雨の中の車の中で
雨降る中の車内。人間は3人居る。50代の男性が1人。50代の女性が1人。最後の1人は私、30代中盤の女性。私が、ハンドルを握り車を運転している。後部座席に座る二人は、一言も口をきかない。女性をI、男性をTと呼ぶことにする。
ある宗教の催しに、私はここ10年足を運び続けた。この二人は、そこで知り合った仲間。いまは、その催しから故郷へと戻るために車を走らせているところ。雨足が強くなると、高速道路は激しい水音に見舞われた。
「なにか一曲、歌でも歌いましょうか」
沈黙に耐えかねた私がついと、おどけた口調でしゃしゃり出る。
「じゃあ尾崎豊」
「『卒業』でいいですか」
「いいね~」
私はなにをしているのだろうか。校舎の陰、芝生の上、吸い込まれる空。歌いながら虚しさに襲われた。そもそも私は、行きはTと二人であった。Tは既婚者であり気難しそうな嫁と大学生のこどもがいたが、独身の私は手を出そうとも思っていないし、気楽に話を楽しむ往路であった。
そのことを催しの際偶然後ろへ座ったIに、どうやって来たのかと手段を尋ねられた際に、隠す必要などないので自然と伝えた途端、Iの表情がみるみる般若のようになり、「帰り、私も一緒でもいい?」とのたまい、チェックインしていたホテルまでチェックアウトをして、私たちと同じ車へ乗り込んだ。
行き、ほどよく繋がっていたかろやかな会話に対し、帰りは静まり返る車内。
そもそも、TとIには何があったのだろうか?
なぜ形相を変えてIは車内に乗り込むのか。
なぜTはここまで、Iに対して冷たいのか。
Iはバツ1の女性。田舎で生まれ、田舎を出ずに、田舎で暮らしている。こどもは社会人となりすでに独立している。
先日、宗教の教祖の紹介した本である『性なる快楽』という研究書を、Iに貸した。男女の性についての見解が書かれた本で、現代において抑圧された性の神秘が描かれている。なにか、彼女の人生に少しでも、役に立ったのだろうか。