第Ⅰ夢「転校生」
「……っ」
俺は頭を押さえ、唸りながらも体を起こした。
「ここは……」
あたりを見渡すと見慣れた自分の部屋だった。 きっと誰かがここに運んだのだろう。 カーテンからは、太陽の光が差し込んでいる。
「……はっ! そういえば昨日のっ! ───ぐっ……!」
俺は昨日の夜の出来事を思いだしながら状況を整理した。
(確か昨日の夜、悪夢に出てきた少女がいて……、名前は確か、月詠心だったっけ?)
昨日の状況を頭の中で整理し終えた俺は、何か大事なことを忘れている気がしていた。
「……そういえばっ! 今何時だっ!」
と慌てて近くにあった目覚まし時計に目をやる。 すると、時刻はアラームに設定していた時間を一時間も過ぎ、朝の八時を回っていた。
「やべっ! 遅刻だっ!」
慌ててベットから降りると、制服に急いで着替え、一階のリビングに向かう。
そこには、起きてきたばかりの母、琴音と父、道影がいた。
「あれ、あんた学校はどうしたのよ」
「ん? 本当だ。 こんな時間までいるなんてどうしたんだ?」
と二人して怒るわけでもなく、問い詰めてくる。
「いつのまにかぐっすり眠ってたみたいなんだよ。 おかげで遅刻だよっと」
適当に答えてテーブルの上にあった籠に入っていた携帯食料を手にとって、そのまま玄関に向かって行った。
「あらー、珍しいわね、あの子がぐっすり眠れるなんて」
「ああ、そうだな。 悪夢をやっと見なくなったみたいだな。 気を付けて出かけろよー」
と後ろからのんきに声をかけられ、「いってきまーす」と気だるげに答えて外に出た。
そのまま家の前に止めてあった自転車にまたがり、急いで学校に向かう。
俺の住んでる地域はどちらかと言うとベットタウンと呼ぶには少しスーパーなどが物足りない田舎町だ。 そこにある唯一の学校が埼玉県立六連高校という、この辺では一番大きな場所と言ってもいいくらい、とにかくでかい高校である。
なにせ学校の外周が約十キロ近くある。 あまりにも土地が広大で校舎も普通の学校よりも三倍くらいはある。 しかも人数も多いために部活も多数あり、グラウンドなんかは様々な部活が活動しても余りあるくらい大きめに作らている。
俺はそこに通う高校二年生で、家から学校までは自転車で大体三十分くらいのところにある。
ついでに六連高校は中高一貫なので、妹の璃々守は別棟の中等部の方に通っている。
普段なら、璃々守と一緒に学校に向かっているのだが、今日に限ってはそんな悠長なことにかまってはいられない。
俺のクラスの二年三組は、《氷の女帝》と呼ばれている、鋭い目つきで、大河ドラマに出てくるような女侍のように長い髪を白いひもでまとめていて、いつもスーツにピシッと身を包んだ姿でいるのが特徴的な鬼の数学教師、鬼道氷華が担任だ。
その《氷の女帝》言われる由縁は、遅刻を一回するたびに数学問題五百問と反省文をノート一冊分と、恐ろしい罰がまっているのだ。 しかも常に凍り付くような冷たい視線でずっと監視をされるという、とても厳しい罰なのだ。 しかも遅刻だけではなく、校則を破るとそれに見合った罰を与える。
朝のHRは八時四十五分に開始されるのだが、悪斗が家を出たのは八時十五分とギリギリの時間であるため、急いで向かわなければ、ただでさえ眠い頭を酷使させて地獄を味わなければならないのである。
ポケットから携帯電話を取り出し時刻を確認すると、八時二十五分を回っていた。
「やべぇ! マジで急がねぇと!」
眠気に耐えて体に鞭を打って自転車を全速力で漕ぐ。
「くそっ! この坂を上り切れば……っ!」
ギコギコと音を立てながら遅咲きの桜が並ぶ坂道を急いで漕いでいると、目の前に校門が見えてきた。
「よし……っ! あともう少しで……っ!」
と、校門前に一人の教師が確認できた。《氷の女帝》こと、鬼道氷華だ。
「げっ! マジかよ!」
と叫びをあげながら勢いで回避しながら通り過ぎようとした──が、後ろ髪を急に引っ張られ、自転車からそのまま落っこちた。
「いてて……。 なんだってんだ一体」
と後ろを振り向くと、そこには腕を組みながらこちらを見下ろす鬼道氷華がそこには立っていた。
「あ……、どうも」
「貴様、校内に自転車に乗りながら入ってくるとはどういう了見だ」
と、冷たく言い放つ氷の女帝。 とそこでキーンコーンカーンコーンと、聞いてはいけない地獄の門へと導く音が聞こえてしまった。
「…………」
「…………」
二人は鐘の音が鳴り終わるまで沈黙を保っていた。
「あの……、先生、これって遅刻になるんでしょうか……?」
と恐る恐る尋ねてみた。 罰があれほど厳しいのだから当然ながら遅刻扱いになると思って覚悟していたのだが、氷の女帝からは予想外の言葉が返ってきた。
「今回は遅かったとはいえ、私が貴様を引き留めたのだ。 今回だけは見逃してやる」
「へ?」
と間抜けな声を出してしまった。 あの氷の女帝が……? 遅刻を見逃しただと……?
何か裏があるのではないかと一瞬考えたが、今はそれに甘えるのが得策だろう。
「はっ! ありがとうございます! 感謝します!」
と敬礼をしながら俺がいうと、
「ふむ、感謝するがいい。 しかし次はないと思え……。 あと、自転車の罰として明日数学の問題を五十問解いたノートを提出だ……」
と、もの凄い気迫で睨まれた。 これではまるで蛇に睨まれた蛙ではないかと思いつつも心の中に閉まっておくことにした。
「以後気を付けます!」
最後にお辞儀をしながら教室に向かった。
教室に着くと、クラスメイト達はみんな席に着き、氷の女帝が来るのを静かに待っていた。
扉を開けると一斉にこちらを見てきたので少し恥ずかしくなり、急いで左から二列目にある一番後ろの自分の席に着いた。
と前の席に座っていたヘッドホンを首にかけている、茶髪の頭をワックスで軽く跳ねらせたつんつん頭がこちらに振り向いてきた。 しかも満面の笑みで。
「なんだよ」
と半眼で睨むと、
「いやー、遅刻なんて悪夢姫にしてはめずらしいなーなんて、思っちゃったりしてー。 罰でも受けるのかなーとかっ」
「はぁ……、その呼び方やめろっていってるだろ……。 あと俺は、罰は遅刻では受けん」
と、あきれつつ言い返す。
するとつんつん頭が驚いた様子で見たかと思うと、今の俺の言葉に別の疑問が上がったのか、にやにやしながら訪ねてきた。
「遅刻で罰はなかったと……。 じゃあさ、違うことであるってことだよな!」
「自転車校内で乗ったからその罰な」
「んで、罰の内容はっ!」
「数学の問題五十問明日までに解いてくることだってさ」
「ちぇっ、つまんねぇのー」
と、興味をなくしてそのまま前に向いた。
このいかにもチャラ男と思える男は、俺の中学からの同級生で親友の、阿久津詩音である。
中学の頃はチャラチャラしてなかったのだが、いわゆる高校デビューというやつで、黒髪の七三分けから茶髪のワックスで軽く跳ねさせた典型的なチャラ男の格好である。
中学の時から人あたりは悪くなかったので友達は多かったが、勉強熱心だったため、女子からはあまり話しかけられなかったこともあり、モテたいという気持ちが爆発したんだと思う。
ふと、そこで詩音が何かを思い出したかのように俺の方に振り向き、話してきた。 またも満面の笑みで…。
「なぁ、そういえば今日転校生が来るらしいぜ」
「なんだって? そんなの初めて聞いたぞ。 一体いつそんな話をしたんだよ」
「なんでも昨日ここに越してきたばかりで、急な転校なんだそうだ」
「昨日……? 越してきた……?」
ふと夜中の出来事を思い浮かべかけたところでバン! と、教室の扉が勢いよく開け放たれた。
「貴様ら、これからHRを始める。 全員起立っ!」
と出席簿を片手に教卓の前まで来た氷の女帝こと、鬼道氷華がそういった瞬間、バッとクラス全員がきれいにそろって立ち上がりきれいに礼をし、席に着く。
「今日は貴様らに伝えることがある。 このクラスに今日から新しい仲間が一人増えることになった、紹介する。 入ってきてくれ」
