11クラッシュ 「三次元vs二・五次元」
ミオン・グランディア・リルム。
筑波大学・人工知能少女研究会が開発した、プログラムの名である。
数年前。
この世界で人工知能少女が誕生するという事件があった。
きっかけは些細なことだったが、影響は些細では済まなかった。
その事件は各研究会に震撼を走らせた。
無論、技術的な革新であったというのは間違いなく。
それ以上に世界の男たちの憧れを、燃え上がらせた。
なんといっても、夢の人工知能。
古来から幾度となくSF作家が描いてきたジャンルである。
そこには途方もないロマンが詰め込まれていた。
若き才媛が生み出したそのコンピューターは唯一無二。
だが、それでも目指すべき支柱が建てられた。
世界が書き替えられた。
若者たちにとっては、それに等しいほどの衝撃であった。
暗黒幕張メッセにて、彼はかく語る。
「言ってしまえば、自分の思い通りの女の子だ」
人工知能少女研究会の部長、漆原稔は眼鏡を持ち上げ、胸を張った。
彼は白衣を羽織った小柄でふくよかな男であった。
「といっても、優秀な学生は皆、ロボット研究会やまともな人工知能研究会に籍を置いている。僕たち落ちこぼれには人工知能を作ろうだなんて、無理な話さ」
漆原稔は皮肉げな笑みを見せ、首を振った。
「ククク。僕たち人工知能少女研究会には、技術も知識もない。頑張ろうという気概もなければ、それを支える根性もない。当然財力もない。ただ、萌えに対するあくなき欲求だけがあった」
恥ずかしそうなことを堂々と言い放つ。
そこで漆原稔は両手を広げた。
「だから僕たち部員五人は、その学生生活のすべてを、彼女のプログラミングに費やした! 理想の女の子を追い求め、ありとあらゆる質問に対する答えを打ち込んだ! その結果が、ミオン・グランディア・リルム!」
漆原稔を含めた五人が一斉に立ち並び、それぞれ謎のポーズを取る。
まるで戦隊もののようだ。
「そう、これが僕たちのアンサーだ! 人工知能などいらなかった! 自ら考え、思考する情緒など不要! ただ与えられた言葉に対し、完璧な回答を用意さえすれば、それはもはや人口知能とは変わらない! いやそれ以上のものとなるのだよ!」
と、そこで漆原実は指を鳴らした。
すると彼のすぐ隣に、緑色の光が浮かび上がる。
それは人の形を取った。
ホログラム映像、ミオン・グランディア・リルムだ。
「やだ、漆原サン、あまり褒めないでください」
頬を赤く染めるその所作は、確かに可愛らしかった。
「なにを言っているんだい! ミオンちゃんはマジ天使だよ!」
「そんなことはありません。ワタシはただのプログラムです。でも、ありがとうございます、漆原サン。そういっていただけるワタシは、幸せですね」
「ミオンちゃん最高!」
『最高ー!』
白衣の男たちが揃って拳を突き上げる。
なるほど、彼女の様子はまさしく、オタサーの姫のようだった。
ミオン・グランディア・リルム。彼女はまるで電脳世界から飛び出してきたかのような姿で、頭を下げた。
「初めまして。きょうはいい勝負をしましょう」
「う、うん」
それもプログラミングされた結果の言語だ。
彼女はなにも思うことはない、なにも感じることはない。
だがそれは、受け取るものによってはそこになんらかの感情を感じ入ることが容易なほどに、精巧な技術であった。
「どう、すごくない? 市販のトークロイド22種類を少しずつ調整して、理想を造り出したんだ」
「ワタシはミオン。まだ生まれたばかりですが、負けませんよ」
「いつかこういう日が来ると思って入力しておいた専用台詞だ。どうだ、それっぽいだろう?」
「あなたのような人と戦えるだなんて、光栄です。スミヨシ・ミウ。きょうはいい勝負にしましょう」
「おお、これ誰が入れたんだ? この日のための台詞か、レアだなあ」
横でにやにやと笑う漆原稔の言葉が、ミオンの品位をぶち壊してゆくことにも、気づいているのか気づいていないのか。
それはともかく。
住吉美卯はミオンの幻想的な笑みを受け止めながら、頬をかいた。
「この子、どうやって準決勝まで勝ち抜いたんだろう……」
