第Ⅱ夢「C・D・P」
電車に三十分ほど揺られて、隣町に着いた。
ちょっと移動しただけで凄い景色の変わりようだ。
駅を出てすぐ目の前に広がるFMラジオのスタジオがあるビルが建っている。
心はそのままビルに向かって歩いていく。 後を追ってついていくと入口のすぐ近くにあるエスカレーターに乗って最上階を目指した。 ──途中で心がアパレルショップに目を輝かせていたのはここだけの話だ。
最上階はCDショップにラジオのスタジオがある場所だった。
スタジオには有名な歌手が来ていたが、心は一切目もくれずに奥に向かっていく。
《関係者以外立ち入り禁止》と書かれた扉になんのためらいもなく入ってく。
中には倉庫になっていて、CDの在庫がたくさん置いてあった。 その奥には搬入用のエレベータがあり、それに乗る。
このビルには無いはずだが、地下二階のボタンを押して降りていく。
「なぁ、《C・D・P》って犯罪を犯す《コンプレックス・ドリーマー》を捕えるために作られた組織なんだよな。 ならなんでこんなビルにあるんだ? 普通は警察署みたいな建物じゃないのか?」
「いえ、《C・D・P》は地下になくてはなりません。 能力探知系の能力者に見つかったお終いですし、それに見つかっても地上にいる人を戦闘に巻き込まないように罠を働かせて、引きずり込んで捕まえることもできます。 なので地下に全て本庁も支部あります」
「じゃあなんでこんな上にエレベータ設置したんだ? 一階の倉庫に業務用エレベータを置けばよかったんじゃないのか?」
「・・・・・・それは黙秘権を使います・・・・・・」
あ、触れてはいけないやつだったみたい。
「まぁ、上にあれば直接地面を壊せるような怪物だったりテレポーターじゃないとすぐには下に来れないしね」
「その通りです!」
「う、うん・・・・・・」
そんなに困る質問だったのか?
「なぁ心。 お前って《C・D・P》の中でかなり偉い方なのか?」
「・・・・・・? そんなことありませんよ。 警察で例えると、刑事ってところです。 なんで突然そんなことを?」
「だって、説明を聞いているとお前が作ったように聞えるし、ただの刑事じゃないのかなーって」
「いえ、これを作ったのは私の上官である《M・R》です。 私の親友ともいえる方なので自慢ですっ」
「へぇ、お前の上司ってそんなに偉いのか」
「はい、なにせここの支部長ですから」
「ならずっと気になってたんだけどさ」
「はいっ」
「《M・R》ってどんな奴なんだ? 能力とか性格じゃなくて、外見とかでさ」
「彼女はまだ中学生ですよ。いつも髪をツインテールにして、確か私のご近所さんです」
「彼女ってことは女か、しかもツインテールで中学生、ってちょっと待てっ! ご近所って俺も知ってる可能性があるぞ!?」
「えっ!? 確かに近所とは言いましたけど私の家からは離れてますよ!?」
なぜ今まで気づかなかったんだ。 コードネームと言ってるくせに《M・R》なんて普通つけるか? コードネームならもっと分かりにくいのにするはず・・・・・・。
まさかと思うがこの《M・R》がもしもただの名前のイニシャルなら──。
「あ、もうすぐ下に着きますよ。 悩むのは後にして直接目で確認してからにしましょう」
「ああ、そうだな。 たぶん俺の予測があっていれば・・・・・・、はぁ、頭痛くなってきた」
「だ、大丈夫ですか? 後で医務室に行きますか?」
「やること終わったらそうしてくれ・・・・・・」
そして目の前に大きな錆びた鉄の扉が見えてきた。 ずっと手入れをしてないというよりは、カモフラージュのための錆び方に見える。
心がポーチから警察手帳みたいなものを出して扉の隣にある1から9までの番号が付いてる機械の前にかざした後、ものすごい速度で数字を押していく。
扉が開いた先には、やはりカモフラージュだったのか、とても清潔感があり、戦隊ヒーローの秘密基地のような白の壁に青いラインがいくつか混ざってる場所だった。
心に続いてエレベータから降りて中に入ると、足音がとても響きやすい場所で、わざとなるようにしてあるのか、もの凄い反響する。
なのに心は音ひとつ立てずに歩いていく。
「どうしてこんなに響く場所で音ひとつ立てずに歩けるんだよ・・・・・・」
「へ? なにか言いましたか?」
「・・・・・・いや、何でもない」
ため息をつきながら歩いていると向こうから歩いてくる人が見えた。
心もそれに気づいたようで慌てて駆け寄る。
向こうで楽しそうな話し声が聞えてくる。
ゆっくり歩いてきた俺が追いつくと、モデル並みの背の高い銀髪に朱眼の美人さんだった・・・・・・。
呆然と立ち尽くしている俺を無視してそのまま紹介を始める心。
「こちらが先日お伝えしていた夢魔悪斗さんです。 で、悪斗さん、こちらが科学開発部の部長を務めているシャムニール・エリアルさんです──って、聞いてますか? 悪斗さん」
「・・・・・・あ、ああ、聞いてるよ。シャムニールさんだろ。で、なんだっけ?」
「何だっけ? ・・・・・・じゃないですよ。しっかりしてくださいっ」
「ごめん。 で、何を話してたんだ?」
「ああ、今悪斗さんの手続きについて話していたところです。悪斗さんの能力適性試験と運動能力、その他開発部による試作品などの適性審査をについてです」
「そんなに試験受けるのかっ!?」
そんなに受けるなんて聞いてないぞ・・・・・・。 それにそんなに受けたら絶対途中で落ちるぞ・・・・・・。
「安心してください。 試験自体は難しいですけど落ちません。 階級決めみたいなもので、結果に応じたランクを決められ、成果を出せばランクが上がります」
「・・・・・・そうか。 よかったぁ。 ランクって《A》とか《S》とかだろ。 ランクごとに仕事とか違うのか?」
「はい。 下から順に《C・B・A・AA・S・SS》となっていて、《C》は基地内でのサポートです。 そして《B》と《A》が一般任務で、逮捕などをしたりします」
「じゃあ心は《B》か《A》なのか?」
「いえ、私は《S》です」
「《S》なのに一般任務をやってるのか?」
あの黒服を捕まえるのが目的なら別に《S》が動かなくてもいいんじゃないのか?
