7クラッシュ 「#古事記にもそう書かれている」
寝過ごした!!
敗者復活戦、というものが行われることになった。
予選敗退者を全員交えての、敗者復活戦だ。
帰宅せずに残っていた2000人近くの参加者が集まる中、そこには『永遠淑女』こと黒金礼子の姿もあった。
ちゃっかりと予選敗退してしまっていたらしい
「あ、どうもですー」
「ククク、あんたも敗退しちまったのかい」
藤井ヒナが頭を下げると、しかし黒金礼子はふんぞり返ったまま魔女のように笑う。
「でもね、今から始まる敗者復活戦はアタシがいただくよ。アンタには悪いけど、若いんだからどうせ来年もチャンスがあるでしょ。アタシには今年しかないんだからね。ククク」
「はい、わたしもがんばります!」
ろくに聞いていないようなキラキラとした笑顔で、ヒナはぎゅっと拳を握った。
そして競技の説明が始まる。
『さて、オタサーの姫に必要なのは、逃げ足の速さ! みんなに平等でいい顔をするために! うっとうしい男子に付きまとわれた際! いかに早く逃げ隠れするかが大事です! これはネットで炎上した際にも大事な能力ですね!』
また走る競技か、と何人かがうんざりした顔をする。
どんだけこいつらは姫の駆けっこがみたいんだ、と。
そんな中、部費谷レオンはおかしなことを言い出した。
『ただし、鬼はただひとり。今回の特別ルールにより、藤井ヒナさんに行なってもらいます!』
「ふぇ?」
2000人がざわめく。
圧倒的なまでの特別扱いである。
そんな突然の名指しに、ヒナは目を丸くした。
すると人垣(姫垣)をかきわけて、運営委員たちが台車を押してやってくる。
そこには金属製の丸い輪が四つ、乗っていた。
『藤井ヒナさんに捕まってしまった姫様方は、あえなく敗者復活戦敗退となります。制限時間は一時間! 時計の針が11時半を指した時点で開始です! では張り切って参りましょう!』
いやいやいや。
まだ大事なことを聞いていない。
水を差すのはあまり好きではないが……。
おずおずとヒナが手を挙げた。
「あ、あのー……その場合って、わたしはどうすれば? わたしって絶対に復活できないんですか?」
当然の疑問だ。
だって普通こういうのって、鬼役は運営がやるはずじゃないか。
ヒナひとりが姫なのに鬼側で参加というのは、ちょっと意味がわからない。
――そのときだ。
さらに姫垣の向こうから、ゆっくりと杖をつきながら現れてきた男ひとり。
白髪の老人だ。彼もまた、皆と同じようにスタッフTシャツを着ている。
しかしその姿は後光が差しているかのようだった。
その老人を前にした瞬間、一同が騒然とするのをヒナは感じた。
『――長老だ!』
長老……?
いったいなぜプリンセスオブオタサーの大会に、そんな呼ばれ方をする人が現れるのか。
そしてなぜ自分の前にやってきたのか。
ヒナはわけもわからず、戸惑う。
「え? え、え、え?」
「……お嬢さん」
小柄な老人――オタサーの長老、小田桐伝蔵は非常に厳粛な声でつぶやく。
その細い目からは、しっかりとした眼光が輝いていた。
「本物だ……。ああ、このお嬢さんは神々しい光を発しておる……。そなたが予言書に記されていた最後のひとりで間違いなかろう……」
「予言書!?」
ヒナが慌てて問い返すと、今度は周囲のスタッフたちが口を開く。
両手を広げ、まるで神の降臨を待つ教徒のように――。
「椿の下、一羽の兎が舞い踊る……」
「小鳥の雛は翼を広げ、椿の枝へと飛び移る……」
「兎と雛は微笑み、そして歌を奏でるであろう……」
「古事記にもそう書いてある」
「!?!?」
驚きながら振り返るヒナに、さらに語るスタッフ。
彼らの表情はまるで陶酔だ。
「古事記にはさらにこうある」
「その雛、一度敗退するであろう」
「敗退した後、敗者復活戦にて再び舞台に舞い戻るであろう」
「その際の種目は鬼ごっこであろう」
「それホントに古事記に書いてあったことなんですか!?」
叫ぶヒナだが、誰も答えてはくれない。
姫たちはこの怪しい集団にかかわりたくないとばかりに、遠巻きに見ている。
必然的に、ヒナひとりで対処しなければならないようだ。
さらにだ、運営委員は持ってきた金属製の輪を手のひらで指し示す。
それも古事記に書いてあったのだろうか……。
「古事記にはその上こうある」
――あったらしい。
「その雛、鬼ごっこする際に手足に二十キロの重りをつけるであろう」
「それでもなお、一時間以内に全員を捕まえることができるであろう」
「雛、獅子奮迅の働きでオタサーの姫をちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
「阿鼻叫喚の骸を踏み潰し、森羅万象の屍の上で怪鳥のように笑うであろう」
「その古事記ちょっと見せてくれませんか!?」
手を差し出すヒナ。
