琥珀色のアニバーサリー
琥珀色のアニバーサリー
ベッドに体育座りをして、私は棚に置かれたデジタル式の目覚まし時計を見遣った。十一月二十八日、日付を超えたようだ。
ところで、十一月の行事といえばなんだろう。
そう言われたなら、私は「七五三」と言葉を濁すだろう。しかし、「七五三」は七歳までしか通用しないもので、自分に子供が出来ない限り、自分のお祝いでそれきりなんてことがほとんどだろう。兄弟がいない一人っ子なんて、なおさら縁がない行事だろう。それ以外は祝日が二つあるというありがたい月ぐらいだろう。昨月はハロウィン、来月のクリスマスなどと言った商業的な大きなイベントは思いつかなかった。カレンダーのラストを描く人は十一月で悩んでいて、事実、子供の頃から、十一月は思いつかなかったんだろうなという絵ばかりだったことを覚えていた。
誕生日にはそれぞれ誕生石というものがある、四月は宝石の王様ダイヤモンド。七月は情熱のルビーと言ったように……果たしてこんなことを決めたのは誰だろうか。よっぽど宝石に思いを馳せたロマンチストなのだろう。
そんな十一月の誕生石はトパーズだ。シトリンという宝石も誕生石にもなるが、一番、有名なのはやはりトパーズだろう。果たしてトパーズは何色と呼べるだろう、橙が混ざった黄色だろうか。琥珀色といいたいところだが、トパーズと琥珀は全くの別物だ。琥珀はキャンディのようで舐めると甘美な味がしそうな色をしていて、なによりも「コハク」という音が神秘的で好きだ。
耽美とも言える琥珀は好きだ。だけど、私はトパーズが好きではなかった。音の響きが煌めく宝石よりも、ごつごつとした鉱物のものだったせいか。それとも私自身が、目に眩しい橙色や黄色があまり好きではないからか……だが、琥珀は好きなので、きっと色彩は関係がないのだろう。だけど、橙色という言葉もあまり好きではない。子供の頃から、クレヨンの「だいだい」という文字が、悪戯好きな男の子がふざけた口調で言うような言葉のイメージがあって好感が湧かない。
結局、ハッキリした理由はないが、十一月にも、トパーズにも、橙にもいい思い出があるかと言われたら、真っ先に「ない」と端的に言うだろう。
そんなことを考えていたら、部屋のドアを隔てた向こう側の廊下から軋むような足音が聞こえた。母親がお手洗いのために起きたのだろう。小言を言われる前に、私は慌てて電気のスイッチを押して、色褪せた蒲団にもぐりこんだ。
――それでも、明日は、私の誕生日だ。
そんなことを思いながら、私は目を閉じた――二十回目の誕生日、最後の十代。胸の高鳴りはなく、いつものように私は体をベッドに、思考を暗闇の奥底へと沈めた。
十一月二十八日。この日は授業がなかったが、私はレポート作成のために大学の図書館で論文を昔ながらのパソコンで探していた。ノート系の薄い形を愛用している私にとっては、キーボードがでこぼこしているデスクトップ型パソコンは懐かしさを覚えた。かたかたという音が文字を打っている感覚が直に分かるのが楽しい。
『二十歳は大人』
世間一般では二十歳は成人であった。母が飲んでいるワインの味も知ることができれば、父が煙を蒸かしている煙草も吸えるのだろう。コマーシャルの女優で見るような大人の魅力はまだ出せていない。無論、出せる相手もいないのだからあっても仕方がない。
今、私の首には、小さくカットされた宝石のペンダントがつけられている……恋人からもらったといえば小説みたいでロマンスがそれこそ繰り広げられそうだが、実際にこのプレゼントをしてくれたのは母親であった。少し早い誕生日プレゼントとして私に贈ってくれたのだ。宝石はなんと、ブルートパーズという薄い青色のトパーズだった。いつから女の子は桃色よりも青色が好きになる傾向があっただろうか。私が小学校高学年の頃、女の子の小物の色は桃色よりも、水色が好まれた時期があった。かく言う私も青色信者の一人で、自転車も筆箱も青で統一していた。
青いトパーズがあることを知らなかったので、トパーズに苦手意識を持っていた私には喜ばしいことであった。だが、そうなると私の中の橙色をしたトパーズはますます隅へと追いやられていくような感覚がした。同じ誕生石のサファイアや、ルビーと言った華々しい宝石に比べると、やはりトパーズは見劣りするようだ。