それに黒服自体は大したことなさそうだし。
「ソレハトクベツニンムチュウナノデスヨ☆ シカモカナリジュウダイナッ☆」
「えっ」
急に語尾が甘ったるくなるカタコトの日本語が後ろから聞こえてきた。
「ハジメマシテ、《シャムニール・エリアル》デス☆ 《シャム》ッテヨンデクダサイッ☆」
「ど、どうも・・・・・・。 夢魔悪斗です・・・・・・」
バチンって音が聞こえるくらいのウインクをされてしまった。
(やっぱり外人は美人だから似合うな、こういうの。 心だと髪は金髪だけどちょっと大人な感じがないからなー)
つい心の中で浮かれてしまった。 口には出さないものの、本音が出てしまう。
と、隣からもの凄い殺気を感じた。
隣を見ると心の背景にゴゴゴゴゴゴッとマンガみたいに出てきそうなほどに両手の拳をぷるぷる震わせている。
「あの・・・・・・、心さん?」
あまりに凄い殺気を放っているものだから一歩後ろに後退ってしまう。
「・・・・・・なんで悪斗さんは自分よりも年下な人にデレデレしてるんですか?」
額に青筋をたてて何を怒っているのか、そのまま笑顔でこちらによって来る。
「あの、そんなに怒ってどうしたんですか・・・・・・」
全身から大量の冷や汗が溢れてくる。
「どうしたもこうしたも、そりゃ確かにシャムちゃんは美人ですけど、だからと言って顔を赤くして、デレデレしてるなんてみっともなくないですか?」
デレデレしてたかな? 顔には出してないはずだけど・・・・・・。
「顔ははっきりとにやけてましたよ。 悪斗さん」
「そ、そうか。 すいません。 ・・・・・・ってシャムさんって年下だったの!?」
「ハァイ☆ ワタシ、チュウガクセイデース☆ チナミニトシハナイショデース☆」
「えっマジで?」
「「マジです(デス☆)!」」
えええええええええーと心の中で嘆く俺。
それをじと目で見てくる心と満面の笑顔でこちらを見ているシャムニール。
「・・・・・・コホン。 それはいいとして、さきほどの説明の続きをします」
「・・・・・・はい」
しょげている俺を見て少し怒りが収まったのか、言葉が柔らかくなった気がした。
「・・・・・・それでは先ほどの説明の続きから。 《A》までの説明はしましたね。 なので《AA》からの説明を」
「おう」
「《AA》は主に軍隊の役割です」
「軍隊?」
自衛隊とか、海兵隊とかのことだろうか?
「《AA》ハココノキチヲマモッテクレテイルノデス☆」
「へぇー」
「シャムちゃんは少し黙ってて!」
「Ohh! コワイコワイ☆」
そういって逃げてくように笑いながら去っていくシャムニール。
「いいのか? なんか用があったんじゃ──」
「──関係ありませんっ。 ふん!」
そういってそっぽ向いてしまった心。 どうやらまた機嫌を損ねてしまったらしい。
「なぁ、帰りにうち寄ってくか?」
「え?」
「なんか御馳走してやるよ。 どうせいつも妹と二人きりだし。 ・・・・・・それに多分あいつも喜ぶだろ・・・・・・」
「あの、最後の方が聞こえなかったのですが・・・・・・」
「いや、気にするな。 で、来るのか?」
「ちょっと待っててください! 今おじいちゃんに聞いてみます!」
「お、おう」
慌ててポーチから携帯を取り出して電話を掛け出す心。
しばらくすると、電話を切ってこちらにものすごく嬉しそうに「行きますっ! 絶対に行きます!」と張り切って言われてしまった。
「よし、それじゃまずは、能力調べに行かなくちゃな」
「そうですね。 時間も過ぎてますし、説明はまた後でします。 少し急ぎましょう」
急ぎ足で廊下を真っ直ぐ進んでいくと、目の前にエレベータ前にあった扉よりも大きい部屋の前に着いた。
扉の横には、入口の時よりも多い機械が付いていた。
心が、声を出したりカード見せたり目を近づけたりと、大変そうにしている中で、後ろから誰かが鼻歌交じりにやってくるのが判った。
しかもその鼻歌は聞きなれたもので────と、急に鼻歌が止まった。
心もそれに気が付き、振り返ると嬉しそうな笑顔を向けて駆け出していった。
俺もつられて振り返ると────、妹の璃々守がそこで氷のように固まっていた。
「《M・R》! 連れてきましたよ! 新しい能力者の方をっ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
俺も璃々守も固まってしまっていることに気が付いたのか、心が不審な目でこちらを見てくる。
「どうしたんですか、二人とも? もしかして悪斗さんの言う通りお知り合いなんですか?」
「「・・・・・・いや、知り合いも何も、俺たち(私たち)兄弟なんだけど・・・・・・」」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「・・・・・・なんでお兄ちゃんがここにいるのっ!?」
「いやこっちが聞きてえよっ!! なんでお前がこんなところにいんだよっ!?」
「えっ、ええっ! お二人が兄弟!?」
「どうゆうことだよ! 説明しろ!」
「なんか聞いたことある特徴だと思ったらやっぱりお兄ちゃんのことだったの!?」
「俺も何となく分かってたけどまさかお前だったとは!? というか《M・R》なんてただのイニシャルじゃねえか!」
「なんなの! 文句でもあるの! 別に偽名使ってないだけいいの!」
「なら堂々と名前名乗れよ! なんだ《M・R》って! ただのイニシャルで影で動いてるのがカッコいいとでも思ったのか!?」
