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4クラッシュ 「童貞を殺す服を着た女神」

 住吉美卯はオタサーの姫ではない。

 よって、まあそれなりに、いろんな友達がいる。


 奇異なファッションで、ある程度付き合ってくれる相手をふるいにかけてしまうのは否めないとは言え、元来が善性の少女だ。

 美卯は教室移動などで困っている子に「どうしたのー?」と朗らかに声をかけるような人となりである。

 彼女の優しさを目の当たりにすることによって、印象を改めた生徒も少なくはない。


 そんな住吉美卯は、人に頼ることを苦にしなかった。

 これは母親が「美卯ちゃんは可愛いからねー、お願いすれば周りの人がなんでもやってくれるわよー。女は愛嬌よー」と言い聞かせて育てたというのもある。


 なによりも、もともと自分が特別な存在ではないと達観している少女だ。

 できないことはできない。困ったときには専門家を呼ぶ。危機管理の鉄則だ。


 では、住吉美卯が『本気』で白鳥椿を叩きのめそうと思ったとき。

 自分ひとりではなく、誰かに応援を頼もう、というのもまあ、ある程度予想できる流れではあった。


 美卯はそれなりに友達がいる。

 同じ大学内だけではなく、学外にまで目を向ければ、戦力になりそうな子は結構いたのだ。

 ゴスロリファッション仲間や、獣耳愛好会などは、その際たるものであろう。

 また、美卯はコスプレ趣味も持ち合わせているからして、コスプレグループのオタサーの姫候補か、あるいはもうオタサーの姫化している娘にも多く心当たりがあった。

 どいつもこいつも、一癖も二癖もある友達たちだ。


 だが。


 そんな美卯は今、この城南大学赤羽キャンパスをてくてくと歩いていた。

 美卯が『本気』で白鳥椿を叩きのめそうと思ったときに、思いついた人物はごくわずかだった。


 そのうちのひとり。より応援を求めるのがたやすい人物の元へと向かっていた。



 大学の外れの一室である。

 空き部屋だらけのこの一角には、ひとつだけぽつんと看板がかけられている。

 そこには、こうあった。


『バーチャル乙女ゲーム研究会』


 彼女はここを根城にしているようだ。

 いつでも埃くさいので、美卯も立ち入ったことはなかった。


 何度かノックをしてみるが、返事はない。

 留守かな、と諦めかけたそのとき、ガラッとドアが開いた。


「ふぁーい」


 やってきたのは、モップのようなボサボサの黒髪をした白衣の少女だった。

 伸びた前髪は目元を隠し、表情はうかがい知れないが、なんだかへらへらと口元が緩んでいる。

 研究一筋で、身なりに気を遣わない理系女子という感じだ。

 スタイルは良いが、しかし女子力の欠片もなかった。


 そんな彼女は美卯とは対照的に、非常に友達が少ない。具体的には人生で四人ぐらいしかいなかった。

 そのうちのひとりに会えたことで、彼女はだらしのない笑みを浮かべた。


「わー、美卯ちゃんだー、えへへー……」


