1話 異世界へ
いつもと変わらぬ朝。平穏な日常の風景。そんないつもと同じように過ごすはずだった少年の日常は、唐突に、呆気なく崩れ去った。
「どこなんだ……此処は、一体何が起こったんだ?」
少年は周囲を見渡し、状況を理解しようとする。周りは生い茂った木々に囲まれており、建物らしき物や人影も見当たらない。お日様はまだ高く、耳にするのは草や葉が風に擦れる音くらいで、辺りは静かだ。
「森……なのか、此処は。何でこんなとこに居るんだっけ。全然思い出せない」
家を出て学校に向かう途中までは覚えている。しかし、それ以降の事が思い出せない。まさか拉致でもされたのか、こんなところに?
「いやいや落ち着くんだ俺、待てあわてるな。まずは腰を落ち着けよう……俺は上代零弥 。ごく普通の高校二年生で、人様に恨みを買う様な事はしていないはず……」
やはり少年――零弥には何故こんな状況になっているのか見当が付かない。
考えれば考える程に分からなくなる。
「ともかく、まずは母さんに電話して……」
零弥はスマートフォンの電源を入れる。だが――
「いや嘘だろ、圏外……」
こんな状況あり得ない、そう自分に言い聞かせてもう一度試す。
「ダメだ、電話もネットも繋がらない……一体何なんだ、この状況は。どこなんだ? 此処は……」
家を出た後の記憶が無く、スマートフォンも使えない状況となって混乱していたとはいえ、心のどこかでは何とかなるだろうと楽観視していた零弥は、呆然とする。スマホの他に彼の手持ちにある物は学校で使うカバン、とその中にある筆記用具と教科書、それと昼食で食べるはずだったコンビニで買ったパンが3つに、ペットボトルのジュースくらいだ。
「いや、でも仮に身代金目的で拉致とかされたんじゃ、こんな森に捨てていくようなことなんてしないよな普通……特に拘束もされてないし周りには誰も居ないし……」
訳の分からない状況に変わりはないが一先ず、今すぐに殺されるだとか、その様な心配は無さそうだ。だからと言って状況が最悪であることに変わりはない。今いる場所が何処なのか、何故このような場所に居るのか、そもそも此処が日本なのかどうかすらも分からない。今は安全だからと、命の補償など何処にもない。
「クソ、考えていても仕方ないな。とにかくまずは人を探そう」
――何より、このまま何もせずにいるとネガティブな事ばかりを考えてしまい、気が滅入る。水も食料も少ないし。
零弥は、そう思い直して立ち上がり、歩き出した。
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あれから、どれくらい歩いたのだろうか。歩き始めた頃はまだ日が高く明るかったが、日は大分落ちてきておりもう少しで夜だ。
「クソ、日が沈むまでに責めて寝る場所くらいは探さないと……」
普通の高校生だって夜の森が危険なことくらいは何となく分かる。だが、今に至るまで人里や民家も見つけることは出来なかった。
「早く何とかしないと本当にヤバイんじゃないか、これは……」
今後の見通しが一切つかず、焦燥感が体を支配しようとしていたその時――
「おや、そこのお若いの。珍しい格好をしてるのぅ。こんな所で何をしているんじゃ?」
何者かの声に気付くと視線をずらす。振り向くと、そこには老人の姿があった。