プロローグ
「うわぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!」
時刻は午前二時頃、いつものように我が家からは絶叫が近所一帯に響き渡る。
まだ四月の半ばだというのに寝汗が全身にびっしょりと吹き出ていた。
「……はぁ、またか」`
ため息交じりに小さく呟く。
俺、夢魔悪斗は最近、毎晩夜中の二時頃に同じ悪夢で起こされる。
その夢には必ず、真っ暗な闇の中にひっそりと、ただ立っているだけの少女が一人いるだけの光景が映される。
その少女は、雪のように白い肌を、自分の通う学校のではない制服から晒していて、首には鈴付きのチョーカーを身に着けている。 そして何よりも特徴的なのは月光のように輝いてる腰まである長い金髪だ。
顔は前髪で隠れてはっきりとは見えないが、口元が何か囁くように動かしているのが見える。
ここまで聞けば顔は分からないが容姿は想像すればかなりの美少女だと思うだろう。
だが、問題はこの先だ。
しばらく見ていると、急に少女の周りにはまるで、仮面舞踏会にでも出てきそうな仮面が次々と現れる。
その仮面達は少女に何か囁くようにざわざわと音を立てて少女に群がっていき、次第に少女が埋もれて見えなくなっていく。 その少女は見えなくなる寸前、こう訴えてくるのだ。
───「助けて」と。
彼女は夢の中では常に冷静で、そして冷淡で、そして冷酷で。
しかも彼女は仮面に飲み込まれる寸前にいつも眼がわずかだが見せる。
その眼もとても冷たい眼をしていて、まるで心を覗かれるような、そんな眼で見られるのだ。
さらに、次第に眼は大きく見開かれていき、飲み込まれる恐怖を感じるが、それを掻き消すほどの怨みを感じる眼をこちらに向けて消える夢だった。
その夢を最初に見ていた時は夢にしては結構現実味のある夢だなと思っていただけだった。
しかし、同じ夢をそっくりそのまま毎晩見れば、さすがに自分でもおかしいと気づく。
日に日に同じ夢を繰り返し見るうちに、段々恐怖を覚え、恐怖を覚えた今ではその恐怖が増してく一方だ。
過去にも似たような夢を幼い時に見たことがあった。 その夢はこんな助けを求められるような夢ではなく、どちらかと言うと、自分が何かに追われ、助けを求める夢だった。
あの時は子供ながら、よく耐えられたな、と今では思う。
それに最近は今見てる夢と過去の夢に関連性を感じるほど恐怖を覚え、寝落ちするまで起きるが、必ず二時には起こされるので今では寝ることを諦めてる。
そんな俺は今日も睡眠時間を削られるのである。
「顔でも洗ってくるか……」
ベットから這い出て、顔を洗いに一階にある洗面所にまで向かう。
いつものように顔を洗い、鏡に目を向けるとそこには、まるでどこかのホラー映画にでも出てきそうな、やつれた女のような青ざめとした顔に濃い目の隈をつくり、肩にかかるくらいの長い髪を後ろで一つにまとめた男がそこには映っていた。
小さい頃はよく、女形の美男子なんて近所の人には囃し立てられていたけど、今はこの隈とやつれでそんな面影は消えてしまった。
ふと、鏡の端に目を向けると、そこにはもう一人、俺を睨みながら顔をわずかに出した少女が扉近くで隠れていた。
「ふぁ~、お兄ちゃんまたなの~?」
と大きな欠伸をしながらこちらに文句を言いながら出てきた少女の名は夢魔璃々守、俺の妹だ。
背は小学生に見えるくらい低く、背中を隠すくらい長い黒髪を、見たこともない不思議な形をした、恐らくはリボンで結んだ形でできているような髪飾りでツインテールにして、青い水玉のパジャマをだらしなく着ている璃々守は、こちらにまた一つ、大きな欠伸をしながら俺の隣にやってきた。
璃々守は栗色の丸い瞳で鏡越しにこちらをじっと見据えて訴えてきた。
「毎晩同じ夢なんだから大きい声出すのやめてって、何回言えばわかるのー」
「ふん、どうせお前は毎晩うなされることなくぐっすり眠れるだろ」
「でもさ~、いい加減慣れてもらわないと、近所の人に文句言われ続けて対処に困るんだけどなの」
と半眼でこちらを睨みながら璃々守が文句を言う。
「ふぁ~、じゃあ慣れるようになるにはどうすればいいんですかー」
なんて欠伸をしながら俺がいつものように皮肉を言っていると、ピンポ~ンという音が玄関から響いてきた。
