#14『繋げ!キズナのバトン!』Bパート
「・・んっ」
久しぶりに軽い手足をブンブンと振りながら、裕子は満足気に頷いた。
昨夜 宇津馬宅を訪れた夏樹によって、手首足首についていた魔力製の重りが外され、夏樹が回復魔法をかけてくれて、普段よりだいぶ早い時間にベッドに入った。
スマホの目覚ましで起きた時には普段よりスッキリ起きられたくらいだった。
疲れなんて一切残っていなかった。
あとは、できることを精一杯がんばるだけだ。
■
運動会が10時に始まり、お昼ごはんの時間が来た。
運動会で毎年、裕子が一番憂鬱になる時間だ。
教室でコンビニ弁当を食べる裕子と違う、応援に来た親族とお昼ごはんを食べる子達が次々と体育館や木陰に向かって行く。
すでに場所取りはされていたようで、至る所にビニールシートやマットが敷かれている。
校舎間を繋ぐ通路や昇降口、校門近くなど、校内のあちこちが普段と違う賑わいを見せていた。
そんな喧騒の中、胸の奥が冷えていく感覚を抑えながら、裕子は教室に向かっていた。
両親は当然来ない。
きっと、今日が運動会であることすら知らないだろう。
それも当然、運動会のお知らせのプリントは配られたが、持って帰るだけムダなので、もらった当日の清掃時間にはゴミ箱入りになっていたので。
「・・・」
校舎内、各クラス前の廊下にはビニールシートが敷かれていないのが毎年ながらホッとした。
各クラス前の廊下での飲食は禁止となっているのだ。
各クラス内では、残念ながら親族が来られなかった子達が席で昼ごはんを食べるので、学校側なりの気遣いなのだろう。
裕子は小学校に入学してから今年で5回目の、運動会日の教室内でのお昼ごはんだ。
まぁ、毎年、5人から10人くらいは教室で食べるので、それほど寂しくはない。
「・・?」
あと少しで教室という時に、裕子の教室の方から、いや裕子の教室から、何か歓声が聞こえた。
女子の声だ。
しきりに「可愛い」とかキャッキャと華やいだ声が聞こえる。
裕子が教室に入ると、何故か裕子の席の辺りに女子達が大集合していた。
「・・ぅわ・・かんべんしてよ・・」と思いつつ、ロッカーのお弁当を回収してどこかに行こうか迷い始めた。
去年までと違い、今年の裕子は魔法少女になっている。
閉鎖されている屋上に飛んでもバレないし、『認識阻害』と『不可視』の術式を使い校外に出て、近くの児童公園に行くのも良いだろう。
なんだったら、帰宅してくつろぎながら食べるのも可能だ。
選択肢は去年までの比ではないのだから。
「ぁ。裕子お姉ちゃん」
「・・・・へ?」
ロッカーの方を見ていた裕子の後ろから、人生で初めての呼ばれ方をされた。
振り向いた裕子の方に、女子達の輪を「よいしょよいしょ」と抜けながら、小さな姿が寄って来た。
「待ってたよっ」
「・・・な、夏、樹、ちゃん・・?」
「うんっ」
裕子の前まで来たのは夏樹だった。
ただ、普段見る彼女よりかなり身長が低いし、顔つきも幼かった。
声も少し幼い感じだ。
小学校入学前後くらいの小ささだった。
唖然として声の出ない裕子の手を、小さい夏樹がぎゅっと握る。
《『加速・10倍』『認識阻害・弱』『空気生成』》
夏樹の念話が聞こえたと思った瞬間、周囲全てが止まったかの様に遅くなった。
身体全体がガッチリ固定されたように重くなったし息もできなくなったが、夏樹の手の方から流れる様に空気が送られて来る様な感じがした。
今は、裕子と夏樹2人の身体の表面を薄い空気の膜が包み込む様に覆っていた。
《裕子、息できる?》
《ぁ、ぅん》
《良かった。手短に説明するね》
《ぅん》
うなずきたかったが、首を動かすことも出来ない。
たまたま小さい夏樹を見ていたから良かったが、今は目を動かすのもムリそうだった。
《ごめんね、裕子。まだ2倍速の裕子にはキツいと思うけど、周りいっぱいコレだと、こうするしかなくって》
《ぅん》
視線は動かせないが、小さい夏樹の後ろ、裕子の席の辺りに集まっている女子達の顔はギリギリ見えた。
可愛いモノ好きや子供好きの女子達ばかりに見える。
きっと、いま目の前の小さい夏樹が裕子の席に居たのだろう。
だから女子達が集まっていて、キャッキャと騒いでいたのだろう。