そういいながら氷華は自分が入ってきた扉に向かって呼びかける。
すると、扉の陰から一人の少女が教室に入ってきた。
おおー、とクラスの奴らが感嘆の声を上げる。 それもそのはずだろう。 なにせ金髪をなびかせ、首に着いた鈴付きのチョーカーからシャララーンと音を立てながら入ってきたのはみるからに美少女、しかも制服が真新しいのも相まってとても凛として見える。
しかし、俺は、またもや夜中の時と同じ反応を示してしまう。 だってそれは……。
「きょ、今日からお世話になりますっ! つ、月詠心と言いますっ! これからよろしくおねがいしまにゅっ!」
それは夜中に出会った悪夢の少女、月詠心だったのだから。 しかもまた最後噛んでしまい、顔を赤らめている。
俺は勢いよく立ち上がり、ビシッと心に向けて指をさした。
「ああああああああッ!!」
と大きな声を出したせいでみんなの注目を集めてしまった。
しかし心も今のでこちらに気づいたらしく、おんなじ反応をとりかえしてきた。
「よよよっ、夜に襲ってきた人! ごご、ごめんなさいっ!!」
としゃがみこみながら誤解を招くようなことを言ったせいで、周囲から痛い視線が飛んできた。 とてもじゃないが、耐えられない。
「ご、誤解だ! おれは何もしてない!」
とみんなに訴えたがいまだに疑いの視線が飛んでくる。 と、そこで氷の女帝がこちらに向かってくるのが目に入った。
「せ、先生、誤解です……。 違うんです、これには訳が……」
と言って弁明を図った。
ところが俺の隣まで来た氷の女帝が俺には目もくれず、左にある窓際の席の前に立った。
そして、
「月詠心、今日から貴様の席はここだ。 どうやら夢魔が貴様のことを知っているみたいだから分からないことがあったら夢魔に聞け」
とだけ言って氷の女帝は教室から出ていった。
そしていまだおびえた様子の心がこちらに向かってきて俺の隣まで来ると、声を震わせながら挨拶をしてきた。
「よ、よろしく…おおお、おねが…いしし、します……」
とだけ言って、俺を警戒しながら席に着いた。 しかも席に着くなり机ごと俺から距離をとる。 うう、結構心に響く…。
だがここで怯えられたままというのも嫌なので、好感度を上げようと俺もそれに答える。
「よ、よろしくね……」
と、戸惑いながらも優しく笑顔で心に向かって挨拶を返した。
それを見てビクッと体を震わせると、さらに遠ざかった。
えっ、なんで? ──と思いさらに笑顔でどこから来たのか聞いてみようと話しかけてみた。
「ねぇ、どこから来──」
ザザザッと窓から出ていく勢いでさらに遠ざかった。 さすがに俺もこれには答えた。
「なにもそこまで……」
俺がそう言い、机に突っ伏すと、それに気づいた心はそーっと机を少し近づけて訪ねてきた。
「も、もう、怖くないですか……?」
あまりにも妙な質問をしてくるので、頭に《?》を浮かべながら聞き返した。
「ど、どこか怖かったのか…、俺?」
すると、おずおずと俺に口ごもるように答えてきた。
「……あ、あの……その……、ちょっと、こ、怖い…笑みで……話かけ…るので……」
「へ?」
と俺は間抜けな声を上げてしまった。 まさか俺の笑顔ってこわかった…のか……?
慌てて俺は誤解を解こうと謝った。
「ご、ごめんっ、別に怖がらせる気はなかったんだ。…ただ、その…、俺の笑顔って怖いのか……?」
と尋ねると、ものすごい勢いで首を縦に振られた。 ……そんなにだったのか、俺。
もうショックを通り越して自分が恐ろしく思えてきた。
怖がられる理由もわかったので今度は普通に聞いてみた。
「その、どこから来たんだ?」
まだ少し怯えた感じだったが、今度は遠ざかることなく答えてくれた。
「……な、長野の方から……」
「へぇ、結構距離あるところから来たんだな」
「は、はい」
「なんでここに越して来たんだ?」
「両親が出張で海外のほうにでかけてしまって、それでお父さん実家がここで喫茶店を経営していたので……」
「へぇー、そうなんだ、……──ってもしかして喫茶店手ってうちの近くにある《バク》って名前で、看板に動物のバクが描いてあるお店?」
「はいっ、そうなんですっ。 それにその絵は私が描いたんです」
ともの凄く嬉しそうに答えてくれた。
それを聞き、驚きの声が漏れる。
「えっ! あれ君が描いたの! 俺、あそこでバイトしてるからよく見てたけど、上手いね」
「えっ、そうなんですかっ!? それは助かります!」
と、後ろに花が見えるような満面の笑みで頭を下げてきた。
「う、うん、まぁ土日だけだから平日は休みなんだけどな」
「そうなんですかー」
とうんうん頷き、相槌をうっていた心は、そこではっと気が付いたかのようにピタッと固まって、ギュッとスカートの裾を掴んだままみるみる顔を赤くしていった。
不思議に思い、恐る恐る声をかけてみた。
「ど、どうかしたのか?」
「……い、いえ、その、私、よく知りもしない人相手に一人で舞い上がってしまって……そ、そのっ、ごめんなさいっ」
「えっ、いや、俺も結構話できて嬉しかったし……、気にしなくてもいいぞ?」
「ほ、本当ですか……?」
と、上目づかいで碧い瞳を潤ませて訪ねてくるので、ドキッとしてしまった。
ごくっと生唾を飲み込み、心拍を落ち着かせながら答えた。
「あ、ああ。 逆に俺なんかと話して喜んでもらえたならこっちがお礼を言いたいくらいだよ……」
「い、いえっ、そんな……」
「まぁでも、そんなに小さくならないで、もっと自分に自信もって話をすればいいんじゃないか?」
と言ってみたものの、そんなにすぐ人は改善できるもんじゃない。 ましてや俺の睡眠もすぐに改善できればこんなに怖い顔にならずとも済んだって話だ。
と、そこで心が、首を横に振って、答えてきた。
「そ、そんなこと思わないでください。 もう怖いと思っていませんので……」
「え?」
「っ! あ、い、いえっ、何でもありませんっ!」
慌てて首を横に振りながら手をぱたぱたと振っている。
「──?」
なんだ? 今の反応……。 まるで心の中で思っていたことに対して反応してきたみたいじゃないか……。
疑問に思ったが、ちょうどそこで一時限目の始まる鐘がなり、物理の担当教師が入ってきたので前に向き、そこまで深くは考えなかった。
横目で心の方を覗ったが特に変わった様子もなかった。 そのまま気にせず授業に挑んだ。
教室に授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
六限目の授業が終わり、皆帰りの準備を始めざわざわと一様に動き始めた。
「はぁー、終わったー」
悪斗は大きく息を吐いた。 とそこで左方から声がかかる。
「お、お疲れ様です。 今日はありがとうございました……」
「ん、ああ、お疲れ。 ほかに何かわからないところがあったら聞いてくれ」
「は、はい……」
まだ少しこちらを警戒しながらも返事を返してくる。
そこまで警戒されるとこちらも結構傷つくんだけどな、なんて思っていると教室の扉が開き、《氷の女帝》こと、鬼道氷華が入ってきた。
「貴様ら席に着け。 HRを始める」
そしてクラスが一斉に席に着く。
「今日は特別何か伝えることもないが、月詠の校内案内を誰かひとり頼みたいのだが……、誰かやってくれるものはいないか?」
と、その言葉を聞いた瞬間クラスの男どもが一斉に手を挙げた。 一時限目が始まる前に気がついたのだが、彼女、月詠心は誰が見ても美少女だと思う。 男子たちが手を上げるのも納得がいくくらいに可愛い。
それを見た女子たちも、軽蔑の視線を男子に向けながら、彼女をかばうように、一斉に手を挙げた。
「ふむ、一人でかまわないのだが……。 よし、月詠、誰に案内してもらいたい?」
とたずねた。
「へ?」
急に尋ねられた心は何とも間抜けな声を出した。 が、ほかの男子たちにはとてつもない影響を与えた。 男全員、拝んでいる。 恐るべしっ、美少女パワー!