だが、オタサーの長老は首を振った。
「おぬしが本物の高天原サーの姫なら、この程度の試練、きっと乗り越えてくれると信じておるぞ」
「高天原サーってなんですか、高天原サーって……」
思わずうめくヒナに、取りつく運営委員たち。
というわけで、ヒナは一時間以内に、手足に二十キロの重りをつけ、全員の姫を捕まえることになってしまったようだ。
とんでもないルールだ。
これを美卯などの女子に押し付けてしまえば、イジメというレベルではない。
体に20キロのベストをつければ、懸垂することすら難しくなる。
荷重トレーニングとは、それほどのものなのだ。
それを手足四か所にそれぞれ装着させるなど、正気の沙汰ではない。
相手がか弱い女の子なのだから、なおさらだ――。
なにが古事記だ。破れろ古事記。
――だが。
「し、失礼します」
藤井ヒナの正体に半信半疑な成人男性が、汗をかきながらその細い手首に巨大なブレスレットを巻きつけてゆく。
こんなのを四つもつけたら、体のどこかを痛めてしまうだろう。
一歩歩いただけで病院送りだ。
ヒナもまた、しばらくは納得できない顔をしていた。
化け物のように言われてしまったのがショックだったのだ。
――まあ、それ以上でもそれ以下でもないのだが。
「20キロを四か所につけて、2000人を一時間以内に捕まえる……」
そばで圧倒されたままこちらを見つめている礼子の視線に気づかず。
ヒナはほっと胸を撫で下ろした。
「――今度は、できそうな内容で、よかったです」
藤井ヒナは、住吉美卯の幼馴染だ。
だが彼女には、いくつかの特徴がある。
いわく、極度に惚れっぽかったり。
いわく、世界中にコネクションを持っていたり。
いわく、ありとあらゆるものに造詣が深かったり。
とにかく謎多き女性なのだが。
その中のひとつに、異常な身体能力を持つ、というものがある。
しかしそれにしても、限度というものがある。
藤井ヒナに詳しかった役員が提唱した手足に20キロの重りという内容を、誰もがさすがにそれはやりすぎだろう、と思っていた。
アナウンサーである部費谷ですら、だ。
きっとこれはヒナがすぐに動けなくなり、面白味のない内容になる。
そう思っていた。
のだが――。
美卯たち本選出場者は控え室にいた。
試合開始の合図から五分後、ひとりの運営委員が青い顔で呼び出しに来る。
会場に到着してしまえば、そこではヒナがニコニコとした顔でこちらにピースサインを送っていた。
その周囲には、崩れ落ちる数々の姫たちがいた。
会場を包み込む雰囲気は剣呑なものである。
床に敷かれたマットは、まるでトラクターが走ったあとのようにズタズタになっていた。
熱気はもうもうと立ちのぼり、会場はやけに熱い。
そして、誰もが信じられないものを見たような顔をしていた。
しいていえば、恐竜が突然この会場に現れて、80人ぐらい姫を食い散らかしていったら、このようになるのではないか、という惨状であった。
そして、謎は解決されることはなかった。
……この敗者復活戦だけはなぜか、
一切外部に放映されることはなく、誰に聞いても口をつぐむこととなるのだ。
ただひとり、礼子だけがこう証言をしていた。
「そうね、自信はあったわ。それだけの努力をしてきたつもりだったから。アタシ達の敗因は認識不足。想像の限界を超えた怪物の存在……。一流のオタサーの姫になるべく生まれた子の技を目の当たりにした……。高速道路を100kmで走っていたアタシ達をあの子は300kmで楽々追い抜いていった、そんな感じよ。プリンセスオブオタサー地下トーナメントに出場するのは、今年限りにするわ。そんなリピーターが多いはずよ、今年わね……」
また、この光景を目の当たりにしたオタサーの長老、小田桐伝蔵はかく語る。
「マジモンやで」と。
いつしか『女神降臨の末日』と呼ばれることになる怪奇事件は、こうして幕を閉じたのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
藤井ヒナが特別措置により、本選に復帰した。
そのことに手放しで喜んだのは、美卯だった。
「やった、やったー!」
「あっ、美卯ちゃん、そこ、だめっ……あっ、あっ……」
抱き付いているだけである。
妖しげな吐息を漏らすヒナから離れ、美卯は組み合わせ表を覗く。
昨年の覇者たる美卯にはシードぐらい付け加えられてもいいと思ったのだが、そうではないようだ。
オタサーの姫はたったの一年あればいくらでも劣化してしまう。
たとえば恋人ができたり、たとえばテニサーのチャラ男に引っかかったり。
あるいはふとした瞬間に「あたしなにやってんだろ……?」と我に返って普通の女の子に戻ってしまったり。
だからこそオタサーの姫は今を切り取らなければならない。
大事なのは今なのだ。今なのだ!