《まず、この姿なんだけど、『人形』なの》
《『人形』?》
《そう。何かあった時用に何種類もパターン用意してあった内の、『小さい子』バージョン》
《・・・ぅん、小さい、ね》
改めて見ても、ホントに小さい。
普段の夏樹も華奢だけれど、もっと華奢にしたくらいに小さい。
それに、とても可愛い。
《・・夏樹ちゃんの小さい頃?》
《ぅん。小学校入学したくらいかな》
《そっか》
小学校入学くらい頃にはもう、こんな可愛いかったんだ・・と裕子はしみじみと思った。
《やっぱり心配で見に来たかったんだけど、ウチも運動会でこれなかったから》
《まぁ、しょうがないよ。私も夏樹ちゃんの応援したかったもん》
《ありがと、裕子》
《ぅぅん》
裕子は表情を動かすことは出来なかったが、小さい夏樹は微かに微笑んだように見えた。
《私の出る競技はほとんど終わったから、意識つないだまま来させられたの》
《そっか。・・・どうやって来たの?》
《走って》
《・・そっか》
目の前の小さい美幼女が必死に走っている様に見える姿は、とても可愛いかっただろう。
《ちょっと見たかったな》
《え?》
《ぁ、ぅぅん、何でもないっ》
念話中には考え事も難しそうだな、と思った。
つい思ったことが念話で夏樹に届いてしまったのだから。
《でも、夏樹ちゃん。それ大変じゃない?》
《ぅん、まぁ、大丈夫かな。この『人形』も、裕子の応援が終わったら消しちゃえばいいだけだし》
《そっかー・・残念》
《残念?》
《だって、その姿の夏樹ちゃん、すっごく可愛いよ!ウチに連れ帰りたいくらい可愛いもんっ!》
《ぁはは。裕子、変態みたいだよ?》
《ええっ》
心外!!とばかりに声を上げる裕子だったが、加速中でなく普通の状態だったなら、「でへへ・・」とだらしなくニヤけていたかもしれない。
夏樹にドン引きされずに済んで良かったね、裕子。
《まぁ、そんな訳で見に来たんだけど、裕子探してたら裕子のクラスメイト達につかまっちゃったの》
《はは。ごめんね》
《困ってたから裕子見つけられて助かったよ・・》
《声かけられなかったら、お弁当持って出てってたところだった》
《そっか。見つけられて良かった・・》
《ぅん》
《じゃ、加速解除するね?》
《ぁ、大丈夫かな》
《大丈夫、きっと。『認識阻害』弱めに使ってるから、曖昧な感じに辻褄合わせされてるハズだから》
《そっか。そういう使い方も出来るんだね》
《うん。まぁ、あんまスゴいのは誤魔化せないと思うけど》
《そっか・・》
《じゃ、切るよ》
《ぅんっ》
ガクン!と身体全部が揺すられた様な感覚が裕子を襲う。
寝てる時にどこかから落ちた様な感じにビクンとする感覚にも近かったかもしれない。
10倍に加速されていた感覚がいきなり等倍速に戻った反動はスゴかった。
裕子が小さい夏樹を見ると、何事もなかったかの様に平然として見えた。
「ね、裕子!親戚の子なんだって!?」
「っ!」
裕子からすれば数分間の無音の後に突然話し掛けられた感じだったが、周囲のクラスメイト達にとっては、裕子が小さい美幼女に手を握られた数秒も経っていないくらいでしかない。
「あ、えっと」
「(親戚の子)」
「・・ぅん、親戚の子」
夏樹の小声で念押しが聞こえ、それに合わせて答えた裕子。
「すっごい可愛いね!」
「お人形さんみたいっ・・♪」
「ウチ来なよっ!」
「裕子、その天使、ちょうだい」
「着せ替えしたいっ・・♪」
「良いニオイする・・クンカクンカ」
「今の若い子はこんな可愛いのか・・」
女子達が口々に小さい夏樹を猫可愛がりする。
ただ、「変態か、お前」と真顔で聞きたくなる言葉もちらほら混じって聞こえる。
「裕子お姉ちゃん・・」
怯えながら裕子の後ろに隠れる様にピタッとくっついた小さい夏樹に、本人を知る裕子すら、何かが胸の中いっぱいになった。
キュンとした。
「っ・・きゃーーーっ!!!」
あまりの可愛らし過ぎな姿に、教室内の女子達の悶え気味な悲鳴があがる。
裕子の席に、近くの席のイスを寄せることで裕子と小さい夏樹がお昼ごはんを食べる。
「ね、夏樹ちゃん。それ・・その、そんなに食べられるの?」
裕子の机の上には、裕子と夏樹のお昼ごはんが並ぶ。