だが、それに気づいていない心は手を組んで体を捩らせながら、恥ずかしそうにちらちらとこちらを見てくる。
その仕草をできればとらないでもらえないか? 男子たちから嫉妬の視線がすごい勢いでくるじゃないか。
だけど、言いたいことは伝わったので尋ねてみた。
「俺が案内しようか?」
といった瞬間、肩をビクッと震わせたが、大きく深呼吸をしてこちらに振り向き、頭が地面にぶつける勢いで頭を下げてきた。
「お、お願い……します……」
「はいよ」
軽い調子で答えると、席から立ち上がって、自分の鞄を手に取り、教室の外へ向かう。
慌てて後を追うように心も席から立つと鞄を取り、小走りで俺の隣に並んできた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。 俺の名前は夢魔悪斗だ。 悪斗でいい」
「月詠心です。 心で構いません……」
「りょーかい。 じゃあ、まずどこか知りたい場所あるか?」
と心に聞くがうつむいたまま何も答えようとしてこない。
「特にないなら近いところからまわるけど?」
と聞くが返事がない。 やっぱりまだ怖がられてんのかな、なんて思っていたら隣から、小さな声でなにかを言ってくるのが聞こえた。
「……と……つ……」
「え? なに?」
「……しょ…つ……」
「……えーっと、聞こえないんだけど……」
怯えているせいで声が小さくて途切れ途切れに聞こえはするが、はっきりしない。 すると心が顔を赤らめながら全力で声をあげる
「そ、その、図書室に行きたいです!」
「あ~、図書室ね」
俺は頭の後ろをかきながら苦笑まじりに答えた。
「あのー、なんか…俺のことやっぱり怖い?」
と恐る恐る聞いてみると、心は体をびくつかせたあと、こっちに振り向いて首が取れる勢いで横に振った。
「い、いえ! そんなわけじゃ…ないん…ですけど……」
と口ごもりながら言ってきた。 やっぱり怖いんだ、俺。
俺の顔だけじゃなく、きっと、夜の出来事も含めて何だろうな……。
そう思った俺はそのことを謝っていないことに気づいた。
「……えーと、最初の時はちょっと俺も混乱してたんだ。 怖がらせてごめんな」
「いえ! 私こそごめんなさい」
と謝ってはきたが視線をそらしてる。 結構怖がらせちゃったんだな。
すこし恐怖を取り除こうとと思い、弁明をした。
「あれには訳があったんだ。 まぁ、俺自身も驚いてるんだけどな……」
「わけ……ですか……?」
「あ、ああ。 ちょっとな」
と適当にはぐらかして返事を返した。 まぁ、人に話すようなことでもないしな。 というか、信じてもらえないだろうし、今度は変な人に思われるだろうなと、思っていた。
だが、心はこちらに目を輝かせ、じっと見つめて顔をぐいっと近づけてきた。
「な、なんだ……」
「…………」
「え、えーとっ……近いんだけど……」
「…………」
だが、こっちをずっと見つめたままだ。 しかも顔がさっきよりも近くにある。
「わ、わかった、話すからそんなに顔をちかづけるな」
そう言うと心は満足したように満面の笑みをこっちに向けてきた。 そのあまりの笑顔のかわいさに俺は彼女の瞳に吸い込まれるように見つめていた。
「あ、あの、どうかしましたか……?」
はっと気が付くと大きく咳払いをしてごまかした。
「こほん、な、何でもない。 えーと……、どこから話せばいいかな……」
仕方なく、悪夢を毎晩見る話をした。 そしてここ最近見ていた夢の内容をかいつまんで説明した。
「そ、それは……驚きますよね。 正夢ってことですから…………」
「ま、まぁその通りなんだけど、なんつーか正夢というよりは、自分の夢って感じがしないんだよな……。 まるで他人がそういう夢を見ているのを見ているっていうか……」
「自分の夢じゃ……ない…………?」
「あ、ああ、別にそう思うだけだから気にしないでくれ」
変なことを言ってしまった。 そんなことあるわけないじゃないか。 他人の夢を見ているなんてこと、あり得るわけないのに…………。
隣をちらっと見やった。 しかし、隣にいたはずの心がいない。 あたりを見まわしてみると、
後ろの方に心が立っていた。
心はなにか考え込むようにあごに手をあて、その場で立ち止まっていた。
「おい、どうかしたのか?」
俺が尋ねると、一瞬肩を揺らして、
「い、いえ何でもありませんっ」
と小走りでこちらにやってきた。
疑問には思ったが、そんなに気にも留めずそのまま図書室に向かうため、学校の西棟にある階段を上に上がり、三階の廊下に出ると、左に曲がって正面奥にある図書室に足を運んだ。
と、そこでまたも心が足を止めて考え込み始めた。
不思議に思った俺も恐る恐る尋ねてみた。
「……なぁ、さっきからなにか考えてるみたいだけど……、なんかあったのか…………?」
すると心がこちらに尋ねてきた。
「あ、あの、もしかしたらその話は嘘じゃないとおもいます…………」
「えっ?」
俺はあまりにも予想外の返答に間抜けな返事を返してしまった。
「い、今、なんて……?」
「そ、その、これはすこし言いにくいんですけど……」
心はそこで口ごもった。
「なんか言いにくいことがあるなら別に無理に言わなくていいぞ?」
俺がそういうと両手を胸の前であたふたと振って、少し間をあけて深呼吸をすると何かを決意いたようにこちらに向いた。
「い、いえっ、その、悪斗さんも私に秘密を教えてくれたので、私の秘密も教えます……」
「えっ、い、いや、そこまで深刻な秘密なら別に無理に明かさなくても…………」
と言いつつも内心ではものすごく知りたかった。
心は首を横に振ると、また深呼吸をして話し始めた。
「悪斗さんになら話しても大丈夫そうですし、それに……」
「それに?」
「い、いえ、何でもありませんっ」
なんかもの凄い隠し事がありそうだけれど、まぁ、あまりふれないでおこう。
「でも、なんか言うのとっても辛そうだけど。俺の別に秘密でもないし、無理しくていいんだよ、本当に」
「いえ、私がここに越してきた理由もそれがきっかけです。 それにもしかしたら私たちの出会いが仕組まれていた可能性があるんです……」
「えっ!? どういうことだよっ、それっ!」
そこで心は真剣な表情をつくった。 なんだか何とも言えぬプレッシャーを感じる。
しかし《コンプレックス・ドリーマー》、とてもネーミングセンスがない者がつけたと思えるなんともまぬけな名前だ。
「その、私は《コンプレックス・ドリーマー》と言われる、いわゆる《超能力者》なんです……」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
────一体何を言いているのだ、この子は?
