃんの指に身体を擦り付けながら、小さく頭を下げた。
それに返す様に加茂鴨ちゃんが優しく微笑む。
そんな様子に、アイソレイト・リリィは驚いた様な顔で見て、
アーカーシャ・リリィは気まずそうに目をそらした。
少し気まずそうな顔で唇を噛んだ様な顔のアーカーシャ・リリィに、カウンターの女性も「ぁ。精霊と何かあったのね……?」と察した。
「あの……」
声をひそめて、カウンター前の者達だけに聞こえるように話す。
「この施設を含め、逢庭系列の魔法少女専用施設のほとんどは、魔法少女の方々や共の精霊の方々など、魔力を持たれた方しか基本的に敷地内に入れない様な結界が張られております。しかし、我々『施設関係者』は敷地内へと出入り出来るのですが、何故だと思いますか……?」
「………分かりません」
少し考えてから首を傾げた加茂鴨ちゃんに、カウンターの女性が小さく頷きながら優しく微笑む。
「施設運営の主要スタッフのほとんどは、逢庭の本家や分家の血縁者、それ以外には、魔法少女に助けられて恩返ししたいと望む方々です。それらで力を合わせて各地の施設は運営されているのです」
少し誇らしげに語るカウンターの女性の話に、アーカーシャ・リリィも少し驚く。
何らかの形での『逢庭』の関係者なのだろうと予想してはいたが、まさかほとんど血筋や魔法少女に関わった者達だったとは思っていなかったのだ。
「私を含む逢庭の血縁者や多くのスタッフは、専用の魔術具を支給されているのですが、魔術具無しに施設への出入りが出来る者もおります。それらの者達に共通するのは、一定量以上の魔力に触れたか、日常的に触れ続けているか、です。……それがどういうことかと言うと、魔力の影響を受けての肉体の変質です」
加茂鴨ちゃんとアイソレイト・リリィが驚いて目を丸くする。
アーカーシャ・リリィは「説明し忘れてた……」と内心で反省する。
「生来、ほとんどの人間は自身の魔力を持ちません。ですが、後天的に魔力適正を得ることはあり得るのです。ちなみに、私は防壁系の魔力適正を得ているそうです。まぁ、銃撃に即死するか数秒はもつかくらいの差しかないようですが……すみません、話が逸れましたね。……結論を申し上げますと、魔力に触れた者は何らかの魔力適正を得るというコトです。つまり、精霊と融合されている貴女は、訓練次第では或いは……とは思われますが、『魔力をある程度は使う』ことが可能になり得ると思われます」
その言葉に、加茂鴨ちゃんが息を呑む。
「ですので、現時点でも、ある程度の魔力の放出だけならば可能と思われます」
「………さっき言ってた……訓練次第だと……?」
加茂鴨ちゃんが恐る恐る尋ねる。
「逢庭本家最奥の蔵書庫に どこまでの記録があるのかは、私の権限ではわかりかねますが……」
加茂鴨ちゃんが頷く。
「『精霊』とは、」
カウンターの女性がニャニャンを見る。
加茂鴨ちゃんもつられてニャニャンを見た。
「星から生まれ出るもの、」
加茂鴨ちゃんが小さなのどをコクリと鳴らす。
「その魔力は星から引き出され、引き出した魔力量に応じた現象を引き起こす。どのくらいの現象に換えるかは、その技量次第、あるいは存在した時間に比例して増減する、とも資料にはありました」
加茂鴨ちゃんが自身の華奢な手を見て、キュッと握りしめる。
そんな彼女を見据えながら、カウンターの女性は少し声のトーンを落として続ける。
「ただ……例えではあるのですが……星は巨大な貯水槽……引き出す力は莫大な量の水……引き出すモノは……言うなれば、水道の蛇口……その大小や排出可能量によりますが……」
カウンターの女性がニャニャンに目を向ける。
「魔力の制御に失敗した精霊はどうなるのでしょうか」
ニャニャンが加茂鴨ちゃんを見上げ、彼女の胸に前脚をトンと当て、静かに答えを口にする。
「飲まれるね。………精霊一個体を構成するリソース程度、大元を構成する計り知れない莫大なリソースの前には、無いのと大差ないからね……」
加茂鴨ちゃんの手がわずかに震えたのを、その手に乗っているニャニャンには感じ取れた。