 理系女子はゆらゆらとこちらに指を伸ばしてくる。

 砂漠でオアシスを見つけた遭難者のようであった。


 美卯はその様子を見て、うーん、と眉根を寄せた。

 先日も会ったばかりだが、これはかなりの重症だ。


 しかし、この少女こそが、『プリオタ』攻略の鍵を握ると言っても過言ではないのだ。

 美卯は上目遣いで、自分より少しだけ背の高い彼女を見つめる。


 そうして、お願いをした。


「ヒナちゃん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど……」

「にゃ?」


 藤井ヒナ。地味で平凡で冴えないこの彼女は、美卯の幼馴染のひとりであった。





 準備がありますのでと言って姿を消した友人と別れ、ひとり美卯が部室に戻ってくると、「やあ」と三人の男子が迎えてくれた。

 ガリ崎、デブ山、四条河原野宮。いつもの仲良し三人組である。


「えっ!?」


 だが、きょうの彼らの様子は明らかにおかしかった。

 目の周りに青あざを作り、さらに顔中に絆創膏を張っている。

 まるでボクシングの試合のあとのような状態である。

 ボロボロなのだ。


「ど、どうしたの!? みんな!」

「なあに」

「すぐそこで」

「転んじまったデブ」


 ニヒルな顔で笑う三人に、美卯は「完全に口裏合わせてるー!」と叫びたい気持ちでいっぱいである。

 しかし、事情を隠しているというのなら、それなりの理由もあるはずだ。

 相手の隠し方がいかに下手だからといって、そこは尊重しなければならない。

 住吉美卯はオタサーの姫ではないので、空気が読めるのだ。


「え、えと……、だ、大丈夫? 病院いかなくて、平気? わー、痛そう……」


 美卯はおそるおそる声をかけつつ、ガリ崎の顔を覗き込む。

 間近に迫った美少女の御顔を見て、思わずガリ崎は顔をそむけた。


「へ、へっちゃらでい! お、男の子だかんな!」


 完全にキャラが違うものの、しかし残るふたりはガリ崎を見て羨ましそうに眉根を寄せるだけだ。


 って、いやいや、そうじゃない。

 三人は同時にかぶりを振った。


 そう、美卯は友達を『プリオタ』に参加要請しにいっていたので知らなかったが。


 ――この三人、先ほどまで部室で殴り合いをしていたのである。


『誰が最初に美卯に告白をするか』


 最初に言い出したのはガリ崎であった。

 決着をつけようぜ、と言ったのである。


 デブ山も重々しくうなずいた。

 あの冷静で頼りになるメガネの四条河原野宮でさえ、「いいだろう」と上着を脱いだ。


 ここに至るまでの流れは極めて複雑だ。


 実は今期のアニメの中で、神展開と呼ばれているものがいくつかあり。

 その中のひとつに、ひとりの女性を取り合って、三人の男が決闘をする、というシーンがあった。


 昨夜、放映されたその深夜アニメ──ちょっとえっちなアニメだったので、部室で見ていなかったものだ──は、今までの谷展開から一気に物語が進んだこともあって、視聴者たちを瞬く間に熱狂の渦に巻き込んだ。

