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来世でもう一度、会えますか  作者: 星海悠
本編
1/4

前編:王女の願い


ふと思いついた切ない設定で、勢いに任せて書きました。



 その塔には、ひとりの王女が幽閉されていた。


 「今日も、泣き声が聞こえたわ」


 王女はぽつりとつぶやく。その声は静かに塔の壁にしみ込んだ。

 うつむきながら苦し気に、綺麗なドレスの裾を握りしめる。


 「まただわ。また誰かが叫んでる」


 塔の窓から、人々の嘆き苦しむ声が聞こえるのだと王女は言う。


 「あいにく、俺には何も聞えない」


 ふと、今まで王女の言葉に無言を貫いていた青年が反応を返した。

 投げやりのような返事だった。壁にもたれかかって、こちらを向かない王女を見つめている。


 美しい青年だった。闇夜の化身のように妖しげな雰囲気を持つ。


 「聞えるのはお前の妄想だ。ここには外の声なんて何も聞えない。国王がお前をどこに閉じ込めたかぐらいわかっているだろう」


 王城のある王族所有地の敷地内だ。狩猟地として使われており、日常の喧噪などとは遠く離れている。


 現国王の治世は最悪の一言だ。

 三年前に起きたクーデター。前国王の第三子である公爵が引導したものだった。

 貴族の大半が公爵につき、前国王を制圧。刈り取った首は王城前にさらされた。


 そうして王座についた現国王は、まず王位継承権を持つ者を粛清し始めた。

 良識ある者たちはその行いを咎めたが、国王は聞き入れない。反逆罪としてその者たちまで粛清対象としてしまう始末だ。


 現在王位継承権を持つ唯一の王族は、この塔に幽閉されているセレンだけ。

 セレンは現国王の第四子で、末の姫だった。当時十四になるセレンは、兄や姉が父の前では従順でおとなしくしているようにと指導したため、唯一この粛清も免れたのである。

 無残に目の前で愛する家族を父に殺され、それでも口を出さなかったのは最後に目が合った兄の瞳が、そう懇願していると感じ取ってからだ。

 何を失ってでも生きてほしいと。


 おとなしい末の姫に反抗の意志がないことを確認した国王は、セレンを立太子してから塔へ幽閉した。

 セレンはそれすらもおとなしく受け入れた。


 国王は政務を放り、権力を笠に着て国民から税を搾り取った。

 日夜王城で開かれるのは血税からなる狂乱の宴。貴族の中でそれを止める者はもはやいない。国王の取り巻きとして熱心に彼をたたえる者。国王の横暴な振る舞いに怯え、領に引きこもってしまった者。大きく分けてこの二つだろう。


