初めてのお泊り2
「ん~。」
横寝で気持ち良く眠りに落ちかけていたら、体の前後に温もりを感じた。なんだろう?と目をゆっくりと開く。と、胸元からひょこっとケインが顔をあげた。
「あれ?まだ寝てなかったの?まぁ、いいけどね。」
ケインはかわいらしい顔に艶っぽい笑顔を乗せて、私の顔に自分の顔を寄せて来る。まだ覚めきってない頭の私は、この状況が飲み込めずにぼうっと彼を見つめていた。
すると、背後から私の肩口を抜けてスルリと手が伸びてきて、くいっと顔を振り返らせられる。そこにはロークがいて、吸い込まれそうな紫の瞳が私を捕らえた。
「私の方がいいよね?」
いつもと違いはっきりとした口調のロークが顔を近づけてくる。
「この!!魔法使いども!!!」
張りのある声に私は一気に目が覚める。と、同時に私に張り付いていたケインとロークが引きはがされて床にほうり出された。私は慌てて上半身を起こして、状況を確認する。2人と私の間にアルフレッドが仁王立ちで立っていた。私の方から彼の顔は見えないが、あきらかに怒っている様子だ。薄暗かった室内も気づくと寝る前同様に明るくされていた。
「いてて。」
「いったいなぁ。」
派手に尻餅をつかされた2人が声をあげる。
「彼女に何をしようとしたっ!」
やはりアルフレッドはかなり怒っている。丁寧な喋り方もなくなり、声にまでその怒りが浸透していた。
「添い寝。」
「私も~。」
「はぁ?!僕が昔から一緒に寝てたんだ。邪魔すんじゃねぇよ。」
「へ~。最近は相手にされてなくて拗ねてたくせに~。」
「ふん。一番付き合いが長いのは僕なんだぞ。」
「時間の長さが愛情の深さとは限らないよ~。」
ケインとロークはアルフレッドの問いに答えたかと思うと、勝手に口喧嘩を始めた。あれは添い寝だったのか、それにしても2人は悠長にやっているけど、ほら、アルフレッドがさらに怒ってるよ。
「貴様らっ!!あれが添い寝だと言う気か?あきらかに不埒な事をしようとしてただろうっ!」
その言葉にビックリしたのは、私だ。あれ、貞操の危機だったのか!!私はギロリと2人を睨みつける。しかし、彼らはちらりとだけ私を見て不敵に笑った。
「だって~、乙女ゲームだってのに、まだ誰のルートも選んでないんだよ~。なら、アピールしとかないと~。」
「そうそう。他の奴選ぶ前に手打たなきゃ。」
アルフレッドに言っているが、これは私に聞かせた言葉でもあった。もちろん、私が反応する。
「お、乙女ゲームだって知ってるの!!」
私の困惑した声に、アルフレッドが振り返る。彼は話の腰を折られたせいか、少し怪訝な表情だった。
「最初にゲームだと知ってるといいましたよね?」
はい。聞きました。……けど、おかしいでしょ。おかしいですよね。攻略対象者が乙女ゲームであることを知ってるなんて、どういう設定ですかっ!!相手に俺をおとすんだろ?って知られてて、アプローチかけるなんて恥ずかし過ぎるでしょう!……本当に、乙女ゲームサイドに手出ししなくてよかった。
「まさか、そんなことまで知ってるとは思ってなかったので。でも、乙女ゲームを進める気は全くありませんから。」
私は苦笑いを浮かべながら、3人に思いを語る。男を物にしようとギラついている女とドン引きされたくないし、今後の冒険でぎくしゃくしたパーティーではやりづらい。
「乙女ゲームやる気ないのか?」
「もちろん。だから、皆もそこは気にせずに。」
ケインが不満げな表情で聞いてくる。私は大きく頷いて答えた。
「私たちは男性として魅力ないってこと~?」
「いや。とても素敵ですよ。だから、ゲームなどに縛られず自由な恋愛をしてください。」
ロークが悲しそうに私を見てくる。だから、すかさずフォローをいれた。
「なら、アスナとでもいいですよね?」
アルフレッドの言葉に、………私は大きく首を傾げた。
??あれ?話がズレていってる気がする。なぜだろう。
私が言い淀んでいると、ケインが口を開く。
「まぁ、やる気なくてもゲームは進むけどね。」
「げっ!勝手に進むの!」
「いいや。僕らが進める。」
「えぇ?どうして、そんなことするのよ。」
私は不満感たっぷりに彼らを見ると、少し困ったような照れたような顔になり、
「「「もちろん、君が好きだからだよ。」」」
3人は同時に私へと愛の告白という形で回答をくれた。私はあまりにも唐突すぎる返事に唖然とする。
なんで、なんで、なんでなんで………。好きって……3人とも……??おかしいでしょう。知り合ってまだ半日しかたってないのに。……乙女ゲームだから?いや、ルート選んでないし、好感度だって………。
まさか!!
