またしてもかっ
「………アスナ。」
落ち着いてきた頃、ロークが私の名前を呼んだ。けれど、私は返事する余裕はなかった。遠くの空にキラキラと新しい光が増えていくのが見えたからだ。渋い顔で遠くの夜空を睨みつける。
「ローク、あれ何……。」
「え?」
ロークは私の指差す方を見るなり、素早く私を抱え上げる。
「ちょっと我慢してねっ!」
言うと同時にロークはその場から私を連れて飛び立った。そして、私は初めて何処にいたのかを知った。小高い大木の一番上、枝たちが組まれて小さな平面を造っていた。私達が離れると枝がザワリと動いて広がっていく。ロークが魔法を使ってあの場所を造っていたようだ。
「は?鳥?魚?………飛び魚?!」
ロークは私に気を使って下を見せないように、スピードもあげないように降りてくれているようで目が開けていられた。おかげで、光っていた正体が何なのか判った。上空に無数の光。銀色に輝く体を持つ飛び魚の群れが夜空を埋め尽くす。ぱっとゲージが表示された。どうやら、奴らは魔物だったようだ。飛び魚達の向きがこちらに向く。
「っ!見つかった。飛ばすよっ!!」
声より先にグンッとロークの飛ぶスピードが一気に上がる。
ギェエエエエエーーー。
私はもちろんここでもう何がどうなってるのかは分からなくなった。とにかくジェットコースターのようにものすごいスピードで左右上下に移動する。多分魔物達を振り切るために木の間をすり抜けたりしているのだろう。やっと地面に下ろされたときには私は涙目でがたがたと体が震えていた。
じ、地面だ。よかった。…………終わった。
はあっ………止まっていた息をつく。けれど、私を抱いたままのロークの表情は険しかった。
「巻くのは無理ですね。」
ロークは私たちにまだ表示されているゲージを見ていた。これが出ているということは戦闘中。逃げる、は失敗したようだ。
「ごめん。私のせいで……。」
「違いますよ。最初から逃げることはできなかったんです。何せ数が多いですから。」
ロークが上を見上げるのでつられて私も上を見た。百匹はいるであろう飛び魚魔物の群れが私たちを捜すように空を回遊している。
「魔物は私に引き付けますのであなたは逃げて……」
「それは、1人なら勝てるという自信ですか?それとも、自己犠牲ですか?」
私はロークの言葉に渋い顔をすると、彼の目が泳ぐ。やはり後者か。前者なら逃げてではなく待っててだもんな。女を守ってとか、男としてかっこいいんだろうが自己犠牲は好きじゃない。
「死ぬ危険性がある作戦はダメです。それが私のゲームスタイルです。」
私はRPGにおいて………これもどっかで言ったな。
「わかりました。じゃあ私が囮になっている間にアル達を呼んで来て下さい。合流は………今日途中で休憩をとったあの大きな湖があったところで。あそこなら、魔物達を倒して魚に戻しても問題ないでしょうし。」
「その作戦なら、ロークは死なない?」
「はい。必ず生き残ってみせます。」
ロークはいつものように笑ったがその奥の方に決意のような強い思いを感じた。
あれ?いつもと、違う?ロークはいつもふらふらしてるというか、本気を出していないという感じなのに。
ロークと別れて私は森の中をひた走る。ロークの作戦通りに。教えてもらった方向にまっすぐ行けば野宿していた場所に辿り着けるとのことだった。森を縫うように駆けているが下草が少ないおかげで案外速く走れる。また、勇者体力にも助けられていた。ロークから借りているローブも私の体を木の枝葉から守ってくれた。この、ローブの役目はもう一つ。野宿場所に張られたケインの魔物除けの結界魔法をすり抜けるためでもあった。
「アル、ケイン。2人とも起きて!!」
私は野宿場所に着くと、息を整える間もなく叫んだ。アルフレッドはすぐに飛び起きる。もともとアルフレッドは木にもたれるように仮眠状態だったから、その反応は速かった。けれど、ケインは上半身を起こすとぼけっとしていた。
「説明は移動中にするから、ついてきて。」
私はケインのローブを拾って彼に渡すと、寝ぼけたケインといつも通りのアルフレッドを連れて今度は湖に向かう道を急いだ。途中で状況をかい摘まんで説明する。
「ってことは、おまえら僕らを出し抜いてデートしてたわけ?」
「は?なんでそうなるの。」
「だってそうだろ。星空見て抱き合って、高いところでって吊橋効果まで狙ってさ。」
ケインは途中で起こされたことに不機嫌なようで、私たちの行動に文句をつけてくる。
「それは、私が星が綺麗だって言ったからもっと良く見せてあげようって善意で、抱き合ってたんじゃなくて落ちないように支えててくれたの。それに、吊橋効果って、私にとっては高いとこなんてドキドキなんて可愛い効果どころじゃないのよ。」