裕子が持ってきたコンビニ弁当とパックジュース、デザートのクリーム入りプリン。
夏樹の持ってきたコンビニおにぎりが6個と、小さめパック牛乳と激辛ポテチ1袋、と・・何故か七味唐辛子の小瓶。
裕子的には、「『人形』の姿で飲食出来るの?」と聞きたかったが、周りの席には、小さい夏樹を見て愛でながら食べる気満々の女子達が数人座っていた。
魔法少女バレしそうな用語や話題は避けねばならない。
「大丈夫っ。食べれるもんっ。(体内で魔力に換えて取り込むから大丈夫かな)」
小さい夏樹がドヤり気味に小さい胸を張りながら言った言葉に違和感があった。
小さい子がドヤりながら得意げに言ってる様に聞こえる声にかぶさり、普段の夏樹の落ち着いた声が聞こえたのだ。
「最近ね、夏樹ね、梅干し食べられるようになったんだよっ♪明太子だって食べれるんだからっ♪ツナマヨばっか食べたら、えーよーかたよってダメ〜なんだってー!(『認識阻害』と『人形』の使い方の1つかな。『人形』は設定通り動いてもらって、裕子にだけ聞こえる様に話すの)」
「へ、へー・・?」
違和感!!!
見た目相応の幼い言動と同時に、普段の夏樹の話し方が混ざって聞こえる。
きっと、夏樹本人は運動会中で、自身の幼い頃の姿の『人形』は自動的に『幼い、子供らしい違和感のない言動』を行っているんだろうなー・・と、裕子は自分を納得させた。
小さい夏樹がオニギリを開け、ひと口食べてから、七味唐辛子をオニギリに振りかけて食べた。
「すごいなー。私はまだ出来ないかなー」
「ぷぷっ。裕子お姉ちゃん、梅干しニガテだもんねー。夏樹の方がおねーさんだっ♪じゃ、コレ、食べてあげるねっ♪(裕子も練習すれば出来るようになるよ。それに、コレは『人形』だからね。基本動作はお任せにできるし)」
小さい夏樹が、裕子のコンビニ弁当に入った梅干しをヒョイッと取って、パクッと食べた。
代わりのつもりなのか、ツナマヨおにぎりを3分の1くらいちぎって裕子のお弁当の上に置いてくれた。
「ぁ、ありがとっ」
「んーんっ。おねーさんだからねっ(ごめん、食べきれそう?大っきくちぎっちゃったかも)」
「・・大丈夫」
「んふふ・・かける?」
夏樹が七味唐辛子の小瓶を持って尋ねるが、裕子は首を振って断った。
別に無視したとかではなく、口の中がいっぱいで口を開けられなかったからだ。
「・・夏樹ちゃんはスゴいね・・何でも出来ちゃうね・・」
裕子が小さい夏樹のほっぺたを両側から挟む様に、手の平で触れた。
その時、少し離れた席でガタッ!と大きめの音がした。
「そんなコトないよっ!私にだって出来ないことはあるからねっ!(そんなことないよ・・私にだって、出来ないコト、いっぱいあるんだから)」
「出来ない」と胸を張る小さな夏樹は、ほほえましさが溢れに溢れていた。
普段、裕子からスゴいスゴいと言われ過ぎていて若干プレッシャーになっている夏樹的に、少し重荷を下ろせた気分だった。
そんな少しばかり晴れ晴れとした気持ちの夏樹に、魔の手がわんさと伸びてきた。
「可愛すぎか」
「尊い・・♪」
「ウチの妹にならない?」
「うちの学校に転校してきなよ、マジでさ」
「友達になろっ」
「レインやってる?フレなろっ?」
会話は『認識阻害』の術式でごまかせても、動作までは隠せない。
小さな子が大人ぶっているように見える小さな夏樹に、裕子の同級生の女子が群がる。
抱きついて頬ずりする女子や、高い高いしようとする女子、撫で過ぎてもはや髪の毛をグシャグシャにしてしまっている女子、同性であってもギリギリアウトなくらいベタベタ触る女子、と小さい夏樹の周りに女子が密集した。
そんな女子達の集まる中に、クラスメイト全員から「女子」と言われる美少年の加茂鴨ちゃんも自然と混ざっていた。
彼は、パッと見で儚げな美少女、話しても下手したら気付かれないというか、まず気付かれない。
趣味嗜好も女子としか言えないし、水泳の授業での水着姿は周囲の者達を背徳感と違和感のゴチャ混ぜに叩き落とす。
彼は、間違って男子に産まれてしまった女子と言われる。
時代が時代なら、性同一性障害と診断されていたかもしれないが、平成となって9年、2004年現在、日本社会に認識が浸透されているとは言えなかった。
