RPGだけがんばります
ゲーム世界。
衝撃の事実を告げられてまたしても私の頭は軽く混乱してきているのに、彼らはまだ話し掛けようとしてくる。
「ち、ちょっと待って。頭の整理をさせて。」
慌てて彼らにストップをかけてから、少し一人にしてもらう了解を得た。まず、彼らと距離をとるために私はガサガサと草原に分け入っていく。そして、彼らに背を向けたまま、ぐしゃっと両手で頭を抱え込む。
うわぁぁー!!そうだよ。ゲームだよ。何故気付かなかったんだろう。勇者に騎士に、黒魔導士、白魔導士。さっきゲームに出てきた単語じゃないかぁ!彼らの服装もファンタジーコスプレだよ。だって、ファンタジーだもん。日本語話すのに名前が外国語とか、ちぐはぐなのも当然だ。
ゲームだと知れば、ここでの疑問すべてに納得がいく。
でも、どうしてこんなことに。……バーチャルゲーム?!……なわけないか。
え、となると、異世界の扉開けました……的な。…………マジでかぁ。
私は自ら導き出した答えに落胆し、頭にあった手をダラリと下ろす。ここに来たときと同じ草原の景色を再び見つめた。青空に草の緑が映え、時折吹く風に草が波のように揺らめき優しく光る。
これが10プレの世界……。
下ろした手にサワサワと揺れる草があたる。1本づつきちんと感触があり、実在している。ゲームでもここはきちんとした一つの世界。RPGがリアルになるとこんな感じなんだなぁと思って、はたと気づいた。
うぁ……違った。RPGだけど、乙女ゲームだよ。
私はサァっと血の気が引くのを感じた。ここに来る前にやろうとしたゲームは、10プレ乙女版だ。
そろっと顔だけを動かして後ろの3人を覗きみる。3人は離れているので表情は読み取れないが、心配そうに?こちらを見ている。私は眉間にシワを寄せて、眩しそうに目を細めた。
だから、あんなにパーティーメンバーがキラキライケメンなのか……。もしかしなくても、彼らが攻略対象者。
盛大なため息が漏れる。RPGなら何とかなるかもしれないと思ったのに、一気にクリアできる気がしなくなった。そもそも、乙女ゲームをきちんとやったことがない。
私は乙女ゲーム好きの友達を思い出す。彼女には乙女ゲーム雑誌片手にこのゲームはこうだとか、この彼のあの言葉が最高だとか、散々熱弁をふるわれたものだ。あの頃は、興味なく聞き流していたが、まさか役に立つ日がくるとは。大切な知識をありがとうと彼女に心で手を合わせる。
確か、異世界に行く乙女ゲームがいくつかあったはず。
彼女の語っていた情報をいくつか思い出して、私は力無くその場に膝から崩れる落ち、そのまま手をついて四つん這いになる。全身が草の中に埋もれた。
両思いで帰れるエンドも帰れないエンドのゲームもあるじゃないか。
私は途方に暮れる。このゲームがどちらなのかわからない。そもそも帰るエンドはあるのだろうか?
さらに芋づる式に思い出した乙女ゲーム情報に、私はますます暗くなっていく。乙女ゲームのシナリオやシーンにはかなり過激なものも多いのだ。
このゲーム、18禁………じゃないよね。16歳にやらせようとしたゲームなら、15禁までだよね。いや、15禁でも十分やばいんだけど。
パッケージには特に書いてなかったが、個人制作ものだからわからない。それにしても、リアルな乙女ゲーム世界なんて貞操や生命の危機しかないじゃないか。もう、絶望感しかなかった。
あぁ!乙女ゲームなんてパスしたいよ~。
ん?!そうだよ。乙女ゲーム要素は全面スルーすればいいんだっっ!
