甘い誘惑はやっぱり危険
う~ん。困った。私はスイーツは別腹というタイプではない。ただ、今は猛烈に腹が減っている。いつ虫が鳴きだしてもおかしくないくらいに。だから、目の前の餌には飛びつきたい。
しかし、夜に男性を部屋に招き入れるというのは良くない。という、倫理観がある。
「心配しなくても、この2人も同席させるよ?」
私が決め兼ねている内容がわかったようで、王子にそう提案される。
そっか2人きりにならなければ大丈夫か。そもそも王子様はパーティーメンバーにすら選んでない存在。乙女ゲームだと警戒する必要もないよね。
「わかりました。どうぞ。」
私はいとも容易く倫理観を手放した。別にお菓子に釣られたわけじゃない。たぶん。
執事とメイドは部屋に入ると、元々据付けてあった丸テーブルにクロスをかけてお茶とお菓子を準備していく。そのテキパキとした仕事に見惚れていると、支度ができたのか椅子を勧められる。促されるままに座れば王子も対面に腰を下ろす。暖かな紅茶?が目の前のカップに注がれ、執事とメイドは部屋の端に待機した。
「遠慮せずに食べてくれ。君のために用意した。」
「ありがとうございます。」
私はおずおずと焼き菓子を手に取る。まだ、ほんのり暖かい。焼きたてのそれを口にすれば優しい甘さがお腹を満たしてくれる。幸せに自然と顔の筋肉が緩んだ。
「美味しいです。」
「よかった。君には笑顔が似合う。」
王子に真正面から見つめられ、キラキラモードで微笑まれる。漫画とかならポロリとお菓子を落として赤面しながら焦るシーンだろうが、私にはただ眩しいだけだった。どうもアル達と四六時中一緒にいるのでイケメンに耐性がついてきているようだ。
王子とのお茶会はつつがなく進んでいく。と、いってもお菓子をいただくのは私だけで、彼は紅茶を飲むだけだ。私だけ食べては悪いとお菓子を勧めてみたりもしたが、体よく断られた。まぁ、ご飯食べてるし、お腹いっぱいなのだろう。
しばらくした頃、急にガタッと音を立てて端に待機していたメイドさんがへたり込んだ。調子が悪いのか吐き出される息が荒く、胸を手で押さえている。私は慌ててテーブルに手をついて立ち上がった。すると、すっと手の上に王子が手を重ねてきた。
「彼女は執事に任せておけばいい。それより、君はなんともないのかい?」
王子が顔を覗き込むように私を見た。不思議そうにしている顔に、ぞわっと私の背筋を悪寒が走った。が、それがなぜか分からず困惑しているうちに、メイドは執事に抱えられながら部屋を出て行き、私と王子2人だけが部屋に残された。
「この部屋の香に仕込んだ媚薬香、メイドの彼女には効いたようなのに………おかしいな。晩餐の料理に入れた媚薬は量が少なかったのかと思って、この菓子には大量にしたがこっちも変化無しか。異世界の人間には効かないのかな?」
王子はまるで独り言のように私を観察しながら言った。
ビヤク?………リアルで初めて聞いた言葉だ。媚薬ってピ~な気分になる変な薬だったっけ。え、コイツ、そんなもん私にたらふく盛りやがったのか?!
「なんでそんなこと………。」
「君はシャイだから、私と愛を交わすのは躊躇うと思ったからね。開放的にしてあげたかったんだけど仕方ないか。」
王子はいきなり欲を宿した色気のある顔になり、椅子から立ち上がった。重ねられていた手はいつの間にか捕まれている。私はどっと冷や汗が吹き出るのを感じながら距離をとるように後ずさる。
愛を……交わす………。って、ピ~するってことっ!お、王子様とっっ!!なんで?????
「えっ…………あのっ。」
「顔が真っ赤だ。心配しなくてもよい。優しくしてやる。」
男の色香を纏わせて王子が一歩踏み出す。
ぎゃあああ。赤くなったのはエロネタに免疫ないからです!決して恥じらいとかじゃないんですぅ。違う意味の恥ずかしくってです~。誤解しないでぇぇぇ。
私は王子と同じだけ一歩後退する。片手を捕まれているので、とれる最大の距離間を保つ。
「王子様。愛を交わすのは、文字通り愛し合う者同士ですることで。私たちには、その早いというか………、無いというか………。」
「愛し合う者同士………だが?あぁ、そうか、確かに君からの愛の囁きはたくさん受けたが、私からはまだだったか。」
王子はそう言うと、すっと膝を折ると掴んでいた私の手の甲に唇を落とした。
「初めて出会いで一目惚れされた時、私も君に魅了された。そして、ずっと夢見ていた。こうして話せる日を、触れられる日を。愛しているよ、アスナ。」
魅惑的な上目遣いの目線が恋しいと言わんばかりに混乱している私を写していた。
ちっが~~う!!!!違う!!そうじゃない!完全な誤解がっ!誰も告白しろなんて言ってないし。なんで両思い?それも、私が先に一目惚れした定になってる。え~っと、王子様との最初の出会いは馬に格好いいって言ったのを勘違いされて……………アレか。
「王子様。ご、ご、誤解が。最初の出会いで格好いいとは言いましたが、そ、それで好きになるわけじゃなくて。ど、どちらかと言えば私は相手をゆっくり好きになっていくタイプでして。」
私はしどろもどろで勘違いを正そうと自分の恋愛観を語ってみた。