まぁ、彼に関して世間が驚愕することになるのは、少しばかり先のことなのだが・・。
「ほい、あげるっ♪」
「あ、私もー!」
「じゃ、アタシもっ」
周囲の席の女子達から次々と甘めのお菓子が渡され、裕子の机の上にお菓子が増えていく。
「わー♪すっごーい♪食べ切れるかなー♪(裕子、たすけてっ。私、甘いのニガテなのっ・・!)」
「ぁ、ぅん。夏樹ちゃん、食べ過ぎたら太っちょさんになっちゃうよー?」
「むー・・(ありがとう、裕子っ)」
考え込む様に頭を揺らす小さい夏樹の姿を見てか、それまで遠巻きにしていただけの男子も数人来て、お菓子を置いていった。
「えへへ〜♪ありがとー♪」
小さい夏樹がニコニコとお礼を言うと、お菓子を置いた男子が「ぉ、おう」とぶっきらぼうに返事して自分の席に戻って行った。
そして、自分もと思ったのか、それに続く男子が続出。
たまたま教室に戻って来ていた男子も見に寄って来てから残り物っぽいお菓子を置いていった。
普段裕子には何もしてこない男子の露骨過ぎる変化に、裕子が「お前・・」とばかりにジト目で見る。
でも、実は夏樹のニガテなことをしてしまっていて逆効果と分かっている裕子は、「これだから男子は・・」と言いつつ、「ばーか。ざまーみろ。逆効果だっての」と内心で毒づく。
「みなさんっ♪ありがとーございますっ♪」
小さい夏樹が立ち上がり、周りを見ながら大きめの声でお礼を言う。
毎年、親族が来れなくて教室で過ごす子達は、少なからず寂しげで触れがたい感じになる。
両親にもはや期待なんてしていない裕子だって、少なからず感化されてしまう。
しかし今年の教室は、小さい夏樹という異物が投入されたことによって、ほんわかとした空気になっていた。
味気なく感じるコンビニ弁当が美味しく感じられた裕子だった。
■
リレーの走者の順番が順調に進んでゆく。
あと少しで、女子の最終走者の番だ。
緊張の面持ちの裕子を、夏樹が見守る。
夏樹は現在、裕子の友達の本栖美和ちゃんの膝の上で、後ろから抱きしめられつつ、両隣に立つ女子に頭を撫でられている。
心配そうに見る小さい夏樹の様子は、慕う姉の活躍と無事を願う健気な妹の様に見えていた。
周りの女子達は全員小学生で、母性を刺激というよりは、庇護欲を刺激するといった方が近いだろうか。
小学生ながら『お姉ちゃん』か『ママ』みたいな雰囲気を滲ませる美和ちゃんが抱きしめているから、ますます『小さな子』感も増していて、
ただただ猫可愛がりされていた。
「裕子・・」
夏樹が短期間で裕子にした助力は、夏樹の魔力を固定した重りを裕子の両手首と両足首に付けたことと、『認識加速』術式を使ったイメージトレーニングの方法を教えること。
それを使い、認識を加速させた裕子は、傍目からみれば加速して見え、裕子本人の認識では、周囲全てが鈍速に感じられた。
感覚だけでなく、体感も加速し、周囲の空気全てが粘度の高い水飴の様に感じられた。
当然、呼吸など出来ようもない。
術式を切るか魔力の気化をしなければ、すぐに酸欠で窒息してしまう。
気絶して『認識加速』術式が切れれば、呼吸は出来るけれど。
加速1.1倍で呼吸不全を認識し、生存本能からか魔力の気化と自動取り込みはモノに出来た。
この短期間に裕子は加速2倍まではいけた。
たった2倍、と思われるかもしれないが、自分から見て、周り全てが半分の速度になるだけでなく、自分で自分の肢体を動かすのだって満足に出来なくなるのだ。
自分に繋がっていると思いたくない程に重い手足と、更に動きを阻害する粘り付く水飴の様な空気。
夏樹と2人の時や自宅に居る時だけ加速させたとしても、とんでもないストレスになる。
加速した時間の中で、普通の人達よりも時間をかけて負荷トレーニングが出来たし、イメージトレーニングもたっぷり出来た。
しかし、裕子はスポーツの専門家ではない。
コーチやトレーナーもいない。
夏樹だって当然ながらそうだ。
夏樹が裕子に出来たのは結局のところ、ほとんど、精神的なトレーニングだけだ。
変身前の状態で身体負荷トレーニングをして「少しは鍛えられた」という気持ちを得て、ネットで見たプロの走り方などを時間加速の中で何度も何度も、何度も何度も何度も、反復練習した。