私は閃きに顔を輝かせる。ひとつ足がかりができれば次々に名案が思いつく。
RPGだけクリアでも、このゲームシナリオは終わるはず。帰れなくてもこの世界で、その後は平穏な生活を送れるかもしれない。
そういえば、彼らはここがゲーム世界だと知ってた。ってことは、もしかすると私と同じようなトリップ組。ならば、協力して帰る方法も探れるのではないか。
私のどん底まで落ちていた気分が、急浮上した。私はすっくと立ち上がると、パタパタと手や膝についた土を払う。
当面の目標はRPGだけがんばる!!だ。
私は小さくガッツポーズしながら決意を新たに気合いを入れる。平凡平穏な未来のためなら、今は多少の努力は厭わない。私は清々しい気分で意気揚々と3人の元へ戻った。
ーーーーーーー
彼女は一人にさせて欲しいと言って、草原の中にざくざくと入っていった。そして、ある程度の距離で立ち止まっり、いきなり頭を抱えこむ。
「!!……な、何してるんだろう?」
アルフレッドがびっくりしながら、隣のロークに話しかける。
「さっき言っていた頭の整理でしょう~。まぁ、いきなり別世界に来れば混乱するのは、しかたないかな~。」
ロークは彼女を見ながら、おだやかに答えた。ケインはそのまま静観している。
今度は、彼女がこちらに振り返る。と、いっても僅かに頭を動かしただけ。
「う゛、睨まれているようなんだけれど。さっき腕を掴んだ事を怒ってるのかな……。」
「いや~。私達を品定めしてるんじゃないかな~。敵か味方かみたいな~。あの目つきは、こちらに気付かれないようにしてるつもりなんでしょ~。」
アルフレッドとロークが会話を交わす。ケインは相変わらず静かだが、その肩を小さく震わせ始めた。
しばらくして、彼女は草原の中に崩れるように隠れる。
「消えた……。」
「あ~。へこんじゃったかな~。良くない事考えているみたいだね~。」
「ぶっ」
アルフレッドの実況とロークの解説の後、ケインがたまらず吹き出す。ケインはすぐに口元を押さえ、ククッと声を出さずに笑った。2人はちらりとケインを見るが、咎めるわけでもなく、また彼女に視線を戻した。
「お、立ち直った。」
アルフレッドが、彼女が立ち上がり気合いを入れている姿を見て、そう評する。
「よかったですね~。やる気になったみたいで。リアクションが大きいので、感情の変化がよくわかりますよね~。」
ロークも淡々とアルフレッドに追従する。
「お、大きすぎだろっ。」
ケインは笑いを堪えながら、震える声で言い放った。2人はまあねと苦笑いを浮かべるのだった。
ーーーーーーー
私が戻るとアルフレッドとロークは少し苦笑しながら、ケインは口に手を当てたまま何かを我慢するような顔で迎えてくれた。思ってた表情じゃない気がするが、まあいいか。
「えっと、なんとか、状況を受け入れました。これから。よろしくお願いいたします。」
私は深々と頭を下げた。冒険を共にするメンバーに印象良くと満面の笑みだ。
「私の名前は。」
「ノジ アスナちゃんでしょ~。」
ロークが私の自己紹介を遮り、私の名前を言い当てる。何故知っている?と驚きの表情で見返すと、彼は私の疑問を察したようで、あぁと理由を言ってくれる。
「ゲームの最初に名前入れたでしょ?」
おぉ、確かに名前を入力した。さすがゲーム世界、入力名が反映されるのか。私は大きくうなづいた。けど、苗字まで入れたっけ?まぁ、細かいことは置いといて、私は早速さっき気になった事を聞く。
「あのっ。突然なんですが、皆さんがこの世界がゲームって知ってるのは、私と同じようにトリップされたんですか?」
「……う~ん。ちょっと違うかな~?……この世界の人間だけど、ゲーム世界なのは知ってる。って感じかな。うまく説明できないな~。ゴメンね~。」
ロークは左手を自分の顎にあてて、考えるようなポーズをとりながら、説明しづらそうに教えてくれた。彼らが私と同じじゃないのは残念だが、帰る方法を一人で探すことになっただけで、大きな計画変更にはならない。私は、別にいいですよ~とロークに返事をする。
「ところで、お前。説明書読んだんだろうな。」
ぶっきらぼうな口調が飛んできた。ケインだ。お前呼ばわりに少しむっとするも、私はケインの質問に正直に答える。
「読んでない……けど。」
「じゃあ、説明書も読まずにどうやってパーティーメンバーを選んだ?」
「て……」
適当に、と答えかけてゴクリと飲み込む。ケインの目つきが怖い。なんだか冷ややかな怒りのようなオーラが見える気がする。私は「て」から始まるもっといい表現を脳みそフル回転で探す。
「て、適材適所!!」
