ゲーム開始で、ここはどこ?
「ただいまぁ」
おじさんの店から帰ってきた私は、誰もいない家に挨拶してから玄関をあがる。私は両親と3人家族で、共働きだから誰もいないのはわかっているが、防犯のため挨拶する癖がついていた。私はすぐに2階の自室に向かう。
「ただいまぁ♪」
今度は自分の部屋を開けながら、さっきより楽しげに挨拶する。私のお気に入りの子(物)達がいる自室、挨拶しないわけがない。
「やっぱり自分の部屋が1番か。でも、暑っ。」
私はカバンと着けていた腕時計をいつものように勉強机に置いて、真夏で暑くなった部屋の温度を下げるのに窓を開けた。それから、この部屋に据付けてある飾り棚の引き出しからポータブルゲーム機と充電コードを取り出す。
「久しぶりだけど、使えるかな。」
充電コードをコンセントにさして、ゲーム機に繋いでみると赤いランプが点灯した。
「お、いけそう。」
私はとりあえずゲーム機をローテーブルに置いて、まずはシャワーを浴びてくることにする。猛暑の中、外にいれば汗だくだ。
「さぁてと、がんばりますか。」
シャワーを浴びてすっきりとした私は短パン・Tシャツ姿で、麦茶のコップを手に自室に戻る。開けていた窓を閉めて、クーラーの電源を入れ、カバンの中から例のゲームソフトを取り出す。やると決めたら割とがんばる派なので、さっそくゲームソフトを入れてゲーム機を起動させた。説明書がついているが、分からなくなったら読むのが私のスタンスだ。
オープニングが流れ始めれば、それは10プレと同じでとても懐かしく感じられる。オープニングが終わると名前入力画面。10プレでは勇者は男性だったが、ここでは乙女ゲームだけあって勇者は女性に変更されていた。
「アスナ、っと。」
名前を考えるのは面倒なので本名をいれて確定させると、次はパーティーメンバーの選択画面になる。ここも10プレと同じようで10人から3人選んで初期メンバーを作るようだ。職種によって攻撃力や魔力や特徴とかあって組み合わせを考えなくてはいけないんだけど。
「直接攻撃の騎士と魔法攻撃の黒魔導士、回復の白魔導士。」
これも面倒なので、何も考えず10プレと同じ初期メンバーを選択する。たぶんバランスは悪くないはずだ。決定ボタンを押すといきなりゲーム画面が真っ暗になる。少し待つも状況は変わらない。
ぎゃっ、もしかして壊れた!?
私は適当にボタンを押したりしてみるが、動く気配はない。電源を切るしかないかと手をやると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「……やっと……………やっと、会える……」
人の出す声とは違う不思議な声につられて、そちらを向いた私は驚愕する。部屋がサラサラと砂を風がさらうように消えていき、そこから新しい景色が現れてきたのだ。人間は驚くと身動きできなくなるもので、私はただ変わっていく景色を見つめることしかできない。ドアも家具も、持っているゲーム機さえもサラサラと実感なく消えて、新しい景色に私だけ取り残される。そして、最後に消えていく部屋の壁に立て掛けてあった姿見には呆然とした私が見知らぬ服を着て映っていた。
………………!
しばらく停止していた思考が動き出す。私はとにかく状況把握とばかりに周りを見た。座っている私を隠すくらい背の高い草が鬱蒼と生えて、私の四方を囲んでいる。空は真っ青で雲一つない。
なんで?外?
パチンと両手で頬を叩いてみるが、痛い。夢ではないようだ。まぁ、そもそも寝てなかったし。
そういえばと、今度は自分の体に触れる。特に体に違和感はないが、服が替わっていた。赤茶色の編み上げブーツにクリーム色のさらりとした生地のシャツとキュロットスカート、靴と同色のベストに太めのベルト。右手には、指無しの皮のグローブ。これらは、私の部屋の消えていく鏡で見たものと同じだった。
私は不安に押し潰されそうになる心に落ち着けと言い聞かせ、とにかく動いてみることにする。まずは、おそるおそる草の中から立ち上がった。
「うっ……わぁ。」
私は感嘆ではなく悲嘆の声をあげる。そこは一面の草原だった。ちらほらと大きな木はあるが地平線まで見渡せる草原。こんなところ見たこともない。さらにぐるりと見渡すと遠くに集落なのか家が数件建っているのが見えた。家は煉瓦造りのようで、日本とは造りが違う気がする。
が、外国??