少なくとも、始める前よりは若干の筋力アップはできたハズだし、走る際のフォームも改善・・ぃゃ、改良はできたハズだ、と信じたい。
ただ、魔力を使わず変身していない状態で結果が出せる鍛え方ではなかった。
魔力を使うズルを良しとしない夏樹が必至に考えた方法だったので、変身前よりも変身後に役立つ方法になってしまっていたのは仕方ない。
しかし、『出来ることはした』という大事な自信を得られたのは確かだろう。
男子走者から、裕子にバトンが渡る。
ネットで見た競技会の映像を参考にしての反復練習は役立った。
それに、周囲からは見えないが、裕子の手全体が円形の魔力で包まれていた。
その魔力の円内に入ったバトンにギチッ!と裕子の魔力が食い込み、硬く固定する。
走りながらバトンを持つ手は前に振られ、途中でダメ押しとばかりに『加速』術式で遅くなる世界の中、しっかりとバトンを握り込んだ。
時間にすれば0.5秒もないくらいの短時間の加速だったが、裕子には充分だった。
そして裕子が走ってグラウンドの反対側を目指す。
この男女混合リレーは、男女の体力差が考慮され、女子は男子より短い走行距離に設定されていた。
男子はグラウンドの4分の3、女子はグラウンドの2分の1をそれぞれ走破してバトンを託すのだ。
さらに男子の最終走者はグラウンド1周してゴールすることになる。
時代が時代なら男女差別とか言われそうだが、生徒会メンバーの6年生達や運動会実行委員達は、めんどくさいスタート位置設定を頑張って決めた。
その努力の甲斐もあってか、グラウンドの周りは応援で盛り上がっていた。
裕子は力の限り走った。
リレーのアンカーになってしまった翌日から、体育の時間にグラウンドを走る際は本番を意識して走っていた。
その際のことを参考に、足から魔力を放ちグラウンドに噛ませ、滑らない様に走った。
激しい運動で身体は激しく呼吸を求めるから、呼吸の手間を省く為に、体内で直に『空気生成』術式を起動させた。
追い抜かれそうだったから、一瞬『認識加速』を起動させ、術式が切れる前に力の限り足を前へ運び、また術式を起動させた。
「・・・ぅわぁ・・」
周りの、魔力を視認出来ない人々にはアレが見えてないと思うと、その方がうらやましい気になる夏樹だった。
グラウンドを走る裕子は、変身してはいないが、魔力をフル活用している。
バトンを受け取る時から、走る裕子の足からは魔力が溢れて見えていた。
今も多分、『認識加速』を瞬間的に起動しては起動して、更に起動して、また起動して、と繰り返している。
その起動の度に、夏樹の目には裕子から魔力の弾ける様子が見えて、とんでもない量の魔力を振り絞っているのが分かる。
もし魔力を視認できる人が遠くから見たなら、平原小学校の敷地内から夥しい量の魔力が噴出している様に見えただろう。
まるで、校内で打ち上げ花火を爆発させ続けているかのように。
そんなコトが見えて分かってしまうだけに、それが同時に、とんでもない量の魔力をほとんどムダにしてしまっていると分かる。
グラウンド半周とはいえ、アレではバトンを渡すまで気力が持つか分からない。
感覚的にとはいえ、本人の体感する時間が加速されているのだ。
裕子と競っている女子の数十倍は長い時間をかけて走っているようなモノだ。
実際は数100mしか走っていなくとも、精神的には数10キロ走っている、といった感じだろうか。
「裕子お姉ちゃんっ!頑張れぇっ!!」
小さい夏樹が舌っ足らずな幼い声で大声で叫ぶ。
「がんばれ〜〜っ!」
「がんばれーっ!」
「行けーーーっ!!」
「あとちょっとーーっ!」
応援の声に後押しされるかのように、裕子は抜かれずに走り続ける。
長い。
そんなに長い距離じゃないのに、とてつもなく遠くまで走っているような気分だ。
あと、ちょっと。
あと、少し。
あと、もう少し。
あと、わずか。
あと、
「ぁ」
クラス最後の走者である男子アンカーの六色君を見ていた裕子の視界が、地面に限りなく近い位置にまで落ち、裕子の全身に強い衝撃が走る。
アンカーまであと10mも無い場所で、転んでしまったのだ。
裕子の手から離れたバトンが少し先まで転がっていってしまう。
転んだ裕子の横を、2人の女子が駆け抜けて行く。