そんな疑問は、プリンセスオブオタサー大会において、非常に些細な問題であると言わざるを得ないだろう。
しかし四回戦、すなわち準決勝の競技内容は、無情であった。
その内容は――。
『おおっと! これは男性にとって役得! オタサーの諸君、喜ぶがいい! 姫からの寵愛を一身に浴びることができるぞ! 内容はなんと、『ドッキン! 姫様のボディタッチで心拍数メッロメロ☆』対決だー!』
部費谷レオンが叫ぶ。
するとミオンの表情に陰りが差した。
美卯もなんだか気まずそうな顔をする。
『その名の通り! 姫がボディタッチをすることによって、相手の心拍数をどれだけ上昇することができるか、という試練! しかしこれはあまりにも、あまりにも不利! なぜならミオン姫は、相手に触れることができないホログラム生命体だー!』
こんなのもはや、戦う前から結果は見えているようなものだろう。
美卯の不戦勝だ。
「いいのかなあ」
基本的に善人である美卯は、首を傾げた。
そんな美卯に、ミオンが語りかけてくる。
「心配しないでください、ミウさん。どんな競技内容でも、ワタシは負けませんよ」
「でも、ボディタッチできないよね……」
「ワタシの手は体ではなく、心に触れることができますから。そう信じております」
たおやかに微笑む彼女だが、その台詞も入力されたものをただ喋っているのだと思うと、なんだかなあ、という気持ちになってしまう美卯である。
一方、開発者である漆原稔は動揺を隠せないようだった。
所詮ここがホログラムの限界なのか、と、そんな言葉を吐いている。
ミオンはそれを聞いて、少しだけ悲しそうな顔をしていた。
その表情を見て、美卯は思わず囁きかけてしまった。
「あ、あのさ、ミオンさん。開発者さんはああ言っているけど……」
「ええ、仕方ないことです。でも、そんな漆原サンのためにも、ワタシはがんばります」
それがあまりにも人間らしい仕草であったため、美卯は励ましてしまった。
「……そっか、いい勝負になるといいね」
「はいっ」
ミオンは輝かんばかりの笑顔を浮かべた。
それがたとえプログラムされた表情であったとしても、美卯の心はわずかにきゅんとしてしまったのだ。
そこで、応募された2万人のオタクの中から抽選で、本日のボディタッチされる幸運なオタクが選ばれた。
「え?」
それは人工知能少女研究部所属、漆原稔であった。
先攻はミオンである。
彼女はためらいがちに手を伸ばそうとする。
だが、椅子に座って両手両足を拘束された状態の漆原を見下ろし、やはり暗い顔をした。
「漆原サン、ごめんなさい……。ワタシ、やっぱりあなたに触れることはできません……」
「……そう、だよな、ミオン」
漆原も諦めたように首を振る。
あとは紙袋をかぶせられたら、異教徒に誘拐されたような絵面になるだろう。
「ええ。ワタシは電子生命体。どんなにあなたのことが好きでも、無理なんです……」
「ううん、いいんだ。お前がいてくれるだけで僕は嬉しいよ、ミオン。生まれてきてくれて、ありがとう」
「……漆原サン」
美卯が見やれば、会場の隅っこで部員のひとりが、凄まじい速度で打鍵している。
今まさにリアルタイムで、彼女の口から言葉を喋らせているのだ。
会場のスクリーンはバッチリと打鍵している彼の姿も映していた。鬼か。
「でも、それでも……」
ミオンがこらえるように俯き、それから顔をあげた。
彼女の目にはわずかに涙がたまっていた。
「ワタシ、ずっとずっと、漆原サンに触れたかった……。この気持ち、伝えたかったんです……」
「ミオン……」
「ワタシは人間の女の子にできることだって、簡単にはできない。でも、だからこそ、この温もり、あなたに届けたくて……」
漆原はもう半泣きだ。
ミオンの口から紡がれる言葉は、まるで彼女が本当にしゃべっているように、美卯ですら錯覚してしまう。
打鍵している彼も、相当に筆が乗っているだろう。
「漆原サン、目を、閉じて……」
「こ、こうかい、ミオン」
「ええ、今からワタシ、あなたに触れます、ね……」
「ああっ!」
なにがああなのか。
ホログラム映像が漆原の肩をそっとすり抜ける。
――と、感受性豊かな漆原は、その口から声を漏らした。