 ツイッターも大いに盛り上がった。


 たまらない。やはり男はこうではなくては。

 昨今の萌えアニメばかりに俺たちは脳を冒されていた。

 そうだ、女とは戦って奪い合うものだ。

 男の本懐を遂げるのだ。


 まとめサイトはそのような記事であふれかえった。

 ガリ崎も、デブ山も、四条河原野宮もそれを見て、うなずいた。


 翌日、もはや部室に来たそのときから、緊張は張り詰めていた。

 時間の問題であった。


 口火を切ったのは、ガリ崎。

 彼はメガネをクイと持ち上げ、そしてこう言ったのだ。


『――決着を、つけようぜ』


 それ以上、言葉はいらなかった。

 各々、なにをすべきを知っていた。


 昨夜のアニメ、そのままの台詞であったからだ。



 そして三人は戦った。

 拳を振るい、初めて人の顔面を殴った。

 それは殴られた方も痛いし、殴った拳も痛かった。

 嫌だ、嫌だと思いながらも、三人はなんとなく雰囲気に流されて殴りあった。

 美卯を『俺の女』にするために闘争を繰り広げた。


 だが、三人とも底抜けにスタミナがない。

 息切れはすぐに訪れた。


 四条河原野宮は鼻を殴られて半泣きになり、デブ山は体力の限界を超えて汗まみれで床に突っ伏し、そしてガリ崎は足を吊った。

 いたたまれないほどの哀れな時間が訪れた。


 だが、いつしか――。


 誰かが「はは」と笑い声をあげた。


 続いて、もうひとりが追従するように笑う。

 そして最後には、三人の笑い声の大合唱となった。


 緊張の空気は晴れ晴れとした笑い声によって吹き飛ばされる。

 部室内には、再び清涼な風が吹き始めていた。


『ばかばかしい』

『そうさ、俺たちはいったいなにをやっていたんだ』

『ゼェ、ゼェ……はひゅ……はひゅ……』


 三人はそう笑い、そして握手を交わす。

 美卯を取り合い、決闘を行なった彼らは、再び絆を深め合った。

 それは恐らく尊い儀式であったのだろう。

 予定調和である。──アニメ通りの展開だったからだ。


 今ここに三人の友情は確かなものとなり、もはや永久不滅と化す。


 ひとりの女を奪い合うなど、愚かなことだ。

 この世界には星の数ほど女がいる。それなのに、こんなに大切な仲間の気持ちを裏切ってまで、欲しがるものじゃない。

 そうだ、自分たちはいったいなにを考えていたんだ。


 まず最初に、ガリ崎と四条河原野宮が熱い抱擁を交わした。


『すまなかったな、四条河原野宮』

『いいんだ、ガリ崎。拳を交わして初めてわかることだってある。そうだろう?』


 四条河原野宮が喧嘩をするのはこれが生まれて初めてである。

 そんな些細なことはともかく、次にガリ崎とデブ山が抱擁を交わした。


『デブ山、これからも俺の親友でいてくれ』

『ゼェ、ゼェ……はひゅ……はひゅ……』


 ガリ崎はしっかりとうなずく。

 デブ山の言葉が、頭ではなく心でわかったのだ。


 そして最後に、四条河原野宮とデブ山が抱擁を交わした。


『わかっているぜ、デブ山。俺たちは誰も裏切らない、そうだろう』

『ゼェ、ゼェ……はひゅ……はひゅ……』


 三人は新たに誓い合う。

 俺たちは親友である、と。


 若干ホモが入っていた。



 ――と、そんなことは微塵も知らない美卯である。


 ガリ崎の顔をまだ覗き込んでいた彼女は、今度はデブ山へと向かった。


「ホントに平気? 美卯、救急箱借りてこようか……?」

「平気デブ。男の子はどんなに辛くても泣かないんデブ」


 それも昨夜のアニメの台詞である。(もちろん語尾にデブはついていない)

 美卯は彼のキリッとした表情を前に、眉根を寄せる。


 ガリ崎と四条河原野宮は少し焦れていた。

「次は俺の番だろう、早くこっちに来てくれよ美卯ちゃん」と四条河原野宮は思っているし。

 ガリ崎は「なんかこのデブのターン長くね?」だった。


 しかし、三人の友情は金剛石のように強固なものになったのだ。

 今さらたかが獣耳をつけた美少女ひとりによって、どうにかなるものではない。そう、安心してほしい。

 ガリ崎と四条河原野宮はちらりと視線をかわし、そしてどちらからともなくはにかんだ。

 まったく、仕方ないな、俺たち男ってやつは。

 ああ、本当にな。

 爽やかな笑みであった。


 その直後のことだ。


 美卯は手を打った。そして――、

 ――あろうことか、その柔らかいスベスベのおててで、デブ山の頬を両手でさすったのである。


『――!?』


 そのボディタッチはこれまでに一度も見たことがない。

 美卯は気軽に肩とかをポンと叩いてくるからさすがにそろそろ慣れてきた三人でも、肩以外の場所に触れてもらえるなんて初めてだ。

 それも、顔……それも、頬だなんて!


 美卯の唐突な乱心を前に、部室の空気が一気に張り詰めてゆく中、ひとり真剣なオタサーの姫(オタサーの姫ではない)は呪文を唱えた。

 それは、治癒の呪文であった。


 ちょっぴり頬を赤く染めて、自らの行ないを子供っぽいと恥じながらも――。


「デブ山くん……いたいの、いたいの、とんでけー……」


 ――美卯はそう言って、デブ山の目を見つめ、おずおずと問いかけた。


「って、ご、ごめんね……。こんなんじゃ、だめ、だよね……?」


 ダメだよね? だって?