「私……いえ、私たちは、自分の心の闇が《夢》、または《想像》という存在に関わる形になって力を発揮します」
「ちょっ、ちょっと待て! そんな急な話を聞かされても訳分かんないって!!」
いきなりのカミングアウトに驚きが隠し切れなかった。
「す、すいませんッ! そうですよねッ、いきなり言われても分かりませんよねッ! ま、まず、順を追って説明します」
そこで心が深呼吸をし、真剣な表情のままゆっくりと口を開いた。
「まず、私はいわゆる《超能力者》です。 そして私たちはその者たちのことを、《コンプレックス・ドリーマー》と呼びます」
「あ、ああ、そこまでは分かった。 それでなぜ、俺と関係がある?」
「それは、もしかしたらですけど、悪斗さんが《コンプレックス・ドリーマー》の可能性があるんです」
「いやいやいや、ちょっと待てっ。 なぜそこで俺がその《コンプレックス・ドリーマー》ってのに可能性があるって話になるんだよっ!?」
あまりに話が見えなさすぎる。 どうすればそこで俺に繋がるのかさっぱりだ。
「それは、まず、私の能力について説明します。 私の能力は、《その人が見た夢、もしくは起きてるときは想像をたどってその人の心を見る》という能力です。 能力名は《心理案内》(メンタリティ・ガイダンス)と言います。 ……でも、名前がどうも心を読む能力の名前とは思えないんですけどね……」
「そうなのか……。 道理でさっき、教室で心の中で思ったことに対して答えた感じだったのか……」
思わず驚きよりも納得してしまった。
「は、はい。 気づいていらしたんですか?」
「いや、そう思っただけ」
「そうですか……。 なら話が早くて助かります。 その能力で悪斗さんの悪夢を見させていただいたんです。 そこから悪斗さんの心理状況を読み取りました。 その時、悪斗さんの悪夢を見ているときの心が自分の夢を見ているときと違いました」
「ど、どういうことだ?」
全然話についていけない。 夢の内容で心の状態って決まるんじゃないの?
「確かに夢の内容で心理状態というのは決まります」
あ、心読まれた。
「す、すいません。 心の中の疑問がものすごくわかりやすかったので……」
また読まれた。 あと、そんなペコペコ頭下げなくていいよ……。 もうプライバシーなんて気にしてないし……。
「その、それでですね、普通夢を見ているときって、眠りが浅い時に見るんです」
「ああ、それは知ってる。 たしか眠りが浅い状態を〝レム睡眠〟っていうんだっけ?」
「はい。 それで悪斗さんが夢を見ているときって、浅くなくて、とても深い時に見ているんです」
「そういえば前にテレビで見たことあるぞ。 たしか人が見ている夢って、とても浅い表面の部分しか見ていないんだっけ? それで深い部分がほかの人の夢と繋がってるとかって話じゃなかったけ?」
よく豆知識とか教えてくれる土曜の二十時にやってる番組だったけかな?
「はい、その通りです。 そして、悪斗さんはおそらくその夢の中でとても深い部分、人間が見る夢の共有の部分なんだと思います」
だからさっき俺が「自分の夢じゃない気がする」と言ったとき、考え込んでいたのか。 納得、納得。
「だけど、俺がそれで《コンプレックス・ドリーマー》かどうかは関係ないんじゃ?」
「いえ、実はその、悪斗さんが私を夢で見たといいましたよね?」
「ああ言ったぞ」
「その夢を辿ったところ、夢の発信源、悪斗さんが見ていた誰かの夢ということになりますが、それが私だったという事がわかりました」
「えっ!? それってつまり……」
「はい。 悪斗さんは私の夢を見ていたことになります」
「じゃ、じゃあさ、今までの悪夢は君の悪夢で、俺がそれを覗き見してたってことか?」
「はい。 なので心を読んだのでお相子ですっ!」
そんな嬉しそうに笑顔で言われると、わざとじゃなくても見ていたことがとても悪いことをしていたように思えてくる……。
「えっと、確かにここまで来ると偶然じゃないかもしれないけど、だからと言って《コンプレックス・ドリーマー》になるっていわれるとならない気がするんだけど……」
「まだ悪斗さんの能力がどういったものかどうかが判明していないのでわかりません。 けど、悪斗さんは必然的じゃないにしろ、私を夢で見ました。 可能性で言われると正夢を呼ぶ能力か、予言を見る夢、いわゆる《予知夢》と呼ばれるものになるかと思われます」
「で、でもさっ! ──ぐっ……!」
頭に夜中と同じ痛みが走った。
(急に頭痛が……。 なんで急にっ。 しかもこの感じ、夜に気を失う前に感じた頭痛と一緒だッ)
「大丈夫ですか!」
急に倒れた事に驚いて、心が急いで駆け寄ってきた。
だが、これ以上意識が持たない……。
「だ、誰か! 誰かいませんかっ!」
「どうした!」
近くにいた教師だろう。 心の呼びかけに気づいて駆けつけてきた。
しかし、俺はそれ以上意識を保つことができず、そのまま意識を失った。
「……ここはどこだ?」
気が付くと俺は何もない暗闇の中、一人立っていた。 周りを見渡すが真っ暗で何も見えない。
「……ゖて……」
「ん? なんか今声が聞こえた気が……」
あたりを見まわすが、誰もいない。
「……助けて……」
「まただ、どこからだ」
少し手探りで前に進んでみる。 すると、目の前に眩しい光が見えてきた。
「っ……」
手で顔を覆って光の方に目を向けた。 光の中に誰かいるのだろうか……? 人影が光の向こうに見える。 少し警戒をして光の中に一歩足を運ぶ。
「うわっ!」
そこで足元が急に無くなった。 そのまま闇の中に落ちていき、光から遠ざかっていく。 もの凄い速さで遠ざかり、光はだんだん見えなくなっていった。
そこで俺の意識がまた途絶えた。
気が付くと、周りは白いカーテンに覆われていた。 背中に柔らかいベットの感触が伝わる。
鼻に薬品の臭いがつんと入ってくる。
どうやら保健室に心が呼んだ教師が運んでくれたらしい。
体を起こすと、ふと腹のあたりが妙に重く感じた。
顔を上げて視線を腹のあたりに向けると、そこには心が俺の腹の上に頭をのせて寝ていた……。