「……自分がどのくらいの『力』を引き出せるのか把握して、場合によっては制限を設ける必要もあるね・・まぁ、大丈夫だよ。実際に『力』に触れてみれば理解できるからね……無意識に制限できるものさっ」
ニャニャンが加茂鴨ちゃんの胸を小さな前足でポフポフと叩く。
「キミの場合、まずは魔力を引き出す方法だよね……彼女の説明に合わせるなら、貯水池と蛇口はもう有るんだ。あとは蛇口をひねる方法と、水量調節を感覚で覚えるだけ、ぃゃ、蛇口まで水を通すのが最優先か……ん〜〜……」
「……難しいですか」
加茂鴨ちゃんが不安そうに尋ねる。
「ぃゃ……逆。ボクら精霊は生まれた瞬間には魔力を使えてるから、魔力を使えてない状態が分からないんだよね……」
「ぁ」
小さくともハッキリと聞こえた声に、加茂鴨ちゃんとニャニャンとアーカーシャ・リリィが、声を洩らしたアイソレイト・リリィに目を向ける。
「私わかるかも。魔力をどう使えば良いか分からないのも、魔力を探したのも、経験あるからっ」
アイソレイト・リリィが嬉しそうに説明しだすが、それを耳にしたアーカーシャ・リリィの顔が僅かに強張る。
突発的に事態に巻き込まれて、魔法少女になる気構えどころか説明する精霊も居ない状況で足掻いて道を切り開くしかなかったアイソレイト・リリィ。
彼女を巻き込んで、そんな状況に放り込んだ元凶と自覚しているアーカーシャ・リリィは、身を引き裂かれるような心境だ。
何度も何度も何度も謝ったし謝りきれたなんて思わないけれど、アイソレイト・リリィ本人がもう気にしていないし、アーカーシャ・リリィが謝る状況を気に病む素振りすら見せていたので、巻き込んだコトを謝るのはもう止めている。
今では、自分が覚え続けて自身を責め続けることが せめてものお詫びになる、とすら考えてしまっていた。
アイソレイト・リリィから聞いた方法を参考に、加茂鴨ちゃんが静かに瞑想する。
自身の奥の奥の奥まで深く入り込み、そこに『力』を集めるように意識してみた。
内面の心象世界、不安いっぱいだからか真っ暗闇の中に、浮くように佇む加茂鴨ちゃんが祈るように胸の前で手を合わせていたが、組んでいた指の中、手の平と手の平の間に何かが集まって来ているのを感じ、ゆっくりと両手を離していく。
説明で『水』をイメージして聞いたからか、手を離した辺り、自身の胸の少し前辺りに、直径5㎝くらいの仄かに光を帯びた水の塊が浮いていた。
そこから湧き出す様に水が溢れ、溢れた水が心象世界を満たしていく。
水が広がるのに合わせるように世界も広がっていく。
いつの間にか水底に足をつけていたが、ヒザくらいまで水に浸かっていた。
水面の色合いが変わったことに気付いて見上げれば、ここに来る途中に見たような蒼穹の空。
水面はどこまでも果て無く広がり続け、果てし無く広がる蒼の世界の中に ただひとり全裸で立っているというのに、心細さなど無く、むしろ胸を占める思いは熱く暖かく……京都に居た頃にした家出の最中、凍える寒風の中で抱きしめた、ぼんやりと小さなお友達の温もりに包まれたかのようで……。
「………」
目を開けた加茂鴨ちゃんが、愛おしいものを抱きしめるように胸元に当てた手を、慈愛に満ちた微笑みで見る。
カウンターの女性や、何かあったのかとヘルプに来ていた2人の女性スタッフ、心配して顔を覗き込むように見ていたアイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィとニャニャンまで、その微笑みに思わず見惚れてしまっていた。
「……遥ちゃん、だいじょうぶ……?」
アイソレイト・リリィが気を取り直して尋ねる。
「……ぅん……大丈夫……」
加茂鴨ちゃんが目元の涙をハンカチで拭いながら、カウンターに立つ女性達を見る。
「大丈夫そうです」
「……分かりました。こちらを」
カウンターの女性が、登録に使う機器を加茂鴨ちゃんの前に動かす。
「………」
恐る恐る、加茂鴨ちゃんが手を伸ばす。
登録用の機械の魔石に触れた加茂鴨ちゃんは、意識して、体内に感じられる不思議な流れに方向をつける。
心象世界に広がる蒼穹の空の下に広がる、魔力の広大な水面が加茂鴨ちゃんの片手に集まっていく。
ゴウッ!!!!!