 当然国民からの不満は募るばかり。

 満足に食事が出来ず、餓死者が増え続けているらしい。


 それでも革命が起きないのは、徴兵で男がいないからだろう。

 徴兵された男たちは腐敗した貴族の元で訓練を受ける。それは訓練と称した権力者の奴隷であり、男たちの精神は日増しに弱っていった。


 セレンは幽閉されて三年間。最初は聞こえてこなかった国民たちの声が聞こえるようになっていた。

 もちろんそんなことはあり得ない。国民が王城の敷地内に入るなど出来ないし、叫びでもすればすぐさま衛兵が切り捨てるだろう。


 妄想。そうなのかもしれないと思う。

 三年間気の滅入るような暗い塔に閉じ込められ、ついには幻聴が聞こえ始めたのかもしれない。


 「国民たちは限界よ。これ以上搾り取られたら何も残らないわ」

 「だからってお前になにができる?ずっと籠の中の鳥を演じ続けて、本当になにも出来なくなっているじゃないか」

 「けれどレナード。あなたがまだいる」


 セレンはそういって青年に、レナードの方を向く。


 レナードはセレンが五年前に拾った従者だ。

 魔術を使える人間として忌み嫌われ、伯爵家の嫡男であったはずが家を追い出された。

 魔術を使えると言っても、そのことを知る者は今やセレンと当人しかいない。

 実家である伯爵家は粛清のおりに低いながらにも継承権を持っていたことを理由にその対象となっていた。


 レナードはすでに家名を剥奪されていたうえ、家族がその存在を無いものとして扱っていたため無視された。

 彼自身も王の前では従順な皮を被り、本性を隠し通しているため、セレンの従者としても認められている。


 レナードはセレンと目が合って、僅かにたじろいだ。

 セレンの目に宿る意志を見てしまったからだ。その言葉から、セレンが何をしようとしているか察してしまったからだ。


 「断る」

 「レナード、まだ何も」

 「いいや、お前のいいそうなことくらいわかるさ。やめておけ、俺は魔術なんて使わない」


 セレンはレナードが嫌う魔術に頼ろうとしていた。

 無力な彼女にできる唯一の抵抗。それに縋ろうとしていた。


 「国民の声が聞こえるの」

 「だからそれは幻聴だと、」

 「でも苦しんでいる。国は民の力無しでは成り立たないのに」

 「そんなこと、塔にいるお前にはわからないはずだ」

 「塔につく見張りの兵の話は私の唯一の情報源なの。あなたはなにも教えてくれないから」


 レナードは舌打ちをした。

 この塔に見張りについている兵は二人。レナードが訪れる時は一言も発しないから気にしていなかったのに。


 「三年よ。その間誰も、何もしなかった。貴族は遊びほうけて、民はもう諦めてしまっている。私が王位を継ぐ前にこの国は滅びるわ」

 「それがどうした。ずっとお前を縛り付けていた国だぞ。滅べば自由じゃないか。それの何が悪い」


 吐き捨てるようにレナードは言い返した。嫌悪を隠そうともしない。

 それに対してセレンは怒鳴りつける。


 「バカなこと言わないで!私の国民よ、私は王族よ。たったひとり生き残って誰に報いることもなく生きるなんて出来ないわ。汚れた玉座は私が(そそ)がなければ」


 愛する人たちを次々に奪われ幽閉され、国の現状を聞くたび、セレンは自分は無力だと嘆いた。

 しかし涙を流したのは後にも先にも家族が殺されたその後だけ。セレンは助かった自分が泣くことは許されないと思っていたのだ。


 「……なんでいまなんだ」


 レナードは顔をしかめてセレンに問う。

 セレンはレナードを見つめ返した。


 「陛下が隣国に戦争を仕掛けると、そう聞いたの」


 自国の民を散々苦しめておきながらまだ足りないと、国王は隣国にまで手を伸ばそうとしている。

 この話を聞いた時、セレンは限界だと思った。

 国民に反発するほどの力はもう残っていない。そうして国民はなにを選ぶだろうか。

 おそらく自害を選ぶ。もう何ものこっていないうえに戦火に巻き込まれて焼かれるのであれば。

 いまの国力からして勝ち目はないのだから。


 レナードは戦争という言葉に瞳を揺らした。セレンはそのわずかな感情の揺れを見逃さない。


 「本当なのね」

 「……」

 「レナード、戦争なんていま起こしたら滅びるのは確実よ。ここが潮時なの」

 「……一緒に逃げるとは、考えないのか」

 「ふふ、情熱的なお誘い」


 おどけて見せたセレンは塔に幽閉されるまでの彼女だった。

 優しい姉や兄に囲まれて、幸せそうに微笑む彼女と同じ顔をしている。


 「だから黙っていたのね。戦争が始まって私を連れ出す機会が出来るように」

 「……」

 「あなたってバカだわ」


 セレンは悲し気に微笑む。バカだと罵っておきながら、彼女の眼差しは優しいものだった。


 「ごめんなさい、レナード」

 「謝るならやめろ。それにバカはお前だ。こんな国のために」

 「国は私の一部なの。だからレナード。最後に私の願いを叶えて」


 最後だ。セレンがレナードに乞う魔術を使えば。

 レナードは黙り込んだ。深く考える。美しい顔をゆがめて。

 しばらくして、強く瞑っていた目を開く。


 「……なあセレン」

 「なに?」


 レナードがセレンの名を呼ぶ。セレンはそれに嬉しそうに反応を示した。


 「俺はお前を幸せには出来なかったな」


 レナードはセレンに額を合わせた。こつんと音が鳴る。


 「……本当にバカな人」


 そばにいてくれた。それだけで幸せだったのに。


 合わさった額から、熱が伝わる。

 魔術を行使されている。それが伝わってきて、セレンはその熱を受け取った。


 ふっと熱が収まって、レナードは額を離す。

 セレンは目を開けた。薄い光の膜が自分を覆っている。


 「願いを」


 厳かに、レナードはセレンに告げる。

 セレンは両手を胸の前で組んだ。

 そうして確かな祈りを捧げる。


 



 「この国に祝福を。……国王に裁きを」



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