いや、決して悪いと言っているわけじゃない。 多分、ずっと俺のそばで様子を見てくれていたのだろう。 きっと時間もずいぶんとたっているに違いない。 ただ、ちょうど鳩尾に頭があるため、苦しい……。
起こさないよう、そっと布団の中に手をいれて、左のズボンのポケットからスマートフォンを取ろうと、布団の中を探る。 と、そこで布団越しにふにっと、なにやら布団とは違う、妙に柔らかい感触が当たった。
「ん?」
不思議に思い、もう一度その正体を確かめようと原因のあたりに手を探らせた。
すると、心の体がびくついた。
「んっ」
と心が少し艶めかしい声を上げる。
その正体を理解した俺は全身に冷や汗を浮かばせて、慌てて手を戻そうとした──が、そこで心が体を動かして、どかそうとしていた左腕に体重がかかり、ぬけなくなった。
しかも、さらにその柔らかいふにっとしたものが、今度は強く左手にフィットするように当たった。
急いで抜け出そうと腕を動かすが、布団に絡みついてうまく引き抜けない。 しかも動かしたせいで、左手が何度も当たってしまい、腹のあたりから「んっ」や「あっ」と妙に艶めかしい息遣いが聞こえてくる。
「や、やばい……」
急いで、引き抜こうと右手で左腕を掴んで持ち上げたその瞬間──。
「んー」
心が起きてしまった。 可愛らしく握りこぶしで目をこすりながら体を起こす。
「あ……」
その瞬間、顔が青ざめていくのが自分でもわかった。
「あっ! め、目覚めましたかっ! よかった~」
と、心は反対に笑顔でこちらに向く。
はぁ~と安堵の息を一つ吐くと、「ん?」と疑問の声を上げ、ようやく気が付いたのか、自分の胸のあたりに視線をやり、異変に気が付くと、顔がかぁーとみるみる赤くなっていった。
心はばっと体を急いで起こした。
「す、すまん! べつにそういう意味じゃないんだっ! ただ携帯を取ろうとしただけでっ!」
と急いで弁明をするが、心は胸を両腕で隠すとそのままカーテンの外に出て行ってしまった。
謝ろうと思い、ベットから降りて急いで心の跡を追おうとした。
だが、
「こ、来ないでくださいっ!」
と心に叫ばれた。 今、胸の中でガラスが割れる音が聞こえた……。 ひどい……。
カーテンの外に目を見やると、カーテンの間から顔を赤くした心が、こちらを覗いていた。
「そ、その、恥ずかしいので……、えーとっ……」
ものすごい困った様子で、もじもじしながらカーテンに隠れた。
「わざとじゃないんだっ。 ただ、本当にたまたまっていうか、ほんとっ、ごめん!」
俺は心の底から頭を下げた。 そして心がまた、カーテンの隙間から顔を出した。
「だ、大丈夫です。 私が寝てたのが悪いんですし……。 あの……、重くなかったですか?」
「大丈夫。 それよりありがとう。 ずっとそばに居てくれたみたいで」
「い、いえっ。 それより大丈夫ですか? 急にうずくまって倒れたのでびっくりしました」
「ごめん、大丈夫。 なんか夜に君に出会ってからなんだよ。 いままでこんな事無かったんだけどな……」
「それってどうゆう───」
そこでガラっと保健室の扉が開いた。
「月詠さん、夢魔君の容体はどう?」
「あ、先生。 悪斗さんならちょうど今さっき目覚めました」
どうやら養護教諭の先生が様子を見に来たようだ。
「ん、そうか。 どれどれっと。 お、元気そうじゃないか。 これならもう問題なさそうだね。かえていいよ~」
「あ、はい、わかりました」
近くの椅子の上に置いてあった自分の鞄をとり、その下にあったブレザーを着て、帰る準備をした。 それに続いて、心も帰る準備をし始めた。
そういえば、時間の確認をしていなかった。 今何時だ?
スマートフォンの画面をタッチして時間を確認すると、すでに七時を廻っていた。
「もうこんな時間か。 ずいぶんと気失ってたみたいだな。 それじゃあ、帰るか」
「はいっ」
心にそう声をかけるとさっきよりものすごい機嫌が良さそうだった。 許してもらえたってことでいいのだろうか……?
「んじゃ、気を付けて帰んなさいね~」
「はい、分かりましたー」
「失礼しますっ」
そういって、保健室を後にした。
「なぁ、さっきの話だけど、その、俺って能力者なのかな?」
「さぁ。 でも、私が思うに、悪斗さんが寝ている間に見ている夢自体を確認することができれば、確信も持てます」
「そうか……。ん? まてよ、それは無理じゃないのか?」
「え? 何でですか?」
「だってその夢って心の夢なんだろ? 心も寝てなくちゃ無理なんじゃないのか?」
「それは……、その通りなんですが……」
どうやらそのことに気づいていなかったらしい。 ……あ、落ち込んじゃったみたい……。
「まぁ、気にせずともさ、いずれ分かる方法が来るかもしんないだろ? そん時までのお楽しみってことでいいんじゃないか?」
「そ、そうですよねっ! 確認する方法はいくらでもありますっ」
一生懸命に自分を励まそうとしてる……。 相当自分の考えが甘かったのがショックだったらしい。
「んで、どうやって確認するんだ?」
「それはお任せください! 私の知り合いで一人可能な人物がいますからっ!」
「ふーん。 で、その知り合いの能力って?」
「それは、えっとですね、確か《自分の夢、もしくは想像を実体化、具現化する》という能力です」
「それってかなり凄いことなんじゃ……」
「凄い能力ではあります……。 しかし、とても危険ともいえます。 何せ自分の思い通りに何でも出現させることが可能という事ですから……」
た、確かにその通りだ。 何でも出現可能という事は、世界を滅ぼすだけのものだってその場で用意できてしまうという事だ。
「でも、そいつは心の知り合いなんだろ? つまり危険人物ではないという事じゃないのか?」
「危険人物ではありません。 けれど、やることが危ない方です」
「おい! それ、かなりヤバいじゃんかよ!」
しかし心は苦笑しつつも首を横に振りながら答える。
「危ないですが……、んーなんて言ったらいいのでしょうか……」
顎に手をあてて悩みこむ心。 そんなに気難しい人なのか?