まるで偏見だが、事実偏見だ。しかし、あまり好きになれないのも事実だ。
あまりにも駄々っ子っぽい理由に、自分自身に嫌気がさした。大人びてつけたはずのブルートパーズが子供の玩具に見えて、私は人知れず溜息を吐いた。
可哀想な橙色のトパーズ。それでも、未だ見たこともないオレンジのトパーズに対して私は同情を覚えるのであった。
相も変わらず図書室でぼんやりしていると、腕時計の針は一時を示していた。一旦、大学を離れてコンビニでおにぎりを二つとパックに入った野菜ジュースを買い再び校内へと戻りサークルの部室へと向かった。
誰もいない部室に着いて、机の上にある書類やノートを脇に退けて、コンビニ袋をどさ、と乱雑においた。
『二十歳は境目』
サークルの先輩たちは、飲み会で口を揃えてそう言った。二十歳になってから徹夜が辛くなるし、手入れをしないと肌荒れがひどくなる。なによりも体にガタが出始めると言う。階段をあがるだけで息が切れる――私は烏龍茶を飲みながら、なるほど、うんうんと騒がしい居酒屋の中で後輩面をして頷いていた。
しかし、二十歳になって、急激に衰えるものなのだろうか。年上の先輩は、「自分はオバサンだから」と自虐していたが、二十歳がオバサンなら、三十歳はお婆さんなのだろうか。
ふとコンビニから帰ってくる途中に、黒髪のおさげを結った高校生が談笑をしながら歩いていたことを思い出した。
――私も、かつてはそうだった。
誰だって最初はゆりかごから始まって、最後は棺桶で終わることは決められている。私もゆりかごから立ち上がり、彼女たちと同じように制服を着ていた時期もあった。それも二年前には終わりを告げた。今は大学生で制服とは、永遠におさらばした。今は転々と居場所を変える旅人のように、毎日、服がくるくると変わる。
制服を着ていた頃はあったが、それは歴史のように長々と語れるほど大した日々ではない。汗水流して仲間と共に頑張った記憶も、孤高に勉強に打ちこむような努力も私にはなかった。私は暇なときには図書室に行き、昼休みも本を読みふける。運動がなく、自分の作品を描くことも、ぼんやりすることも恣意的にできる文化部に所属していた。部活が終われば、さっさと家に帰って、また私は部屋に閉じこもって一人でゲームをしたり本を読んだりをして時間を貪って眠る。私の半生はまるでメリーゴーラウンドに乗っているようだった。ずっと、私は子供のように木馬に跨っている気分だ。だが、周囲の季節や景色だけが移り変わる、私にとっての淡白でぼんやりとした、そんな青春と呼べるらしい時間は二度と返ってこない。
だけど、二度と返ってこない日が、遡って私の元へやってきては欲しくない。望んでいた過去の日々に、それでも私は同じ毎日を繰り返すのだろうから。
なにも望まず、白馬の木馬に乗って、永遠にぐるぐると停滞するのだろう。
だからと言って、簡単に老いたいのだろうか?
私は答えを見つけ出せなかった。答えの代わりに、野菜ジュースを飲み干してパックを潰した。子供の頃に比べると、飲むスピードも早くなった。今日の食べたおにぎりも私の手の中で一回り小さく見えた。
『二十歳は希望』
朝のニュースでは若さは一つのトレンドや流行として取り入れられる。二十歳は大人の中のひよっこだ。大人だから、自由にやりたいことができる、そして、なによりも若さがあるとして大人たちに羨望や妬みを受ける。そして門出と言わんばかりに、成人式が執り行われて、大人になったことを式までして、祝日まで作って祝福される――先輩と呼ばれる大人たちからは可能性とか、未来という言葉を与えられる。私はその言葉たちを毛嫌いしているわけではないが、手に取って持ち上げられるぐらいの実感が湧かなかった。元々、抽象的なのだから触れることも、見ることすらできないことは分かっていた。
私は、なにをしてきたのだろう。
ドアの近くに立って窓の外を眺めた。外の世界は暗闇で点々と住宅地の明かりが見えた。一〇時半を回っている……これから後、一時間近く電車に揺られるのだろう。私の耳にはめられたイヤホンから流れるのは、今日も変わらない一つのアーティストのアルバムの一曲だった。このアルバムの曲たちを、私は延々、聞き続ける。これ以外のアーティストに惚れこんだことがない。
私は、なにをしているのだろう。
無表情のまま、つまらないのっぺりとした顔が反射して映る。
