#9『力を合わせて、希望はその手に』 Aパート
隣の県を挟んで広がる広大な汽水湖が目の前に広がる。
湖前のパーキングエリアの広い駐車場に、何台もの大型バスが停まっていた。
バスから、次々と小学生の男子と女子が降りて来る。
フードコートの建物前にクラス単位で集められ、簡単に点呼が行われた。
クラス単位とは別に、少し離れて見れば更に2つの集団に分かれているのが分かるかもしれない。
それぞれの集団は、裕子の通う平原小学校と、夏樹の通う山上小学校の、それぞれの5年生達だ。
簡単な点呼が終わり、パーキングエリアのトイレにダッシュする時には、両校が混じり合っていた。
パーキングエリアの全面協力により、点呼の少し前くらいからトイレは一般利用が止められていた。
更に、並ぶ人数の多さが見込まれる女子には、多目的トイレと男子トイレの個室が女子用に確保されていたのだった。
それでも女子トイレには長い列が延び、一部は従業員用トイレの方に案内されていった。
「・・ふぅ・・」
やっと ひと心地つけた裕子がハンカチで手を拭きながら、フードコートに向けて歩いて行く。
フードコートで2校まとめて昼食を食べてから、それぞれの学校の宿舎に移動するのだ。
■■OP:『Don't stop.Don't look back.』歌:斎木 夏樹■■
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「裕子ちゃーん、こっちこっちー♪」
クラスで一番仲の良い本栖美和ちゃんが手を振っていた。
小走りでソコまで行くと、裕子は「・・ぅ」と少し口元が引き攣った。
美和ちゃんが自分の席を取ってくれていたのは嬉しいのだが、4人掛けのテーブル席の相席者が問題だった。
クラスの女子人気ナンバーワンの多々乃慎一くんと、クラスの女子で1番オシャレと評判の星立芽亜里が居たのだ。
芽亜里は女子グループの中で、良い意味でも悪い意味でもリーダー的な立ち位置だ。
少し暗く大人しめの裕子は、地味・ダサいと、明るく軽い口調で何回か言われたコトがあった。
こう直した方が良い、これならオシャレだ、ソレはちょっと、と親身に「アナタのコトを思って言ってますよ?」と言わんばかりの口調で言われるのだが、クラスカースト上位の彼女に言われるのは最悪だった。
彼女の取り巻き女子達の中には、あからさまに裕子をバカにしてくる子も居た。
しかも芽亜里が「彼女も宇津馬さんが心配なのよ」とか言うから質が悪い。
バカな男子なら分からないだろうけれど、バカにして言われているのは裕子には丸分かりだった。
そんな芽亜里や彼女の取り巻き達と、なるべく穏便な最低限度のやり取りだけで済ませてやり過ごしている裕子だ。
芽亜里も、自分が避けられているのは気付いているハズだ。
なのに、何故相席になっているか。それは、もう1人の相席者の多々乃くんが原因だろう。
小学生の男子にしてはイヤに女子との接し方の上手い彼は、クラスの女子だけでなく、同じ部活の女子にも人気らしい。
何を隠そう、裕子にとっての初恋の男子でもあった。
密かに1年生の頃から好きなのだが、3・4年生の時に別のクラスになってしまい、半ば諦めていたのだった。
だって、同じクラスのままならともかく、4年時、部活で4・5・6年生の女子とも関わりが出来た彼の周囲が激変したのだ。
登校時には誰か知らぬ女子が話し掛けていて、昼休みは同じクラスの女子達が鉄壁のガード、放課後には同じ部活の女子が迎えに来る始末だ。帰宅部の裕子は知らないが、きっと女子と下校しているのは間違い無い。
バレンタインに大量のチョコをもらう彼は、くれた女子全員一人一人に丁寧に、「手作りでごめんね」と謝罪付きで御礼を返してしまう。
どさくさ紛れに「友チョコ」と言って渡した裕子にもキッチリと、手作りのクッキー入りのラッピングされた可愛い袋が、御礼の言葉とメッセージカード付きで、直に渡されて返って来た。
そんな違う世界の完璧男子な彼に、裕子の初恋は儚く自然消滅しかけては僅かに再燃して、と繰り返していたのだ。
「・・諦めさせてもくれないの?」と思いつつも、その口元は緩んでいた。
