稲妻のひみつ
「・・・ちょっと君!」
門を通り過ぎようとしていたあたしを、騎士が呼び止めた。
体の芯が急に冷えて、心臓が痛いくらいに早鐘を打つ。
頭の中が真っ白になって、一瞬気が遠くなりかけた。
それを、振り返るまでの1秒でなんとか持ち直す。
「・・・はい?」
隣で、クエの手綱を握って歩くクロウくんの体が、強張ってるのが分かる。
だけどあたしの声は、震えなかった。
・・・さすが。
心の中で自分を絶賛する。
数々のイケジョトラブルで鍛えられた演技力は、伊達じゃない。
自信家で高飛車で、怖いものナシな彼女達の相手は、怯えた様子を見せたら最後なのだ。
・・・もっとも、呼び出されたりしたのは高校の時までで、それ以降は危険回避のスキルが上がったから、そういうドロ沼な展開もなかったけど。
てゆうか、もうバレたのか。
冷や汗が背中を伝う中、あたしは近づいてきた騎士を上目遣いに見据えた。
どんな言葉が飛び出して、どんなふうに連れて行かれるのかを想像する。
まさかバッサリやられることはない、と思いつつも、やっぱり怖いものは怖かった。
すると隣から手が伸びてきて、指が絡まる。
きゅっ、と繋がれた手に気を取られて、あたしはクロウくんを見上げて。
クロウくんが、そっと口角を上げた。
その様子が、スローモーションで目に映る。
「お嬢さん、ちょっと」
近づいてきたはずの騎士が、あと数歩のところであたしを手招きしている。
あんまりクロウくんから離れたくないんだけどなぁ・・・。
「・・・行ってくるね」
仕方なしに小さな声で言うと、彼は身を屈めて、あたしに耳打ちした。
「うん・・・何かあったら、大声あげて。
獣道を知ってる。湖経由で遠回りになるけど、次の街に抜けられる」
早口に捲し立てた彼は、あたしが頷くのも見届けずに手を離す。
そして、おもむろに背中をトン、と押した。
やんわり押されただけなのに、足が意志をもったみたいに歩き出す。
やって来たあたしの腕を引っ張った騎士は、クロウくん達に背を向けるようにして、声を潜めた。
「君、大丈夫かい?」
「・・・え?」
咄嗟に反応出来なくて、訊き返す。
「だから・・・あんなのと一緒にいて、何ともない?」
「はあ、ええと・・・?」
何が知りたいのかが分からずに、あたしは眉根を寄せた。
とりあえず、あたしを捕まえようとか、そういう意図はないらしいと思い至って気が緩む。
「どういう意味ですか?
彼が、どうかしました・・・?」
“あんなの”がクロウくんを指すのは分かる。
だから、なんだか引っかかった。
・・・まさか、お尋ね者だったりしないよね。
王立騎士団の付属医師団・・・てことは、もしかしたら王族の診察も担当してたりして・・・で、医療ミスか何かして追われてた、とか・・・。
まさかな展開を想像して、あたしは身震いした。
それを何と勘違いしたのか、騎士は血相を変える。小声だけど。
「稀にいるんだよ、子どもと大人の中間くらいの女の子に執着しちゃうのが。
まさかとは思うけど、あの男に連れて来られたんじゃないよね。
見かけない顔だし、この街の子じゃないだろ。親御さんは?」
なるほど。あたし、ロリっ子に見えるんだね。
で、クロウくんはそういう女の子が好きな、ちょっと危ない男に見えるのか。
そうかそうか。なるほどな。
なおも騎士は言い募る。やっぱり小声で。
「あんな面の奴と一緒に・・・怖かっただろ、もう大丈夫だよ。
お兄さんが保護してやるから、明日お家に帰ろう。な?」
騎士よ、もはやその台詞から犯罪の匂いがするぞ。何で一泊することになってんだ。
大体ね、クロウくん本人に「何者だお前!」くらい言えない奴が、何言ってんだっつーの。
・・・こんなの、話にならない。
コソコソした会話を続けようとする騎士の腕を、あたしは思い切り振り払った。
「あっ、おい!」
動揺して声を上げた騎士を無視して、踵を返す。
そして一目散に、こちらを窺っていたクロウくんのもとに駆け寄った。
いちいち相手してたら、日が暮れちゃう。
