1クラッシュ 「住吉美卯はオタサーの姫ではない」
住吉美卯は、オタサーの姫ではない。
彼女が通っている城南大学赤羽キャンパスには、いわゆる『オタク系サークル』と呼ばれるものが、数多く存在している。
電子映像研究部も、そのうちのひとつだ。
「みんな、お疲れ様ー」
住吉美卯がドアを開くと、中にいた男たちは一斉にこちらを見た。
あからさまに笑顔を浮かべたりはしないが、急にそわそわしだしたものもいる。
「す、住吉さん、お疲れ様! ほら、ここ座って座って!」
「トッポ買ってきたよ、ほら、トッポ!」
「きょうはほら、住吉さんがハマってたアニメ『姫が白馬に乗って』のブルーレイが届いているデブ!」
わぁ、と美卯は笑顔を浮かべた。
「ブルーレイ! すごい、お金持ちだね、デブ山くん!」
「べ、別に、バイト代がたまたま入っただけデブよ! それより、今から見るデブか?」
「わぁ、みるみるぅ!」
他の二人は舌打ちをした。
どうやら今回、美卯の興味を射止めたのは、三人のうちの少し小太りな男だったようだ。
チェック柄の服を着た彼の元へと、美卯はトタトタトタと走り寄る。
その小動物めいた仕草は、本能的に男子の庇護欲をそそるものであった。
ありていに言えば『あざとい』というやつだ。
「ほらほら、開けちゃうデブよ、開けちゃうデブよ」
「うんうん、わぁ、わぁ、楽しみだなあ」
あ、でも、と美卯は振り返った。
「ガリ崎くんも、四条河原野宮くんも、ありがとうね! 今座るよ、それに、トッポ一緒に食べよっ」
その笑顔を前に、きゅんっ、である。
ふたりは顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
そして口々に「やっべ」だとか「住吉さんマジぱねえ」とつぶやいている。
「それじゃあ、上映回、開始デブー!」
「わぁーい」
まばらな拍手が鳴る。
美卯はガリ崎の用意してくれた椅子に座り、四条河原野宮の持ってきたトッポを咥え――四条河原野宮は美卯がトッポを口にくわえる瞬間をガン見していた――そして、デブ山の買ったブルーレイを視聴する。
きょうがお誕生日であるだとか、特別な日ではない。
これが住吉美卯の日常である。
オタク系サークルに、住吉美卯のような美少女が在籍をしているのだ。
女性に免疫のない彼ら三人が、美卯のことを好きになってしまうのは当然のことであろう。
好きな女の子のために、彼ら三人が甲斐甲斐しく奉仕してしまうのも、なんの疑問もない。むしろ美しい流れだ。
美卯はそれに対して増長したりしないし、単純に彼らの厚意を親切だと思って受け止めているのである。
「わぁ、始まったー! いいよね、このオープニング、作品の芯っていうか、ちゃんと表現したいことが表現されているって感じで……。わぁ、さすがブルーレイ、すっごく映像綺麗ー!」
改めて言おう。
ここで手を叩いて喜んでいる娘がひとりいるが、それでも言おう。
住吉美卯は、オタサーの姫ではない。
住吉美卯は、大学一年生である。
小柄で整った顔立ちをしており、美少女といっても差支えのないレベルであろう。
だが、それよりも目を惹くのは、彼女の服装だ。
ゴシックロリータと呼ばれるそのフリルだらけの洋服は、校内でも非常に目立つものであった。
似合っているか似合っていないかで言えば、まあ似合ってはいる。
クマ耳を装着したツインテールの明るい髪も、甘い姫を連想させるもので、可愛らしくはあった。
だが季節は初夏である。
ゴシックロリータは見た目通り、暑い。
気温が高まり出したこの時期に何枚も重ねて着て、さらに長袖だ。
しかしファッションとは根性と言う。白い肌に日焼け止めを塗り、美卯は涼しい顔を装いながら、きょうもお姫様のような恰好を続けるのである。
「……あれ?」
そんな美卯が家に帰ると、ポストに真っ黒な封筒が突き刺さっているのを発見した。
いまどき真っ黒な封筒である。差出人もあて名もない。怪しさ丸出しである。
不信に思いながらも、家にあがる。
真っ先に居間のエアコンをつけて、それから封筒をじーっと見つめた。
「……あれ、でもなんか、見覚えがあるような……」
首をひねる。
まあ、開けてみるほうが早い。
美卯は居間の筆記用具入れからハサミを持ってくると、綺麗に先端を切り取って開封する。
中には、手紙が入っていた。
「――これ」
一目見た美卯の鼓動が跳ね上がる。
どうりで見覚えがあったはずだ。
そうか、もうこの季節がやってきたのか。
大学はもうすぐ夏休みに入り、そうして高校野球は甲子園大会を迎える。
ということは、つまりだ。
手紙に描かれていたその文面を、美卯は静かに読み上げた。
「……プリンセスオブオタサー全日本地下トーナメント、開催のお知らせ」
そう。
通称『プリオタ』が、今年も開かれる季節なのである――。