明日は合コンにいってお持ち帰りされるかもしれないからこそ、オタサーの姫の今は輝くのだ!
と、熱弁をしていたのはオタサーの長老、小田桐伝蔵であった。
話を戻そう。
そんな感じで、一切の手加減なく、美卯や椿も優勝するためには全勝しなければならない。
ここから先は一対一のプリンセスバトルだ。
その種目は様々だ。
予選突破の順位で上位だったほうがくじを引き、ランダムに決定される。
無論、どちらがよりオタサーの姫か、という曖昧な判断をするために、多種多様なバトル内容が用意されている。
オタサーの姫として大切なのは一点突破の力ではない。総合力なのである。
ともあれ、組み合わせ表を眺めていた美卯は、ぐっと拳を握った。
「やった、やった、美卯とヒナちゃんは別ブロックだよ」
「あ、そうなんだ?」
「うん、ほら、見てみて」
大きく分けて四つのブロックのうち、美卯はAブロック。そしてヒナはCブロックである。
さらに言えばライバルの椿はDブロックで、もし美卯と当たるとすれば決勝戦ということになる。
ということは、椿は準決勝でヒナを倒さなければ、決勝戦に出場できない。
美卯は指を鳴らした。(鳴らない)
「これはもう勝ったも同然だね!」
「お役に立てるといいんだけどー……」
ウッキウキの美卯に対し、ヒナは自信なさげだ。
藤井ヒナはもともと、誰かと戦ったり、勝ち取ったりという、そういう行為に情熱を燃やすタイプではない。
彼女が本気になるのは、恋愛に関することだけだ。
ここで美卯が「じゃあヒナちゃんが勝ったらご褒美にちゅーしてあげるね」とでも言えば、ヒナは地獄の魔人と化すだろう。
しかしまあ、美卯はそんな風に人を上手に乗せることはできない。
住吉美卯はオタサーの姫ではないからだ。
とまあ、それでもヒナのポテンシャルならなにも心配しなくても、決勝戦まで進んでくるだろうという、謎の確信があった。
それよりもむしろ、がんばらないといけないのは美卯の方だ。
去年のあれは、たまたまうまくいっただけなのだ。それを忘れてはならない。
美卯は改めて気合を入れなおす。
「よーし、美卯もがんばるぞいー」
ぎゅっと拳を握る。
そのとき、組み合わせ抽選が発表された。
美卯の第一回戦の対戦相手。
――モニターに映った名前は、『平凡子』とあった。
「……凡子、さん?」
なぜだろう、とても特徴的な名前なのに、なんの特徴もないような印象を受ける。
幻術の類か、あるいは日本語のマジックだろうか。
と――。
「あ、あの……住吉美卯さん、ですよね……?」
「ふぁい?」
声をかけられて振り返る。
そこには見るからに特徴のない顔をした、見るからに特徴のなさそうな少女が立っていた。
人ごみに紛れれば決して見つけられず、三秒見なければその風貌すらも忘れてしまいかねない姫だ。
前髪をぱっつんに切り揃え、オタサー姫のお手本のように黒のワンピースをまとっている。
オタサーの姫一年生といった感じだろう。
彼女はぎゅっと胸元を押さえ、わずかに赤い顔をして言った。
「あ、あたし、平凡子って言います……。み、美卯さんのことはとってもよく知ってました! あたし、美卯さんのファンです! だから、このたびは、よ、よろしくお願いします!」
「う、うん。よろしくお願いします」
とても緊張しているらしい相手に、美卯も頭を下げる。
内心では「ファンとか言われちゃった! やだ! どうしよう! 恥ずかしい!」という叫び声が何度も何度も胸をノックしていたのだが、それはともかく。
平凡子。
この、なんの変哲もない少女が、美卯の初戦の相手であった。