「・・・クロウ!」
駆け寄った勢いで、ばふん、と胸に顔を埋めて、腕を回す。
「ちょっ、アイリちゃん・・・っ?!」
ぎゅっ、としがみつけば、一瞬動揺したらしい腕が、同じ強さで抱きしめ返してくれた。
・・・ああ、あったかいなぁ。
この鼓動の音、あたし好きかも知れない。
「どしたの?」
耳に響く甘い声に、顔を上げる。
彼のカオが物凄く嬉しそうに緩んでることに驚いたあたしは、はっと我に返った。
そうだ、和んでる場合じゃない。
あんぐり口を開けて呆けてる騎士を、びしっと指差して口を開く。
「あのおっさん、クロウがあたしに悪戯しようとしてるんじゃないかって!」
・・・ちょっと待て。
あんたまで気まずそうに目を逸らしてどうすんだ、クロウくん。
「おっさん・・・おっさんて・・・」と呆然と呪詛のように繰り返す騎士をそのままに、あたしとクロウくんは街の中に入った。
この街は“出口の街”・・・王都から地方へと続く街道を行くと行き当たる、森の出口。だから、ここは“出口の街”だ。もちろん、あたし達がこれから森を抜けたら、そこには“入り口の街”がある。
この街で昼食を済ませて、野宿中の食糧と水を買い込むのだそうだ。
クロウくんがいろいろと考えてくれてるから、ほんとに助かる。
あたし1人だったら、王都に辿りつくまでに紆余曲折がありすぎて、数カ月単位で時間が必要になるだろうな。
「ふん!」と鼻を鳴らしたのはクエだ。
どうやらこの仔も、足止めされたのが気に入らなかったらしい。
「そういえば、お腹空いたなぁ・・・。
ミカンも、お腹空いた?
あんなちっちゃな実だけじゃ、お腹いっぱいにならないよね」
首の辺りを撫でてやれば、クルルル、と甘えた声で鳴く。
初めて対面した時は威嚇されてるのかと思って怖かったけど、慣れればとっても可愛い。人との関わり方を表現すると、犬みたいでもある。
犬を飼ったことのない、あたしが受けた印象だけど。
「みかん?」
クロウくんが、小首を傾げる。
この人も、こういう可愛げとか人懐っこさは、犬っぽい。
だからいろんな人が、クロウくんを見てびくびくしたり、顔を引き攣らせたりするのが不思議でならなかったりする。
稲妻模様、そんなに恐ろしいんだろうか。
「あ、名前付けたんだ。まあ、本人が理解してるかってとこは、置いといてね。
・・・ねー、ミカン?」
「名前、あった方が便利?」
彼の言葉に、あたしは首を捻りつつ口を開く。
ふかふかの羽毛が、手のひらに気持ちいい。
「んー・・・便利っていうか、ないと話しかけづらいよね。
ペットみたいなもんなんだし・・・餌あげたりするのに、クエ、じゃ味気ないよ」
手綱を引きながら歩く彼が、口を尖らせた。
「俺も撫でて欲しい」
「・・・はいはい」
飛び出した、わんこ的発言を適当にあしらったら、彼がしょぼん、と肩を落とした。
なんだか肩の辺りが、湿気を吸ってどんよりしてる気がする。
そんなにショックを受けるほど、あたしに懐いてくれてたとは露知らず・・・てゆうか、それでいいんだろうか。
あたしは嬉しさ半分、呆れ半分な気持ちで囁いた。
「お昼食べたらね」
その言葉に力が湧いたらしいクロウくんがミカンを引き摺るようにして歩いて、あたしに怒られたことは言うまでもない。
お昼を食べて、夜を明かすのに必要なものを揃えたあたし達は、街を出た。
森に続く街道は、人通りがまばらだ。街から離れるほどに、人の気配がなくなってく。
「やっぱり、この時間に森に向かって正解だったね」
手綱を引くクロウくんが、あたしを見上げる。
彼は、ミカンに乗らずに歩いているのだ。
今までのように大人を2人と、さらに買い揃えた物も括り付けると、ミカンにかかる負担が大きすぎるる・・・というのが、彼の言い分で。
それなら交代で乗ろう、と提案したものの、苦笑混じりに首を振られてしまった。
曰く「女の子を歩かせるなんて、男じゃない」だそうで。
申し訳ない気持ちがずっと胃の辺りにぶら下がったままのあたしは、小首を傾げる。