「はあ」とわざとらしく溜息を吐いた。ざらとくぐもった低い声、一度は言ったことを聞き返されるこの声がどこか忌々しい。
誰とも会話をせずに、一日が終わろうとしていた。だが、慣れたことではないか。
これからも、そんなことは何日も続くだろう。だというのに、今になって、どうしてそんなことに気を留めて「今日は喋らなかった」ということを考え込んでしまうのだ。どうして、いつもの孤独に怯えているのだろうか。
思えば、過去の記憶は恐怖か虚無で占められていた。幼稚園に入園することも、小学校の仲間意識の強さも、中学校での堅苦しい規則も、高校の受験勉強もなにもかもが嫌で逃げ出したくなった。だけど、そのステップや環境一つ一つに他者がいた。他者は他者同士で、それぞれ仲間や友人を見つけて親交を深めた。たとえ環境の苦しさに悩んでも、他者の存在に助けられてきたことで楽しく過ごせている。もちろん、他者に傷つけられた者もいるだろう。だが、それは他者と関わったことによって刻まれた遺産として残るだろう。
だけど、私には、他者はいたか。
心から楽しいと思えるぐらい、傷つけ、傷つけられるぐらい他者に踏み込んだか。
私は他者に踏み込まれたか。
私は誰よりも自分が分からない。だから、自分のことを分からない私は他者が苦手なのだろう。だけど、それが他者の廃絶には繋がらない。他者が分からないこそ、他者に踏み込まなければいけないのだから。もしかしたら、私は、いつか自分を他者と見做して、自ら破滅してしまうかもしれない。
――無理に信じなくてもいいじゃないか。人に頼りきったらそれは依存だ。
だが、こんなことを考えている時点で、私はきっと他者に一番興味を持っているのかもしれない。
結局、私は、誰かを待ち続けているだけの人間なのだろう。ゆりかごに揺られたまま、抱かれるまで泣くこともなく天井を見上げているだけの赤ん坊としてぼんやりと生きているだけだ。そのまま季節だけが流れて、親も、関わった人々も老いていき、私もゆりかごの景色を眺めて体が衰えていく。
私はいままで、立ち上がらなかった。ただ、流れる景色を見て、私はなんて怖いのだろうと怯えているだけだった。
私は、これからどこに行くのだろう。
列車も座席に眠ったサラリーマンも私のことは気にせずに電車は走っていた。私の首にかけられたブルートパーズのペンダントは何色をしていたのだろう。
トパーズ、私はお前のことが好きではない。
それでもお前は。やっぱり。
私が見ていなくても、自らの力で光り続けているお前は。
「本当に綺麗だよ」
電車から降りた私はバスロータリーのベンチに座ってバスを待っていた。そろそろ本格的に冬が始まる。四季があるのはいいことだが、ここからここまでという境界線がきっちり決められていれば、文句がなしに褒められるのだけれど。ロータリーの肌寒さに思わず目を瞑った。首元が冷たい。ブルートパーズの色もなんだか寒々しい。
トパーズの由来は、ギリシャ語の探し求める、という意味の単語から取ったということをどこかで聞いたことがあった。古来の人々が、なかなか見つからなかったという嘆きからこのような名前がつけられたと考えられている。やがてその由来は、宝石言葉となって私たちの人生への鼓舞へと変わる。
私に、なにを探せと言うのだろう。
私はこれからの日々に、ゆりかごから起き上がり、トパーズを片手に道を探していかなければいけないのだろう。どんな事柄に、どんな他者に出会うのだろうか。それとも案外、メリーゴーラウンドの次は、観覧車に乗り続けるだけの日々に移り変わるだけだろうか。その答えは、なんであろうと、いずれは知ることにはなるのだろうが、先は見通せないものだろうか。
光を求めるように親指でスマートフォンの電源をつけると、数字のゼロが三つ並んでいた。日付は二十九日を示していた。
こうして機械的に私は自らの二十回目の生誕が告げられた。暗闇の中で私は小さく頷いていた。
恐らく、来年もささやかにこんな風に「誕生日おめでとう」と心の中で呟くのだろう。どんな私であろうとも、誕生日はそれでも私は祝うのだろう。旧来からの友達のような言葉遣いで何度でも祝い続けるのだ。
『二十歳でも未熟だ』
スマートフォンから煌々と放たれていた光が消えた。ただ一つ、ブルートパーズだけが宵闇の中で鈍く光っていた。