そんな彼が同席している理由が分かってしまうから、裕子の胸の奥がよく分からないズキリとする痛みに襲われる。
どの女子に対しても当たり障りなく接する彼だが、そんな彼が「好きなんだろうな」と分かる相手、それは裕子の友達の美和ちゃんだった。
その理由も何となく分かる。
2人は、人当たりや人間性が似ているのだ。それに、他の女子達と違い、美和ちゃんは多々乃くんに露骨な好意を向けたりはしなかった。
それどころか、「話すコトがなければ、別にどうでも良いです」といった感じなのだ。
自分と似たタイプ、更には他の女子達とは明らかに違う接され方、更に付け加えるならば・・美和ちゃんはホワホワしていて『お姉ちゃん』か『ママ』といった、何か安心する温かい雰囲気にさせてくれるのだ。
クラスの男子が密かに作って(女子にバレてないと思っている)『付き合いたい女子ランキング』1位に、美和ちゃんが毎月ランクインしているのを裕子は知っている。
そのランキング用紙を見つけて、自分が圏外なのを見た裕子が職員室に届けてこようと思ったコトがあった。
しかし、『付き合いたくない女子ランキング』1位に芽亜里が殿堂入りしていると知り、そっとポケットにしまった。
その月から、毎月定期的にゴミ袋に入っているランキング用紙の密かな回収は裕子の趣味になっていた。
話は戻るが、
多々乃くんが美和ちゃんに向ける優しさの『違い』に気付いている裕子の胸が痛いのは、いつまで経っても変わらないでいた。
諦めた気でいても、裕子の中の気持ちの整理がついていないのは確かだった。
ちなみに、芽亜里は露骨に「私と付き合ったら」とか「私達なら絵になるでしょうね」とか胸を張って憚らない。
多々乃くんからは軽くスルーされているのに構わずに相席しているのも、芽亜里の発言は流されて美和ちゃんとの会話の方が大切に大切にされているのも、裕子から見ると少しばかり良心が傷んだ。
芽亜里と逆に、心底からの善意で「脈無いから。ホントに無いから。これっぽっちも無いから。見てる周りの方が辛いから」と説得したくなるくらいだ。
そんな微妙過ぎる相席テーブルの周りのテーブル席は、芽亜里の取り巻き女子達が何席も占拠していて、男女比が激しいコトになっている。
多々乃くんの個人ハーレムスペースに見えそうだ。
実際、彼に好意を抱く女子達も陣取っているので、間違いでもなかったのだけれど。
特に何も問題など起きずに昼食時間は終わったが、裕子は少し不安だった。
多分、笑えていたハズだ。多分、無難にやり過ごせたハズだ。
でも、胸の中に不安の塊の様な何かが渦巻いている様に感じてしょうがなかった。
■
宿舎に荷物を置き、周囲の施設の説明を受け、活動の許可の出ている範囲が説明され、夕飯までは自由時間と説明された。
男女別に分けられた大部屋で、出席番号順にスペースが割り振られ、寝る時もそこに布団を敷いて寝るコトになっているそうだ。
自由時間になり、男子達の多くは探検に飛び出して行った。
仲良しグループで出て行く女子達も居るが、部屋でスマホをいじり出す女子達も居る。
なんとなく その場に居づらかった裕子は、宿舎に行く途中に見えた海水浴場に逃げ出すコトにした。
5年生ともなれば、発育の差がハッキリと出ている。
胸の膨らみが分かる女子も少なからず居るし、そんな女子をイヤラシイ目で見る男子も少なくない。
だからこそ、海水浴場に逃げ出すのだ。
男子達にイヤラシイ目で見られるのはイヤだけど、女子集団独特の牽制し合いや、マウントの取り合いの中に居るのもウンザリなのだ。
湖畔の、この合宿所の専用海水浴場までは少し離れていた。
姉妹校である平原小学校と山上小学校は、臨海学校と林間学校を毎年入れ替えている。
今年は、裕子の平原小学校が林間学校、夏樹の山上小学校が臨海学校、の番だった。
自然と海水浴場側には山上小学校の生徒が多くなるし、わざわざ水着姿になって男子の好奇の視線に晒されに向かう平原小学校の女子も少ない。
裕子は水着やタオルを入れたバックを持ち、湖畔の海水浴場に向かったのだった。
■
「・・・ぅん。やっぱり少ないよね・・」
裕子の狙い通り、平原小学校の生徒は少ないし、少し居る女子も全く知らない顔ばかりだ。
男子が多いし、チラチラ見られる視線は感じるが、なんとなく、クラスメイト達と居るよりはマシに思えた。