「派手に物を壊したりとかはしませんが、めんどくさがりなので一発で終わらしたがるんです」
「それもっと危なくね?」
さらに悪化したような……。
「さっき説明をしていなかったので話しますと、私以外の《コンプレックス・ドリーマー》は、全員が全員、いい人とは限りません。 力を使って悪いことをする人もいます」
「そりゃそうだろ。 人それぞれなんだから、力がなくても悪事を働くやつがいるんだ。 当然だろ」
「はい、当然です。 そしてそれを防ぐには一般の警官などでは対抗しうる力もありません。 なので目には目を、歯には歯を、ということで、警察のような機関が必要になってくるわけです」
「まぁ、そうなるよな」
じゃなかったら今頃世界はなくなってる。
「そしてそのために作られた組織があります。 その組織は通称、《C・D・P》と呼ばれる組織です」
「聞いたことないな。 まぁ、当然の話だろうけれど。 でも、それになんか関係してんのか?」
「私はその組織のメンバーです。 そして、さきほど説明した能力者の方が私の上官で、《M・R》と呼ばれています」
「なっ、そ、それじゃあ、その《C・D・P》とやらに入ってるってことは、刑事みたいなもんなのか、心って?」
「はい、そういうことになります」
それは驚きだ。 何せ転校生はただの転校生じゃなく、超能力者でこの国を守る警察なんだから。
「けれど、とてもすごいことではありません。 能力者で、しかも自分から志願してくる人ならば誰でも大歓迎です!」
「じゃあ、俺が能力者だったらそこに入れるてことか?」
「もちろんです! それにもし悪斗さんが入ってくれればきっと犯罪が大幅に減ると思いますっ!」
そこで勢いよく、満面の笑顔で顔をグイッと近づけてきた。 あまりにも突然で、ドキッとしてしまった。
「そ、そいつはいいことだよな。 だけどなんで今その説明を入れてきたんだ?」
「可能であれば今週中にでも悪斗さんを私たちの組織に連れていきたいと思っています。 しかし、私たちの組織は極秘中の極秘、一般人だった場合のことも考えたら例え、絶対に口を割らないと口約束で言われても信用がありません。 なので、その場合のこともお話しようと思い説明させていただきました」
「そういうことか……。 確かに必要になるな。 んで、その一般人だった場合、どうなるんだ?」
「その場合は、記憶を消させてもらいます。 といってもそこにいた時だけの記憶ですが……」
「そ、そうか……」
予想はしていたが、本当にできるとは……。
「なぁ、その確認しに行く日っていつ行くんだ?」
「できれば明日が良いのですが、明日は何か御用でもありますか?」
「……いや、ない。 わっかた、明日行こう」
なんかとても嫌な予感しかしないが、というか、記憶を消されるのが怖いが行くしかなさそうだ。
「であれば明日、悪斗さんのお家に、朝の9時ごろにお迎えに伺いますっ!」
ニコッと笑顔で言われては断れない……。 俺はため息交じりに頷いた。
翌日、家で心の迎えを待っていた俺は、璃々守が朝早くから出かけてしまっていて、一人リビングでテレビを見て時間を潰していた。
テレビに表示されてる時計を見ると、まだ8時だった。
「まだあと一時間もあるな……。 ちょっと出かけるか」
30分くらいで戻って来れる場所にあるスーパーまで急ぎで出かけた。
途中で近所の人とすれ違い、……逃げられた。
まぁいつものことだ、と受け流してスーパーに向かうと、少し先に《バク》が見えてきた。
相変わらず看板のバクは動物園から逃げてきたかのようなリアルさだ。
心はまだ出てきてないみたいだ。 バイトも今日と明日は休みを入れてある。心のお祖父さんとお祖母さんが自営でやっているので、心の名前をだしたらすぐに休みを許可してくれた。 ……だがなぜか、許可の前に二人で顔を見合わせた後、凄く満面の笑みで了承してくれたあの間は何だろう……。
「今日の夕飯は何を作ろうか……」
スーパーに着くとなぜか野菜売り場に詩音がいた……。
しかしその隣には見知らぬ人物がいた。全体を黒いコートで覆っていて、細身のためか、男か女かわからない。 さらにフードをかぶって顔を隠している。 まるで闇の結社の信教徒みたいだ。
日本人ではありえない背の高さで2メートル近くある。
「……なにやってんだ、あいつ……」
詩音はごく普通に謎の人物と会話をしながら野菜を選んでいる。
「……まぁ、あいつが変なの前からだし、気にする事でもないか……」
そのままジャガイモを買うために詩音のいる場所からは反対側にある、距離的には離れている棚にむかった────はずだったのだが、こちらに気が付いた詩音がとても嫌な笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。
俺はため息をついてそのまま無視の態勢に入った。
「よぉ~、あ・く・む・ひ・めっ、何しに来たの~」
「…………」
「無視なんてひどいんじゃない~、ノート映してあげてるのに~」
「……うるせぇ、なんでそんな嬉しそうなんだよ……。それからその呼び方やめ──」
振り返った瞬間、目の前には詩音とその後ろに黒服の人物がいた。
「ああ、紹介まだだったな、この人はうちの外国人用アパートに新しく越してきた人だ。 この近辺の場所での案内をしてたところだよ~んって、 聞いてる悪斗ちゃ~ん?」
「……」
目の前で見るとあまりにも大きすぎて、固まってしまった……。
「おーい」
「っ! なっ、ななななんだっ、詩音!」
はっと気づいた俺は慌てて詩音に返事を返した。
「もう、驚くのはわかるけど、人の話聞かないとだめだよ? あ・く・む・ひ・めっ」
と、ウインクをかましてきやがった。 ……なんて気色悪い奴だ。
「……そういえば、こないだ新しい人が来たとか言ってなかったか? その人のことか?」
「いや、その人は先週自分の国に帰ったよ。 参ったもんだよ、すぐ越しちゃうんだもん」
こいつ、阿久津詩音の家は代々この近辺の地主をやっていて、ほとんどの土地をアパートやマンションといった不動産にして、商売をしている金持ちなのだ。
「で、昨日この人が来たから案内をしていたところ。 そしたら悪斗ちゃんがいるからびっくりしちゃったよ」
と大げさに驚いたふりをしてリアクションをとる詩音が、その際さらにウインクをかましたので気持ち悪くてとても殴りたかったが、こらえた。
「……そうか。 その人の名前はなんて言うんだ?」
「ああ、この人の名前は俺も知らないんだ」
「? どういうことだよ」
「……なんでも、向こうで宗教団体のお偉いさんだったそうでな、名前は明かせないらしいぜ……」
「ふーん……」
詩音が小声で耳打ちをしている間、黒服の人物を眺めてた。 と、顔のあたりを見ていときに一瞬、フードの下の目と合った……。 俺はあまりにも鋭い眼光で固まってしまった。
「おーい、悪斗ちゃん大丈夫~」
はっとまた我に返る。 どうも今日はあまり調子が良くないらしい。 なんだか嫌な予感がする。
「ごめん、何でもない」
「うーん? なんだか今日は変だね悪斗ちゃん。 ところで今日は何の用なの? こんなに朝早くからスーパーにきて」
「いや、夕飯の買い物をな。 待ち合わせをしてたんだが、時間があったから、それでだ。 そしたらって、今何時だっ!」
ばっと慌てて携帯の時計を確認すると8時40分だった。 ヤバい、急がないと……ッ。
「わりぃ、急ぎなんだっ、このメモと金渡すから買っといて、玄関のいつものところに頼むっ!」
「お、おいっ! 待てって、急にどこ行くんだよっ!?」
「今言った待ち合わせがもうすぐなんだよ! 急いでるから頼む! あとで埋め合わせするからっ」
そのまま詩音にメモと金を押し付け、急いで自宅に向かった。
スーパーを出るとき、一瞬後ろを振り返ってみたが、すでに詩音たちは移動したようだった。
そのまま真っ直ぐ向かうと、すぐに旧国道に出た。 左に曲がり、近くの信号から反対側にわたり、住宅街に向かうと、目の前になぜか、先ほどまでスーパーにいたはずの黒服の人物が立っていた。
「あれ、さっきまでスーパーにいたはずじゃ……」
……おかしい。 俺の方が早く出ていたし、出るときにはまだ詩音といたはずだ。 それなのにどうやって……。
「──私は君を殺しに来た」
「へ?」
とても低いようなとても高いような、まるで、そう、男と女が重なったような声が黒服から聞こえてきた。
「私は君の能力を危険と見た。 君は死ななくてはならない」
「……」
言葉が出てこない。 なぜ急にそんなことを言われているのかがわからない。 なぜいきなり殺害予告をされているのか? と頭の中が混乱して疑問ばかりが浮かぶその時、
「───悪斗さんから離れなさい!」
黒服のうしろから突然現れた、一人の少女がそこにいた。 金色の髪をなびかせ、かわいらしい水玉のワンピースに小さなポーチを肩から斜め掛けにした少女の手には、その格好には似つかわしくない見たこともない大きな銃を黒服に向けて立っていた。
「おとなしく両手を頭の後ろに回して、その場に伏せてくださいっ!」
「……」
「早くっ!」
黒服はそのまま言うとおりに両手を頭の後ろにやり、その場で伏せた。
「……お、おい、心、どういうことだ……?」
あまりに突然すぎて、状況が把握できない。 何が起きてるんだ……? 心が銃を手に持っている。 あのおどおどしていた心が、大の男ですら手が出せないくらい恐怖を感じる不審な黒服を、威圧している。
「悪斗さん、今すぐこちらに来てくださいっ」
「お、おう」
慌てて心のもとに向かおうと足を踏み出した瞬間、黒服が動いた。
「動かないでっ!」
「……」
沈黙を守ったまま黒服はまた動かなくなった。
俺はそのまま黒服を警戒しながら心のもとに向かった。
「悪斗さん、大丈夫ですか」
「ああ、まだ何もされてない」
「……そのまま私の後ろに隠れていてください……」
「お、おう……」
遠くからでも分かる変わりようだったけど、近くで見たらものすごい気迫だ。
心の後ろに立って黒服の様子を見たが、動いた気配はない。 ……何者なんだ、体……?