カウンター前に、虹色の魔力が爆発したかの様に迸った。
よく見れば、虹色とは少し違う色合い。
パッと見は虹色、よく見れば、虹色で隠す様に、半透明だけれど限りなく無色で濃密な白濁色、それと透明で見えないけれども間違いなく存在していると分かる透明なもの、それらが入り混じった膨大な魔力だ。
それがエントランスホール内を吹き荒れる。
近くに居た魔法少女達が驚き、精霊達は驚愕に目を見開く。
エントランスホールに繋がる通路の途中位置にあった客室の扉が勢いよく開かれ、何事かと飛び出して来た魔法少女や精霊も居た。
「……純粋魔力……っ!」
カウンターの女性が、館内に満ちる魔力を見て驚愕の声を洩らす。
純粋魔力、それは、その名の通り、何物にも染まっていない、地に満ち、空を循環し、海に溶け込んでいる……人間程度の生物単体で持つことなど通常は有り得ない。
その純粋魔力を噴き出させる姿に驚愕するのは当然と言えた。
その純粋魔力の奔流が急速に鎮まってゆく。
加茂鴨ちゃんの肩に乗るニャニャンがアドバイスして、何度も深呼吸した彼女に合わせる様に、徐々に魔力が落ち着いてゆく。
魔力登録機器の魔石は、太陽の輝きの様に強く白く輝いていたが、そちらも徐々に収まってゆく。
ピピッ!
軽く音が鳴り、機器のモニタに何かが表示された。
加茂鴨ちゃんとニャニャン、アイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィもモニタを覗き込む。
機器の反対側の小さめのモニタも、カウンターの女性達が覗き込み見ていた。
周囲にも、「何だったんだろう」と魔法少女達が遠巻きに近づいて来ていて、加茂鴨ちゃんの少し後ろには精霊達が集まって来ていた。
その精霊達は、興味本位というより、僅かばかり警戒しているように見えた。
しかし、それもそのはずで、先程 加茂鴨ちゃんが発した純粋魔力は、自然界に広く薄く満ち溢れてはいても、生命体単体……ましてや、自然と遠ざかる一方の人間などから発せられることなど、あるハズが無いのだから。
だからこそ、ソレを発した加茂鴨ちゃんに警戒するのは当然とも言えた。
「……これは………」
モニタには、【登録待機:精霊ワウワウ】と表示されていた。
「………」
表示されている内容を見て、カウンターの女性が少し困惑の顔をした。
が、そんな自分に周囲の視線が集まっているのに気付き、表情を接客用に切り替えた。
「……御説明いたします」
周囲の者達が皆、頷いて返す。
「こちらの機器が導入されましてから、まだ10年と少しといったところで御座います。それより以前から逢庭の拠点施設を御利用頂いていらっしゃる方々は、逢庭本家に設置されている魔石に蓄積されている魔力記録と照合して正規に再登録頂いております」
説明しながら、カウンター内でカタカタとキーボードを打っている。
「御利用履歴を照会致しましたところ……以前の御利用は、西暦………ぇ…?」
カウンターの女性が驚きに顔色を変える。
「……文政六年……西暦で言うと1823年……と記録されています……」
カウンターの女性が困惑しながら加茂鴨ちゃんを見る。
困惑するのも当然だろう。
今年は2004年、和暦で言えば平成の9年なのだ。
単純に考えるならば、181年前に加茂鴨ちゃんが逢庭のどこかの施設を訪れ……いや、表示されたワウワウという精霊が訪れたということか。
どう見ても中学生になったばかりくらいの年頃に見える加茂鴨ちゃんのコトで無いのは確実だろう。
「……んんっ!」