そこから先のことは、あまり覚えていなかった。
無我夢中で立ち上がり、バトンを拾い、男子アンカーにバトンを渡したのだが、男子の顔が涙で見えなかった。
あれだけ頑張ったのに、最後の最後でヘマをしてしまった。
交代場所で座り込み泣き出す裕子の周りに集まったクラスメイト達が「よくやった」「頑張ったよ」「どんまい」「気にするな」と口々に慰めてくれるが、責めたてられている様な気がしてならない。
涙が止まらず、顔を上げられない。
「宇津馬さん!!」
裕子のすぐそばで怒鳴りつける様な大声がして、ビクッとした裕子が声の方を見る。
そこには、骨折した右腕を吊した星立芽亜里が居た。
安静状態推奨で、少し離れた場所のクラスの応援席に居たハズだが、吊り下げた右腕を庇う様に抱えながら、立っていた。
走って来たのか、荒く息をしている。
「見なさい!」
彼女が指差す先は、グラウンドの反対側だ。
「私達が見なくて誰が見るの!?私達が応援しなくて誰がするのっ!?」
芽亜里が涙ぐんだ目で、少し涙声で強く言う。
「こんな時に大ケガした私も!最後の最後でミスしたアナタも!彼にバトンを託したんでしょうっ!?」
芽亜里の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「だったら!だからこそっ!応援するべきでしょう!?」
芽亜里が骨折していない左手を裕子に向ける。
普段軽めな彼女も、事故だったとはいえ、責任を感じていたのだろう。
そういえば、アンカーに選ばれてしまった日から、芽亜里が何か言いたげに裕子に寄って来ていた気がする。
普段から芽亜里を避け気味な裕子は「アナタのせいで」と言わんばかりに顔をそらしたり、いつも以上に彼女を避けていた。
しかし、ポツリとこぼす様な小さなささやきが聞こえた気がしてはいた。
ごめんなさい、と。
無言で強く頷いた裕子が芽亜里の手を取り立ち上がる。
「がんばってーっ!!」
「がんばれーっ!!」
裕子と芽亜里が大声で応援する。
周りに集まっていたクラスメイト達も大きな声で応援する。
男子アンカーの六色くんはグングンと前を走る男子との差を詰めていた。
芽亜里が裕子のもとに駆け寄った時にはすでに1人追い抜いていたが、更に今、1人追い抜いた。
あと1人追い抜ければ1位だ。
各クラスの生徒達が応援の声をあげる。
グラウンドには解説のアナウンスが響く。
必死に走る男子アンカー達。
そして、ゴールテープが切られた。
『ゴールっ!!!1着は5年2組ぃぃっ!!』
わっ!!と声が上がる。
力の限りに走り抜けた男子アンカー達がゴール近くで座り込んだりヒザに手をついたりして荒い呼吸をしていた。
2組男子アンカーの六色君は、ゴールテープを片腕で高く掲げ、クラスの応援席に向けて振っていた。
その六色君に、誰かが飛びつくように抱きついた。
「っと・・!?」
倒れかけたが、勢いよく抱きついて来た割には何か軽く、柔らかな衝撃だった。
六色君がそちらを見ると、裕子が抱きついていた。
「ぅ、宇津馬っ・・!?」
5年生にもなれば、流石に女子を意識もする。
好きとかでも無いとはいえ、女子に抱きつかれればドキドキしてしまう。
全力を振り絞って走り抜いた直後でまだ心拍数は高いが、別の意味でドキドキとしてしまう。
「ごめんなさいっ・・ごめんなさいっ・・!」
「・・」
涙をポロポロとこぼす裕子に、抱きつかれた六色優弥君は逆に落ち着いていった。
彼は母子家庭で育ち、母親が帰宅するまでは3歳下の妹の面倒もみている。
感情的になり悲しんでいる女性との接し方は、本能的に学んで身につけていた。
「宇津馬、足、大丈夫か?ハデに転んだろ」
「・・たぶん・・だいじょうぶ・・」
涙声で裕子が返す。
ハデに転んだ際に擦りむいた場所からは、うっすらと出血していたが、今の今まで裕子は気付いていなかった。
「そっか。よかった」
ニカッと笑った六色君が、抱きついたままの裕子の肩に手を置き、頭を軽く撫でる。
彼からすれば何気ないコトだった。
普段、泣く妹を慰めたり、疲れ切った顔の母親に笑いかけながらお礼を言ったり、何気なく行っている行動の延長の様に自然と行っていた。