「来たぞ、早めに行った方がいいんじゃないか?」
「はぁ~、しょうがないなのー」
と、文句を言いながら璃々守が玄関に駆け足で向かっていく。
「あ~、ねみー」
と俺が呟いていると、玄関のほうから怒鳴り声や文句が聞こえてくる。
「璃々守ちゃん、お兄さんの事情も分かるけどどうにかならないのかしら?」
「こっちも仕事で疲れてるんだっ! いい加減にしてくれっ!」
「すいませんっ。 兄には厳しく言い聞かせますのでなの……」
と璃々守の謝る声が聞こえてくる。またいつもの近所の人達からの文句を対処しているのだろう。
なぜ俺ではなく璃々守が謝りに行っているというのは、それは苦情が来た最初の日の出来事だった。
俺が夢にうなされてから一週間が過ぎた頃、我慢しきれなくなった近所の人達がうちに押しかけて来た時に、謝ろうと思い、一度だけ玄関から顔を出したのだが、
『ギャァァァァー! おばけぇぇぇぇぇぇぇ!!』
と、顔を見た瞬間に逃げられてしまったのだ。
それ以来、文句を言おうにも直接本人の俺を前にすると、特に夜は気味悪がって顔を合わせられないため、家族の誰かが謝ることになっていったのだ。
しかし、両親は二人とも帰ってくるのは夜遅く、爆睡して俺の悲鳴にも気づかないため、璃々守が謝るようになっていったのだ。
そんなわけで毎晩クレーム対応担当は璃々守がしているわけだが。
──シャララーン──
「──鈴の音?」
突然、鈴の音が聞こえてきた。 玄関の方からだ。
その音に近所の人たちも気が付いたのか、口を閉じて鈴の鳴る方へと顔を向けていった。
俺も不思議に思い、同じように玄関の方に顔を向けると、そこには近所の人たちに囲まれるように一人の少女が立っていた。
「や、や、夜分遅くにす、すいませんっ! す、少し騒がしかったものですからっ! きっ、きき昨日の夕方頃にこちらに引っ越してきた、つ、月詠心と申しますっ! よろしくお願いしましゅにゅっ!」
と、もの凄い勢いで噛んだ、緊張した挨拶をしてくる少女がいた。
最後噛んだことがよほど恥ずかしかったのか、かぁーっと顔がみるみる赤くなっていく。
少女はサファイアのように碧い瞳であたりを覗うように見ていた。 普通の奴なら一目見ただけで声が出なくなるくらいに固まって、見惚れてただろう。
しかし俺は月詠心と名乗った少女を見て、別の意味で固まっていた。
───なぜならばその少女、月詠心の姿が悪夢の中に出てくる少女と瓜二つなのだ。
「……おい……、うそ……だろ……」
氷のように固まったまま呆然と呟いた。
自分でも何が起きているか解らなかった。 ただ、理解できたのは、いま目に映っている少女が夢の中の少女とそっくりだという事だけだ。 いや、そっくりと言うよりも本人だった。
無意識に体が動き、気が付いた時には彼女のいる方へと走っていた。
それに気が付いた璃々守や近所の人たちもそんな悪斗に驚き、向かってくる悪斗に道を開けるように下がり、こちらを覗ってくる。え
だが、混乱していてそんなことには気づかず、彼女の目の前に来ると、勢いよく彼女の肩を掴んでいた。
「おいあんた、一体何者なんだよ……。 誰なんだよあんたっ!」
あまりにも驚きと恐怖が強すぎて我を忘れ、月詠心に怒鳴り散らしながら肩を思い切り揺らしていた。
「──ひっ」
急な大声に月詠心は小さく悲鳴をあげ、その場でうずくまってしまった。
「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 何もしないから許してっ!!」
その言葉にはっと我に返った悪斗は、自分がなにをしていたのか、混乱した頭を落ち着かせながら状況を把握した。
「ご、ごめん。 別に驚かすつもりはなかったんだ、悪かっ───が……っ!」
と、そこで俺はなにかで鈍器のようなもので後ろから頭を叩かれたような衝撃が伝わり、頭を押さえながらうずくまってしまった。
「……っ! なん・・・だよ…急に……っ!」
悪斗は痛みに耐えながらもそう声に出した。
だが、だんだん意識が遠のいていき、いまだうずくまっていた月詠心を目の端にとらえ、気を失った。
この時はまだ何も知らなかった。 俺たち二人が出会ったことは偶然でもなんでもなっかたんだと。 そして気づけなかった。 自分の夢とこの頭痛が本当の悪夢を呼び起こすことになるとは……。