軽く咳払いしたカウンターの女性が姿勢を正す。
「失礼致しました。魔力確認は出来ましたので、登録はどう致しましょうか」
「……えと……」
加茂鴨ちゃんが困ったようにアイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィを見る。
ニャニャンは、機器のモニタをジッと見ていた。
「……ねぇ、キミ」
ニャニャンがカウンターの女性に話しかける。
「……はい、何でしょうか」
「利用履歴が残ってるんだよね?この名前以外の記録は?」
「………それは、御本人以外にお話しすることは出来ません」
「……まぁ、そうだよね」
頷いたニャニャンが加茂鴨ちゃんを見る。
「ボクらは先に部屋に行ってるからさ……聞いておいた方が良いかもよ?」
加茂鴨ちゃんがカウンターの女性を見る。
「聞きたいです……聞けますか…?」
「別室で、記録を確認して頂く形になりますが、それでよろしければ」
「……お願いします」
加茂鴨ちゃんは、しっかりと意思を伝えた。
■
宿泊する部屋に案内されていくアイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィとニャニャンを見送った加茂鴨ちゃんは、カウンターに居た女性に連れられ、カウンター脇の扉から入った通路の先にある部屋のひとつに通された。
部屋のドアの上部中央には、魔石という石に似た感じの宝石の様なモノが付いていた。
ドアの周り、壁に付く位置にも4箇所、同じようなモノが付いていた。
「こちらの部屋は、防音機能完備の部屋となっております。ドアや周囲に設置された魔石にご不安かと思いますが、純粋魔力を扱われる貴女でしたら、魔力放出だけで魔石を染め上げ術式の上書きや削除をすることも可能でしょう。お先にそうされますか?」
ドアを指し示す女性に、加茂鴨ちゃんが小さく首を振る。
「……ぃぇ、大丈夫です」
「……では、こちらのタブレットで資料がご覧頂けます。ごゆっくりお確かめ下さい」
腰を折り頭を下げる女性に「失礼します」と断って部屋に入った加茂鴨ちゃんは、四畳半のワンルームくらいの部屋に設置されたソファに座る。
思わぬほど柔らかかったソファに、一度立ち上がってスカートを整えながら座り直した。
そして資料を見始めた。
■
「では、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
泊まる部屋まで案内された加茂鴨ちゃんが礼を口にし、ドアが閉められた。
加茂鴨ちゃんは初来館で知らなかったが、今回案内されたのは離れの宿泊室だった。
前回アイソレイト・リリィが初来館した際は、本館内の部屋だった。
今回で来館16回目のアーカーシャ・リリィも、離れに案内されたのは初めてだった。
ただ、「人数が多いからかな」と思っていた。
「遥ちゃん、どうだった?」
「ぅん……とりあえず、『ハル』で仮に登録しておくことになった」
「そっか」
加茂鴨ちゃんに話しかけたアイソレイト・リリィに、彼女は苦笑気味に返した。
「……じゃあ、チェックインも終わったから……改めて自己紹介するね。……魔法少女の、アーシャです」
アーカーシャ・リリィが軽くおじぎして名乗った。
「それと……先輩として指導不足でした。本当にごめんなさい」
改めて、腰を深く折って頭を下げた。
「っ……あの……気にしてませんから、ホントに大丈夫ですからっ。……むしろ、人生を救ってもらえたと思ってるくらいですからっ……!」