「思ってないのそんなことっ! わざわざお兄ちゃんに気づかれないように名前変えようと思ったのにいいコードネーム思いつかなかったから、だからイニシャルにしたのっ!」
「ちょ、ちょっと二人とも、落ちついて・・・・・・」
俺も璃々守もぜぇぜぇと、息を切らせながらお互いを睨みあう。
心がなだめようとするが、二人のあまりの剣幕におろおろするだけで何もできずにいた。
そこに、カタコトの日本語がこちらに届いた。
「ドウシタンデス? Oh! リリスッ、コンナトコロニイタノデスネッ☆ サガシマシタヨ、 サァイキマスヨ☆ ジッケンガマダオワッテマセン☆」
「ちょ、ちょっとシャム! 放してよ! まだお兄ちゃんとの話が───っ!」
シャムニールが思った以上に力のある細い腕で璃々守の首襟を掴んで強引にひきずって行ってしまった。
「・・・・・・で、どういうことだ。 説明してくれるよな? 心・・・・・・」
「うっ、・・・・・・は、はい・・・・・・」
そして、いつここに璃々守が来たのかは心も知らなかったので、璃々守のここでの生活振りと、心との接点を聞いてみた。
「・・・・・・で、心の言ってた親友が璃々守で、心のことをこき使ってるのも璃々守・・・・・・てことか」
「こきは使われてはいませんけど・・・・・・、親友なのは確かです」
自分に言い聞かせるように頷き、説明を続ける。
「──そして、璃々守ちゃんの能力が先日説明した、《夢》や《想像》したものを具現化する能力です。 能力名は私も知りませんけど・・・・・・」
「そうか。 それであいつの性格からするに、確かにめんどくさがる性格だな。 特になんでも一発で解決しようとするところなんかあいつらしいというかなんというか・・・・・・」
なぜ、今の今まで気づかなかったのだろう、と疑問に思ってしまう。
「だけど、なんで悪斗さんは私の名前を聞いたときに気づかなかったんですか? 多少なりとも璃々守さんから私の名前を聞いたりしませんか?」
「あー、それは璃々守がさ、普段俺のせいで夜中クレーム対応してるんだよね・・・・・・」
「? それは何のクレームなんですか?」
「その、俺が悪夢でうなされて毎晩二時ごろにさ、叫び声をあげて起きるんだよ。 それで近所中に響き渡って迷惑かけちまうからさ。 それで毎晩のクレーム対応は璃々守ってわけ」
今こんな話をすると、今まで璃々守に迷惑をかけて来たな、としみじみ思う。
「でも、なんで璃々守さんがやらなければならないんですか? 悪斗さんが出ればいいじゃないですか」
「それは俺も思うんだけどな。 俺ってこんな顔だろ? 夜中に出ていったらみんな怖がって直接言えないんだ」
「そんな・・・・・・」
「ま、気にすることじゃねえよ。 しかもお前が気にしたって何にもなんないだろ?」
心は俯いたまま黙っている。 そこまで気にしなくてもいいのに・・・・・・。
どうしたものかと悩んでいると、
「ねぇ、何二人して暗い空気漂わせてるの?」
「「えっ?」」
二人で声がした方に顔を向ける──と、そこには先程シャムニールに連れていかれたはずの璃々守が立っていた。
「・・・・・・なに、ここにいたらおかしいって顔を二人してなの?」
睨んでこちらの様子を覗っていたが、反応が一向に返ってこないと判断したのか、呆れたようにため息をついて、そのまま俺たちの腕を掴んでそのままドアの方に引っ張って行く。
「お、おい、ちょっと待てよっ。 お前さっき連れていかれただろ。 どうやってこっちに戻ってきたんだよ?」
「さっさと終わらせて戻ってきたに決まってるの。 別に大した仕事でもないし、・・・・・・それに聞きたいこともあったの」
「それは俺も同じだけど、でもっさっきの様子だとかなり仕事溜まってたんじゃないのかよ。 しかもまだ30分もたってないぞっ」
「そうです! どう考えてもおかしいです! 開発試験は確か50個以上あったはずですし、それをたったの30分で終わらせるなんてありえないです!」
「ごっ、ごじゅう!?」
無理だ。 数学の問題を50問解くのとは訳が違う。 試験なんだからそれなりに時間はかかるはずだ。 一体どうやって──
「───簡単なの。 能力でロボット49体用意して、同時に試験運用しただけなの」
自慢げに鼻を鳴らして胸を張る璃々守。
とても頑張って胸を張っているが強調される部分が強調されないのがやはり、一般の中学生と言うところか。
「・・・・・・悪斗さん、女の子に対してそれは失礼ですよ・・・・・・」
「うっ、・・・・・・はい・・・・・・」
じと目で睨まれて、返す言葉もない・・・・・・。 あまりにも露骨に心の中で思い過ぎていたか。
そんなことを思っていると自慢して満足した璃々守が、「それでお兄ちゃん、一体何の用でここに来たの?」と、聞いてきた。
「ああ、そのことなんだけど、俺の能力確認をしに来た。 心に誘われてってのもあるんだけど、一番は黒服に狙われているってところだな」
「!? 黒服って、まさか暗輝に狙われたの! なんで早く伝えなかったの心!」
「ごめんなさい・・・・・・、でも違うの、言えなかったのは今日の朝に襲われたからなの」
「今日なの!? ならまだ間に合うの。 早くお兄ちゃんをあの部屋に入れて!」
「でもまだ能力を確かめてないですよ。 それにあの部屋は・・・・・・」
「能力は私が分かっているから大丈夫。 あの部屋もこないだ改造して強化したから問題ないの。 早く!」
ん? 今、聞き捨てならないものを聞いたぞ?