「・・・そうなの?」
すると彼は、ひとつ頷いて続けた。
「普通は、入り口や出口で宿を取って、明るくなったら森に入るんだ。
大体の人は、森を通過するよりも“森ノ宮”を見るために、森に入るしね。
・・・それと同じようにしたら、たくさんの人に出くわしちゃうから・・・」
「人がいたらダメなの?」
浮かんだ疑問を口にすれば、彼は首を振る。
「たくさんいる人に埋もれた俺達と、俺達だけを視界に入れるのじゃ全然違う。
これからのことを考えたら、顔を覚えられるのは避けた方がいい。
きっと誰かは覚えるだろうけど、その人数を増やさない努力はするべきだよ」
いつになく真面目な顔つきになったクロウくんは、言い終わるなり目を伏せた。
「・・・ごめんね。
俺がこんな顔じゃなかったら野宿しなくてもいいんだけど・・・」
ぽつりと零れた呟きが、あたしの胸をちくりと刺す。
そんなカオすることないのに、なんて思いつつも、あたしは何と声をかけたらいいのか分からなくて、結局黙り込んだ。
いつの間にか草原だった街道の景色に木々が紛れるようになって、それが林になって。気づいたら、森の中だ。
森の中は、木も草も多い茂っている。
“朝日の街”を出て街道が海沿いに延びてた時は、松みたいな針葉樹が多かった気がするけど、この森は葉っぱの大きな木がたくさんだ。
今は秋だから、中には実が付いていたり、色付いてるものもある。
「・・・遠足みたい」
「えんそく?」
思い出して浮かべた笑みを、クロウくんが不思議そうに見つめる。
街中にある喧騒とも違うし、街道を歩いてた時の風の音とも違う。
ミカンが草を踏む音と、時折小鳥が囀る声が響く中、あたしは頷いて言葉を紡ぐ。
「・・・そ。
学校の皆で、いろんな場所に校外学習に行くの。
何かの工場だったり、山とか川で自然に触れたり。
そういえば、牧場で乳搾りとかもしたっけ・・・お弁当持って、行くんだよ」
思い出すのは小学校の頃のことだ。
「いいね、楽しそうで」
頬を緩めたクロウくんに、あたしは頷いた。
「クロウくんも、学校通ってた?」
「俺は・・・」
言葉が、沈んだのが分かる。
「学校には通わなかったけど、家庭教師がついてた」
「そっか」
あんまり楽しい思い出じゃなさそうだ、と想像したあたしは、話を打ち切った。
その横で、彼が肩から力を抜いた気配がしたのは、きっと勘違いじゃないだろう。
「そろそろ日が落ちそうだね」
日が傾いて木漏れ日が差し込まなくなった森の中は、少し薄暗い。
オレンジ色の西日が横から差してくるけど、それだけじゃ足元が心許ない。
「今のうちに、休む場所を決めちゃおう」
「うん・・・」
明るい時には感じなかった何かが、後ろから追いかけてくるような気がしてならない。
気になって、何度か後ろを振り返ったり、辺りを見回した。
そう、あたしはちょっとだけ、この初体験に怯えている。
「アイリちゃん?」
「・・・ん?」
無理やり笑みを乗せた口で、返事をする。
するとクロウくんは、苦笑混じりに手を伸ばした。
事務的な動きをするはずの手が、鞍の取っ手を掴むあたしのそれに重なって、ゆっくりと擦る。
「心配しないで、大丈夫だから」
「・・・ん」
何の根拠があるのかと思うような台詞なのに、体は勝手に頷いていた。
街道から少し逸れた木々の少ない場所で、クロウくんは火を起こした。
大判の布を敷いてくれたから、ありがたく靴も脱いだあたしは、彼の隣に腰を下ろす。
ちょっと目を離した隙に、辺りは真っ暗になってしまって。
あたしはなんとなく、彼の隣で膝を抱えて静かにしていた。
鞍も手綱も外してもらったミカンは、焚火から少し離れて足を畳んで地面に座っている。首を捻って、クチバシを羽毛の中に収納して。
思わずその羽毛に飛び込もうとしたあたしは、クロウくんの「休ませてあげて、重いもの持ってくれてたんだから」という言葉に思いとどまった。
夜になって、空気がひんやりしてきた気がする。
「寒い?」
ぱち、と火の粉が爆ぜる音が小気味良い。