アタフタとしながら、加茂鴨ちゃんがアーカーシャ・リリィに頭を上げる様に促す。
が、その隣でアーカーシャ・リリィ以上に深く頭を下げるアイソレイト・リリィの姿が視界に入り、「ぇえぇ……」と困ってしまう。
アイソレイト・リリィには以前にも謝られている。
その時に、むしろ救われたのだと伝えていた。
「まぁまぁ……2人共。彼女困ってるよ?」
ニャニャンがアーカーシャ・リリィとアイソレイト・リリィに「それ以上は……」と止める。
「それで……アーシャもボクも、要点だけは彼女から聞いてるよ。込み入った事情もあるだろうから、深くは聞かないし、聞けないけどさ」
ニャニャンが、お行儀よく ちょこんと正座する加茂鴨ちゃんの太ももの上に降りて見上げる。
加茂鴨ちゃんがニャニャンを見て少し両手をソワソワさせているのを、アイソレイト・リリィは「分かるよ〜……すっごく撫でたくなるよね〜……」と内心思いながら、小さく頷いている。
ニャニャンの見た目は、子猫サイズでとても可愛い。
普通の猫とは少しばかり違って見えるが、可愛いというのは変わりないだろう。
加茂鴨ちゃんの手が触りたそうにソワソワしているのに気付いたニャニャンが、彼女の手にすり寄る。
加茂鴨ちゃんが一瞬ビクッとしたが、誘惑に抗えなかったのか、そっと撫でていく。
それから、アーカーシャ・リリィがアイソレイト・リリィの『やらかし』について確認しようとしたが、
アイソレイト・リリィが正座して背筋を伸ばしたのを見て、やんわりと ぼかしながら当たり障りのない説明をした。
彼女にとって、人生の恩人でありクラスメイトでもある裕子と、ほぼ接点の無い魔法少女とでは、優先順位も当然ながら違う。
「私の覚えてるのはこのくらいです」と切り上げたタイミングで、今度はニャニャンが質問してきた。
なぜ精霊とひとつになっているのか、と。
コレは隠したり出し渋ったりするまでもなく、彼女自身、知らぬ間に融合させられていたので、覚えているコト、思い出したコト、それらを順番に話していった。
「……なるほどね……」
ニャニャンが考え込む様に目を閉じる。
「ちなみに、その『お友達』の名前は知らなかったんだね?」
「……ぅん……いつも一緒に居てくれたけど……視えるだけで、お話ししたことはなかった……話そうとはしたんだけど……話せなくて……」
「で……逢庭の人達と……」
「ぅん。それと、キツネみたいな耳と尻尾の生えた ものスゴく綺麗な女の人とも会った」
加茂鴨ちゃんが言った特徴に、アーカーシャ・リリィとアイソレイト・リリィには思い当たる人物が居た。
いや、神だろうか。
「……ニャニャン」
アーカーシャ・リリィがニャニャンに確認する様に見た。
「ぅん。いづね様で間違いないだろうね……」
何度か自問自答するかのように頷いていたニャニャンが顔を上げ、加茂鴨ちゃんに目を向ける。
「えっと、話しづらいからボクもハルちゃんって呼んで大丈夫かな?」
「あ。どうぞどうぞ」
ニャニャンが頷いた。
「じゃ、続きだけど……ハルちゃん。たぶん、今のキミなら、キミとひとつになった精霊を具現化させるコトは可能だと思うなー」
「……ぇ?」
「たぶん、キミは気付かなかったんだと思うけどさ。……さっき、エントランスに魔法少女と精霊がいっぱいだったのは気付いてたよね?」
「ぁ……ぅん」
「アーシャ、アイちゃん。ハルちゃんがエントランスを見てる時に精霊が増えてたの気付いた?」
「……」
「ぁ。気のせいじゃなかったんだね」
アーカーシャ・リリィが無言で頷き、アイソレイト・リリィがホッとしたように答えた。