「どうですか、漆原サン……ワタシの手、あなたの肩に触れられていますか……」
「う、うん! うん! 感じるよ、ミオン! 今、君が触れてくれているんだね!」
「うふふ、ありがとう、漆原サン……。ワタシ、あなたにもっと触りたい……」
「あっ、だ、だめだよミオン! そんな、そんなところまで! ああっ、ああっ! いけないよミオン!」
「今だけは、神様がくれた時間なんです……。お願いします、漆原サン、もっと、もっと……」
「ああ、ミオン! ミオン、大好きだ! ミオン、愛している! キミに会えてよかったよ、ミオン!」
かくして、会場中の「なんだこれ……」という視線の中。
漆原の心拍数は急上昇し、見事にミオンは好成績を収めることができたのだった。
そして、次は美卯の番だ。
美卯はさすがに諦めの境地だった。
なんといっても、ミオンの開発者が被験者に選ばれるという事態だ。
愛着も相当なものだろうし。
もうだいぶこの時点で、差がついてしまっているのは間違いないだろう。
全然まったくフェアじゃない。
それに、漆原はキッと美卯を睨みつける。
「いいか、住吉美卯! 去年の優勝者だかなんだか知らないが、僕とミオンの絆は本物なんだ! お前なんかに触られたところで、僕の体が反応するわけないんだからな!」
「あ、はい……」
「僕は絶対にお前なんかに屈しないぞ! くっ、やるならやれ! 僕の体は好きにできても、僕の心拍数まではお前の好きにはならない! 二次元ばんざーい! 三次元は死すべし!」
ものすごいやりづらい。
ミオンをちらりと見やると、彼女はこちらにニッコリと微笑みを返してきた。
まあじゃあ、うん。
とりあえず、触ろうとするか。
「漆原くーん」
美卯が軽い気持ちで彼の肩にぽんっと触れた。
その瞬間であった。
「――ッ!」
びくんっ、とまるで電流が走ったように、漆原稔の体が震えた。
彼は信じられないものを見るような目で、美卯を見上げる。
「な、なんだ貴様――! 今、なにを、僕の体になにをした!」
「いや、肩にちょっと触っただけだけど……?」
「そ、そんなはずがない! なにか不思議な魔法を使ったんだろう! この魔女め! 淫売め! だが残念だったな! 僕の魂は鋼の精神力を持っているんだ! 二度は通用しないぞ――ウヒョア!」
話の途中で、再び美卯が漆原の肩に触れると、彼はまるで海老のように体を跳ね上げた。
そして顔を真っ赤にしながら、うめく。
「ち、違う、違うんだミオン! これは、そうじゃない! そうだ、このオタサーの姫、住吉美卯はサキュバスなんだ! 触れた男を発情させる力を持っている! この世の淫魔! まさしく害悪の存在! そうでなければ僕がこんな、たやすく、こんな! ――アヒャア!」
どうしてそこまで言われなければならないのか。
だんだん腹が立ってきた。
美卯はぺたぺたと漆原にボディタッチを繰り返す。
「あー、漆原くん、おっはよー」
と棒読みのような声で、彼の胸をちょんとつつく。
すると漆原は、再び体をびくんびくんと悶えさせるのだ。
「わー、漆原くんの背中おっきーねー、男の子ってかんじー」
「ほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!」
もはや声にならない声をあげて高ぶる漆原稔。
美卯の目に黒い炎が宿る。
「えー? 漆原くん、三次元に興味ないんじゃなかったのー? あれあれー? どうしてこんなことになっちゃっているんでちゅかー?」
「あああ……、もう、もうやめてくれ……ミオンが見ているんだ、やめて、くれ……」
「ふーん? でも漆原くんのココ(肩である)は、やめてくれって言っていないけどなあ……?」
「はー、はー!」
先ほどまで苦悩していた漆原は、しかしなにかを振り切ったようだ。
彼は眼鏡の奥の目を輝かせながら、会場の天井に向けて、天高く叫ぶのであった。
「――はー! 三次元最高ーッ!」
決勝の舞台にコマを進めたのは、住吉美卯であった。
漆原稔はこの日まで知らなかった。
そう。男は、オタサーの姫には勝てないようにできているのだ……。
住吉美卯、決勝戦進出――。