心に何者なのか聞いてみた。
「心、あいつは何者なんだ?」
「あの黒服は今私たちが追っている凶悪犯です」
「……凶…悪……犯……」
俺はもう一度黒服の方を見た。 ───が、すでにそこには誰もいなかった。
「!?」
「どこに消えたんだっ、あいつは!?」
「また逃げられました……」
「またって……、どんぐらい追ってるんだ?」
「追っているのはつい最近です。 でもここ数週間で恐ろしい程の人を殺しています…… しかも全員一般人として生活していた《コンプレックス・ドリーマー》達です……」
「……ッ!?」
狙われているのは全員……。 詰まる所それが意味するのは、俺は超能力者だということだ。
「あの黒服は、能力者です。 能力も心を読んで分かっています。 あの黒服の能力はおそらく能力者限定に発動される能力で、それで悪斗さんが能力者かどうか判ったのでしょう……」
「……そういうことか……」
「これからはさらなる危険が待っていると思います。 可能な限り守れる範囲に居てほしいのですが……、約束通り私たちのところに来てもらっても構いませんか?」
「……ああ」
俺は全身から汗が流れるのが分かった。 息を呑んで覚悟を決めた。
「ところで悪斗さん、どちらに行かれていたのですか? 約束の時刻がかなり過ぎているのですが……」
「あ、そ、それは……」
じとーっとした目でこちらを見てくる心から目線を逸らした。 別に隠すほどの内容でもないのだが、何も連絡なしに挙句、遅刻をしてしかも殺人鬼から助けてもらったのでは、ぐうの音も出ない。
「わ、悪かったって。 時間があったから夕飯の買い物に行ってたんだ」
「はぁ、そういうことでしたか。 なら、これからは一言私に伝えてからですね……──ってまだ私のメアド教えていませんでしたね。失礼しました」
頬を赤く染めて「えへへっ」と照れ笑いで謝り、携帯を取り出す。
そんな可愛らしく謝られると、こっちまで顔が熱くなってくる。 可愛いなぁ……。
「悪斗さんのメアドも教えてください」
「お、おう」
頭を振って我に返ると慌てて携帯を開いた。 お互いのアドレスを赤外線で送って携帯をしまうと、
「……と、ところで、その、悪斗さんってお料理ができるんですか?」
「? まぁ、一般主婦程度にはできるけど?」
「……そうですか」
「な、なんでそんなに落ち込むんだっ!?」
まるで草木が急激に枯れるような勢いで萎れていく。 慌ててフォローしようと悩んだが焦って思いつかない。 ど、どうすれば……?
「ん? まてよ……。 もしかして心って料理できないのか?」
「ひぇっ!?」
どうやら図星のようだ。 これは面白いことを知ったとニヤニヤしていると、それに気づいた心がさらに萎れていった。 しかも今度は涙目だ。 やばい……。
慌ててフォローする。
「泣くな心っ。 なっ? 料理できないなら教えるからさっ!」
「……ぐすっ…うう…ほんどでじゅか……?」
「ああ、だから泣かないでくれ……」
「わがりまぢた……ぐすっ……」
鼻をすすって涙を拭うと深呼吸をした。
落ち着いた心は真剣な顔に戻り、場の緊張感が再び張り詰める。 俺も肩に力が入る。
急に雰囲気が変わったからさっきの眼つきと全然違う。 どうしたらこんなに変われるんだろう?
「……悪斗さん」
「はいっ!」
あまりの変わりように返事が裏返ってしまった。 しばらくの沈黙が続く。 とりあえず聞き返してみる。
「……な、何でしょうか?」
「────明日は日曜日なので必ずお料理教えてください!」
「…………へ?」
……頭を下げられた。 しかも料理のことで……。
俺はてっきりさっきの黒服の男のことだと思ったのに、まさかの料理!
「……えーと、教えるから頭上げてよ……」
「やったっ!」
拳を天に突き上げて昇龍拳の勢いでクルクル回って喜んでいる。
それを見ていたらなんだかこっちまで笑顔がこぼれる。 微笑ましい。
だが、急にピタッと心の喜びの舞が止まった。
(はっ! もしかして今の笑顔がまた怖かったのか……!?)
慌てて顔を手で覆うが時すでに遅し。 心はこちらをじっと見惚れて────へ? 見惚れてる?
「あ、あれれれ? 今の笑顔怖くなかったの?」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって……」
今の怖かったんじゃないの?
「じゃあどうして急に?」
「……その、悪斗さんってそんな笑顔もできるんだなって……」
「え?」
驚きだ……! 俺の笑顔が怖くないって思ってくれた人! やったっ!
今度はこっちが喜びの舞を踊ってしまった。
「そ、そんなに嬉しいことなんですか?」
「ああ! ああ! 初めてなんだっ! 俺のこと怖くないって思ってくれた人!」
心は目を見開いて驚きっぱなしだ。俺も舞い続けている。
「ごめんなさい、わたし……」
「いいよ! だって初めての人なんだから! 家族ですら怖がったのに!」
心の手をとってぶんぶんと腕を振る。
「そ、そそそ、そんな、初めての人だなんて……」
心は顔を赤く染めてもじもじしてる。 なんだか今日はいい日だ!
「なぁ心! 今日はいい日だな! 眠気も覚めるぜっ!」
「ふふふ、そうですね。 悪斗さんがそんなに喜んでもらえて何よりです」
顔を赤く染めながら笑顔で言われたから見惚れて動きが止まってしまった。 可愛いすぎる!
興奮しすぎて無意識でやっていたけど、こんなに可愛い子の手を握ってるなんて、ましてや、まだ昨日会ったばかりの子なんだから常識外れにも程がある。
「ご、ごめん! 手、痛くなかった? つい勢いで……」
「大丈夫です。 私もこんなに人に喜んでもらえたのは初めてですから……」
そう笑顔で返してくれた。
だけど、その笑顔には暗い影がかかっていた。 なんだか嫌な思いをさせてしまったのかな?