「シ・ス・テ・ム~。」
私は思い至った結論に怒りを込めて、その主犯であろう名前を呼ぶ。今までの人生で一番低い声が出たのではないだろうか。
呼ばれたシステムはポンッと部屋に文字を浮かべる。相変わらず『誰のルートを選びますか?』と呑気なデジタル文字がふわふわとしていた。
その文字にさらにいらつき、今までのもろもろのストレスと重なって久々にぶちギレた。もともとあまり怒らない分、怒ると大爆発する。私は自分のベッドにあった枕を手に取ると、すっとベッドの上に立ち上がる。
「このクソゲー!!謀りやがったなー!乙女ゲーム無視ったから、彼らの好感度上げさせて強制発動かっ!高みの見物せずに出てこい。ばかー!!!」
私はブンブンと文字に向かって枕を振り回しながら、システムに対して叫ぶ。文字は枕が当たってもすり抜けるだけだが、少し揺らめくので手応えがある気分はする。
「彼らの感情を操作するなんて、酷いぞっっ!」
いくらゲーム世界だからって、攻略対象者だからって、感情まで書き換えられる筋合いはないはずだ。
「アスナ!」
名前が呼ばれると同時に、私の腰にアルフレッドが抱き着いてきた。ベッドの上に立っているので、私より背の高いアルフレッドなのに彼を見下ろす形になる。
「アスナ。違うんだ。俺たちの感情はシステムやゲームの影響を受けてるわけじゃない。」
「えっ?違う?」
私は手にしていた枕を落とす。システムに無実の罪着せちゃった?やばい?とアルフレッドを見下ろすと、彼は端正な顔を少し赤らめた。
「強制ではなく……本当に好きなんだ。アスナ。」
彼はそう言うと、腰を抱いていた腕の力を強めた。アルフレッドとの密着度がさらに増す。さっきまでは私の行動を止めるために抱き着いていたが、これは明らかに愛しさが込められていた。
はいぃぃぃ?!な、なんでこうなってんの??なにこの状況……。
システムの事など一瞬で吹き飛び、告白と抱擁なんて恋愛モード状態に頭がパニックを起こす。私はあわあわとただうろたえるだけで、抱きしめてくるアルフレッドをどうしていいのかわからない。
「てめぇ、どさくさにまぎれて、なに抱き着いてやがる。」
「すぐに、離れてください。」
ケインとロークが慌てて私からアルフレッドを引き離す。
「さっき抱き着きながら、あいつの胸に顔埋めてただろ。」
「なんのことですか?見間違いでしょう。」
「しらを切る気か。この、むっつりやろう。」
ケインがアルフレッドに詰め寄っているけれど、アルフレッドはしれっと受け流している。実際、胸元にアルフレッドの顔があったのは間違いないが、埋められるほどの物は持ってないから、ケインに同調できない。
私はアルフレッドから解放されて力無くベッドに座りこみ、呆然と2人のやりとりを見つめた。まだ、頭はさっきの出来事でくらくらしている。
そんな私の横にすっとさりげなくロークが腰掛ける。と、ふんわりと肩を抱いて私を胸元に引き寄せた。
「私も心からあなたを愛してます。」
スルリと片手を取られロークの指が私の指に絡み付く。ぎょっとして顔を上げれば、魅惑的な紫の瞳にくぎ付けになった。ほわんと周りに甘い空気が漂った気がした。
「おまえら!なにやってんだ!」
ケインにぐいっと肩を捕まれてロークから離され、ハッと私は我に返る。
あ、ああ危なかった。流されてた……。あの目には要注意だ……。
私は惚けている頭に冷静になれと心の中で繰り返し唱える。けれど、状況的にはまだ冷静ではいられない。
ケインにのしかかるように後ろから抱きすくめられているのだ。華奢だと思っていたけど、男性だけあって私はすっぽりと包み込まれている。
「僕が一番、誰よりもおまえが好きだからっ。」
切ない声で耳元に囁かれる。密着する体もわずかに震えていて、いつもの強気な態度や口調のケインとはまるで違う、はかない雰囲気を感じる。
えぇ?どうして、弱々しい感じ??うわっ、耳に息がっっ。
私は小さく身震いした。私の耳元でケインがふうっと吐息を漏らす。ゾワゾワとするので払いのけたいけれど、こんな彼を無下に突き放せない。
すると、ボフッとケインの顔面に枕が当たった。
「アスナ。ケインの演技に騙されないでください。」
投げたのは、向かいにいたアルフレッドだった。枕は私がさっき振り回していたものだ。
「てめぇ。また、邪魔かよ。」
ケインは私から腕を離すと、さっき受けた枕を掴んでアルフレッドに投げつけた。これを合図に2人の枕の投げ合いが始まった。
私はケインがいつもの調子に戻っている事にホッとした。あの態度はアルフレッドが言うよう偽りだったかもしれないけど、嘘と言い切れなものがある気がする。
「こっちこっち。」
ロークが小さな声と手招きで私を呼ぶ。2人の争いから避難させてくれるのかと彼に近づこうとしたら、ブンッと背後から枕が飛んでロークに向かう。ケインが投げたものだ。けれど、ロークは安々とそれを受け止めた。
「抜け駆けさせねぇ。」
「そうだ。」
さっきまでやり合っていたはずのアルフレッドとケインが今度はロークに標的を変える。
「2人共、少し冷静になりましょうよ~。私たちが奪い合っても意味はないでしょ~?決めるのはアスナちゃんなんだから~。」
ロークにそう言われ2人はハッとする。
「そうですね。理性を失ってました。大切なのは彼女の気持ちですよね。」
「僕も……焦りすぎだったな。」
3人の視線が私へと集まる。私は三つ巴になってから呆けていたので、彼らのやりとりを聞いていなかった。
あれ?喧嘩が治まってる………。どうなったの??
いざこざが終わったのはよかったが、ちょっとの間に話の矛先がまたこちらに向いている。
「私たちの思いは十分伝わったよね~?」
「僕らは本気だから。」
「今、ここで、決めて欲しい。」
3人が私に詰め寄ってくる。
「「「誰のルートを選ぶ?」」」
彼らはシステムとほとんど同じ文言で私に選択を迫ってきた。
これは、逃れられない選択肢なのでしょうか??