「ふぅ。君は極度の恥ずかしがりやだな。だが、気持ちを隠したりしなくてもよい。事あるごとに私を目で追ったり、他の者を侍らせて私に嫉妬させようとしたり、ちゃんと分かっているよ。こうして2人きりなんだ、素直になれ。」
ペロッと指に王子の舌が這う。うぎゃあ!!私は脳内で叫んで、反射的に手を引っ込めた。
ヤバい!!!ご、誤解に誤解が重なりまくってる。目で追ったのは王子の仕草が大袈裟で目に余るということであって。アル達に抱き着かれてたのは偶然だって言ったじゃないか。なんか全部おかしな方向に取られてるよ。
「ち、違うんです。王子様。全部………なんか……こう。………えっと、うまく、言えないんですが。」
私は対処に困り果て、涙目で王子を見つめた。
すると、王子はいきなりすっと立ち上がると、プツプツと詰め襟の服のボタンを外して上着を脱いだ。そして、纏めていた髪の紐を解く。さらさらの金の髪が舞ってキラキラと輝いた。
「すまない。私がリードしなくてはいけないよね。もう、君はなにも言わなくていいよ。ただ、その可愛い声で鳴いてくれればいい。」
王子は私の態度に盛大な勘違いをしたらしく、とんでもないことを言い放つ。
うっっっぎゃゃゃゃゃあぁぁぁぁ~~。嘘だろぉぉぉ~~~。なぜそっちの発想になるんだよ。これ、もう、誤解解くとかの段階じゃないよ~。
こうなったら、強行突破?勇者力で逃げれるかな?剣とか出しちゃだめかな?王子様怪我させちゃまずいよね。うあ~、コイツ死亡エンド持ってそうなんだよなぁ~~~。
じりじりと王子が寄って来るのを同じだけ後退して間隔を守りながら、タイミングをついて脇を抜けられるか王子の向こうにあるこの部屋唯一の出入口のドアを見た。すると、不意にフワフワと浮かぶシステム文字に気づいた。
誰に助けを求めますか? 1.アルフレッド(騎士)
2.ローク(黒魔導士)
3.ケイン(白魔導士)
なんかいつもより字小さくない?まるでわざとのよう…………わざとか。クソゲーがっ!!
明らかにわかりにくいように浮いている文字を睨みつけてやる。しかし、文字は相変わらずただ漂っているだけだった。
クソゲーめ。でも、助けが呼べるのか、よかった。え~っと、誰にお願いしようかなぁ~~~。
エ?……………なお、この選択はルート選択とみなします。…………。
私は浮いている文字のさらに下に小さい文字の一文を見つけた。それは、説明書の注意書きのように見落としがちなほどで小さな小さな文字で書いてあった。
クッ…………ソゲー!!てめぇ!なにしてくれとんじゃ、ボケがぁ。この貞操の危機状態で私を罠に嵌めようとはっ!!フォント極小にしやがって、やり方が汚いんだよ!!あ~、くそっ。ちょっとイイヤツって思った感情かえしやがれ。ほんと、クソゲー、エロゲー!!!
盛大に心中でシステムを罵っていたらドンっと背中に衝撃があった。気付けば私は部屋の端にまで追いやられており、壁に背中がついていた。いくら広いといえど部屋は部屋。そこには限りがあって、私は後退しきってしまったのだ。
「行き止まり………だね。扉ばかり見てたけど、誰か入って来ないか気になるのかい?大丈夫だよ、恥ずかしがりやのお姫様。さっきのメイドと執事以外は誰もこの部屋に君がいる事は知らない。その2人も媚薬が効いてたし、たぶん今頃はお楽しみ中だろう。」
いやぁ~~。それ、聞きたくなかった情報です。それに扉はシステムと会話してただけで、誰か入ってこられて恥ずかしいより、寧ろ入ってきて助けて欲しいですよ~~。システムに頼る気はさらさらないけど。
………ってことで、自己解決っ!
私は壁沿いにある一番近くの窓に手をかけて木の扉を急いで開く。フワッと涼しい夜風が入り込んできた。外だ!と下を見て、あまりの高さに目が眩みそうになった。
げ、しくった。こんだけの城で部屋が1階だと考えた私が馬鹿だった。外壁を伝って逃げるなんてさらにトンでもない。うわあ~、MPももらったのに飛行魔法とか教わってないよ。いや、高所恐怖症だから習得は無理なんだけど。…………そうだ、そもそも王子も魔法使えるだ。
よくアニメにある城からの脱出は窓だったと思った事を最大限に後悔した。そうして、私は窓から身を乗り出すこともできず、そのまま立ち尽くしてしまう。
「捕まえた。」
間近に聞こえた声に慌てて振り返ると、王子様は私を囲うようにその両手を開け放たれた窓の淵に置いてくる。見下ろしてくる王子様は壮絶に色っぽく、夜風に揺れる金髪が月明かりに光る。スチルになるくらいの状況。ほんとに現実じゃなければいい…………のに。
「明日奈。」
甘い声で名前を呼ばれ王子の美形顔が近づいてくる。キスか?!キスなのか!!私は窓から落ちないように精一杯体を反らしながら、王子の胸を押し返すがびくともしない。こういうときにちっとも役に立たない勇者力だ。待ってといっても迫り来る王子の唇を寸前で顔を横に反らし、髪へと受け流した瞬間。
「アスナ!!無事か!!!」
バンッと乱暴に部屋の扉が開けられると同時に緊迫した声が響く。
そして、そこに現れたのは…………。