私はすこし切れ気味にケインに言い返す。せっかくのロークの厚意なのにひどい言いようだ。
「あー、あいつ作戦が裏目に出たな。」
「報われないですね。」
アルフレッドとケインが後ろでぼそりと何か言っているが走っているのでよく聞こえなかった。
「ローク!!」
やっとロークが遠くに見える位置まできた。連れて来たよの意味を込めて大きな声で名前を叫んでみる。彼は空中で飛び魚魔物と戦闘中だった。数はあと、20匹程度か。ロークは声に振り向き、私たちを見つけるとにこりと笑顔を寄越した。
よかった。間に合った。
そう思ったのに次の瞬間、ロークは力無く下に広かる湖へと真っ逆さまに落ちていった。どっばーんと大きな音と水柱が上がる。
「落ちたっ!!なんでっ!!」
「魔力が尽きたんだろ。無茶しやがる。」
「ねぇ、ロークって泳げるの?!」
「知らねぇ。けど、魔導士は基本魔法に頼りっきりだからな。泳げねぇだろうな。」
「元の姿から考えても沈むでしょうね。」
ということは早く助け出さなきゃ、私は焦る気持ちを足に乗せる。とにかく、一秒でも速くと。
「ところで、2人は泳げるの?」
誰が助けに行くか決めなきゃいけない。純粋にそう思って出た言葉に2人は声を詰まらせる。
「水は得意ではありません。防水ではないので。」
「僕も苦手。………洗濯機はトラウマだ。」
「洗濯機………嫌な響きです。」
2人は顔を青ざめさせながら話す。洗濯機?この世界に洗濯機があるのだろうか、基本的に服は勝手に綺麗になるのに。まぁ、お風呂のない世界だし、水に入る風習かないから苦手ということも頷ける。話を纏めると2人は泳げないのね。
「じゃあ、ロークの救出には私が行くから、アルは残りの魔物を、ケインはアルのフォローとロークを助け出した後の回復お願い!」
「わかりました。」
「了解。」
ここで、私達は湖の淵へとたどり着いた。2人に陸上を任せて、すぐさま息を吸い込んで湖に飛び込む。運動音痴の私だが水泳はちょっとできる。余りにもひどい有様に親に習いに行かされたからだ。バタフライだけは何度やっても意味がわからず習得できなかったが、背泳ぎ・クロール・平泳ぎはできるようになった。これだけできれば十分、生きていくのに支障はない。
けれど、夜中に水に潜ったことがなかったから、私は初めて大変な事に気がついた。
暗くて見えない………。
ロークの姿どころか真っ暗で数センチ先でもう闇だ。しまった。こんなつもりじゃ無かったのに。闇雲に探しても時間と体力が削られるだけで得策じゃない。きょろきょろしているとふわりと首にかけてあったネックレスのチェーンが揺れた。
!!ロークはこれで私を探せると言っていた。じゃあ、逆も出来るよね。
私はネックレスを取り出すと紫色の石を両手に包む。
お願い。あなたのご主人様の場所へ連れて行って。
すると、紫色の光が一筋水底の方に伸びて………。いた。ロークの胸にある紫色の宝石がホワンと輝いて彼の姿を照らし出してくれた。しかし、彼はぐったりと水の中に横たわっていて、意識はないようだ。とにかく、近づかなくてはと思うと自然と体がロークの方に引き寄せられる。まるで、何かの力で導かれるように。そうして、難無くロークの手首を掴むと引き上げようと試みるも。
おっも………。
浮上しようにもロークはとても重くて持ち上げることができない。それどころか、彼を掴んでからもじわじわと私たちは下に沈んでいっていた。
やばいよ。起きてローク。起きて~。
ぺしぺしと顔を叩いてみるが起きる気配はない。ロークのゲージはMPは無し、HPはかろうじて残ってはいるが。
く~~~~~っ。これどう考えても、勇者スキル使うしかない状態じゃん~。またしても死ぬかキスかかよぉ~~。………でも、見殺しなんてできるわけない。
そろそろ私の呼吸も持たなくなってきた。悠長にしている暇は無い。私はロークの頬に手を当てた。
人工呼吸。そう、空気分けるだけ。ついでに魔法が使えるくらいまでの回復を。…………ロークしばらく起きないでよぉ~。
私は覚悟を決めて薄く開くロークの唇に自分の唇を重ねる。そして、吸い込んでいた空気をロークに送る。と同時にロークのゲージがゆっくり上がりはじめる。しかし、そのスピードは遅くもどかしい。
ってか、早く溜まらないと酸欠になるっっ!!…………ディープならもっと早く………?
ゲージから目を離してロークを見る。すごく睫毛が長いなぁと思った途端、ぴくりとその睫毛が動いた。私が唇を離すとゆっくりとロークの目が開く。覚醒したようだ。
息が持たない。早く浮上を!!