「おい璃々守、どうしてお前が俺の能力を知ってるんだよ」
「そんなことは今はどうだっていいの。 それよりもあの殺人鬼から一刻も早く手が届かない場所へ移動しないと、今までに助けられた人は0人なのっ。 そのために作った部屋があるんだから急いで部屋に移って!」
「んな急に言われても無理だよ。 そもそも部屋の場所なんか知らねぇし、早くと急かされても案内してもらわないと無理だって」
それを聞いて少し落ちついたのか、それとも苛立ちで何も言い返せなくなってさらに苛立ったのか、苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んでしまった。
隣ではずっとどうすればいいのか分からずじまいであたふたしていた心が璃々守になんて声をかけたらいいのか迷っている感じだ。
ったく、どうしてやればいいのやら。
大きくため息をついて
「しょうがねぇな。 部屋には行くからお前と心も一緒に来てもらうからな。 部屋で詳しく話を聞かせてもらうからな」
「・・・・・・うん、わかったの」
「私は構いませんよ?」
璃々守は俯きながら、心は璃々守の様子を覗いながら頷いた。
どうしたらいいものやら、と悩んでいると後ろから肩を突かれた。 振り向くとそこにいたのは────、誰もいない?
次に前に振り返ると、悪斗ではなく遠くのどこかを見て驚いた表情をしている。
「おい、一体どうしたんだって言うん──」
「見つけたぞ、夢魔悪斗」
その一言に体が硬直した。 そして、その一言と同時に背後からフードを深々と被った黒服───暗輝の右手が伸ばされて、同時に璃々守が叫ぶ。
「《想像世界》(イマジン・ワールド)発動! 創生せよっ、《スキルクラッカー》!」
意味の解らない単語を叫ぶと背後にいた暗輝がテレポートをして俺たちから距離を取ろうとする。 だが、それを逃すまいと、璃々守が手に現れた手の平サイズのアンテナを暗輝のいる方角に向ける。
すると、消えたはずの暗輝がテレポートを無理矢理解除されたかのように体中にノイズを走らせ、床に叩きつけられる。
次の瞬間、心がさらに首につけていたチョーカーから鈴をつまんで外すと、それを自分の頭上に大きく投げた。
「識別、《心理案内》(メンタリティ・ガイダンス)。 起動、《玉兎》(ぎょくと)!」
そう叫んだ瞬間、頭上に投げられた鈴が人と同じくらい大きくなり、大きく羽のようなものが生え、金色の猫のように形を変えた。 ││否、それは猫のようなものでも、羽でもなく長い耳を生やしたウサギに形を変えた。 さらにそこから右腕に巻き付いて、金色の画面付きのガントレットの形に変形した。
そして《玉兎》と呼ばれたそれは暗輝に向かってもの凄い速さで飛んでいった。
「《玉兎》! 能力強化モード、《心理案内》の干渉レベル4をレベル7までに強化っ!」
すると暗輝が呻きながら体をビクビクッと痙攣させる。 そして心の目が、まるで機械のように感情のない瞳を暗輝に向けて何かをぶつぶつと呟いている。
「こ・・・・・・ころ・・・・・・?」
「今はだめなの、話しかけちゃ。 心は今《玉兎》と一体化して能力を使用しているの。 ・・・・・・例えて言うなら心が歌って、《玉兎》がスピーカーの役割を果たしているってところなの。 違うのは、心がスピーカーの中で歌っているって感じなの」
「じゃ、じゃあ心の目があんなに感情が映って見えないのは・・・・・・」
(《玉兎》の中に心の能力と意識が乗り移っているってことなのか? しかしあの目はどこかで見た気がする。 それに心自身の意志でそうしているようにその目が感情を隠さんとしてるかのようだ)
「早く! 心が時間を稼いでいる間に部屋に向かうの!」
「お、応!」
璃々守に腕を引っ張られて心から離れていく。 角を次々と右へ左へと曲がると、一か所だけ、ほかの扉とは違う、鉄だけではなく、木やプラスチック、ガラスといった様々な材質の、中にはこの世の物ではないような材質の異なるものを使って覆われた部屋があった。
「おい、心は大丈夫なのか? あのまま一人にしたら心がやられるかもしれないだろ!?」
悪斗が焦ったように尋ねると、
「大丈夫。 心はもともと心を読むなんて能力じゃないの。 あれはただの副産物に過ぎないの」
「え? どういうことだよ、それ?」
「話は後。 今はとりあえず部屋に入ってなの」
そういってポケットから心と同じIDカードを取り出して、扉の隣にある機械かざす。
すると、様々な方向に扉が動き、開いていく。
中に入ると、あたり一面真っ白の真四角な空間で、何もない部屋だった。 いや、奥の方に同色で分かりづらかったが、生活に必要最低限の家電製品やクローゼットなどが置いてあった。
部屋が真っ白で広さが分かりづらいが、十五畳はあるくらいの広さだった。
「ここまでくればもう大丈夫」
「・・・・・・」
「? どうしたの、そんなに怖い顔しちゃってなの。 お兄ちゃんらしくないなの」
とぼけた様子で璃々守がそんなことを言ってくる。
「分かってて言ってるのか、それは・・・・・・」
「・・・・・・はぁ、もうめんどくさいなの。 分かってるの、だけど心は大丈夫。 それは自信をもって言えるの」
「・・・・・・なんでだよ」
そう言った途端、璃々守の目が険しくなった。 心と同じで、スイッチが入ったみたいだ。
「さっき心が《玉兎》を呼び出して、能力を強化したから通常の五倍は力を発揮できるの。 それで心は通常時はレベル2しか発動しないのを戦闘時のレベル4に発動したの。 さらに《コンプレックス・ドリーマー》支援システム、《ファミリア》を使用してレベルを7に上げて使用してるの。 心の体力次第だけど問題ないの」
「そのレベルとか《ファミリア》ってのは何なんだよ? それにさっき心の能力が《人の心を読む能力》じゃないって言ってたよな。 俺は心のランクの話とかを途中まで説明されただけでその先は知らないぞ」
璃々守の説教をしたいのは山々だが、それは後回しにしなければならない。 今重要なのは情報得た後で心を助けに行くことだ。
それに璃々守は俺の能力について知っている、と話していた。 ならば、心を助けに行ける可能性もある。 例え、殺されようとそれであいつを捕まえることが出来て、さらに心を助けられればなんとかなるはず・・・・・・っ!