 ダメなはずが――ない。


 デブ山はニヒルな笑みを浮かべた。


「――いいや、ありがとう、美卯ちゃん。君の思いは伝わったさ。本当に……ありがとう」


 ガリ崎と四条河原野宮は激怒した。


 なぜお前ひとりがいい思いをするのだ、と。

 美卯ちゃんは俺たちみんなのものだろう、と。

 なぜ我が物顔をするのだ、と。

 おいテメエ語尾はどうしたんだ、と。


 デブ山はハードボイルド探偵さながらの雰囲気を出しながら、四条河原野宮を見やる。

 そこには、余裕にあふれた男の笑みがあった。


「四条河原野宮くんたちも、やってもらったらどうだい? このおまじない、――効くぜ?」


 よかった! と美卯が無邪気にぱぁっと笑顔を咲かせる中。

 デブ山の笑みには、ハッキリとこう書かれていた。


 ――俺の女を貸してやるからさ。



 金剛石の絆は砕け散った。


 余談だが、どんなものよりも硬いダイアモンドは、非常に傷つきにくい反面、ハンマーなどで瞬間的な衝撃を与えるとそれは面白いぐらいに木っ端微塵に砕け飛ぶ。


 美卯の治癒の呪文は――それが彼女にとってまったくの無意識で、無垢なる善性によるものの行動だったとしても――三人にとってのハンマーであった。


 もはや無駄なことかもしれないが、何度でも言わせてほしい。

 頭のてっぺんからつま先までオタクを魅了するあざとさで構成されている住吉美卯は、──オタサーの姫ではない。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その夜、美卯は改めて参加者に『藤井ヒナ』を追加したという旨を、プリオタ運営委員に伝えた。

 なぜかは知らないがすぐに切られた挙句、その三日後に折り返し電話がかかってきて、疲れ果てた男の声で『……参加は、承認されてしまいました』と伝えられた。

 声は震えていたが、恐らくは美卯の気のせいであろう。


 美卯はひとりベッドの上でぎゅっと拳を握る。

 前回はたったひとりでの戦いだったが、今回は仲間がいる。そのことが美卯には嬉しかった。


 ――これですべての手はずは整ったのである。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 そしてついに決戦の日がやってきた。


 この日、誰もいないおうちに「いってきます」と挨拶をして出てきた美卯は完全なる臨戦態勢であった。


 ウサギ耳に、真っ白な甘ロリドレス。

 赤い靴と、ピンク色の鞄。

 明るめのメイクに、胸元にはピンクダイヤモンドのネックレス。

 そして左指にもシルバーリングを装着している。

 まさしく女子。女子の中の女子。女子力全力解放スタイルである。


 ライトノベルのヒロインばりに属性てんこ盛りで、一部の隙のない彼女は、それでも姫たる気品にあふれていた。


 そして幕張メッセの地下三百メートルの位置に存在する暗黒幕張メッセ闘技場へと、電車で京浜東北線から中央線を乗り継ぎ、向かうのだ。


 その途中、美卯はともに戦いへと向かう藤井ヒナと赤羽駅前で待ち合わせをしていたのだが。


「美卯ちゃん! わーすごい! かわいい! 美卯ちゃんかわいい!」

「え、えっと」


 黄色い声で手を振られ、美卯は思わず彼女を見返した。


 ボサボサだった黒髪はシャンプーのCMに出てくる女優のようにまっすぐでさらさらしており、さらに肌は瑞々しく、目の下のクマなど微塵も残ってはいない。

 テーマは『背伸びをした少女』とでもいうのか、夏の香りを感じさせるような少し抜けていて、そしてフェミニンなスタイルであった。


 どこからどう見ても純真無垢な黒髪の乙女がそこにはいた。

 掛け値なしの美少女である。

 オタクにとっては正直「高嶺の花っす。無理っす」と言われるほどの美しさだが、しかし彼女はさらに上手うわてだった。

 ヌケ感を意識したその服装は、童貞を殺す服と揶揄されるの類である。

 これが藤井ヒナの全力なのだ。


 たった一週間足らずで、この変わり様。


 あまりの変貌を前に、美卯は疑わしげに彼女を見やった。


「ヒナちゃん、妖術かなにか使った?」

「どういうことですか!?」


 土曜日の駅前に、藤井ヒナの叫び声が響いたのであった。

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