と、手振りしてみるが、通じてないようでロークはトロンとした表情でぼうっとこちらを見てくる。だから、やばいんだって、空気がっっ!!トントンと自分の口を指差してさらにアピールすると、ブワッとロークと私の周りから水が退く。
「はっ………はっ………死ぬかと、思った。」
ロークの造ってくれた空気玉の中に私たちはいた。私は足を投げ出して座った状態で、肩で大きく息をしながら新鮮な空気を吸い込む。魔法が無かったら水面までもっていたかなと、上を見上げるも暗くてよくわからない。
とにかく、助かったよかった………。
息がだいぶ整ったのでゆっくりと視線を下ろすと、ロークが私の顔を覗き込むように懐に入り込んでいた。相変わらず熱に浮かされたような表情で、ポタポタと水の滴る髪は頬にかかり、濡れた体はしっとりと妖艶で、くらくらしそうな色香が漂ってくる。
「ロ、ローク。体は大丈夫??」
「………はい。」
とにかく目線だけはすこしずらして、ロークの状態確認。無事で何よりだと胸を撫で下ろしていると、ロークの指が私の唇に押し当てられた。
「キス。してくたんですよね。」
「!………あれは、人工呼吸で。回復で。」
意識が戻るギリギリを狙ったつもりがばれてしまったか。でも、キスではないぞと強調しておく。ロークの指がすっと私の唇を滑る。
「なのに、記憶が、感触が………曖昧です。意識がない時にするとか………卑怯ですよ。」
「ひっ、卑怯。」
確かに急を要したからだったけど勝手にキスしたのは悪かったよな。私が逆だったら怒ってただろうし。
「勝手に、キスしてごめんなさい………。」
「………いいですよ。だから、もう一度下さい。」
「へっ……。」
私とロークの論点がズレてる?と気づいたときには、私は見てはいけないものを至近距離で見てしまった。ロークの瞳。その紫の瞳は所々白や黒が混じっていたり紫色も薄かったり濃かったりと単一では無い色合いで、まるで私の持っているあの子のように心が魅了される。綺麗な不思議な色。
見とれている私にロークはチュッと軽く口づける。私が抵抗しないでいると、次に柔らかく唇が重なる。そして、唇ごと口に含まれて舌が唇に這わされる。
「アスナ………このまま、私と溺れませんか?」
吐息がかかる距離でロークが話しかけて来る。瞳はまっすぐに私を捕らえたまま。
「これ以上溺れたら……死んじゃうよ?」
「………。ふっ、そう………ですね。じゃあ、今だけ。………溺れさせて………。」
ぼうっとしながら答えた私にロークは少し切なげな表情をさせると、唇をまた重ねてきた。柔らかく唇を舌で開かれてすんなりとロークの舌を受け入れてしまう。
「ふっ…………んっ………んんっ。」
キスの息苦しさに目を閉じれば、ロークの瞳の呪縛が解けた。けれど、それは絡み合う舌の感覚を鮮明にさせた。逃れようともがくも、左手の指はロークの指に絡めとられ、顎にあてられた手はがっちりと私の顔を固定されて、後ろは空気の壁に押さえ込まれていて身動きが取れない状況。かろうじて空いている右手でロークの服を掴むが、引き離すというより縋り付いているようになってしまう。
ふあっ…………ロークっっ………これ………苦しい…………。
涙目になりながら隙をついては空気を取り込むも、直ぐにまた口が塞がれてしまう。とにかくロークのキスは甘くてしつこかった。やっと湖から上がった時は違う意味で酸欠でふらふらになっていた。ロークに抱えられるように湖から出ると慌ててケインが駆け寄ってきた。
「なかなか帰ってこないから心配したんだぞ!!」
「はぁっ………ごめっ………ん。」
私は息も絶え絶えになりながらも、怒れるケインに謝る。ケインはキッとロークを睨むと彼の手から私をむしり取った。
「治療する。あっちへ行け。」
「はいはい~。」
ロークは肩を竦めてウインクをすると、アルフレッドの方に向かった。私は嫌そうにケインを見る。こいつの治療はセクハラで………。
「心配すんな。手だけ貸せ。」
不満顔で私の手を取ると暖かな気のようなものが流れて来る。それは、体の隅々まで流れていき疲れが取れていく。心地よさに大きく息をつくと、心までも緩く解けていく。
「なぁ、なんで、死にかけだったロークはあんな元気なんだ?」
「ぐ」
私が完全に油断しきったところにケインは鋭い事を聞いてきた。腕を捕まれているため私に逃げ場はない。ケインはどこまで察知しているのだろうか。私は一体どんな言葉なら、この状況を脱せられるのだろう。
っ………てか、私………なんだかんだいって、アルとローク2人にキスしてしまった。これって二股って奴か?……えっ、私ってビッチなのか?なんか、色々とやばい事になってないか??
私は顔を青ざめさせながら、放心状態になった。ケインがため息混じりに言葉を吐き出す。
「もういいよ………って、聞いちゃいねぇか。………なぁ、アスナ?僕は、もう要らないのか?」
その手が小さく震えるのを私は感じ取ってあげられなかった。