そう思った後はまず、璃々守から自分の力と暗輝と心の能力を把握する必要があった。
「じゃあまずはランクの説明から││」
「いや、まずは俺の能力と暗輝、心の能力について説明してくれ」
璃々守の言葉を遮るようにそう促すと、璃々守はそのまま俯いて黙ってしまった。
そしてぽつりぽつり、と暗輝と心の能力について説明を始めた。
「・・・・・・暗輝は、元《C・D・P》のメンバーで、瞬間移動をする能力なの。 能力名は《夢想飛行》(ドリーム・ジャンプ)」
「ああ、発動条件と効果範囲、能力については説明を心から聞いた。 ・・・・・・元メンバーは初耳だが、今はどうでもいい。 俺が聞きたいのは回避可能かどうかだよ。 璃々守の力があれば封じることができるかどうかってことだ」
「それは・・・・・・、可能だけど──って、まさか助けに行く気っ!? お願いだからそれだけはやめてなの!」
もの凄い剣幕で迫ってくる。 暗輝にはそれだけ危険な能力を持っているのだろうか? なら、尚更心をそんな危険な場所に居させるわけにはいかない。
「璃々守、これは兄として、一人の人間として言う。 お前が俺を心配して言うのは解る。 だけど、そんな危険な場所に心一人を置いてここにずっと残るなんてことは出来ない」
「・・・・・・なら、私が行けばいいの。 私なら勝てるし、捕まえることも可能なの! わざわざお兄ちゃんが行く必要なんかないの! せめてお兄ちゃんの能力を教えるから、もしもの時にだけ備えててっ!」
涙目で必死に訴える璃々守。 恐らく勝てるというのも嘘だろう。 ・・・・・・しかしそれでは心が助けられない。 別に、俺が出でていかなくても助けられるだろう。 その方が確実かもしれないし、璃々守が心配してくれるのも家族だから解る。
だけどあの時、『──そんなこと心配してくれたのは悪斗さんが初めてです・・・・・・』
と、泣きながら俺に無理して笑って、そして必死で涙を堪えようとしたあの時の心はなんとしても助けたいと思った。
だが、それは俺には無理な話かもしれない。 能力がどんなものか判らないし、もしかしたら弱いかもしれない。 例え強かったとしても使えこなせるか判らないし、通用しないかもしれない。
それも心配する対象だろう。 だが、そうであっても助けたい。 せめて助けることが出来れば別に暗輝と闘わなくてもいい。
逃げてまたここに戻って来れればどうにかなるはずだ。
「・・・・・・お兄ちゃんが助けに行きたがる理由も解るし、お兄ちゃんの能力はとてつもなく強いから、暗輝に殺される心配を全くしてないわけじゃないけど、警戒はしてないの。 それとは別に、お兄ちゃんの能力が心配なの。 発動したらただでさえ強力なのに、お兄ちゃんの体が持たない。 ・・・・・・、それほどまでにお兄ちゃんの能力が強大なの」
「それってどういう能力なんだよ。 それになんでお前が俺の能力を知っるんだよ。 どうやって調べたかは想像がつくにはつくが、一体いつ調べたんだよ」
そういうと、そのまま黙ったまま振り返り、入ってきた扉のほうに向かって歩いていく。
慌てて璃々守の手を掴んで止める。
「おい! どこ行くんだよ! お前を一人行かせるなんてできるかよっ!」
「そんなのは関係ないの。 お兄ちゃんを行かせる方がもっと危険なの。 だから能力だけ教えてあげるの」
そう言って振り返ると顔を近づけて耳元で囁いた。
「─────なの」
「!?」
そしてそれを聞いた瞬間、俺は動けなかった。 あまりの衝撃とその事実が受け入れられなかった。
そして璃々守は再度振り向き、扉の方に向かって歩いて行った。 だが、動けなくなった俺は璃々守を止めることが出来なかった・・・・・・。
璃々守は動けなくなった悪斗を置き去りにし、その場を去ろうとした────が、まだ一つ言ってないことがあった。 思い出して再度振り向き言葉を放った。
「心の能力の説明をしてなかったの。 心の《心理案内》(メンタリティ・ガイダンス)は、相手の心を自分の意志で誘導する能力なの。 そのためには相手の心を読む必要がある。 だからその副産物とはそういう意味なの。 ・・・・・・だけど、普段は心は力を押さえているの。 それを使うにはあの《ファミリア》が必要なの。 だけどそれを使っても100%引き出せないの。 能力レベルは10まであるけど使えるのは《SS》クラスだけなの。 《SS》クラスはもともと凶悪犯の逮捕と潜入捜査を単独で行わせる位の実力者揃いのクラスなの。 だからほかのクラスは出せて70%なの。 だけど心はあと一回昇格試験を受ければ《SS》クラスに入れるくらいだから危険はないの。 だから安心して私に任せてほしいの」
長い説明を終え、深呼吸を一つして立ち去ろうとした。 ──が、腕を再度掴まれて立ち止まる。 そのまま無視して腕を振り払い、そのまま扉に向かった。
そろそろ急がないと心の能力使用時間が尽きる。 これ以上能力を使用したら心の意識が《ファミリア》と融合して、戻って来れなくなってしまう。 急いで向かおうとして───一瞬、悪斗の方からおぞましい恐怖を、まるで大きな口を開いた怪物に吸い込まれるような、それでもって粘つくようなどす黒い何かを体に被せられるようなものを感じた。 とっさに 身構えて振り向くと、そこには相も変わらず悪斗が固まったまま座り込んでいた。 気のせいか、と思いその場を後にした。