「……増えた……?」
加茂鴨ちゃんが不可解そうに少し上を見る。
思い出してみても、最初っから沢山の精霊が居たように思えた。
「やっぱり分かってなかったかー……キミ、かなり物凄いことしたんだけどねー……にゃははっ」
「……?」
「同じ精霊であるボクにも、居るのは分かってたけど姿までは見えてなかったってのにさー」
「?」
「答えを言うとね、キミ……姿を消して見えなくしてた精霊を、強制的に見えるようにしちゃってたんだよ」
「ぇ」
「普通の人達には見えなくても魔法少女には見える、それが普通なんだけどね。でも、契約してる魔法少女以外には見えなくしてる精霊も居るんだよ。なのにキミは、その精霊を見えるようにしちゃったんだ。しかも無意識に。視界に入れただけで」
「……」
言われたコトに、加茂鴨ちゃんは唖然として何も返せなかった。
「でもニャニャン、そんなコト、可能なの?」
アーカーシャ・リリィが尋ね、ニャニャンが嬉しそうにした。
昨晩、お泊まりの用意をしていた夏樹に気を使ったつもりで地雷を無意識に踏み抜いて以来、半日以上ほぼ無視されていたので、ニャニャンは嬉しくて堪らなかった。
今すぐにでも飛びつきたかったが、まだ我慢せねばならなかった。
普段も月のうち1週間は夏樹がピリピリする時期があるが、今はソレに近いかソレ以上にピリピリしているのだから。
「可能なんだよ。『視る』力の強い者特有でもあるんだけどね〜。『言霊』に近い力でもあるかなっ。ハルちゃんの場合、視るコトで『そこに在ると確定させてしまう』みたいだね。……ぁー……ハルちゃん、ちょっと聞きたいんだけど」
「はぃ」
「地縛霊とか浮遊霊とか、死霊の類に困ったこと無い?」
「……ものすごく」
「だよねー……大変そー」
「ニャニャン、どういうこと?」
アイソレイト・リリィが尋ねる。
普段は魔法少女装束が『厚着し過ぎ』に見えるくらい着膨れているが、今は意識して頑張って消して減らしているので、春先の外出着くらいまで減っている。
室内だから脱いだように見えるが、気を抜くと超厚着状態に瞬時に逆戻りしてしまうので、気を抜く為に気を抜けないという矛盾した悲しい状態だ。
「『視える』人達で一般的なのが、『霊能者』とか呼ばれる人達だね。半分以上はイカサマだけど、ホントに視えちゃう人達は、視えちゃうから困る事態になっちゃうものなんだよ」
「?」
「アイちゃん、キミ幽霊とかは?」
「見たことない」
「ハルちゃんは?」
「外出中とかだと……視ない時間が1時間も無いかも……?」
「え!?」「は……!?」
アイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィが驚愕の声を上げた。
「え。遥ちゃん、学校とかも!?」
「ぁ、ぅん。学校、けっこう居るよ?七不思議どころか百不思議くらいありそうなくらい、あっちこっちに居るし・・何故か女子トイレとか更衣室に男の人の幽霊が居る日もあるし……」
「いやぁあぁっ!?」
アイソレイト・リリィがこの世の終わりの様な悲鳴を上げた。
「遥ちゃんは、そういうクソ悪霊見たらどうしてるのっ!?」
「えっと……無視」
「無視!?それでどうにかなるモノなのっ!?」
「どうしようも無いから、無視するのが一番無難なの」
「えぇえぇぇ〜……?」
「視えてるって分かると寄って来たりするし、最悪取り憑かれちゃうし……」
「そういう時はどうしてるの……!?」
「京都に居た時は、イナリ様が助けてくれたり、伏見稲荷に行けばドライブスルーみたいなトコがあったから……」