自分もなんだかさっきまでの行動が恥ずかしくなってきた。
話題を切り替えねば。
「……その、料理はどこら辺まで出来るんだ?」
「え、……っとその、包丁使うのとか、お鍋見るぐらいならできます……」
なんだかだんだん声が小さくなっていく。 なんか怪しい……。
よし、ここは──。
「だけど俺、包丁捌きはかなりレベル高いからなぁ。 なんせ板前の人に直接教えてもらったんだよなぁ」
「っ!?」
「それに料理のことになるとつい我を忘れて厳しくなっちゃうからなぁ。 なんせ母親が教えられる立場になるくらいだからなぁ」
「ふぇっ!?」
怯えて声も出なくなったか。 というか言い過ぎたかな? またこちらを見る目が化け物見る目に変わってるような・・・・・・。
「……って冗談だよ、冗談。 なんか怪しかったから言ってみただけ。 ──だけど本当のこと言ってくれないと教えるにしてもおしえられないからさ」
「……ごめんなさい。 包丁も使えませんし、お鍋も見れません……」
「い、いいって。 だけどウソはやめてね」
涙目になって謝るからこっちが悪いことした気分だな……。
「でもまぁ、厳しく教えるのは俺苦手だからそこは安心して。 ね?」
「……ぐすっ……ひゃい………ひっ…く……」
「これ使って」
ハンカチをポケットから取り出して渡してやると、震える手で受け取り、思いっきりチーンと鼻をかんだ。 そしてそれをきれいに畳んで自分のポケットにいれると、「明日洗濯してお返しします」と頭を下げる。 泣きながらもきちっとしてるよ、まったく……。
「──ところで話は戻るんだけど……さっきの黒服はどんな能力を使うんだ? あと、能力についても詳しく教えて欲しいんだけど……」
「はい。 黒服の能力はさきほども言ったように能力者限定に発動します。 おそらく能力者が夢や想像を目標として、自分の意識をつなげ、そこに移動することやさせることが出来る《夢想飛行》(ドリーム・ジャンプ)です」
「……つまり、テレポートってことか?」
「まぁ、そんなところです」
と、得意げな笑みを浮かべ、胸をはって自信満々にしている。 さらに右手の人差し指をピンと立ててさらにと、付け加えてきた。
「《夢想飛行》はどんな大きなものでも飛ばせます。それが有機物でも無機物でも、です」
「だからさっきあんなにも速く俺の目の前に現れたわけだ……。 だけどどうやってそれでテレポート出来るんだ? 訳が分からん」
「夢と想像を目標としています。 それでその人物の座標を特定できます。そしてお互いの意識と意識を一本の線で繋げるような感じで道を作ります。 その道を通り、その人物のもとへ飛ばします。 なので、自分が飛ぶのは可能ですが相手を飛ばすのは、ほかの能力者か自分のもとにしか移動できません」
「そういうことか。 つまり自由にあっち行ったりこっち行ったりはできないってことか……」
「その通りです。 ただ、その対象の人物の半径5キロ圏内ならばどこでも移動することは可能です」
「そうか……、じゃあどこにでもいけないってわけじゃないんだな」
そいつは厄介だ。 なにせある日突然自分の真上に岩石が落ちてくることもあるってことだ。早く捕まえないと俺が死ぬってことだけど、テレポートじゃ捕まえようにも捕まえられないしな……。
「どうやっても攻撃は回避できないのか?」
「いえ、方法は二つあります。 一つは、向こうは体内にも凶器を入れたりできます。 なので体を改造してどんなことをしても死なない体を作る改造人間作戦です」
「それは無理! 絶対嫌だ! そんなことするぐらいならいっそ死んだ方がマシだぁぁぁぁぁ!」
「そういうと解っていたのでボツですよね。 もう一つが《C・D・P》にいるほかの能力者の能力を使います」
「……どんな能力を使うやつなんだ?」
「まず、予知能力で来る時を予知します。 次に同じテレポーターでテレポート返しをします」
「・・・・・・テレポート・・・・返し・・・・・・?」
なんだその、ツバメ返しみたいな名前は・・・・・・。 ちょっとわくわくする。
「でもどうやってテレポート返しするんだ? 不可能に近くないか、それ?」
「確かに大きいものが体内に来たりすればお終いです。 なので物体の大きさを操る能力者を使います」
「物体を小さくしたりできるってことか?」
「はい。 それで小さくしたものを害がない状態にします。 しかしうちにいる能力者は時間制限つきなのでテレポートをする必要があります」
「そういうことか。 それならたしかに助かるかもしれないな」
妙な安心感を感じてほっとする。 初めて死の危険というものを感じた。
ところでさっきから俺が口に出す前に答えが返ってきているような・・・・・・?
「ぎくっ!」
となりでぎこちなく目を逸らそうとしている。
「まぁ、まさかまた心を読むなんてことはしないもんな。 刑事だし、能力を悪用するようなことしないもんなー」
「ぎくぎくっ!」
そのままどこかに歩き去っていこうとしてる。 後ろから肩を掴んでやると、大きく揺れるのが分かった。
ゆっくりとこちらを振り向きながら無理やり作ったような笑顔でこちらを見る。
「さ、さぁそろそろ時間もなさそうですし、行きましょうか・・・・・・」
「あ、逃げた」
「な、なんのことですか!? さぁ、行きましょう!」
そのまま逃げるように歩いていく。 ため息をつき、そのあとに続いていく。
(・・・・・・まぁ、能力的に見えちゃうから仕方ないか・・・・・・。 俺も見てたわけだし。 人の心に近いものを・・・・・・)
そう思うとなんだか後ろめたいものがある。 やっぱり人の心を覗き見るってことは相当つらいことなんじゃないのだろうか。
(そうなると心は相当辛いのかな。 毎日人の感情を受け止めるのは)
「──そんなこと心配してくれたのは悪斗さんが初めてです・・・・・・」
その言葉にはっとして顔をあげると心が目に涙を浮かべて笑っていた。 ・・・・・・その笑顔はとても嬉しそうにも見えるけど、とても儚くて脆くも見える笑顔だった。
また心を読まれたのに今度はからかう気にもなれなかった。
その笑顔を一目見て思ってしまった。 ───この子は何か大きな、そして俺ではなにもできない大きな何かを抱えていると。
また心を読み取ってしまったのか、目を見開いて驚くと、すぐに顔をくしゃくしゃにして涙を零して顔を俯かせてしまった。 両手に拳をつくり、必死で涙を堪えようとしている。
気が付いたらそっと両手を彼女の背中にまわして抱きしめていた。 俺の腕の中で嗚咽を漏らしている心は、胸に頭を子擦りつけながらわんわんと泣いている。
誰しもが思う罪悪感の何が彼女の『闇』に触れたのだろうか? 俺の心で思ったことがそんなに嬉しいのはきっと、この『闇』こそが彼女の能力を形作っているのだろう。
「・・・・・・うっ・・・ひぐっ・・・・・ぐすっ・・・・・・」
「よしよし」
そっと頭を撫でてやり、落ちつくのを待つ。
「・・・・・・うっ・・・・・・もう・・・・・・ひっく、大丈・・・・・・夫で・・・・・・す・・・・・・」
そしてゆっくりと目をこすりながら俺の腕をほどいて離れてく。
目は赤く腫れ上がっていて、涙の跡が残っている。
あまり人の過去に触れたくはないが、一度夢で見てしまっている。 あの夢に関係があるのだろう。
でなければあんな辛く、怖ろしい悪夢なんか見ない。
事情は分からないし、知りたくもない。 だけどあんなにも悲しむ姿を見せられたら男として、どうにかしてあげたいと思う。
だが、今は彼女が俺のために、俺の命のためにそんな心の『闇』と闘いながら力を貸してくれている。 ならば俺は、それに応えるだけの成果を出さなければいけない。
彼女の心の『闇』はきっと俺では計り知れない程に大きい。 なのにあんなに笑顔でいて、とても力強く生きている。
そんな彼女を『闇』から救ってやれるかは判らない。だけど何もしないよりはマシだ。
だからまず、俺を狙う黒服を捕まえてからゆっくりと彼女を『闇』から解放してやりたい。
「それでは、行きましょう」
「ん、ああ。黒服は絶対に捕まえないとな」
「・・・・・・?」
考え事をしていた所為で慌てて反応を返す。 それを不思議に眺める心から逃げるように別のことを必死で考える。
「よし、行くぞ! 《C・D・P》へ!」
「?」
訳の分からないといった様子の心を見ないようにして歩いていく。 心を読まれないように必死に別のことを考える。
訝しみながらも後からついてきた心。
まだ死の恐怖が消えたわけではない。 怖いものは怖いが・・・・・・、それ以上に怖いのは心の闇がこれ以上広がり、あの悪夢よりも悪化した姿が見える方がもっと怖い。
だから、せめて、戦う覚悟だけは決めなくてはならない。 彼女を『闇』から助けるためにも。