私は数歩先にある木へと向かう。木の前には草原を突っ切るように舗装されていない土の道があった。この道はたぶんあの集落に続いているのだろう。けれど、いきなりたくさん人がいそうなところに行く勇気はない。どうしようかと体を木にもたれさせて考えていると、集落とは反対側の道から人の声がした。私は慌てて木の幹に体を寄せて隠れながら、その方向を覗き込む。
人だ。人がいてよかったけど……。
私はこちらに向かって歩いてくる3人組の男性を見つけた。あきらかに日本人ではない風貌で、さらに彼らは芸能人でもおかしくないほどのイケメンな青年だった。
左側にいる人は、正統派のかっこよさ。キリリとした茶色の瞳にきゅっと引き締まった顔立ち、黒茶色のさらさらの短髪。白い詰め襟のシャツの上に茶色のかっちりとしたロングコートのような服を着て、腰には茶色に金の装飾のある鞘に納まった剣を携えている。姿勢も良くて歩く姿も凛々しい。
真ん中の人は、左の彼よりさらに背が高い。妖艶な雰囲気のある男前。伏せ目がちな紫色の瞳。髪は黒から毛先にいくほど紫色に、緩くウェーブのかかった長髪を左肩で軽く結んでいる。真っ黒の足元まであるローブをショールのように両腕にひっかけ、薄紫のドレープのきいたシャツは大きく胸元が開いていて、紫色の宝石に銀の装飾がたくさんある首飾りが輝いている。
1番右の人は、2人より背は低く、一瞬女性かと見誤るかわいい顔。赤茶色の大きな瞳は少し釣り上がっていて、勝ち気な感じがする。ふわふわの薄ピンクの髪、透けるような白い肌。となりとは逆の真っ白なローブを頭から被っている。ローブは短めで膝の当たりまでで縁に金の刺繍が施されている。
う~ん。どこの国なんだろう。
彼らの髪や目の色はバラバラ、ピンクの髪色は染めてるのだろうか。服装もファンタジーコスプレみたいで、これではどの国にいるのかさっぱり分からない。考えながら私はさらに、身を縮めて木にピッタリと張り付く。
なぜなら、彼らがもうそこまで来ているからだ。私は外国人に気さくに話しかける度胸もない。さらに言えば、イケメン男性にキャアキャアと寄っていくタイプでもない。なので、優しそうな並の人が通りかかったら話しかけてみようと心に決めて、彼らが行きすぎてくれるのを、息をひそめて待つことにしたのに。
なんで、そこで立ち止まってんだぁ。
彼らは、私の隠れる木の前でピタリと歩みを止めた。反対側にいるから存在はばれていないと思うんだけど、とにかく緊張に体が震える。早くどっか行って~と祈っていると、彼らの話声が聞こえてきた。
「ここですよね?」
「そのはずだよ~。」
「え。探さないといけないとか?」
3人の言葉は日本語だった。言葉が通じるのかと思った瞬間、緊張しすぎで無意識に止めていた息が盛大に漏れた。ヤバッとすぐに口を塞ぐがもちろん遅かった。バッチリ3人と目があってしまう。
私はアハハと作り笑いをするしかない。敵だと思われて茶色の彼の持っている剣でバッサリなど怖すぎる痛すぎる。
「あ、あの。すいません。盗み聞きしていたわけではなくてですね。……その」
わたわたと訳のわからない身振りで、木陰から彼らの前に歩みでる。隠れていると余計怪しまれるんじゃないかと思うと、出て行かざるを得ない。3人は探りを入れるようにじろじろと見てくるが、気にしてなんていられない。
「えっと、気づいたらここにいまして。」
拙い言い訳をしていると、がしっと両手首を掴まれる。茶色の彼だ。あぁ、やっぱり切り殺されちゃいますよね、人生終わりました……。真っ青な顔で彼を見上げると、彼は優しく微笑んでくる。あれ?意外と好感触?それとも笑顔で殺人するタイプとか?どちらだろうと考えながらも、微笑まれるとこちらも反射的に笑顔になる。すると、ゆっくりと言い聞かせるように彼が口を開く。
「まずは落ち着いてください。勇者さま。」
「え?あ、はい。」
咄嗟に答えたけれど。今、なんと言いました?〈ゆうしゃ〉?
理解できない言葉は置いといて、「落ち着いて」という彼の穏やかな声は私の心にスッと落ちてきた。自分でも認識できていなかった焦りが体から抜けてくる。
私は大きく深呼吸を繰り返してから、改めて彼を見やる。かなり冷静さを取り戻せたようで、こんな間近でいい男見るの初めてだなぁ、などと危機感のない考えが浮かぶ。
にしても、がっつり掴まれた手首が。
「痛い……」
ボソッと言葉を漏らすと、彼は慌てて掴んでいた私の手をすぐに離すと数歩後ろに下がり、右手を自分の胸にあてて会釈した。
「失礼しました。申し遅れましたが、俺は、アルフレッド=クレイブ。騎士を生業としております。」
アルフレッドに仰々しく自己紹介をされて、またしても聞き慣れない言葉が耳に着く。
生業って仕事のことだよね。で、〈きし〉って何?
私の頭が彼の言葉を解釈する前に、あとの2人からも声が上がる。
「私は、黒魔導士。ローク=ブランシュ。よろしくね~。勇者ちゃん♪」
「僕は、ケイン=メルフール。見ての通り白魔導士だよ。」
黒・紫色の人、ロークはやんわりと微笑みとともにウィンクを投げかけ。ピンク・白の人、ケインにはとてもぶっきらぼうに自己紹介された。
日本語喋るのに名前は外国語かぁ……。今度は〈くろま〉?〈しろま〉?
一気に情報を与えられてもついていけない。私は増えた疑問符にグルグルと頭を回転させていると、3人の声が一斉に上がる。
「「「ようこそ。ゲームの世界へ。」」」
彼らの言葉に私は大きく目を見開く。ここに来てからの今までの事がやっと繋がった一言だった。