晩餐はつらい
メイド達に城の一室にほうり込まれると、あれよあれよという間に服を脱がされ、いい匂いの粉を全身にかけられて布で擦られる。きゃあ、裸恥ずかしいとか、そんな暇は与えられない。それが終わるとコルセットを着せられておもいっきり締め上げられ、結婚式や写真館でしかお目にかからないドレスに着替えさせられた。
「やっぱりオレンジ色ですよね。」
「そうですね。ミスリム王子のお好きな色ですし。」
「勇者様、お綺麗ですよ。」
きゃいきゃいとメイド達ははしゃぎながら今度は椅子に私を座らせると、髪を梳いて結ったりメイクを施したり爪を磨いたりと手際よく動いた。
「あら、これは取れないですわ。」
「こちらもです。」
「このドレスには似合いませんのに…………。仕方ないですわ。」
「残念ですけど、アクセサリーは諦めましょう。」
ロークがくれたネックレスとアイテムのシールドブレスを外そうと試みるも失敗したらしい、メイドがぼやく。
「勇者様、できましたよ。いかがですか?」
「素敵です………。」
メイドに手を支えられて椅子から立ち上がると、大きな姿見が目の前に運ばれた。私は鏡に映る自分に見とれた。馬子にも衣装という奴か。なかなか、どうしてイケてるじゃん。
私は慣れないピンヒールでドレスの裾を踏むんじゃないかとドキドキしながらぎこちない歩き方で、手をひかれながら城の廊下を歩く。
「これから、何があるんですか?」
「はい。ミスリム王子との晩餐です。」
「急な事なので他の来賓はおりませんが、その方が気がねなくていいですよね。」
「ミスリム王子と親密度も上がるでしょうし。」
「素晴らしいですわ。」
「楽しみですね。上手くいくとよろしいですね。」
後半はメイド達で勝手に盛り上がり始める。こうなると私は置いてきぼりだ。とにかく転ばないようにと足元を見ながら、必死で彼女達についていくのみとなった。
慣れない靴に足が悲鳴をあげそうになる頃、彼女達が立ち止まった。大きな扉の前でサッと私の格好の最終チェックをすると、どうぞと促されてその扉が開けられる。
「!!!」
私は呆然と立ち尽くす。部屋にはアルフレッド、ローク、ケインの3人が正装姿で立っていた。こいつら実はどこぞの王子様で、今は素性を隠しているだけじゃないかと思うほど、そつなく着こなしていて言葉も出ない。
負けた………。なんか、さっきまで舞い上がってた自分が恥ずかしい………。ちっ、イケメンどもめ。
そんな私をまじまじと上から下からと眺める3人。さぁこい!どんな評価でも甘んじて受けてやろう。姫みたいになったと思い上がってんじゃねぇとかかっ!繕えばお前でも見れるくらいにはなったとかかっ!自分で考えて気分を沈ませそうになりながら言葉を待つ。
「「「………。」」」
まさかの沈黙かぁ~~~~。酷評よりもきついぞ、こら~。………私も何も言ってないけどさ。
静かな時間が流れるなか、ミスリム王子が別の扉から現れた。彼も私の姿をまじまじと見つめる。
「………………。良くお似合いですよ。勇者アスナ。」
おい、沈黙の後の褒め言葉はさらに悪いだろ!
「ありがとうございます。ミスリム王子。」
淡々と愛想笑いで返すと、固まっていた3人も気づいたのか口々にお褒めの言葉をくれる。が、言うな。虚しくなる。彼らの言葉を笑顔で軽くいなして、自分へのダメージを最小限に押さえた。
「今日は私達5人だけの晩餐だ。場所も小さいものにした。気遣いなく、飲んで食べてくれ。」
王子の言葉で、この部屋にあった一番大きくで豪華な扉が開く。その部屋にはでっかい長方形のテーブルがあり白いテーブルクロスの上にはキラキラの銀食器やグラスが並んで準備されていた。まるで結婚式場みたいだ………。昨年、従兄弟の姉ちゃんの結婚式に出席した時を彷彿とさせる。あの時私が座ったのは丸テーブルだったが。
執事に促されて私達はそれぞれ席についた。王子様がテーブル奥の主席、右に私、ローク、左にアルフレッド、ケインとなった。まだまだ、10人くらい座れそうなテーブルに5人とは少し寂しいがこれでも小さな部屋。凄いな、城。
私は目の前に置かれた食器に目をやる。ずらりと並ぶフォークとナイフ。確か、外から取っていくんだったよな。結婚式での記憶を手繰り寄せていると、後ろからすっと手が伸びてきた。ビクッとするとグラスに何かを注ぐ執事さんの手だった。いかん。堂々とせねばっ。私は背筋を伸ばし、皆の状況をちらりと確認する。アルとロークは心配そうな顔で、ケインは冷たい目で私を見ていた。言わずもがな。私は大丈夫だ!任せろ!と小さく親指を立てて見せたが、余計に3人の顔に影が落ちる。あれ?ジェスチャーが違うらしい。そういや外国では意味が違う場合があるって聞いたことある。変な意味に取られてなけりゃいいが。
「では、仲間との出会いに乾杯しようではないか。」
王子が嬉しそうに赤紫色の液体の入ったグラスを掲げる。同じように私達もグラスを掲げるが、いつ仲間になったのだろう?と4人で顔を見合わせ、苦笑する。皆がグラスを傾けるのを見てから、私も飲もうとして止まった。
アルコールの匂いがする。これは………お酒。色的にワインかな?