「……ドライブスルー?」
加茂鴨ちゃんが説明するに、京都や奈良は古都で歴史が続いているからか、かなり怨霊の類が多いらしい。
次から次へと底無しかというくらいに常に湧いて出ているとか。あの世の一部と繋がっているのだろうか。
特に神社仏閣の辺りは、そこにすがる為なのか、かなり集まって来ているのはよく見たらしい。
で、京都・奈良辺りを重点的に活動しているイナリ様 (デイドリーム・リリィ)に遭遇する機会は多いらしく、向こうが『取り憑かれてる』のを見つけて祓ってくれるとか。
で、『ドライブスルーみたいなトコ』というのは、普段は気軽に会えない『伏見稲荷様』が気軽にお祓い出来る様に設置したという、セルフ通り抜け型強制除霊トンネルらしい。
『どんな悪質な霊障にかかっていても、通り抜ければ あら不思議!除霊済みになっているのじゃ!』と銘打たれた、胡散臭いのに効果は保証されているという霊験あらたかな除霊スポットらしい。
公式サイトもあった。
「で、話を戻すけど……今のキミは、ついさっきだけど、『お友達』の真なる名を知った。そして、魔力を引き出すことも可能になった。で、いづね様の御言葉通りなら、その『お友達』はアイちゃんの魔力に触れることで息を吹き返している。……ボクの言葉も聞こえてるんじゃないかな?」
ニャニャンが加茂鴨ちゃんの顔の前まで飛んでいき、目を覗き込むようにしながら片方の前脚を振った。
話の流れ的に、加茂鴨ちゃんにも、ニャニャンが語りかけて「見えてる?」と前脚を振って呼びかけたのが誰に対してなのかは察せられた。
「………」
静かに目を閉じた加茂鴨ちゃんが自身の内面に意識を集中する。
蒼穹の広大な空の下、果て無く水面の広がる世界で、何故かわからないけれど「そこ」と思う方向に歩みを進める。
そして、底知れぬ故にか、青を通り越して黒くすら見える穴のふちに立った。
「………お願い………アナタと………会いたい……」
胸に両手の平を当て、願いを込めるように、言葉にした。
「………ワウワウ」
穴に身を投げるように、加茂鴨ちゃんは裸身のまま暗く深い穴に沈んでゆく。
不思議と息苦しさは無かった。
しかし……穴の奥に進む程に、潜航する程に、たかだか人間ひとりの意識など最初っから無かったかのように、彼女の意識が薄れてゆく。
伸ばした手の指先などとうに失われて、見る為の目もとうに失われ、何に対して意識を向けているのかすらもーーーーーーー
トクン、と。
加茂鴨ちゃんの身体の奥底から温かな熱が溢れた。
その熱が とめどなく溢れてくる。
彼女の前に半透明のモヤモヤの様な何かが集まりだし、徐々に形になっていった。
加茂鴨ちゃんの前に、半透明の小さな姿が現れた。
その姿は小さな子犬のようで、柴犬に近い姿だろうか。
「……………」
濃い、途轍もなく濃い、人間なぞに潜航が許されないほどの濃さの、『魔力』と呼称されるモノの湧き出る元の、限界を超える深さまで至り、失われたハズのモノが、徐々に戻っていった。
そして加茂鴨ちゃんが目を開けると、夜風に吹きさらされた畳敷の床が見えた。
月明かりに照らされる夜闇の中、胸元に抱きしめる確かな温もりを感じた。
その温もりに視線を落とす。
加茂鴨ちゃんを見上げるように見る小さな姿を、彼女は愛おしそうに見つめた。
その目から、大粒の涙がポロポロと静かに落ちた。
言葉にならない想いを込めるように、もう離さないと誓うように、優しく、しっかりと抱き寄せた。
■■■■■to B PART■■■■■