急いで廊下を走り、先ほどの暗輝が出現した場所に向かう。 あそこには多くの能力者が集まりやすいブリーフィングルームがあったはずだ。 ならば死者複数出ているはず。 しかし、暗輝の犯行はいつも能力者の力を封じるために、何らかの薬を打って封じてから殺すようにしている。 流石に緊急事態になっている今では早々すぐには殺さないはず。 何せ奴の目的は────。
心は、意識をぎりぎり保ちながら暗輝の深い『闇』を抉り出して無理矢理頭に流し込んでいる。 精神操作の能力をあまり人には知られたくない。 こんなにも恐ろしい能力は知っただけで皆、例えそれが同じ能力者でも恐怖し、遠ざかってしまう。 そんな能力を悪斗に知られたらきっとみんなと同じように避けてしまうかもしれない。 もし避けなかったとしても、きっと彼は気を遣うだろう。
私の能力を知っていて普通に接してくれるのは璃々守とシャムニールだけだ。 生涯を通しても多分、これ以上私を化け物の目で見ない人など増えることはないだろう。
そう頭の中で考えていると、能力が弱まってきた所為か、暗輝が立ち上がろうと片足を立てて、膝の手をつき立ち上がろうとしていた。 慌てて能力使用に意識を集中する。 その時、後ろからもの凄い速さで何かが飛んでくるのが分かった。 右頬を掠り、そのまま暗輝の顔へと飛んでいく。 だが、能力が弱まっている所為で暗輝に微弱ながらも能力を使わせる程度には縛りが緩くなっていた。 謎の投擲物を暗輝が右にわずかに飛ばし、顔をぎりぎり回避できる範囲までに左に動かす。 ────が、投擲物はそこで急に爆発した。 否、その投擲物の正体は銃弾並に小さくされた、対能力者用の捕獲用ネットだった。 そのまま暗輝を右から地面に叩きつけるように襲い掛かる。
そのまま暗輝はネットに捕まり、ぐぅと唸りを上げて地面に転がる。
ネットにはどんな能力者だろうと封じるように特殊な電磁波が流れていて、脳を特定の波長で揺さぶり、能力を使えなくなるようにできている。 ネットも普通のナイフなどでは切れないように特殊なワイヤーを使用していて、脱出は困難だ。
能力をもう使う必要もなくなったので、《ファミリア》を元に戻す。
「《玉兎》、強化モード解除。 通常時モードに切り替え」
そう一言呟いて大きく息をつく。 先程ネットが飛んできた方へ振り返り、今度は呆れ半分、感謝半分のため息をつき、後ろにいた人物に声を掛ける。
「ありがとうございます。 だけど、顔の横ぎりぎりはやめてください、私だって急には分かりませんよ。 璃々守指令官」
「なんでいつもみたいに『璃々守ちゃん』って呼んでくれないの?」
「今は緊急事態なので・・・・・・って、な、何するんですかぁ!」
「必殺! 完全ホールドくすぐり攻撃~」
緊張感を張り詰めていたのに急に璃々守が抱き付いてきて背中に手をまわし、両手を交差させてそのまま脇の下に手忍ばせてくすぐり攻撃をしてきた。
抱き付いた状態でくすぐりをされて、引きはがそうとするが、くすぐりで手に力が入らない。「や、やややめ、やめてふぁっ、くだ、くくく、だ、さいぃぃぃぃぃ!」
「やめてほしかったらいつもみたいに呼んで?」
「わわわ、分かったか、くくっ、やめ、やめてく、くぅぅぅだ、さいぃぃぃ!」
やっとくすぐりをやめた璃々守は嬉しそうに鼻を鳴らして、今度は暗輝の方に視線を向け、険しい表情を作った。
「・・・・・・、暗輝は何の用なの。 私のお兄ちゃん殺そうとするなんてどういうことなの?」
「・・・・・・」
暗輝は暴れず、ただ黙ったまま璃々守をフードの下に隠れた細い目で睨み続けている。 自分も気を引き締めなおさなくては、と頬を両手でバシッと強めに叩く。
そこで暗輝が口を開いた。
「貴様の兄は危険だ。 今すぐ始末をしなければ後悔するぞ」
男だが女だが判らない声でそう呟くと、フードの下の口元を薄く笑みを作った。
それを見た璃々守は、顔を忌々しげに歪め、だがそこには小さく笑みを、──暗輝とは別の意味での笑みを作った。
「お兄ちゃんは確かに危険な能力だけど大丈夫なの」
「・・・・・・何を言っている。 奴のことは調べたが、どうやら一度能力を発動させて甚大な被害がでたそうじゃないか。 またいつ発動してもおかしくなかろうに」
笑みをすぐに消し、焦りと恐怖が入り混じった声で言うと、璃々守が来た方向に視線を向ける。
だが、それに動じず、璃々守は続けて言い放った。
「安心して、お兄ちゃんはその時の記憶はないの。 だってそれを繰り返させない為に、私が『記憶』を消したの」
「「!?」」
その言葉を聞いた瞬間、暗輝と同時に驚いてしまった。 記憶を消して能力を奪う、確かにそれは可能だし凶悪な犯罪能力者には使う手でもある。
だがそれを実に兄に使うなんて普通はしない。 それをすれば後遺症を残す場合もあるからだ。 記憶を消すのは確実に能力を奪えるが、失敗すれば脳が破壊されたり、成功しても記憶の混乱を起こし、廃人とかしてしまう可能性があるリスクもある。
だから《S》ランクの記憶操作能力者を五人以上で行わなければならない。 それだけ危険なことを家族に、しかも一人で行うなんてもの凄い覚悟と能力精密度がないとだめだ。 それをやってのけるなんて・・・・・・。
「・・・・・・その度胸と技量は相変わらずだな。 だが、お前がいつまでも兄を封じていられるかはお前の腕でもそろそろ限界だろう」
「・・・・・・どういう意味なの?」