「適当だろ!て・き・と・う!お前はいつもそうだ!!」
ケインが私の返事に怒る。とっても素晴らしいのを思いついたのに、結局ばれてしまった。でも、いつもって、さっき会ったばかりの人に言われるとは、私は分かりやすい性格なのだろうか。
「ゲームなんだし適当でもいいじゃない。」
「そんなんだから、巻き込まれんだよ!もうちょっと考えろ。」
ケインは私の痛いところを突いてくる。私は行動は臆病なのだが、思考が大雑把で楽天的のようで、よくおじさんにも言われている。私が反撃できないでいると、ロークが助け船をだしてくれた。
「まぁまぁ、そう怒らないの~。おかげでこちらの世界に来てくれたんだし、いいじゃない。」
「別に怒ってないよ!これからパーティーメンバーとしてやっていくんだから、もっと慎重に考えろって言いたかっただけで。」
「あ~。せ~っかくアスナちゃんに選ばれたと思ったら、適当だったから拗ねてるんだよね~。」
「うるさい。拗ねてないよ。こら、やめろよ。」
ロークがケインにじゃれつく。ケインは追い払おうとするが、体格差で軽くいなされている。私はケインは怒っていたわけではなくて、叱っていたんだとわかって一安心する。適当に選んだパーティーだけど、せっかくなら仲良く冒険できた方がいい。
「では、説明書は全く読んでないんですね?」
話が逸れたと思ったのに、茅の外にいたアルフレッドがまた戻してくる。もしかして、とっても重要な内容が書かれていたのだろうか。これをやるとゲーム世界に行きます、とか書いてないと思うけど。
「すいません。全く。開いてもないです。」
私はうろたえるようにアルフレッドを見上げた。
「いや、責めているわけではなくて、確認です。この世界やゲームについては、俺達に分かることは説明しますので、大丈夫ですよ。」
私はホッと胸を撫で下ろす。彼らがゲーム世界だと知っていてくれるのはとても助かるなと思った。
「ありがとうございます。いろいろ教えて下さい。」
「ええ。できるだけサポートします。……でも、まずはあの街まで移動しましょう。日も傾きはじめましたし、宿も借りないと。」
アルフレッドに指された場所は最初に見つけた集落だった。私はそうですねとうなづいて、日が傾きはじめたという空を見てぎょっとする。デジタル文字がフワフワと空中に漂っていたからだ。
ゲームを始めますか? YES・NO
いつから出ていたのか知らないが、私は迷いなく答えた。
「NO。」
けれど、特に何の変化もない。声が小さかったのだろうかと、今度は大きめに声を上げる。
「NO。ノー!!」
やはり反応はない。私は道端に落ちている小石を数個拾うと、文字のNOに向かって投げつける。石の一つが当たるというかすり抜けた。これにも反応がない。
「あれって何ですか?」
私の奇妙な行動に固まっているアルフレッドに話しかけた。彼は私の指差した方に目を向けるが、文字と視点が合っていない。
「すいません。それは勇者さま以外は見えないんです。この世界の根幹というか、システムが出しているものなので。何があるんですか?」
「文字が浮いてて、ゲームを始めますかって。YES・NOがあるから、NOって言ってるんだけど。どうやって選ぶのかな?」
「声でいいと思いますが、その内容だとNOはあえて無視されているのかと。」
「!!」
まさか、システムに意思があるのか。てことは、この世界に引きずり込んだ張本人はこいつ。私は憎しみを込めてギロリと睨みつけてみる。すると、私を嘲笑うかのようにYESの文字が光り、選択された。さぁっと文字が溶けて無くなったかと思うと、空には新たな文字が現れる。
誰のルートを選びますか? 1.アルフレッド(騎士)
2.ローク(黒魔導士)
3.ケイン(白魔導士)
私は盛大に顔をしかめた。このシステム、やはり意思がある。そして、乙女ゲームのシナリオを進行させようというわけだ。
誰が選ぶかっ!!さっき私の意見無視で、勝手に選択されたんだ。こっちもスルーしても文句ないよな。っていうか、乙女ゲームはやらないからな!!
私は心の中でシステムに悪態をつくと、何事もなかったような顔でアルフレッドに笑いかけた。
「行きましょうか。」
「システムと話は着いたのか?」
「ええ。勝手にYESにされたので。もういいんでしょう。」
私は語尾のあたりを少し切れ気味に言い放って、アルフレッドに再度移動を促した。
そうして、まだじゃれ合っていたロークとケインにも声をかけ、私たち4人は草原の向こうに見える街に移動を開始した。
システムは無視されて諦めたのか、しばらくして見上げた空の何処にも文字は確認できなかった。