クロウくんの言葉に、あたしはそっと首を振った。
「ううん、平気・・・」
この国は、基本的に暖かい。リゾート地として推しているだけあって。
でも夜になると、それなりに冷えるのだ。特に秋や冬は、昼夜の寒暖の差が大きくなる。
それでも街の人達が長袖をあまり着ないのは、余程の事情がない限り、夜に街道に出ることがないからだ。
大抵の人は夜になったら家で休むし、出歩くとしても近所の飲み屋くらいのもの。
王都にいてもそれは変わらない。
基本的に、この国の人は夜出歩くことをあまり良しとしないのだ。
ガサガサッ
「ひ・・・っ」
突然草の揺れる音がして、あたしは息を飲んだ。
心臓がばくばくして、痛い。
どうやら驚きが度を超えると、痛みになるらしい。
硬直して呼吸すらままならない状態のあたしは、咄嗟にクロウくんに視線を走らせた。
すると視線を受け取った彼は、あたしに手を伸ばす。
彼は何も言わずに、膝を抱えて固まったあたしを、ひょいっと持ち上げた。
そして、やっぱり何も言わずにあたしを胡坐の上に下ろす。
「・・・だいじょぶ?」
気遣わしげな声に、こくこく頷く。
言いたいことは、いろいろある。
何の音だったの?何かいるんじゃないの?ここにいて平気なの?これがひと晩続くの?どうしてあたしがクロウくんに抱えられてるの?てゆうか細いクセに力ありすぎだよね?いつも何食べてんの?
いろいろな、状況とちぐはぐな台詞が頭の中をぐるんと回って、結局口をついて出た言葉は、大したことなかった。
「ごめん、こういうの、初めてで・・・」
「こういうの?」
「外で、夜、過ごすの・・・初めてで」
「ああ、野宿のことか」
後ろから、クロウくんの腕が回される。
小さく笑う気配に、危険はないんだと察して安堵する。
ミカンに乗る時に、支えてもらわなくても大丈夫、って主張したあたしを押し切った腕よりも、いくらか緩く回される温もり。
1人じゃないことを実感して、ほっと息を吐いた。
恥ずかしいとか、そんなことを思うだけの余裕もない。
恐怖ってやつは、羞恥心なんか簡単に飲み込んでくれるらしい。
「震えてるのは、野宿が怖いから・・・?」
静かな問いかけに、こくこく頷く。
まだ心臓が煩くて、呼吸が上手く整えられない。
そんなあたしに、彼は言った。
「大丈夫だよ、アイリちゃん。
“森ノ宮”が近いこの森には、野盗は出没しない。
肉食で人を襲うような野生動物は、クエが怖くて近づいてこない」
「クエって、強いんだ・・・」
うとうとしているミカンを見遣る。
ぷるぷる、と尾が時折震えていた。寝ぼけてるんだろうか。
クロウくんが、頷いた。
「そう。
クチバシも強いけど、翼を広げて威嚇したら大抵の動物は逃げ出すよ。
足にも、切れ味のいい鎌みたいな爪が生えてるし」
「・・・虎とか、熊とかよりも強いの?」
「もちろん。
クエは肉食じゃないんだけど、それでも、だよ」
「そっか・・・じゃあ、ミカンのとこにいようかな」
途切れていた思考回路が繋がって、振り返って言葉を紡いだ。
すると彼が、がくん、と肩を落とす。
「・・・あぁぁぁ、やっぱりそうなる?」
しょぼん、と肩を落とした彼が、どんよりした声で呟いた。
「俺だって、アイリちゃんのこと守れるもん」
焚火が爆ぜた。
あたしは視線を戻して、赤々と燃える炎を見つめる。
震えも止まって、呼吸も元通りだ。
そんなに焚火の近くに寄ってるわけじゃないのに、顔が熱い。
しょんぼりわんこは、あたしから腕を剥がすつもりはないらしい。
むしろ、なんだか回された腕に力が込められた気がした。
そして、後頭部に吐息がかかる。
恐怖が去った胸の中には、あたしを落ち着かなくさせる何かが生まれていた。
何もないみたいには、振舞えない。
「く、」
「アイリちゃん、」
呼ぼうとして遮られた声が、喉に詰まる。
それに戸惑っている間に、彼が囁いた。
掠れた声が、あたしの髪に埋もれていく。
「ちょっとだけ、ここにいて」
「・・・クロウくん?