暗輝は笑みを浮かべる。 対照的に璃々守は疑問と警戒が入り混じった表情で睨む。
「貴様は俺がここにいたときになんて呼ばれてたか知っているだろう? 詳しく情報も得ているから能力を発動させる条件も知っているぞ」
「!?」
くつくつと喉を鳴らしながら、マントの下から出した銃を璃々守に向ける。 さっきとは打って変わって、暗輝の笑みから余裕を感じられる。
反対に璃々守は歯をぎりぎりと砕けんばかりに噛み締めている。
「この銃はただの銃ではない。 貴様の力だろうが封じることが出来る」
「そんなのは今まで遺体を調べて分かってるの。 能力を使えなくするように脳を麻痺させる薬の入った小型注射器を飛ばす麻酔銃を改造したものなの。 だけど当たらなければ意味がないの」
だが、璃々守の能力を知っていてもなお、口元から笑みが消えない。
「知っているさ。貴様の能力があれば通用しないのは。 だが俺は貴様ら《C・D・P》のメンバーには手を出す気はない。 何せこの俺に復讐の機会を与えてくれたのは貴様らだからな。 感謝している。 だから俺の狙いは貴様ら以外の《コンプレックス・ドリーマー》だ」
「なら私に向けても無駄なの。 とっとと銃を下して自首するの」
璃々守が何を話しているのかはきっと私が入る少し前のことだろう、と周りから聞いた話を思い出す。 しかし今はそれどころではない。 どうやって捕まえるかを気にしなくてはならない状況で過去のことを気にしていてはこの場では足手まといだ。
だが、どんなに集中しようと二人の威圧感には到底かなわないほど場は殺気立っていた。
そこで暗輝は何かを思い出したかのように笑った。
「そういえば貴様の大事な兄の元へ一人送り込んだやつがいたな。 ちょっと仕向けただけで簡単に動いてくれる。 ありがたい、くくくっ」
「!? いったい何をするつもりなの!」
さらに璃々守の焦りが募る。 心も急いで確認を取るために首に付いている鈴、《玉兎》を通信機の役割に切り替えて、全メンバーに連絡を送る。
「全要員! 今すぐその場で待機動くものがいたら処罰を下す! 決して《能力封鎖室》に近づかないでください! 監視部は《能力封鎖室》入口、またその周辺の監視を怠らず、近づくものがいれば連絡を! 繰り返します! 今すぐその場で────」
急いで連絡を回し、しばらくすると、監視部からの連絡が入った。
『こちら監視部。 入口に近づく者が一名確認。 現在、《能力封鎖室》より百メートル手前に居ます。 接近までおよそ15秒前」
「急いで隔壁閉鎖を! 接近中の人物も判断してください!」
了解、と一言返事が返され、暗輝の方に向き直る。
「一体何をするつもりですか! 部屋を開けたところで能力は使えませんよ。 今すぐその銃を捨てて投降して下さい!」
「貴様はこの状況を詳しく理解していないようだな。 お前の上司ははっきりと自分たちの立場を理解しているぞ」
「・・・・・・? どういうことですか、璃々守ちゃん」
「簡単なの、何らかの手段を使ってお兄ちゃんをおびき寄せてあの銃で撃つ気なの。 そして能力の発現方法を知っているから私たちは動けないの。 能力をいつでも発現させるぞ・・・・・・って」
「!? そんなっ!」
つまり私たちを囮に悪斗を呼び出し、しかも何らかの手段で自分の仲間またはここのメンバーの誰かを利用して悪斗に近づけ、状況を教え、ここに来させる。 そうすれば悪斗をあの銃で能力を封じ、ネットから抜け出すか、通常弾に切り替えて頭を撃ち抜くかすればいいだけだ。
そこで、先程連絡をとっていた監視部から連絡がきた。
「こちら月詠、人物を特定できましたか!?」
「こちら監視部。 特定完了しました。 接近中の人物はシャムニール・エリアル開発部長です。 只今こちらへの回線を切断されており、通信が不可能です。 隔壁を閉鎖しており、只今緊急開閉システムへの介入をしようとしています」
「!? 今すぐ緊急回線で連絡を、もしとれない場合は念導系能力者から直接脳への連絡を!」
また連絡が切れると、それを聞いていた璃々守が暗輝に向かって質問を飛ばした。
「シャムにいったい何を吹き込んだの! 答えなさい、暗輝!」
「くくくっ、簡単だよ。 貴様の兄へ妹の危機が迫っていることを璃々守、貴様の声で通信機を使って伝えたのさ。面白いほど必死になって悪斗に伝えに行ったよ」
「なんてことを・・・・・・っ!」
璃々守が肩を震わせ、今にも暗輝に飛び掛かりそうな勢いで吠えた。
「あんたなんか殺すことはいつでも出来た! だけど殺さなかった! それは別に元メンバーだからとかじゃないの、今まで悪いことしてきた能力者、普通に暮らしていた能力者達を殺して生きているあなたを殺したってその人たちは還ってくるわけじゃないの! 殺して喜ぶ人もいるかもしれないけれど、だからってあんたを殺してどうにかなるわけじゃなの! だから捕まえてこれ以上犠牲をださない為にもあんたを捕まえようと思っていただけなの! でも、もうこれ以上私を怒らせるなら私はこの場であんたを処刑するの!」
それを聞いてなお、一層笑みを深く、三日月のように裂けそうなほどの笑みを口元に浮かべた。
そこでまたも通信が入ってきた。
「どうかしましたか!」
「た、大変です! シャムニール開発部長が能力を使い、無理矢理隔壁を破壊して、《能力封鎖室》に向かっております!」
「く・・・・・・っ! 直ちに部屋に一番近い部隊を向かわせてください! 絶対に近づけてはなりません!」