近くにいたクラスメイトの女子達や、その光景を見た女子達からの評価アップになったことや、応援席に居た母親がスマホで動画撮影中で帰宅後に妹と母親にめちゃくちゃイジられることを、この時の彼は想像もしていなかった。
「ぁ」
ふと思い出してクラスの応援席の方を見た裕子だったが、そこに小さい夏樹の姿はなかった。
■
グラウンド周りの応援席の更に外側、校舎裏の人気のない方へと向かい、小さい夏樹は歩いていた。
「や〜、熱い戦いだったね〜♪」
「ニャニャン・・来たの?」
「ぅん。10分の1くらいの分身だけど」
小さい夏樹の頭の上に乗るように、普段よりはるかに小さいサイズのニャニャンの姿があった。
当然『不可視』化しているので、周りからは見えない。
「そっちは?」
「順調順調♪あとちょっとで終わりかなっ♪」
「・・そっか」
「でもさ、ほんと、熱い戦いだったよね〜♪運動会のハイライト競技でもないのにねっ」
「まぁ、学年別クラス対抗男女混合リレーだし」
「6年生、大変そぉ〜☆」
ニャニャンが楽しそうに言い、夏樹が立ち止まり、運動場の端の方を見る。
そこには、今まさに入場直前の6年生のリレーメンバー達が居た。
そのメンバー達の顔は「どうしろと?」と言いたげに引きつっていた。
それと言うのも、原因は当然、5年生達だ。
ゴール近くで盛り上がる5年2組の面々や泣く裕子につられて泣きだした女子メンバー達に、グラウンド周りからは静かながら大きな拍手が贈られ、アナウンスの、1年5組担任の土岐都眞由美先生も盛り上げようとしていた。
『感動的な戦いを見せてくれた5年生達に盛大な拍手をっ!!さぁ!最後は6年生だ!どんなドラマと感動を魅せてくれるのかっ!?見逃せないぞ!?トイレに行きたい者は漏らしても見逃すな!!君達の応援の声が彼ら彼女らの無限に湧き上がる力の源になるんだっ!!』
「やめて!?」と言わんばかりの顔で、アナウンス席のあるテントの方を見る6年生のリレーメンバー達。
グラウンド周りは盛り上がる一方だ。
そして6年生のリレーメンバー達がスタート位置に向けて移動しだした。
「・・がんばれー」
変なプレッシャーをかけられている6年生達に、小さい夏樹が陰ながら応援する。
「しっかし、相変わらず裕子ちゃんは面白いコトするよね〜♪」
「見てたの?」
「うん。あそこからね」
ニャニャンが校舎の屋上を指し示す。
「でもまぁ、ズルかズルじゃないかギリギリラインだったかな?」
「・・だね」
夏樹がポツリと零す。
「あのやり方じゃ、地力でホントに足速い人には勝てないしねー」
「・・ぅん」
「夏樹に言うべきか迷ってたけど、夏樹が裕子ちゃんにした鍛え方って、どっちかっていえば魔法少女に変身した後に役立つ鍛え方だったからねー」
「・・そうだったの?」
「うん。魔法少女としての身体の強化にはなってるハズだよ?」
「・・早く教えてくれたら良かったのに・・」
「夏樹がズルはキライなの知ってるからね。結果的にズルにならないなら言わなくっても良いかなーって」
「・・もぉ」
「ニャハハ」
夏樹が再び歩きだす。
「そういえばさ、気付いた?」
「?」
「裕子ちゃん、加速を連発してたじゃん?」
「・・してたね」
「すればするほど、加速が増してたよね」
「・・ん」
「何だろうね。回せば回すほど勢いが増す感じ?そう見えたけど」
「だね・・増してるの気付いた時は、100倍くらいになってたと思うな」
「でも、その魔力のほとんどがムダになってるっていうね」
「・・」
「意識して使いこなせるようになったら、相当強くなるよ、あれなら」
「・・・ん」
小さい夏樹が裕子の方向にチラリと目を向ける。
実際に見えている訳ではないが、あれだけ魔力を大量放出した後だからか、たぶん裕子は一時的に、魔力コントロールがうまく出来なくなっている。
裕子が走り終えて少し経っているが、いまだに、温泉の源泉から湯が湧き出るかの様に魔力が噴き出しているのを、感じられた。
「・・そっちは大丈夫だったの?」
「うん♪こっちには魔法少女居ないし、『人形』だってバレてないと思うよ?」
「・・私の姿で変なことしてないよね?」
「するわけないでしょっ」
「・・なら良いけど」