どうしたの・・・?」
珍しく弱々しい彼に、なんとなく不安になる。
回された腕をぺちぺち叩いたあたしに、彼は小さく息を吐いた。
熱い息が、あたしの髪を焦がす。
「アイリちゃんと、くっついてたい」
ちょっとだけ経験のある、男女の関係とはまた違う雰囲気だ。
生温かくて、ぬるっとした何かがそこにあるような、絡め取られるような空気は、ここにはない。
・・・なんだろう、この感じ。放っておけなくなるじゃないか。
「どっか、痛いの?」
後ろに手を伸ばして、手探りで彼の頭を撫でる。
よしよし、と心の中で繰り返しながら。
「痛くない・・・けど、怖い」
「こわい?」
思わぬ言葉に、手を止めた。
「俺、こんな顔だし・・・」
「・・・クロウくんの顔?」
あたしが呟いた途端に、ぐっ、と腕に力が入る。
体が強張ったのだと気づいたのは、クロウくんが息を吐き出した時だった。
「別に、ただちょっと、顔に線が入ってるだけでしょ?」
「線?」
なんてことはない、という気持ちで言うと、彼が問い返してくる。
「顔に、こういう・・・」
彼の手のひらに、指でギザギザを描く。
「稲妻みたいなカタチの線が入ってて、それだけじゃん」
「・・・稲妻・・・」
「そう、それだけだよ。
みんな怖がったり、手が震えたりしてたけどさ。どうなのあれって。
そんなに見た目に拘るの、この世界の人達って・・・?」
思い出した瞬間、苛立ちが生まれる。
一緒に歩いてるあたしを、奇異の目で見るのも気に食わなかった。
憮然と言葉を並べたあたしに対して、彼が訝しげに言葉を紡ぐ。
「おかしいな・・・。
俺には、蔦が絡まったような、目が回りそうな模様に見えるんだけど」
「・・・え?」
思わず声を上げて、振り返る。
眉根を寄せたクロウくんが、そこにいて。
でも、彼が言ったような模様は、その顔にはなかった。
やっぱりただの、稲妻みたいな線が走ってるだけ。
何て言ったらいいのかと視線を彷徨わせたあたしに、彼は言う。
「ヘジーは、水疱がたくさん出てるって言ってた。
ミルベリーは、鱗が顔の半分を覆ってるって・・・」
彼の言葉に、あたしの頭はますます混乱した。
どういうことなの、それ。
ワケが分からずに目を瞬かせていると、彼が首を捻った。
「もしかして・・・アイリちゃんは異世界の人だから見えない・・・?」
「みんなが違った模様を見てるのは、なんでなの?
見えないって何?」
耐えかねて尋ねたあたしの目を覗き込むようにして、クロウくんが口を開く。
艶やかな黒髪が、さらりと動いた。
「俺さ・・・呪いがかけられてるんだ」
まじっすか、と笑おうとしたけど出来なかった。
だってクロウくんは、あたしを騙したりしないって言ってたから。
それにあたし、そんなカオした君を笑いに変えられるほど無神経じゃない。