「・・・さて、と・・?」
脱衣場から出て、トイレの場所をチェックした裕子は、時間を潰せそうな場所を探し始めた。
「・・裕子・・?」
キョロキョロと周りを見ながら歩く裕子に声が掛けられた。
聞き覚えのある声に振り向いた裕子の前に、夏樹が居た。
「・・夏樹ちゃん。・・・その格好で来たの?」
裕子が少し驚きながら確かめた夏樹の格好は・・。
ワンピースタイプのスクール水着だけで何も羽織らず、片手にタオルを持ってビーチサンダルを履いただけの姿だった。
反対に、裕子はスポーティでボーイッシュなタイプの上下に分かれたビキニ寄りの水着だった。
その上から大きめのパーカーを羽織っているので、後ろから見ると太モモの半分くらいからしか見えない感じだ。
前から見ても色気は感じられない。「本当に泳ぐだけの為に来ました」といった感じだった。
ビーチサンダルだけは夏樹の履くタイプと似ていた。
夏樹が来た方向には山上小学校の宿舎があり、多分、宿舎から水着で来たのだろう。
湖畔の脱衣場で着替えた裕子と正反対の堂々とした姿だった。
「脱衣場より部屋で着替えた方が早そうだったから」
「・・そっかー・・」
髪型や私服姿や魔法少女装束から、裕子は勝手に夏樹に対して「女子力高めで見習わないとなぁ・・」と思っていたが、その考えを そっとしまったのだった。
「・・・」
「・・裕子?」
「・・なんでもない」
自分より膨らんだ夏樹の胸元から目を反らした裕子は、自分の絶壁気味な胸元を見下ろして、少し複雑な気持ちになった。
■
小さな波が寄せてくる砂浜から少し離れた場所に、貸し出しのビーチパラソルを刺し、裕子と夏樹はシートを敷いて座った。
目の前に広がる汽水湖は海に繋がっているとはいえ、この合宿所のある位置はだいぶ湖の奥の方だった。
少し周りを見渡せば、対岸の岸壁や低めの森などが見えた。
「裕子は泳がないの?」
「ぅん。男子達うるさいし、何か女子のマウント合戦にも参加したくなかったし。だから逃げて来たの・・静かな場所で落ち着きたかったのもかな・・」
「・・私も同じ」
「そっか・・」
「ん」
隣に座る夏樹が本を開いたのを見て、裕子は違和感を覚えた。
「夏樹ちゃん、本持って来てたっけ・・?」
たしか、タオルしか持っていなかった様に見えた。
「コレは魔力で作ったニセモノ。ほら」
夏樹が開いたページを見せてくれたが、そのページには何も書いていなかった。
それどころか、鏡の様に裕子の顔を写していた。
「・・そんなコトも出来るんだね・・でも、覗き込まれたらバレちゃわない?」
「裕子には、どんなページに見えたの?」
「ぇ・・鏡みたく?顔が写ったよ?」
「そぅ・・裕子にはそう見えたんだ・・それは初めてかも・・」
「?」
「この『本』にはね、見た人のその時の気分で『見える』モノが変わる魔法が込めてあるの」
「・・?」
「例えばだけど。楽しいモノが見たい時には楽しくないモノが、辛い時にはもっと辛くなるモノが、それが半分。でも、不安で不安で不安で堪らない様な時には、少しだけ希望が持てるモノが。涙が収まらなくって死にたくて堪らない様な、そんな時には ほんの少しクスッと笑ってしまう様な、そんなモノが見える様な。それが残り半分。そんな魔法なの」
「・・どうして、そんな魔法なの?」
「普段、1人で居たい時に話し掛けてくる様な人、居るでしょ?」
「ぅん」
「最初の半分は、そんな人用。だいたい、勝手に覗き込んでくるから」
「後の半分は?」
「・・自分用」
「・・・そっか・・」
「ん」
何となく、隣に座る夏樹の顔が見れなかった。
「で、コレを出したのは裕子と話す為、かな」
「?」
「こないだ、話の途中で終わっちゃったでしょ」
「・・ぁー・・ごめん・・」
「ぅぅん」
裕子が本来の魔法少女として目覚めてすぐは、裕子の個人的事情により、説明を聞ける時間が無かった。
学校の合宿の準備の為に裕子が忙しくなってしまったからだ。
まぁ、準備を忘れずにいたなら何の問題も無かったのだけれど。
裕子にとっては、憂鬱な林間学校よりも魔法少女の特訓の方が大事で忘れていたのだ。仕方無い。