人気のない場所まで来た小さい夏樹は周りをキョロキョロと見て、誰も居ないか念入りに確かめた。
もっとも、数分前から『認識阻害』を起動して弱めに使いながら歩いていたので、すでに辺りには人気は無い。
「顕現」
小さい夏樹の姿が、魔法少女アーカーシャ・リリィに変わる。
『人形』自体では使えない『認識阻害』の術式を使い、魔法少女に変身する。
そう、裕子には『人形』と言ったけれど、実は夏樹本人だったのだ。
本来 夏樹が居るハズの山上小学校に夏樹の姿はあるが、そちらは『人形』で、ニャニャンの本体が精密操作をして誤魔化していた。
とはいえ、夏樹とニャニャンでは性格がまるで違う。
ニャニャンが完全に操作していたら、お淑やかで清楚を絵に描いたような深窓の令嬢が突如として軽〜〜〜いお笑い芸人に変貌するくらいの違いが出てしまう。
が、ソコはソレ。
便利な術式を利用して解決だ。
先程までの夏樹が『小さい子供』みたいな言動を違和感なく出来ていたのと同じように、普段の夏樹の言動に限りなく近い言動をトレースして再現したのだった。
肉体自体が小さいのは、魔法少女の身体を構成する魔力を希釈して減らし、身体を構成するモノの総量を減らして調整した結果だ。
裕子にそれを言わなかったのは、なんとなく恥ずかしかったからだ。
術式を使ってとはいえ、幼い子供みたいな言動になるのだ。
「『人形』が自動的にそうしている」という方が恥ずかしくないというものだろう。
「閉会式、間に合うかな」
「まぁ、大丈夫でしょ」
小さなアーカーシャ・リリィが校舎沿いに上昇し、屋上を超えた辺りから大空に向けて勢いよく飛び上がっていく。
■
ここ最近ずっと身体強化状態で過ごしていた裕子は、手首足首の重りを解除してもらってからも、強化状態が完全には解除できないでいた。
その為、五感がかなり強化されたままだった。
その強化された視力は、遠目にであっても彼女の姿を見間違えはしなかった。
小さい身体に合っていないブカブカな感じの魔法少女装束をなびかせながら飛び去る姿は、間違いなくアーカーシャ・リリィだった。
「役目を終えたら魔力に戻すから、消えちゃうだけだよ」と言っていたのに。
なら魔法少女に変身して飛び去る必要なんてないハズなのに。
その時、本物の夏樹自身だったのだと気付いた。
身体を小さくする方法なんて想像できないけれど、
ただ「スゴいなぁ・・」と思った。
「やっぱり夏樹ちゃんって・・出来ないコトとか無いんじゃないかなぁ・・?」
心の底から、しみじみと呟く裕子だった。
「夏樹ちゃん・・来てくれてありがとう・・♪」
飛び去る小さな姿に、手を振って見送った。
■■ED:『希望の一歩』歌:宇津馬裕子&斎木夏樹■■
■■■■■This program is brought to you by the following sponsors.■■■■■
ニャニャン「いやー熱い展開だったねー」
裕子「そう?」
ニャニャン「うん。特に、紅組白組に分かれての城落とし、最後の最後に裕子ちゃんが魔力を込めた玉で燃え上がる城、スゴかったよねー」
夏樹「そんなシーンも競技も無かったし」
裕子「『城落とし』はお隣の浜松市だけじゃないっ」
夏樹「ねー」
ニャニャン「じゃ、円盤になったら体操着がブルマに変わるとかは?」
裕子「・・・きっしょ」
ニャニャン「そんな蔑んだ目を向けないでぇええっ!?」
夏樹「さ、裕子。淫獣精霊はほっといて次回は?」
ニャニャン「ひどっ!?」
裕子「次回、第15話♪『新たな出会い!』です♪」
夏樹「新しい魔法少女かな?」
ニャニャン「転校生かもよ?」
裕子「ニャニャンの代わりの精霊かもよ?」
夏樹「・・ぁぁ・・」
ニャニャン「ちょっ!?夏樹っ!?『ありそう』みたいな顔しないでっ!?」
夏樹「でも、そろそろテコ入れ回かなって」
ニャニャン「いやいやいやいや。やるなら、これまで山ほど登場した魔法少女達の中から出来るでしょっ!」
夏樹「いや・・ニャニャンなら手っ取り早いかなって」
ニャニャン「ひどい!裕子ちゃんも何か言ってあげて!?」
裕子「え?ニャニャンなら手っ取り早くない?」
ニャニャン「あんまりだ〜〜・・!」
裕子「ではまた次回〜♪」
夏樹「またね・・♪」