「了解!」
通信が途絶えると警備隊を出動させる警報が基地内に鳴り響いた。 遠くからどたばたと足音が聞こえてくる。
「もう遅いだろう。 ここまで時間を稼がせてもらったんだ、ありがたく思うよ。 くくくくっ」
「ぐぅあああああ! くらきぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
その普段の態度とは想像することすら難しい璃々守が顔を鬼の如く赤くして叫んだ。
「・・・・・・あんたはもう許さない。 二度とここから生きて出られると思うな、暗輝。 貴様はここでそれ相応の罰を受けてもらう!」
「落ち着いてください、璃々守ちゃん。 今我を忘れたら助けられるものも助けられ────」
「────心は黙ってて。 今はそんな言葉をおとなしく聞けるほど利口じゃないの」
「璃々守ちゃんっ!」
叫ぶがもう声が届いていない。 璃々守はじっと暗輝を見据えて、こちらを見向きもしない。
「ほ、報告! こちら監視部! シャムニール開発部長が夢魔悪斗を連れて部屋から出ていきました!」
「くっ! 間に合わなか───」
「何やってるの! 今すぐ捕えてなの!」
急にはいった通信を聞いていた璃々守が通信機にむかって叫んだ。
「そ、それが、夢魔悪斗だけを逃がして、シャムニール開発部長が部隊の足止めを・・・・・・」
「くっ、シャム、こんな時にしっかり仕事こなすんだから!」
「はははははっ! それを見越して奴にあいつをここに連れてくるように仕向けたんだぞ! 何を馬鹿なことを言っている」
「暗輝! あなたはもう許しません! なんで関係ない悪斗さんを巻き込もうとするんですか!」
「貴様はさっきの話を聞いていなかったのか? 俺は復讐のために動いている。 そこに奴が含まれているから殺す、それだけだ」
「そんな・・・・・・」
身勝手な発言に怒りしか湧かなかったが、それだけだ、と言う言葉は嘘にしか聞こえなかった。
「お兄ちゃんは今どこにいるの、心ちゃん」
「ちょっと待ってください。 監視部、悪斗さんはどこにいますか?」
「夢魔悪とは只今そちらの位置から約300メートルの位置に向かっています」
「そうですか。 璃々守ちゃん、ここに来る廊下は非常用で足止めすることが出来ません。 どうすれば・・・・・・」
「そうね、じゃあ《S》ランクを呼んでなの。 特に念導系能力者と肉体強化系能力者を集めてなの」
「了解しました。 聞こえましたか、直ちに《S》ランクメンバーを集めて足止めをしてください」
「はい、分かりました。 《S》ランク部隊、出動してください」
それを最後に通信を切り、璃々守が来た道を横目で見た後、暗輝の方を振り向いた。
「さすがに悪斗さんでも《S》ランクを相手に逃げるのは無理です。 もう諦めてください」
「心ちゃん、お兄ちゃんの能力もそうだけどお兄ちゃんの運動能力は甘くみない方がいいの。 お兄ちゃんあんな細いから女の人に間違われることがよくあるの。 だから結構鍛えてるから運動神経はかなり凄いの。 たしか中学の時にサッカー部にメンバー足りなくて応援頼まれた時に得点トータル30点で県大会優勝まで導いた揚句にMVP貰ったらしいの」
「ええ!? そ、そんなに凄かったんですか! どっちかっていうと文化部とか運動できない感じに見えましたけどっ!?」
「驚くのはまだ早いの。 なんせお兄ちゃんはそれ以外に野球は関東大会準優勝、テニスは全国大会出場、他にもバスケ、バレー、バドミントン、柔道剣道空手合気道ボクシング陸上────」
「───貴様ら、話が盛り上がっているところ悪いんだが、それどころではないんじゃないのか?」
「「はっ!」」
「・・・・・・」
暗輝は呆れてなにも言葉がでないというため息をついて、今度は真剣な口調で言った。
「貴様たちはこのままどうする気だ? 俺を捕まえて殺そうというのか? やめておけ、今俺を殺したら今まで減っていた犯罪者達はいっきに増えるぞ」
「それを言われたらそうかもしれないけれど、・・・・・・だけどその分私たちが動けばいいだけなの。 そんな難しいことじゃないの。 逆に聞くけど、あんたは捕まったらデメリットはどれだけでるの?」
その質問に対しては余裕を持てているのか少し表情が柔らかくなった。 しかし、まだそんなことよりもここに向かっている悪斗を止めなくてはならないことに焦りを感じているのは変わらない。
「璃々守ちゃん、悪斗さんを止めなくてはならないのは分かりますけど、もし包囲網を突破し
てここまで来たらどうするんですか?」
「その時は何とかして能力を発動させないようにするの。 心ちゃんには護衛に入ってもらうことになるの」
「分かりました。 あと、私にも後で悪斗さんの能力を教えてくださいね」
「その必要はない」
「え?」
その時、璃々守に向いていた銃がこちらに向けられてトリガーがあと一ミリでも引かれれば弾が発射してもおかしくない状態だった。
「この!」
「今攻撃すればこいつを殺すぞ! この銃の中身はもう薬ではなく実弾だ。 それでも構わないなら俺を攻撃するがいい」
璃々守が蹴りを食らわそうと前に一歩進み出たところで先に牽制された。 トリガーにさらに力が加わろうとその時────
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」
基地内にその叫びが木霊し、そして世界が暗闇に変わった。