それに、もしも裕子が普通の家庭環境だったならば、「お母さーん、合宿の準備しといてねー?」とでも言っておけば、合宿前には最低限必要な準備くらいはしてもらえていたハズだ。
しかし、彼女の家庭は事情が違う。
父親は外に女を作って帰らないし、母親は忙しさを言い訳に「ウチの子に限って」「ウチの子なら」という甘えで放置だ。
裕子自身が用意しなければ、誰も代わりに用意などしてくれはしないのだ。
「もう『遮断』はかけたし、弱めに『認識阻害』も かけてあるから大丈夫」
「・・いつの間に」
「この本出す前に、かな」
「夏樹ちゃんは何でも出来るね」
「そんなコトない・・裕子も慣れれば出来るから・・」
「ほんと・・?」
「ん。ほんと」
夏樹が裕子の目を見て頷いた。
「だから、私達が魔法少女の話してても、周りには聞こえないし、本読んでる様にも見えるって訳」
「そっかー・・」
「じゃ・・何が聞きたいのかな」
「・・・どうして『聖女』みたいになっちゃダメなの・・?」
「・・やっぱり、そのコトなんだね・・?」
「ぅん。ずっと気になってたの・・」
「・・裕子」
「ぅん」
「これから話すコトは、魔法少女だけの秘密・・誰にも話さないって誓える?」
「・・ぅん」
「・・・・わかった」
夏樹が静かに溜息を吐いてから、湖の方を見た。
そして、手に持つ本に隠れる死角に、魔力で作った1枚の紙を出した。
それを見ながら、夏樹が静かに読み始める。
「1926年、12月24日」
「・・?」
「1926年、12月25日」
「?」
「今川清子」
「?」
夏樹が紙を見ながら読み上げたのは、裕子には何か分からない日付と名前だった。
「・・裕子。貴女は、エタニティ・リリィが・・ぅぅん、『聖女』が、いつから活動してるか知ってる・・?」
「・・・知らないかも・・?」
「ん。きっと、みんな そう」
「・・それが関係あるの?」
「もの凄く。・・裕子・・聖女って、ホントに居るの?」
「ぇ・・だって・・TVでいつも・・?・・あれ・・いつからなんだろ・・?」
「アレもきっと、『認識阻害』魔法なんだと思う。たぶん、だけど」
夏樹が何を言いたいのか分からず、裕子は首を傾げた。
「まず、今川清子っていうのは、エタニティ・リリィの本名」
「ぇ・・!?」
「1926年12月25日のは、歴史の教科書にも出てる」
「ぇと・・何の日だっけ・・?」
「大正天皇の暗殺未遂事件が起きた日」
「ぁー・・・そうだったっけ・・?」
「一般的にはあまり知られてないみたいだけど、爆発現場で被害者達を救けたのは、エタニティ・リリィ」
「え!?」
「コレは本当のコト。歴史を詳しく深く勉強すれば知れるくらいで、別に隠されてる訳じゃないみたい」
「・・そっかー・・ん?」
「何か、気付いた?」
「エタニティ・リリィって・・もの凄い おばあちゃんなの・・?」
「違う」
「ぇ?でも、大正だよね?もの凄く前だよね・・?」
「・・じゃあ、それに答える前に、最初の続き。コレが答えでもある。1番最初の1926年の12月24日、何があった日か分かる・・?」
「・・クリスマス・イヴってしか分かんないかも・・?」
「・・」
「ほか・・何だろ・・?夏樹ちゃん・・?」
「その日、エタニティ・リリィの今川清子は・・車に轢き逃げされて、死んだの」
「ぇ?」
「彼女は、すでに死んでるの」
「・・・ぅそ・・だよね・・?」
夏樹が静かに首を振った。
「今の彼女は、『エタニティ・リリィという魔法少女の力』だけが、彼女の生前の姿の形で活動し続けているだけなの」
「・・・そんな・・っ」
「だから、何度でも、何度でも、何度でも、言うね・・。彼女みたいになるのだけはダメ・・エタニティ・リリィみたいになるのだけは、絶対にダメ」
夏樹は静かな目で、裕子の目を見据えて言い続けていた。
『エタニティ・リリィ』の話をしている間、終始、夏樹はふざけた様子など無かった。
夏樹が本を閉じて立ち上がった。
逆光になっていて夏樹の顔は見えなかったが、裕子を静かに見ているのは確かだった。
「立てる?」
夏樹が差し出した手を握り返した裕子だったが、その手は小刻みに震えていた。
その顔は蒼白で、繋いだ手を頼りに立ち上がるコトも出来なかったのだった。
■■■■■to B PART■■■■■