「アスナちゃん。どうしたの~?」
グラスの中身をジト見していたら横にいるロークが、ボソッと声をかけてきた。
「これ、お酒ですよね?未成年は飲んじゃいけないんですが………。」
「そうなんだ~。でも、この世界には年齢制限はないよ?飲んじゃえば~?」
「いや…………。私たぶんアルコール弱いと思うんです。洋酒のケーキとかも苦手で。」
小声でロークに困った顔を向けると、彼は後ろで待機している執事の1人に小さく手をあげて合図を送った。執事がロークの元に行くと何かを話して、彼は離れていく。
「少し口をつけて飲んだふりしたら、置いといていいよ~。」
ロークに言われたとおりグラスに唇にあてて、グラスをテーブルに戻した。少しして、前菜が運ばれて来た。私の前に前菜を置いた執事さんはさりげなくワインのグラスを引き、代わりにオレンジジュースのようなものが入ったグラスを置く。
「アルコールのない飲み物でございます。苦手なものがありましたら、またおっしゃって下さい。」
ロークが言ってくれたんだ………。
私は小さくお礼を述べると、ちらりとロークに目線を向けた。彼にもありがとうと伝えねば………。すると、さっき引いてもらった私のグラスがロークが元に運ばれていく。それを受け取ったロークは嬉しそうに間接キスだ~とか言いながらその酒を煽った。
わざわざ口をつけさせたのはそのためか!?好感度1マイナス5だな。
そういやロークは最初のご飯でも間接キス狙っていた。まさかあの時の根に持って……、わけないか。間接キスくらいなんともないよな、本当のキスしたし…………。………………忘れよう。
私は目の前にある前菜にフォークを刺す。さすがお城の料理。綺麗に盛りつけられたそれは期待どおりにすんごく美味しい。意識を食事に集中させようとして、あれ?と首を捻る。お腹が空いていない。今日食べたのは王都でのブランチだけ。街にいたから戦闘はしていないけど、通常でもある程度腹は減るはずだ。
何だろう?お腹がいっぱいというわけじゃないのに、入っていかない………。
私は誤ってフォークとナイフを落としそうになるくらい愕然とした。それは花嫁の姉ちゃんの控室に訪れた時の事を思い出したから。綺麗な純白のドレスに着替えた姉ちゃんの控室に、似つかわしくないサンドイッチの残った皿。何故こんなものがあるのか不思議で聞いた私。これから豪華な御馳走を食べるというのにと。すると、姉ちゃんがこっそりと教えてくれた。式では色々と忙しくて食べる暇がない事、それとドレスはコルセットできつく締められているから実質的にも食べられない。だから着替える前に軽食をとるのよ………と。
……………うそ、マジで。ドレスのせいで食べれないのか…………。どうしよう、事前のサンドイッチは無かった。たぶんこれを逃すと今晩はおあずけ…………。ウエスト緩めて欲しいけど………。
この部屋には男性しかいなかった。料理を配るのも執事たちで、メイドの姿はない。いたとしてもどうする事もできないのかも知れないが。私は泣く泣くフォークとナイフを置く。もったいないが最初から完食しているとメインディッシュが食べられない可能性がある。
「どうした?料理が口に合わないか?」
気にしなくていいところで気づく王子。ついでに、アルフレッドも不思議そうに見てきた。わかってくれそうなロークは………、また酒を煽っている。
「いい男ばかりに囲まれて胸がいっぱいで飯どころじゃないんだよな?」
悪魔の助け船が出る。声の主はケイン。見ればニヤリとした顔を向け、わざとらしく見せ付けるように食べてみせる。
~~~~~っっっ。こいつが分かってやがる~~~。
ケインをきつく睨んでも楽しそうに返されるだけだった。
「そうかそうか。いい男ね。かわいい事を言う。あまり食べれないのなら量を減らさせよう。」
「??………そうなのか?アスナ。」
ケインの言葉を真に受けた王子とアルフレッド。王子はキラキラと嬉しそうに、アルフレッドは少し顔を赤くしてそう言った。私は否定する理由を言えない。
こうして、王子の一言でこの後の私の晩餐料理は全て一口で終了するものに変更となった。
疲れた~~。
ボスンとベッドに突っ伏すように倒れ込む。夢のような天蓋つきのでかいベッドはふかふかでとても気持ちいい。本来なら幸せ気分で安眠といきたいところだが…………。
「はらへったぁ~、ひもじいよぉ~。」
私はベッドの上で悶える。無事に晩餐が終わってドレスを脱がせてもらい、ナイトドレスなるものを着せられかけるのを、夜にドラゴンが襲ってきたら困るのでと元の服にしてもらって、宛てがわれたこの部屋へ先ほど着いたところだ。コルセットが外されると途端に空腹感が襲ってきたが、メイドさん達の前で腹が鳴ることはなくて恥をかかずに済んだ。でも、鳴ったほうが何か食べ物をくれたかもしれないと今更ながらに後悔する。さらに、部屋にはお香のようなものが焚かれていていて柑橘系の程よい匂いが充満していた。私の好きなその匂いに、ほのかに甘い香が混じっている。これがまた美味しそうに思えて、私の食欲をさらに刺激する。
豪華な部屋でひもじいってどうよ。こんなの毎日やってる姫って現実では過酷なのねぇ…………。よし。これはダイエットなんだと思ってさっさと寝てしまおう。寝れば空腹感も忘れられる。
私はベッドの上でゴロンと俯せから仰向けに寝返りをうつ。すると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「はい。なんでしょうか?」
私は慌てて飛び起きるなり、部屋の大きな扉に近づくとそっと開く。そこにはミスリム王子と、お茶とお菓子の乗った銀のワゴンを運ぶ執事とメイドペアが立っていた。
「よかったら、お茶でもいかがかな?あまり食事は取れなかっただろう?」
ふわりと優しく笑う王子様。私は横目にお菓子を凝視する。
さぁて、これはどうしたものだろうか?




